『今日の一言』
因幡うたぎ

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■ 雨が降ると体調が悪くなるのは、果たして如何なる理由からなのであろうか??

−−−ゴールデンウィーク中はもっていた天気だが、明けた途端に雨である。天気は悪いが、約束があるので、朝から起床。しかし、貧血で起きられず気持ち悪さと戦う事一時間。−−−今日は、友人が働く某生命保険会社営業部主催のお食事会なるものに参加してきた。イタ飯ランチのコース3000円と言う事で、「アタシが食べたいから付き合って〜」という電話に呼び出されていた。なんとか用意を整え出掛ける事に。−−この会社、既に就職活動中、先月の事だが、説明会に出掛けたことが縁で、営業部長とかとも顔なじみであった。また「一緒に働こうよ」コールを受けそうな予感はあったが、断わるつもりで出席する。−−−場所は、銀座。ホテルのレレストランである。待ち合わせは銀座三越入り口にデンと座ったライオン前。職場の朝礼が長引いて待ち合わせに遅れると連絡が入り、久しぶりに三越の中をブラブラと見て回る。ああ、そう言えば5月12日は母の日なのね〜とかギフトが並ぶコーナーを眺めつつ、ああ、今年は何にしよう?などと、今更ながらに考える。色々ギフトが並んでいたが、どれもピンと来ないのだね。ははは。とか店を冷やかしながら時間を潰し、友人と合流。一路会場へと向かう。−−−で、結論から言えば、非情に美味しかった。しかし、前菜・パスタ・メイン(肉)・デザート……このコース、ランチでこの量ならディナーはどうなってしまうのだろう!?という位「もう食べられないです〜」と泣き言言いたくなるくらいの量があった。−−いや、ゆっくり食べているから、パスタのあたりでもうおなかいっぱいになってしまうのだろうけれど、体調不良から漸く脱出したばかりの我輩。胃袋もあまり元気ではなかったようである。−−朝食は、お蕎麦をお椀に一杯で済ませて、お腹は空いているはずなんだけどな〜とか思いつつ、完食。−−−友人も同じ卓を囲んでいたマネージャーさんや部長さんも、この後仕事なので、ワインは一杯だけしか飲まなかったが、我輩さり気なく2杯飲んでしまっている……あああああ、今考えるとずうずうしいぞ!!自分!!!(恥)−−−反省。−−−食事会後、会社によって支店長なんかとお話もしたが、サックリお断りして、交通費をゲットして帰宅。−−−我ながら酷い人間だな…と思う今日この頃。−−−だって、営業やりたいんじゃないんだもん!事務職がやりたいんだもん!……たとえ、今の不況の世の中で、事務職の雇用が全くないとしても!(滅)−−今暫くは、茨道を足掻いて足掻いて進もうと思うのである。うむ。

■今日は何の日?■

 5/7は・・・1251年◆東京・鮫洲の名の起こり
         1333年◆足利尊氏、京都を攻撃
         1703年◆近松の「曾根崎心中」初演
         1832年◆ギリシャ、独立王国に
         1872年◆品川・横浜間に日本初の鉄道開通
         1888年◆伊藤圭介、日本の理学博士第1号に
         1942年◆世界初、空母同士による決戦
         1945年◆第2次世界大戦、ドイツ無条件降伏
         1975年◆エリザベス女王夫妻、来日

 −−−1872年の今日、品川・横浜間に日本初の鉄道開通。2年前に起工した鉄道敷設工事が終り、この日仮営業開始される。1日2往復で、上等1円50銭、中等1円、下等50銭だった。日本人運転士の乗務は、これから7年後のこと。つまり、それまでは外国人だったのか?乗務員!!うぉっ!日本の運転士養成が遅れていたようである。−−開通した時、停車駅名を並べた歌が作られたが、昔は歌えたけど今は歌えないわ(苦笑)っていうか、この頃といえば、鉄道は「陸蒸気」と呼ばれていた時代やね。海の蒸気船が主流だったこの頃、陸の上を走る蒸気機関は日本の人々には大いなる驚きであった。黒船始めて見た時だったかなりのカルチャーショックだったわけだし。更に、陸の上を走る蒸気機関なんて!そりゃもう、センセーショナルだったことであろう。−−我輩が生まれる100年前のお話だと気づき、なんとなく感慨深い気持ちになりましたとさ。

2002年05月07日(火)

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■ 子供の日・・・喉かな空に鯉のぼりがヒラヒラと舞うのを眺める

−−−イベント翌日。………木更津の朝は遅い。が、今日は少し様子が違った。何故ならば、朝っぱらから、袖ヶ浦にある「東京ドイツ村」へ出掛ける予定だからである。−−−袖ヶ浦にあるのに何故「東京」なのかは、突っ込まないでくれたまえ。それについては、我輩も友人も、誰も彼もが思いきり突っ込み入れ放題入れているのだ。−−−成田空港だって成田にあるのに「新東京」とついてるし、舞浜にあるネズミ王国だって「東京」とついている。実際には東京ではない所に、東京とつけるのは、やはり「ミエ」なのだろうか?(滅)−−どうせなら、「東京湾ドイツ村」とかにした方がいいんじゃない?…という、さり気なく真実な代案などを我輩達は提唱してみたりしたのだが、恐らくこれはないであろう。−−−閑話休題−−−−という訳で、ドイツ村に行くために、我輩達はいつもなら10時くらいまで寝ているのに、8時に起床。トースト一枚食して、9時半には車に乗り込み、一路ドイツ村へと向かった。−−−さて、皆の衆。「東京ドイツ村」とはどのような施設かご存知だろうか?……その昔、袖ヶ浦にゴルフ場を作ろうとしていた土地らしいのだが、作っている途中でゴルフ場から「ドイツ村」に変更されたようである。−−−今年で1周年を向かえるここは、東京ドーム11個分とかいう広さを誇る。起伏に富んだ芝地が広がり、観覧車やおみやげ物や、広いパターゴルフ場、アスレチックフィールド、バラ園、大きなブランコなどなど、子供を野放しにしてあそばせるのに適した環境が整えられている…なかなかに楽しい場所である。−−−ゲートを潜る時、車でそのまま園内にはいり、園内をぐるりと回る道路の好きな所に車を留められる駐車スペースが作られている。客は、自分が遊びたい所に車を止め、外に出て遊び、更にもう一度車に乗り込み移動して別の場所に留めては遊ぶ…という、そういう遊び方が出来るらしい。−−−ドイツ村のHPに行くと、今なら1周年記念の入場半額チケットをプリントアウトする事ができるので、ぜひ利用してもらいたい。−−−と、そういう場所なのだが、我々の目的は、別に芝生でノンビリごろ寝をしたいとか、観覧車にのりたい…とかそういう健康的な目的ではない。ドイツ村…と言う名から連想されるもの……それは、ビールとソーセージ……これらをゲットするのが目的であった。−−−この日は、よく晴れた良いお天気で、半袖でも十分では?と思えるほどの陽気であった。−−−地元民しかしらない抜け道をつかい、正規のルートとは違う道路を通って、渋滞を回避した我々は、無事にドイツ村のゲートを潜り、入場を果たした。ゴールデンウィ―クということで、袖ヶ浦という辺鄙な所にあるこの場所も、エライ混雑具合であった。車を止める所を探しながら、園内奥の小高い場所にある観覧車の傍に駐車し、そこから少し歩けばすぐ辿り着ける、レストランや、おみやげ物を販売している建物へと我輩達は向かった。−−−まず、ソーセージをゲット。ついでに、各自おみやげ物を物色し、ビールを求めて徘徊する事暫し、途中野外で露店のように販売していた、ソーセージやドイツビール、豚の体の形そのままのハムを回しながら焼く、ドラム焼きなどを見付けた。−−−食べたかったが、ここは我慢だ。ここから帰ったら、友人宅の庭でバーベキューの予定だったので、ここで食べてしまっては、バーベキューが出来なくなってしまう!−−−とりあえず、ビールの持ちかえり用はないものかと、従業員に尋ねてみると、ないのとの返答が帰ってきた。(Σ衝撃!)−−ナンテコッタイ!オリーブ!!(←古ッ!)−−−何の為にここまできたのか!全ては、うまいビールをゲットするためなのだぞ!!(←何かが違う…/苦笑)諦めきれず、我輩一杯コップでゲットしてその場で飲む事にする。なにせ、今日の為に昨日は無理をせず酒を飲まずにいたのである。ここで我慢ができようか!(反語)−−−一杯を全員で回し飲みをしつつ、ドラム焼きのハムを一皿ゲットし、それも皆で分かち合う。これが、メッサ美味いのである。うわ〜これやたまらん!ビールも美味い!スゲー美味い!何故これをテイクアウトできないのだ〜〜!!(心の叫び)−−−次回リベンジ!次はここに朝から来て昼間で飲んだくれて、午後はのんびり酔いを覚ます…というタイムスケジュールで来よう!と硬く心に誓い、我々は後ろ髪を引かれつつ、短い間でその楽しみを体感させられたドイツ村を後にしたのであった。−−−子供連れはここ、真面目にお勧めである。いや、マジで。
−−−ドイツ村からの帰り道、肉屋によって、焼肉ようの肉を買い、友人宅に戻ると早速バーベキューのしたくにとりかかる。一組がバーベキュー用の道具を用意している間、もう一組が鉄板で焼く野菜などを用意する。人海戦術の勝利で、それ程時間も掛からず、12:30頃からバーベキューを開始。用意しておいた缶ビールで乾杯をした後、ヒタすら肉を焼き、野菜を焼き、食って食って食いまくる我輩達。−−−しかし、この時我輩まだ完全に体調が戻っておらず、かなり酷い頭痛がしていた。体もだるかったし…あまりお肉も食べられなかった(滅)−−−しかし、エノキだけは沢山食べた。我輩、エノキ大好き人間なのである。2束かって、一束分は我輩の胃袋に消えているもよう(笑)−−−ビールも体調悪い…とか言いつつ、350ml×2は飲んだ。そして、最後に洋ナシのスパークリングワインを一本5人で飲んだな(遠い目)−−−2時間ほどバーベキューを楽しみ、火の始末と皿の片付けを粗方終ると…人間腹が満たされると、眠くなるものである。体調の悪さと腹の苦しさで、我輩ダウン。その後、一人、また一人とダウンしてゆき、ごろ寝のお昼寝タイムに突入。……3時間位寝たな。ははは。窓を開け放ち、うららかな陽気とさわやかな風が心地よかった事は覚えているが…ソレから先は記憶の彼方である(笑)−−−その日の夜は、白と赤のワインを一本ずつ皆で飲んで、ビールもやはり一缶飲んで、怪しい映画を見ながら、真夜中の3時まで同人誌を読んでいた……爛れたゴールデンウィーク終盤のある1日。

2002年05月05日(日)

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■ Super Comic City 11・・・イベント日記「史上最悪のイベント参加でトホホ(不完全燃焼の1日)」の巻

−−−久しぶりのイベント参加である。朝5時起床。……なのに、起きたら体調が最悪。トイレのベンキと仲良くなって、昨夜食べた物と、全てさよならしても、まだ気持ちが悪い……どうなっちゃったの?我輩。−−−しかし、無情にも時間はお迎えの時刻になる。「あんた、大丈夫なの?」とママ上サマが心配して、ゲロ袋持たせてくれる程の体調最悪ブリ。髪の毛などセットも出来ず、ただ着替えて、お茶飲んで、そのまま迎えにきた友人の車に乗り込み、会場のある有明まで向う。−−−荷物、4階の自宅から下ろす力も殆どなかった位ヘロヘロの我輩。乗車時間は30分ほどなのだが、その間意識不明に陥る(沈黙)−−−とりあえず会場着。車中で化粧をして、鏡を見る我輩……紙のような顔色の上に目が死んでいる(滅)−−目の下にクマちゃんがいるよ…ママン。7:30の入場に合わせて、会場入り。一緒にきた友人とわかれて、自分のスペースへと向かう。ヘロヘロ、ふらふら。カートが重いぜ。いつもなら、お茶の子さいさいなのにね〜(遠い目)

会場には既にお馴染みの顔が揃っていた。「おはようございまふ〜」と怪しい挨拶をする我輩。スペースのお隣は、A野女王だったので、彼女の友人を売り子ちゃんにお借りする。辿り着いた我輩が、あまりにもヘロヘロしていたので、皆が眉を顰め、アレもこれもソレもどれも準備をやってくれた。その間、我輩が、なんにもしないで椅子に座りこむ(←駄目ジャン)−−−その節は真面目に有難うでした。皆の衆。(T野さん、Hさんすぺしゃるさんきゅ〜〜〜/><::)……実は、その後の記憶がかなり曖昧…というより、朦朧とした霞みの向こう側にあって、我輩覚えていないのである。周期的にやってくる吐き気と戦い、眩暈でぐらぐら…気がつくと準備万端整っていて、後は開場を待つばかり……ああ、良く考えると、S女史にも遠くから手を振っただけだったよ。あうあう。この日の我輩、最悪である。挨拶全然しに行ってないジャン!(滅)−−−そうこうする内に、反対隣りのNこさんがやってきて、座ったまま朦朧と挨拶をする。−−−そうこうするうちに、一度トイレに行き、吐こうとしたが果たせず、フラフラと帰ってきたら、Hさんに「救護室の場所確認してきたから」といわれて、救護室に強制連行される(笑)−−−いや、真面目に洒落にならない状態だったわけで…というか、初★救護室利用である。おお!新鮮!!(←喜ぶべきではない)−−−結局、9:30〜12:30までの間、ずっと救護室の簡易ベットの住人と化した我輩の記憶は、とにかく気分が悪いのとグルグル回る感覚との戦いに終始していただけで、微熱も出るし、なんだか最悪であった。我輩がお世話になった最初の時間は、「まだ空いてるから、ゆっくり寝ていきなさい」という状態であった救護室だが、とりあえず復活して戻る時には、ベットは埋り大繁盛の状態…皆さん、無理してたのね〜とか、思いつつ。ああ、そうだ。初救護室で最初に体調の悪い理由を問われた時、救護室の人に「ずっと徹夜とかしてなかった?原稿とか〆切りで」と開口一番に問われたのが感慨深かったなぁ(笑)−−−毎度、そういう理由で来る人が多いのだな。とか関心したみたりして…我輩の場合、睡眠時間は足りてると思っていたのだが、思い当たるのは、1週間前までの梯子修羅の記憶である。徹夜…したな。2週連チャンで(遠い目)……自分の徹夜の時は、2日寝なかったからな(笑)−−−そう申告したら、「きっとその疲れが今でてるんだよ」と注意された。風邪気味でもあったので、その所為もあって体調不良なのかもね…とさとされて、ドリンクもらってグースカピーと睡眠をとる。

復活して戻ると、既に販売のピークは過ぎていた。−−−毎度どうもの方や、逢いに来てくださった方が結構居たみたいなのに、逢えなくて衝撃を受ける我輩。−−−うわ〜ん(><:: ごめんなさい〜〜〜(滝涙)−−−何より衝撃だったのは、本を買ってくださる方とのコミュニケーションを全くとれなかった事である。あまりイベントに出ないので、数少ないチャンスは大切にしたいのにな〜(しくしく…/T■T|||)−−−朝よりマシだが、やっぱりまだ調子の悪い我輩は、諦め悪くカタログチェックなんかして、皆様に怒られる。−−ツイには、介助つきでスペースを幾つか回る事に……今考えると、かなり恥ずかしい事では?(←今更である)−−−止めとけ。と言われて、止められるものなら、イベントに行かないでしょう!という位執念で幾つかサークルを回り、本を本のちょっとゲットする。−−−しかし、既に時刻は13:30を回っていたので、今更行っても本はない(滅)−−−いいけどね。えぐえぐ。帰宅時に、行き忘れた所を思い出し、更に追い討ちでショックを受けたのは、また別の話である。

14:00頃、早めに宅配を出しにゆく。A野女王と一緒にカートに箱を積んで、まず一箱。我輩は、あともう一箱だけなので、それは車に積んで持って帰る事にする。女王は、その後2回位宅配出しに行ったのかな?

とにもかくにも、全く知り合いに挨拶にも行けない状態で、何をやっていたのか記憶も定かでない…折角の楽しみにしていたイベントを満喫できず、これ以上はない程残念な1日であった。
心配かけてごめんね〜とか、今日はアリガトね〜またね〜とか、やはりヘロヘロしながらA野女王や、Hさん、Kさん、T野嬢と別れて、朝一緒にきた友人と合流。−−−そして不完全燃焼な有明を後にしたのだった。
……で、そのまま友人の宅のある木更津へ攫われる我輩。……体調悪いくせに、何をやっているのか?とは突っ込まないように。それについては、既に自分で散々突っ込んだ後である(苦笑)−−−流石にこの日はアルコールは飲まず、スープおじやを作ってもぐもぐこの日はじめての食事をとる。−−2食ぬいた後のスープおじやは美味だった(落涙)翌日は、東京ドイツ村に行き、ドイツビールを飲み、ソーセージをゲットする予定である。そして、友人宅の庭でバーベキューをするのが、この木更津観光ツアーのメインイベントであった(^^:)−−−翌日に備え鋭気を養う為、日付が変わる頃就寝。−−−翌日はたして、我輩は復活できたのであろうか?待て、次号!(←馬鹿)

2002年05月04日(土)

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■ ゴールデンウィーク後半戦・・・ちびギャング来襲ッ!!の巻

−−−今日の午後から、チビ・ギャングが来襲。ゴールデンウィーク後半を、我が家で過ごす予定らしい。−−まぁ、我輩も、明日のイベント終了後、友人宅に泊りがけで出掛けて、遊び呆ける予定なので、今日1日やり過ごせば、問題無いのだが……兄貴が帰って来ると、パパ上サマ上機嫌でお酒がバンバン振舞われるので、我輩、明日の体調がかなり心配である(←だったら、飲まなきゃいいのに…とは言わないでくれたまえ/苦笑)
−−−明日の準備を整えて、在庫の冊数やら、数えて箱詰めして…お泊り用品を用意して…久しぶりにイベント前日早く眠れそうである。−−やはり、無職状態で時間があったからであろう。いつもならこうはいかない。前日、2〜3時間睡眠でイベント参加なんて事は、当たり前〜の状態だったし(遠い目)−−とりあえず、明日は印刷所に出したオフセット本の出来あがりが楽しみである。(無事届いててくれ…/切実)

■最近の我輩■
ここ数日、昔のマンガを読みたくなって、ごっそり本棚から出してきて読んでいたりする。−−NHK大河時代劇で「利家とまつ」をやっている関係で、河村恵理の時代ロマンシリーズを読み返したりして、「明日香の皇女」の最終巻を買っていなくて、「ギャーーーッ!」と最後を読みたくて仕方がなくなり、古本屋を探しまわったり(結局見つからなかった/滅)、そうかと思えば、「やじきた学園道中記」を一気読みしたり、今日は「D-WALK」を読みながら、「江端兄弟…うふふふvv」と不気味にほくそえんでみたり…と、不思議なチョイスで読み漁る我輩。−−−新しい本が変えない反動か?(……「明日香の皇女」9巻……どこに売ってるかな〜ああ、古すぎて、本屋の棚にも無いんじゃ……取り寄せ?取り寄せるしかないの!?)

■明日からの日記■
イベント終了後、6日まで友人宅へ泊りがけで遊び行く予定。日記の更新はお休みします〜♪

■今日は何の日?■

 5/3は・・・ 1334年◆後醍醐天皇、徳政令を発布
         1604年◆江戸幕府、糸割符法を開始
         1814年◆ナポレオン、エルバ島に
         1908年◆ライト兄弟、イギリス国家よりメダル授与
         1937年◆「風と共に去りぬ」ピューリッツアー賞に
         1946年◆東京裁判、開廷
         1947年◆日本国憲法、施行される
         1963年◆第1回日本グランプリ
         1971年◆連続5本本塁打の記録達成

 −−−良いネタがない(笑)

2002年05月03日(金)

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■ ナイター延長の所為で、「ごくせん」録画失敗・・・こんちくしょうな今日のワタクシ

−−−今日は、チラシの印刷。いつもはコピー機を使用するのだが、今回は、全てプリンターから出力する事にした。ふふふ…理由は、経済的な問題である(滅)−−しかし、イラスト入りのチラシを200枚プリントアウトするとなると…かなりの時間が掛かる。はっきりいって、2時間以上かかってたような気が…計っていないので解らないが、それ位放置していたように思う。(終わるまでの間に、我輩は外出し…帰ってきた時も、まだ出力中だった/苦笑)−−通常の文字印刷ならば、それほど時間は掛からないのだが、イラスト印字モードだと、とても丁寧に出力されるので、一枚の印字に掛かる時間が相当長くかかるのである。−−途中、足りると思っていたB5の用紙が20か30枚足りない事が発覚し、慌てて買いに走ったりもしたが…無事に、印字も終わり、半分に折るのも終了。−−残るイベント用準備は、スペースナンバーなどを記したポップと、値段カード作成である。−−とりあえず、明日だな。うん。(←もうあきらめるのか!?/笑)

■HP■
久しぶりに、HPをいじる。−−といっても、過去十年掛けて出した「トルーパー」の同人誌の通販情報のページを作った…というだけである。興味があるなら、見てくだされ…。

■コミックス■
今日、ブラブラと本屋によったら、「ゴーストハント�А廚�発売されていた。……ああ、そう言えば、今月だっけ。(←やる気あんのか!?って突っ込み多数/笑)−−−ウラド編完結しましたな。パジャマでおじゃまvなナル坊が拝見できて、我輩幸せでしたとも!−−そして、リンさん!大活躍!?(笑)−−カッコイイなぁ…ホゥ(溜息)……そして、ツルハシ持ってる坊さん!裏表紙の折り返しのカラーのドカチン姿の坊さんもかなりグッドであったが、中の壁壊す坊さんもグーであった!(爆笑)−−怖さ的には、CDブックの方が上かな?とか思ったが、声の出演がナニなので、マンガのほうが…う〜ん。しかし、我輩原作派なので、マンガは別物と捕らえておるのだ。むむ。可もなく、不可もなく…しかし、いなだサンは好きなのだよ。ほほほ。(←酒も入っていないのにハイテンション)−−次が出るのは1年後か?どうなるのかね〜?これから。

■今日は何の日?■

 5/2が・・・ 713年◆朝廷、諸国に「風土記」の撰上を命じる
         955年◆蜻蛉日記の作者、逝く
         1212年◆由比ヶ浜の和田合戦
         1643年◆会津藩主加藤明成を改易
         1911年◆岡本一平「人の一生」連載開始
         1920年◆上野公園で日本初のメーデー
         1927年◆福田英子、没
         1950年◆東北大ルイーズ事件
         1968年◆パリで大規模学生デモ

 −−− 蜻蛉日記とは…歌人であり、藤原兼家の妻、道綱の母が書いた日記。夫とのなれそめからその結婚生活、子道綱の成長の様子まで、事こまかに記録されている。耐え忍ぶ…夫をただひたすら待つ妻って感じで、時々うにゃうにゃ言っているのだが、なんだか当時の通い婚とか、女性の立場とか色々とね…それなりに女性らしい内容なのだが…如何せん、我輩これ、嫌いなのである。生理的なものである。何故?どこが?とかは言えないけど、なんとなく…とだけ、言っておこう。うん。−−−で、その作者が無くなったのが、955年の今日らしい…という、お話。

2002年05月02日(木)

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■ 背中が痛い・・・腰が痛い・・・孤独な製本作業による諸症状は如何にして直すか?

−−−今日も今日とで、製本作業…良いのか?これで??という位、就職活動そっちのけである。……まぁ、ゴールデンウィークともなると、中々求人情報も出てこない…と言うことで、自分を誤魔化しつつ(誤魔化すなよ…/爆)、昨夜3時過ぎまで掛かって仕上げた表紙を小雨のぱらつくなか、えっちらおっちらと歩いてコピーをとりにゆく。−−−カラーコピー50枚。小銭しか使えないコピー機なんて、嫌いだ(滅)−−とりあえず、それなりに綺麗にコピーが出来たので、自宅に持ちかえり、今度は余分な所をカットする。−−作業をしながら、昨夜録画した『整形美人』を見る。物凄い性格の主人公が好きだ(笑)椎名きっぺい(←漢字がわからない/苦笑)…そんなにハンサムだとは思えないのだが…頑張ってるし。華道の家元役……今後、彼らはどうなるんでしょうかね〜?とか言いつつ、それほど熱心に見ているわけではないのが実情。ま、流し見しつつ、カットをし続け、ドラマが終わっても作業が終わらず、ニュース番組の変身隊とか言うのまで見てしまった(笑)−−変身したい奥様&旦那サマを、プロの手でサックリ素晴らしく変身させて上げましょう!という企画らしいのだが…メイクや髪型、ファッション…プロのちょっとしたテクニックで物凄く変わるのが、これの面白さである。−−我輩も、眉毛くらいプロにやってもらいたいなぁ…等と思いつつ、次の作業へGO!−−−今度の作業は、両面テープを本文の背中につけてゆく作業である。まず、テープを丁度良い長さに切った物を沢山作る。それを綺麗に製本済み本文の背中に張ってゆく。これも地道な作業である。−−−だが、単純作業というのは、続けていれば終わるものなのだ。−−テープをはっつけたら、今度は余分を切り落としたカラーコピー表紙の紙を本文と合体させる作業である。−−両面テープで綺麗にね〜と唱えつつ。職人の技で、50部完成★★★……長い道のりであったことよ。−−イベント当日は、恐れ入りますが、昨年発行のオフセット誌版「琥珀〜」持ってらっしゃる方、コピーの方の再版本の購入はご遠慮下さいませ〜持っていない人優先です〜m(_ _:)m−−でも、午後13時過ぎたら、OKかな?しかし、中身は同じですので。加筆無しですから!カットと前記後記が増えただけです。はい。−−−と言うわけで、無事に製本が終わってみれば、背中と腰が問っても痛い〜〜〜テーブルでの作業でなく、たたみに座りこんで長時間作業している所為で、腰と背中が強張っている。ストレッチでもやろうか…マジで。−−−さぁ、後はペーパーだぁ!!

■今日は何の日?■

 5/1は・・・ 819年◆金剛峰寺、建立はじまる
         1602年◆徳川家康、二条城着工
         1840年◆世界初の郵便切手発売
         1851年◆ロンドンで大博覧会開催
         1875年◆三田演説館、開館式
         1890年◆第1回メーデー
         1947年◆昭和天皇、初の記者会見
         1952年◆メーデー事件、起こる

 −−−1886年、米国の労働者のストライキ、デモがきっかけとなり、3年後の第2回インターナショナル創立大会で5月1日を「万国労働者団結の日」と定められた。そして、翌1890年に第1回メーデーが開催される。−−しかし、昨今日本では、5/1のメーデー当日ではなく、4月の末日の適当な日にメーデーの集会が行われている。5/1じゃなくて良いのか!?と思うが、なにせ、最近ゴールデンウィークが大型連休化してきているので、5/1にやっても、人が集まらないと言う傾向になっているらしい。……であるからして、少し早いが、ゴールデンウィークに入る直前にメーデーの集会を持ってくるように最近はなっているようである。−−集会で、人が集まらないんじゃ、意味ないよな〜確かに(苦笑)−−それにしても、「万国労働者団結の日」としての5/1の意味合いが無くなってしまうよなぁ〜これじゃ。ははん♪

2002年05月01日(水)

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■ 折っても折っても終わらない〜魔のコピー誌製本地獄の巻

−−−「琥珀〜」1をコピー誌で再版する事にした。「琥珀〜」2の部数が、「1」より多いからだ。オフセットは無理だから、コピーで、それも自分的に限界の部数である、50部で再版する事に決定した。原稿は…コピー誌用に書式を変えたので、ページ数が多くなった。「2」と同じページ数である。…それだけで、瞠目するような気分になった。「自分で自分の首しめたかも」と己の決意にくじけそうになりながら、漸く昨日、前記・後記・奥付用のカットと、新しくカラーコピーで作る表紙用のイラストを仕上げて、今日、本文のコピーをしに、近所のジャスコに出かけた。−−−恐ろしい金額のコピー代。貧乏人にはキツイ出費だったが、致し方ない。紙は無くなるし、隣りのコピー機から紙を補充したりして、別の利用者に申し訳無いこともコッソリしたりしたが、無事にコピー完了。−−−ウチに持って帰り、製本だ〜!!……しかし、コピーの山は折っても折っても減らないのだね(滅)数百枚だし。コピー原稿(遠い目)−−昨日録画した、キムタクとさんまのドラマを流し、相変わらずつまらないキムタクと名前を覚えていない女優との絡みやら恋愛話の方は、「ここ、いらない」と酷評し、さんまの事件を追っている所とかは、「ここだけで良いのに…」と溜息をつきながら、楽しく眺め(そのせいで、5枚ほど切るのを失敗した/滅)−−やはり、このドラマ恋愛いないよな。サスペンス色だけを前に押し出せば良かったのに…両方とろうとするから、どっちも中途半端になっちゃうんだよね〜(怒)とか思いつつ、次に古谷一行が金田一耕介役で昨日放映されていた、金田一耕介シリーズの月曜ドラマスペシャルを見る。−−その間も、セッセをオリオリしている我輩。−−見かねた母が折るのを手伝ってくれた(笑)−−ごめんよ、ママン…。ありがと、ママン…母の日にも何もして上げられ無い、無職の我輩を許してプリーズ(T■T|||)……と心の中で手を合わせ、金田一を見つつ、折り折り切り切りをしている我輩。−−このTV版の古谷一行の金田一…我輩、実は嫌いなのである。……だって、おもしろくないんだもん。違うんだもん(不満)……やっぱり、市川崑監督作品の石坂浩司版金田一が我が心のバイブルなのである。やっぱり、金田一はへぇチャンじゃなくっちゃ!−−そして、やはりピリっとこないストーリー展開でピリッとしないエンディングを向かえるに至り、最近の推理物のドラマがイマイチ不作でつまらないな〜とか落胆をかくせなかったりなんかしちゃったりして。−−すでに、その時点で3時間経過。まだ終わらない。−−−その後、夕飯のしたくをする為に、母が戦線離脱。−−我輩一人で折り続け…折り終わった時には、四時間半経過していただろうか(笑)−−夜の7時からは、10チャンで最近始まった、野際さんがパーソナリティをやっている、旅の番組を見ながら、今度は製本作業に移る我輩。−−今日は、湯布院なのか~いきたいな〜と羨ましく眺めつつ、せっせと折ったコピー原稿をページ順並べて1冊分ずつ重ねてゆく。地道な作業である。−−−全てを重ね終わるのに、1時間ちょっとの作業時間。−−更に、夜8時からは火曜時代劇で「盤獄の一生」を見ながら、今度は、ホチキスで止める作業をする。−−本文止めて、そおあと、前後に遊び紙を合わせて止める。凝れも地道な作業。−−慣れって怖いものね。この作業の手際の良い事ったらv(←ヤケクソ)−−−「盤獄〜」は役所さんが主役の盤獄をやっているので、見ているのだが、最初の2話までが市川崑監督作品で、その他は別の監督が撮っているものだから、我輩は、2話以降全然熱心に見ていなかったのだが、今日は久しぶりにナイターがやっていなかったので、見ることにしたのだ。(製本作業の友である/笑)−−久しぶりに、南野陽子を見て、顎のほくろにノスタルジックな気分になる(←意味不明)−−−今日の盤獄さんは、なんだか割りとほのぼのほんわかで、騙されてるけど、思いきり馬鹿っぽく騙されてるんじゃなくて、可愛かったな〜とか、最後割りとすっきり終わってて、これならいいな〜とか、何だか満足しつつ、気がつけば、ホチキス留めも終了。−−後は、表紙だぞ〜。……しかし、予定していた表紙のモチーフに使いたかった遊び紙の色が、我輩の欲しい色が無くて、急遽買った別の種類の紙で代用する事に……これから、作業の最終工程。ガンバレ、我輩。負けるな我輩。明日は、表紙のコピーをして、表紙を本文と合体させる所まで行きたいな〜なんて思うのだけど……どうだろね?(←誰に問うても答えはない/自爆)

■今日は何の日?■

 4/30は・・・ 670年◆法隆寺、全焼
          1189年◆源義経、衣川館に生涯を終える
          1358年◆足利尊氏、病没
          1888年◆枢密院官制公布
          1898年◆トラピスト修道院創立
          1899年◆「日本之下層社会」刊行
          1945年◆ヒトラー、ベルリンで自殺
          1975年◆ベトナム戦争、終結
          1978年◆植村直己、世界初の単独北極点到達

−−−1189年に源義経が、1358年に足利尊氏が、今日と言う日に死んでいるというのは、何だか不思議な因縁を感じる。いや、因縁というか、不思議な偶然もあるものである。片や鎌倉幕府創建の影の立役者源平合戦の功労者にして、後に兄に死を賜る義経と、片や、その鎌倉幕府を倒して新しい幕府を築いた足利尊氏…この二人は命日が一緒と言う事になる。ちょっとした因縁である。−−そういえば、頼朝、義経の兄弟も兄が弟を結局殺す事になったが、尊氏も弟の直義を後に毒殺している。兄が弟を殺すという共通点が、この鎌倉・室町、両幕府を打ち立てた人間にあるというのは、どういう運命の悪戯なのだろうか?やはり、上に立つものは一人出なければならないのか?両雄並び立たず…権力は一つの頭を頂かずして、安定はないと言う事なのか?−−なんだか、悲しい。けれど、それも時代と言う事なのだろうか。それで、片付けたくはないけれど…長として、非情に有らねばならなかった、当時の彼ら…この命日に、冥福を祈ろう。

2002年04月30日(火)
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