月の輪通信 日々の想い
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毎年、一番遅く咲く駅前の八重の桜もそろそろ終わりが近い。 「ほら、おみやげ」 帰宅したアプコが、帰り道に拾ってきた柔らかなピンクの花弁を差し出した。 5年生になっても、相変わらず道路に散り敷いた桜の花弁をそっと拾ってくる習慣はやめられないらしい。アプコがもっと幼い頃には、通学帽いっぱいに拾った花びらをふわふわと宙にばら撒いて、「セルフ花吹雪」を楽しみながら下校してきたこともあった。 格別きれいな一輪だけを選んで持ち帰るようになっただけ、少しお姉さんになったと言うことか。 ゼリーの入っていた丸っこいガラス瓶に水を満たして、はかなく薄い花びらを浮かす。 「わぁ、きれい。」と手をたたいて瞳を輝かせる様は、まだまだ幼い。
夕方、オニイからのメール。 珍しく、画像つきだ。 「こいつら、喰える?」 入寮直後に近所のスーパーで買ったジャガイモ、玉ねぎ。使い余して放っておいたら、春の暖かさにつられて一斉に発芽が始まったものらしい。 がははと笑って、「芽のところを取りのぞけば大丈夫。喰え!」と返信する。
オニイが家を出て、十日。 初めての自炊生活もなんとかうまくやっているようだ。 メールや電話でも相変わらず仏頂面のオニイは、向こうでの生活の有様をあまり多くは語らない。 それでも時折思い出したように帰ってくる短いメールからは、新しい土地、新しい生活にゆっくりと自分の場所を育み始めているオニイの奮闘振りがそれとなく知れる。
がんばれオニイ。 ジャガイモや玉ねぎだって、芽を出し、根を張り、ズンズン成長していくのだ。 君も、やれる。
「じゃ、行ってくる」 両手に紙袋をぶら下げて、オニイが旅立っていった。 いつもなら車で送る最寄駅までの道のりも、今日は徒歩で出かけたいから要らないという。 アプコの柔らかいほっぺたをフニフニと撫で繰り回して、「コイツのこの感触もしばしばしの別れじゃ」と笑う。 今日はオニイの旅立ちの日。
家財道具は数日前に父さんの運転する車ですでに運び込んである。 車で2時間の見知らぬ町。 格安で選んだ学生寮は4件共同のコンドミニアムタイプ。 がらんとした部屋にとりあえず段ボール箱を運び込み、近くのホームセンターでカーテンやスチール棚を買い込んでおいてきた。 バス、トイレ、キッチンの共同スペースには、先住の先輩達の生活用具が雑然と並んでいる。いかにも「男子寮」のむさくるしさ。 ともに一人暮らしの経験のない父と母は、「うひゃー、面白そう」と見慣れぬ生活空間に興味津々だったが、唇を堅く結んだオニイは引越しの旅の車中、何となく不機嫌な様子だった。 見知らぬ町、見知らぬ人々のあいだでたった一人で生活していく、その現実への不安に押しつぶされそうになっていたのだろう。 次第に無口になっていくオニイにむりに言葉を求めることもせず、これから彼の生活圏となる街を車で巡った。 古い田舎の家並みに、学生向けの単身用マンションやコンビニが入り混じる雑然とした町。医院や金融機関など生活に必須な施設はあちこちに見られるが、本屋やCDショップなど楽しみのための店舗は見られない。場違いに駐車スペースの大きいパチンコ屋があったくらいか。 寮の近くには、まだ新しい感じのショッピングセンター。自宅近くにあるスーパーよりも品数も多くて、学生単身者向けの惣菜や生活用品も充実している感じ。それほど本格的に「自炊」しなくても、日々の食生活は維持できるだろう。 とりあえず、食が確保できるだけで、何となく上手くやっていけそうだなと安堵してしまうのは母の愚かな能天気ゆえ。思わず主婦根性を出して、「朝掘り」と朱書された大ぶりの筍とセール品のうなぎの蒲焼を買い込んで帰った。 オニイの不機嫌は、帰宅してからもしばらく続いていたように思う。
「途中、京都あたりでちょっとブラブラしていきたいんだけどな。」というオニイの手には紙袋の大荷物。ちょっと困った顔でオニイが笑う。引越し荷物に入れ忘れた衣類や枕(!)が入っているのだという。 その恰好で京都の街を歩いたら、一昔前の田舎から上京してきたばかりの学生じゃんとツッコミそうになったけれど、実際、オニイ自身その通りの心境に違いない。 宅配便で送ってやろうかともちらと思ったけれど、母のおせっかいももうこれっきりだ。自分のうっかりの結果は自分で担いで歩けばよい。 スマートでなくていい。 ズルズルとかっこ悪く、不器用に迷えばいい。 君らしく歩けばよいのだ。
息子が巣立ってゆく。 18歳。 巣立ちの日が、晴れやかな青空の日で本当によかった。
朝、ベランダに出たら、ふわふわと花吹雪。 対岸の山桜が暖かい春の風に花びらを散らしている。 はらはらと舞っては流れてゆく春のひとひら。
オニイの入寮の日がきまった。 引越し準備のダンボールが少しづつ部屋を占領していく。 衣類や自炊道具、布団やTV。 最低限に揃えた家財道具で、送り出す。 相変わらずの朝寝坊、相変わらずの仏頂面で、残り少ない家族の時間を過ごすオニイ。 ほんとにちゃんと一人で生活していくんだろうか。 毎日三食、まともなご飯を食べられるんだろうか。 落ち着かない思いに駆られて、引越し荷物の隅にオニイの好きな即席めんやレトルト食品を少しずつ忍ばせる。どこのスーパーでも売っているようなありふれた食品をついつい買い足してしまう母の愚かさ。 「そんなの、あっちでも買えるし・・・」とふてくされながら、「いらない」とも言わないオニイにも、どこか不安はあるのだろう。 それが正しい巣立ち前の心境。
アユコ、アプコとともに10年近く通った書道教室が突然閉まることになった。 指導のTさんが、離れて暮らす母上の介護に通うことが必要になったため。 とても勉強熱心な先生で、私も娘たちも本当によく教えていただいた。 一年生から習い始めたアプコは、アユ姉のように小学生のあいだに特待生になるのを目標に頑張っていたので、とてもショック。 私もこのまま、おばあさんになるまでお習いできると思いこんでいたので、突然の決定に呆然としてしまう。 今日はその最後のお稽古日。 ずっと置かせてもらっていた書道用具を片付け、在庫の半紙や墨汁を沢山いただいて持ち帰った。 とりあえず、アプコのためには早々に新しい教室を見つけてやらねばとは思いつつ、なかなか気持ちの切り替えが出来ない。
焦ったり、足掻いたり、拳を固めたり、嘆いたり。 慌しく走り回るうちにあっという間に冬が通り過ぎていった。 見上げると、春。 たった1日、暦が変わっただけなのに、なにやら世間には新しい風。 まだ、グダグダの混沌の中に溺れる私を取り残して、巣立ちの季節は着々と進む。 待って!待って!と伸ばした手の指の隙間から、サラサラと春の時間がこぼれ落ちていく。
寒い朝。 新聞を取りに出たら、この夏ゲンが玄関に置いた睡蓮鉢の水が凍っていた。 この冬、はじめての薄氷。 すぐ上の枝から落ちた千両の赤い実が、何本もの放射の線に閉じ込められて凍っている。 寒いはずだ。
「うぉ!凍ってるやん。」 と自転車を出しながらオニイが言う。 「金魚がおったら、凍死やろか」 とゲンがニタニタ笑う。 「アユ姉、見て!凍ってる!」と騒ぐアプコ。 小テストの予習の問題集片手のアユコが、ふんふんと生返事をして飛び出していく。 いってらっしゃい、気ィつけてね。 慌しく出かけていく子ども達の背中を見送る。 いつもの朝の光景。
夜鍋明けの仕事を終えて、遅めの朝食を取りに父さんが帰って来る。 「着替えたら、すぐ出るから駅まで送ってくれる?」 ここのところ父さんは、展覧会に出す大きな作品の制作に悪戦苦闘中。 新しい釉薬の具合がよくなかったり、焼成の途中で瑕疵が見つかったりして、思うように仕事が進んでいないらしい。 そんな中でも、教室やら仕事の打ち合わせやら、どうしても止めに出来ない外出の仕事も多い。 少し休まないと壊れちゃうよ。 言いたい気持ちをぐっと抑えてお味噌汁をよそう。
「あ、凍ってるね!」 背広に着替え、玄関を出た父さんが、睡蓮鉢の氷を見つけた。 「うん、今朝は寒かったからね。」 と、私が答えるより先に、父さんはもう屈みこんで薄氷の表面を指で突っついている。 あらら、冷たいのにわざわざ触らなくても・・・。 手も濡れちゃうのに。 千両の実を捕らえた放射が破れて、小さな水しぶきがこぼれた。
我が家で一番幼いアプコでさえ、もう寒い朝の氷を触ってみようとはしないのに、まだこの人は睡蓮鉢に張った薄氷を見るとコツンと指で突付いてしまわずには居られない。 連日の徹夜仕事にくたびれて、電車の時間ギリギリに飛び出していく慌しい朝の一瞬に、それでも儚い薄氷に足を留め、ついとちょっかいを出さずにはいられない、この人の爛漫。 しゃあない人やなぁと呆れつつも、いとおしく思う。 あわただしくも幸せな、朝の一コマ。
来月、久しぶりに薪の窯を焼く。 工房の薪窯は、古来から伝わる桶型の特別な窯だ。 普段、工房での焼成は主に電気の窯で行っており、薪窯は格の高いお茶道具など窯変の作品を焼くためだけに使用している。
今回はオニイが、薪窯の焼成に作品をいれてもらえることになった。 基本の抹茶茶碗を制作するのだという。、 これまで我が家の子ども達は、遊びで粘土をいじらせてもらったり、窯番や土作りなどの下仕事の手伝いをしたりということはあっても、きちんとした作品の制作はさせてもらったことはない。 春から工芸の専門学校へ進むオニイに、他所で陶芸の基礎を習い始める前に、自分の家の窯の古来の技法の入り口だけでも学ばせておきたいと言う父さんの親心なのだろう。 オニイ自身もそんな父の想いが判るのか、「じゃ、仕事場、行ってくる」と少し緊張した面持ちで工房へむかう。 「おお、なんかかっこいいじゃん」と茶化してしまいそうな言葉をぐっと呑み込んで二人を見送る。そこには、母や妻の入る余地のない厳しい師弟の時間が流れているのだろうか。
年末年始、親類や知り合いの人に会うたび、オニイの進路が話題に上った。 「どこ、行くの?」 「春から京都の伝統工芸の専門学校へ・・・・」 「おお、いよいよ跡取り修行やな」 何度も繰り返された会話。 父や母にとっては、晴れがましくちょっとこそばゆい嬉しいやり取りだけれど、当の本人はどう聞いていたのだろう。 正月の帰省の折、バイトのため一足遅れて母の実家へ向かう車中で、父さんと将来について話をしたらしい。 陶芸を学ぶ道は選んだものの、陶芸を生涯の仕事としていけるのかどうか、それだけの実力が自分にあるのかどうかなど、自分の不安や思いを率直に語ったのだと言う。 普段なかなか親に本心を明かさないオニイにしては珍しいことだと、父さんが言う。
外から見れば、父母の望む希望を汲み取って進路を決めた従順な跡取り息子。 けれども、誇り高く、自分の世界を頑固に守る若いオニイの内心が、そういつまでも穏やかに流れていくとは思えない。 「伝統」やら「跡取り」やら、常に作り続ける「作家」としての苦悩やら、現代っ子のオニイがこれからぶつかって行くであろう壁は厚く高い。 迷いなくすんなり歩き続けられるほど、穏やかな道のりではないはずだ。
迷えばいい。 ぶつかればいい。 たくさん回り道をすればいい。 全く違う道へ方向転換してしまってもいい。 とりあえず君は、入り口に立ってくれた。 それだけでも父母は十分に嬉しい。
オニイが帰った後の工房で、製作途中の茶碗を見る。 一つ一つ、父さんに教えられたとおりに拵えた基本の茶碗。 生真面目で素朴でまっすぐなその茶碗の形が、期待と不安にどきどきしながら門前に立つ若いオニイの後姿にも見えて、なんだか胸が熱くなった。
米櫃の米が少なくなった。 「そろそろ行ってこなくちゃね。」 台所の隅に積んであった米袋の玄米を精米に出かける。
玄米は昨年の秋、新米の季節に届いた郷里の米。 力自慢の息子達がよっこらしょと運んでくれた30kgの米袋は、ヤワなおばさんの梃子には合わず、うんともすんとも持ち上がらない。 別の空の米袋を出してきて中身を二つに小分けにし、軽自動車の後にズドンズドンと積み込んで近所のコイン精米機に持ち込む。
農協の前の精米機には若い夫婦らしい先客が居た。 正月あけのこの時期、気のせいか精米所にやってくる人の数が普段より多い。 二人はどうやら玄米を精米するのが初めてらしく、慣れぬ機械を前に戸惑っている様子だったので、横からおせっかいを焼いて精米ボタンの選び方を教えた。 二人が抱えてきたのは、真新しい10kgの米袋。 お正月の帰省でどちらかの実家で頂いてきたものなのだろうか。 精米機からサラサラと流れ落ちる白米を物珍しげに喜ぶ様が初々しい。 若い夫婦世帯なら10キロの米で1ヶ月くらいは足りるのだったっけ? 「1ヶ月30kg時代」に突入の飯炊き母ちゃんは、若いご主人が片手でひょいと抱えていく10�圓諒涜泙魃鵑ぬ椶埜�送る。
そういえば、この精米の仕事。 少し前までは、父さんに「そろそろね。」とお願いしての二人がかりの作業だった。「ずっしり重い米袋を抱えると、家族の重さを実感するね」と父さんはいつも笑って二つ分の米袋を担いでくれた。 最近は工房の仕事も忙しくなり、父さんの手を煩わすに忍びなくて、私が一人で精米に出かけてくることが増えた。 何かの折、そのことを実家の母に話したら、「あらまぁ、それはそれは」と妙に感心された。娘が逞しく主婦業をこなしている様を感じていただけたか。
精米機から、白く精米された米がサラサラとこぼれ落ち始めると、香ばしいぬかの匂いが漂ってくる。 再び二つの米袋を満たすたっぷりの白米。 精米したての白米はほんのりと暖かい。 ずっしり重い米袋を抱き上げると、幼い子を抱き上げたときのような心地よいぬくもりが腕に伝わってくる。 故郷の米の暖かな重さを、幸せな思いで車に詰め込む。
私と入れ替わりに精米所の前に軽トラックが停まった。 降りてきたのは割烹着姿の年配の女性。 助手席には、さらに高齢らしい白髪の老婆が小さく背中を丸めて座っているのが見えた。 年老いたお姑さんを伴って精米しに来た主婦だろうか。 軽トラックの荷台から、小分けにした米袋をよっこらしょと運びこむご婦人のために、一度閉めかけた精米機のドアを大きく開いて「お先にどうも」の小さな会釈。 逞しくも心優しい主婦の大先輩に、精一杯の敬意を表して。
朝、冷たい水で青菜を洗い、たっぷりのお湯で茹でる。 しんと冷たい台所の空気に、鍋から上がる白い湯気の温みが混じって、ほのぼのと暖かさが増してくる。 濃い緑の法蓮草は、昨日、今年最初のスーパーへの買出しで買ってきたもの。年末年始の飽食にどっぷり浸かった食卓に、ようやくいつもの朝ごはんが戻ってくる。
毎年のことだけれど、私は年明け最初の通常モードの朝ごはんが好き。 お湯を沸かす。 青菜を茹でる。 卵を焼く。 新しく封を切ったお味噌で、味噌汁を作る。 炊きあがったばかりの白飯を茶碗によそう。 当たり前の家事の一つ一つが、「今年最初の」という冠を乗せただけで、晴れやかな喜びに満ちた作業に変わってしまう事の不思議。
本日、工房では仕事始め。 夕方には、旧家の嫁として大家族のお正月を取り仕切っていた義妹が、家族とともに遅ればせのお里帰りにやってくる。 数年前までは皆で近所に外食に出かけていたのだが、最近は高齢者の外出の足元を慮って、工房の2階でテイクアウトのお寿司や自前のお惣菜を囲むのが定例となった。我が家からも、揚げ物やらサラダやら宴会メニューをワンサカ拵えていってテーブルに並べる。 いわば、嫁としての仕事始めだ。 お先に実家で羽根をのばさせていただいた分、婚家でのお正月を慌しく切り回してきた義妹をねぎらう気持ちで台所に立つ。
毎日、毎日、落ち葉の雪が降る。 時折吹く風の音にふと窓の外を見ると、黄色や茶色の落ち葉がまるで雪でも降るように、はらはらと回りながら舞い落ちてくるのが見える。 降り積もった落ち葉は木々の根方に吹き溜まり、水路に漂い、道路上をクルクルと惑い散る。 竹箒や熊手を持ち出して、毎日のように落ち葉を掃く。 この時期には山中の木の葉が一度に落ちてくるのだ。 掃いても掃いても落葉はやまない。 掃いたそばからハラハラと落ちてくる木の葉。 「ああ、また降って来た。」 身の丈に余る竹箒を全身の力を込めて扱っているアプコが、宙を見上げて恨めしそうに溜息をつく。
休日の朝、アプコに落ち葉掻きの仕事を頼むと、 「わかったー。でももうちょっとしてからね。」と、すぐには腰を上げない。 ぐずぐずとやり渋った挙句、昼前ごろになってからようやく、そそくさと竹箒を持ち出してくる。その頃には、家の前の道路には休日ハイカーの数も増えて、ばさばさと砂埃を上げる落ち葉掻きはしょっちゅう途中で中断しなければならなくなる。 「朝のうちに済ましておいてくれれば、人通りも少なかったのに・・・。」 と私が言うと、アプコはニコニコ笑って首を振る。 「でもねぇ、アタシは人がいっぱい通ってるときのほうがいいねん。」 幼いアプコが大きな竹箒を振り回してお掃除をしていると、年配のハイキング客や親子連れの登山者がアプコに声をかける。 「小さいのに、エライね。」 「葉っぱがいっぱいで、大変やな。」 見知らぬ人から通りすがりに落とされる、お駄賃のようなねぎらいの言葉。 それが嬉しいから、わざと人通りが多い時間を見計らって落ち葉掻きをするのだと言う。 「人知れず行う善行」も、もしかして誰かがどこかで見ていてくれて、「エライね」と褒めてくれたりしたらホントは嬉しいと思ってみたりする。 そんなオトナの屈折も、アプコにはまだ芽生えていない。 賞賛目当ての姑息な魂胆を自ら恥じるわけでもなく、あっけらかんと「うれしいねん。」と言えるアプコの素直さがまぶしい。
先日、珍しく部活が休みで早めに帰宅したゲンが、帰るなり報告してくれた。 「帰り道のカーブの手前ンとこでさ、知らんおじさんが水路の掃除してたよ。誰やろ?」 といぶかしげに言う。 「ああ、水利組合の人じゃないの? 水路に落ち葉が溜まると詰まるから、時々掃除に来てくれてるみたいだし。」 「あ、そうなん?ボク、初めて見たけど」 「うん、たいてい君たちが学校へ行ってるような時間に来てはるからね。」 「ふうん」
秋の初め、はらはらと散るもみじ葉は細い水路を軽やかに流れてゆく。 けれども冬になって山から降る大量の落ち葉は、水路に落ちて途中で滞ると水流をせきとめ、道路に水を溢れさせることにもなる。 だから誰かが頃合を見計らって、水路に落ちた落ち葉を浚い、汚泥を掬い、わだかまった枯れ枝を取り除く。 山に暮らしていると、こうして静かに行われる誰かの小さな心遣いにふっと気づかされる機会が多い。 早朝から、歩道に散らばった木の葉を路肩に掃き寄せておく「誰か」さん。 通過する車のミラーを叩く伸びすぎた木の枝をパチンパチンと鋏で摘んでおいてくれる「誰か」さん。 轍で窪んだ道路の穴にいつの間にか砂利を詰めて補修しておく「誰か」さん。 散歩のついでに心無いハイカーがおいていった空き缶をひょいと摘まんで持ち帰る「誰か」さん。 見知らぬ「誰か」さんのこうした目立たぬ助けがあってこそ、水も人も滔滔と何事もなかったかのように流れ下っていけるのだ。
「水路の水って、放っといても勝手に流れていってるんやないんやな。」 そのことに、自分で気づけたゲンもエライ。 彼はもう、一日限りのハイカーたちがよくやるような、水路端に溜まった落ち葉を戯れに水路に落として見送る遊びを決してしないだろう。
最近テレビを見ていたら、毒舌家で知られる俳優がこんな話をしていた。 「若い頃、移動の車の窓から街路樹の落ち葉を掃き集めているジイサンを見かけたりするとさ、 『ばかだな、あのクソジジイ。 掃いても掃いても、じきにまた落ちてくんのに・・・』 なんて思ってたんだよ。 でもさ、最近、おんなじように落ち葉を掃いてるジジイを見かけたりすると、なんか妙な気分になるんだよな。 いとおしいって言うのか、なんていうのか、下手すると、ウルッときちゃったりすんだよ。バカだよねぇ。 オレも、年取っちゃったってことなのかな。」 普段の毒舌に似合わぬ俳優の気恥ずかしそうな表情が、なんだかいいなと心に残った。
オニイの進学先が決まり、春からの下宿暮らしが確定した。 一番安い学生寮での自炊生活。 慣れない土地、初めての人間関係の中でオニイはうまく泳いでいくことが出来るんだろうか。 「スパゲッティを茹でるときは多目のお湯で塩を一つまみね。」 「一応、言っとくけど、電子レンジでゆで卵は厳禁よ。」 「色落ちするジーンズと白いタオルは一緒に洗濯機に入れては駄目。青いタオルを干す羽目になるよ」 などなど、世話焼き母は事あるごとにオニイに「家事豆知識」を垂れるようになった。 「大丈夫、判ってるよ」とへらへら笑いながら居なくなるオニイ。
オニイの下宿生活決定に、真っ先に反応したのはゲンだった。 「んじゃさ、来年から男の子部屋は僕一人で使っていいって事?」 と、とりあえず自分の生活への影響が気になったらしい。 「え、自炊?毎日何食べるんだろ? カップめんとかレトルトとかいっぱい食べるのかな。 洗濯とかも自分でするの?うへぇ、オニイに出来んのかな?」
ゲンにとって、オニイはいつも自分の数歩先を歩いていく先導者。 片道40分の自転車通学も、腹ペコ汗まみれの部活生活も、自転車でふらりと遠くの街へ出かけていく放課後の楽しみも、ほんの数年先の自分の姿に重ね合わせて、羨ましく見上げているのだろう。 オニイの巣立ちの日を前に、まるで自分のことのようにワクワクしたりドキドキしたりしているゲンが居る。
最近、ゲンが自転車で出かけていくことが多くなった。 少し前までは夏休みや休日に多かった「お出かけ」だったが、最近では部活が休みの放課後など、ほんの数時間の空き時間にもふらりと出かけていくようになった。 行き先は多分、いつもは車で行く遠くのショッピングモールだったり、新聞の折込チラシで見た知らない街のペットショップだったり。はじめは近所のスーパーどまりだったものがだんだん距離を伸ばし、意外なほど遠くの町まで遠征していくこともあるらしい。 自分の足でペダルを踏むことで、知らない土地、初めての町と出会うことができると言うことが、今のゲンには楽しくてたまらないらしい。 男の子らしい冒険者魂がメラメラと燃え上がるお年頃なのだろう。 夕方、ゲンが「ちょっと出かけてくる」と言って出かけていった。 もう日暮れも近いというのに、何もこんな時間からでかけていかなくてもとは思うが、「思い立ったらすぐ行動」が信条のゲン。 しゃあないやっちゃなぁと笑って見送ったのだけれど・・・。 夕食の支度で慌しくなる頃、 「ゲン、ちょっと遅すぎひん?」とオニイが気がついた。 「また、調子にのって遠くへ行き過ぎたのかな。それにしても遅いね。」 と言っているところに電話が鳴った。 「あの・・・、ボクやけど・・・。」 ゲンだ。 道に迷ったのだと言う。隣の街の電車の駅の公衆電話からかけているらしい。散々迷って、もうどっちを向いて走り出したらいいのかも判らなくなってしまったようだ。 幼い頃から自他共に認める方向音痴のゲン。最近になって何度か遠出をするようになって、いくらかましになってきたかとも思っていたが、やはり生来の傾向は根強かったものらしい。
電話を受けた私自身も不案内な場所だったので、とりあえず5分後にもう一度電話するように言って、大慌てで地図を探したりネットで調べたり。 駅の場所はすぐにわかったが、果てさてそれを右も左もわからなくなってしまったゲンにどうやって伝えたものか。 困り果てていると、 「しゃあない、僕が走ってやる。ゲンにはそこから一歩も動くなと言っといて。」 とオニイが申し出てくれた。 再びかかって来たゲンからの電話に、オニイが迎えに行ってくれることを告げると、受話器の向こうのゲンの声が心底ホッとした様子なのが伝わってきた。 薄着で出かけたゲンのために上着を自転車の前籠に詰め込んで、オニイは颯爽と出動していった。 しばらくして、オニイの携帯電話から、「不明者、確保!今から帰還します!」の報告。 それから約一時間後に、意気揚々の捜索隊長としょげ返った迷子が揃って帰宅した。 トータルで3時間近い捜索劇だった。
今回の迷子事件について、オニイの感想。 「迷子になって困ったら、すぐに『SOS』を出せるところが、ゲンのゲンたる所やな。 僕なら、絶対電話なんかしない。なんとかして最後まで自力で帰り道をさがすやろな。」 そうだね。 「助けて!」と素直に発信できるところがゲンのいいとこ。 なんとか自分で出口を探そうと最後まであきらめないのがオニイのいいとこ。 そのことにちゃんと気づけるようになったオニイ。 君は確かに大人になった。
数日後、オニイの新生活についてゲンと話していたときのこと。 「オニイ、だいじょぶかな、一人暮らし。うまくやっていけるかな」 と漏らした私に、しばらく考え込んでいたゲン。 「大丈夫なんとちゃう。 ああ見えてオニイ、結構逞しいし、うまくやっていくんじゃない。」 と答えてくれた。 ほほう、オニイの偉大さが身に沁みましたか。 うんうん、素直にそういえるゲン。 君もちょっぴり大人になった。
朝夕の肌寒さがようやくしっくりと身に添う季節になった。 羽織ってきたカーディガンの腕をぐいとまくって、朝の空気の冷たさをわざと味わう。 アプコとともに慌しく坂道を下る朝。 いつもの場所で立ち止まり、スキップ混じりの早足で駆けていくアプコの後姿を見送る。 ひと夏で背が伸びたせいか、春に穿いていたスカートはすっかり短くなってしまい、にゅっと突き出た華奢な脚がちょっと寒そうだなと思う。 駆けていく背中に「アプコ!」と声をかけようとした瞬間、道路の小石を蹴散らしていたアプコの足がピタリと止まった。立ち止まってずり落ちたハイソックスをぎゅっと引っ張り上げ、こちらを振り向いてアプコがニッと笑う。 あ、テレパシーが通じたかな? ちょっと可笑しくて、ちょっと嬉しくて。 バイバイと手を振ってアプコを促す。
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今年は山のどんぐりが「成り年」のようだ。 夏が暑かったせいか、どんぐりが出現する時期は例年より少し遅かったが、ここ数日で急に茶色く実ったどんぐりがあちらこちらで見かけられるようになった。 工房の前には庭帚で掃いても掃いても朝になると大小さまざまなどんぐりが落ちているし、道路脇の窪地には降り積もったどんぐりがザクザクと玉砂利のように吹き溜まっている。 いつもなら、ハイキング客や遠足の子ども達が「あ、ここにも!」と歓声を上げて拾い上げていたどんぐりも、これだけ沢山落ちていると物珍しさもなくなるのか、石蹴りの小石代わりに弾かれていく有様だ。 さわさわと風が吹くとパチンパチンとそこここで木から落ちたどんぐりが路面に弾ける音がする。 高い梢から硬い路面に向かってどんぐりが落下する勢いは思いのほか激しくて、ピシリッ、ピシリッと短く鋭い音がする。たまたまタイミングよくその下を車で通過していたりすると、走る車の天井にピシッと銃弾を浴びたかのような思いがけない大きな音がしてびっくりすることもある。 それは、「どんぐり、ころころ・・・」と歌われるようなのどかな優しい音ではなく、怒りを込めた石礫のような鋭く厳しい音だ。
先日、高三のオニイの卒業後の進路が決まった。 京都の工芸の専門学校に進み、2年間、陶芸の基礎技術を学ぶ。 「4年制の美大に進むか、専門学校に行くか。」 学力や適性、学校の特性や履修内容、卒業後の進路や家族の経済状況など、あれこれ思い悩んだ末の決断だった。 結果として、オニイは華々しく楽しげな都会のキャンパスライフではなく、片田舎の「訓練所」ばりに厳しい専門学校での学びを選んだ。 それは、もしかしたら彼自身の希望というよりは、父母が自分に期待していることを慮っての選択だったのかもしれない。なりふり構わず自分の希望を押し通すことの出来ないオニイの心優しい古風な長男気質を、いとおしい気持ちで思い量る。 職人としての土台となる基本技術をがっちり身につけることを目標とする堅実な校風が、生真面目で志高いオニイにとって有意義な修行生活のスタートとなることを願う。 また、学校が辺地にあるため、春から一人で下宿生活を始めることになる。 「親があれこれ世話を焼くのは高校卒業まで。後は自力で生きていけ」と事ある毎に言い放ってきた放任母ではあるけれど、いざ最初の子どもが親元を離れる日が来るとなると、あれこれ気になること、心配になることも多い。 朝寝坊のオニイを起こすたび、「一人暮らしになったら、どうすんの!」と要らぬ小言をついつい付け加えてしまって、「そン時は自分で起きるよ!」とうんざりされることが増えた。 子どもの巣立ちになかなか気持ちの整理がつかない、愚かな母心を自嘲するばかりだ。
梅雨時の雨、夏の日差しを受け、たっぷりと生命のエネルギーを蓄えたどんぐりは、秋の冷気が深まるにつれて茶色く色づき、ある日、風ともいえぬ僅かな風を受けて地に放たれる。 地に落ちたどんぐりは、あるものは水路に落ち、あるものは道路で車に轢かれ、あるものは幼い子どもの上着のポケットに迷い込む。そして運良く環境を得られたどんぐりはそそくさと頼りない根っこを伸ばし、土と水分を求めて成長をはじめる。
夏の間梢の葉陰で大切に育てはぐくんだどんぐりを、惜しげなく地に放つ大樹の潔さ。 転がり落ちた瞬間から懸命に自分の居場所を探し、根を張り芽を出して成長していこうとするどんぐりの力強さ。 ピシッ、ピシッと地を打つどんぐりの音を聴きながら、大きく深呼吸して歩き始める。
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