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2003年05月28日(水) |
五感の喜び。生きている手触り。 ●ラブリー・ボーン(アリス・シーボルド) |
●部屋の整理、とりあえず最終日。素晴らしいお天気なので、日常着の洗濯に加えて、ベッドの各種カバー類、ソファーのクロスだのクッションカバーだの、洗濯したかったものを次々と洗濯機に放り込む。午前中に一巡目が乾いてしまうという鮮やかな5月の日差し。
8畳ほどあるベランダは、廃棄と決めた燃えないゴミの山。先日遊びにきたA氏が、この量を見かねて、朝のゴミ出しに備えて泊まりにきてくれた。一日肉体労働をしてきた後なので、一時頃には就寝。離れた部屋から小さく寝息の聞こえてくる中、わたしはあれこれ書き留める作業。二時過ぎに携帯が鳴る。その時間は恋人からだ。あまりの忙しさに体調を崩しているという。でも、わたしは何もしてあげることができない。朝、モーニングコールをしてあげたり、激励のメールを送ったり、お呼びがかかったらいつでも飛んでいき、酒を囲むことくらいのこと。せいぜい出来るのは。
気分を変えて、読みかけの本を読む。全米でベストセラーになったという「The Lovely Bone」。ソファーで、お風呂で、テーブルで、ソファーで、読み続け、読み終えたら六時。
●主人公である語り手は、すでに死んで、天国にいる。14歳で、近所に住む男にレイプされ、そのまますぐに切り刻まれたのだ。物語は、彼女の死を家族がどう受け止め、まわりの人間がどう受け止め、生きていくかを、彼女自身が語っていくもの。とても穏やかな天国という世界から。
残酷な現実から端を発しているのに、死後をとても穏やかで温かいものと設定してあるから、彼女の語りには不思議な軽やかさと弾みがあり、みずみずしい。残酷なのは、残された人々生活、現実の方だ。
父親は娘の死が受け入れられず、犯人捜しに生活が囚われてしまう。母親は同じく娘の死が受け入れられず、逆に夫の執念から逃れたくなり、浮気をしてしまう。そして家を出る。亡くした娘への愛情で、生きている娘、息子への愛情は屈折したり目減りしたり、その中で、娘も息子も、姉の死を受け入れようとする。その屈折。また、主人公が生と死の狭間で「すっと触れていった」女の子は、主人公の死にとりつかれ、長じては、殺人のあった場所にいくと、その現場のイメージを追想するようになってしまう。
とにかく、ひとつの死は、たくさんの人の生活を揺るがしていく。主人公はそれを一際明るい視線で見守っていく。
彼女の悲しみは、自分が彼らに触れられないこと。自分が彼らに影響できないこと。明らかに自分の死からすべてが派生していったはずなのに、自分はもう彼らにどう関わることもできないということ。
でも、物語の最後には、崩壊した家族は再生の兆しを見せ、主人公にも、一瞬の奇跡が起こる。作者の視線は、最後には、あくまで人に甘く優しい。
わたしは決してこの小説が好きじゃない。レイプを実際に体験した作者の書こうとしていることは、厳しいけれども前向きで好みなのだが、何もかもが如何にも割り切れてアメリカ的で、リアリティーを感じられない描写が多く。また、作者には関係のないことだろうが、そういう作風に乗っかりすぎた翻訳が、どうもいただけない。
でも、好きであろうが好きでなかろうが、この物語は、五感の在ることの喜びを読者に残す。美醜や善し悪しを問わず、自らの目で見ること。聞くこと。匂いを感じること。舌にのせ味わうこと。自分に、他者に、あらゆるものに、触れること。
好きな人に触れることができる。それが、どれほど素晴らしいことか。そのすばらしさに改めて驚きながら、朝を迎えた。思いついて、6時半に起きるというA氏のためにお弁当をこしらえ始める。
A氏がどれだけわたしに愛情を捧げてくれても、わたしは恋人のことを考え続けている。それを知っているA氏は、今や「無理して忘れなくてもいいから。俺といてくれれば」と、恐れもてらいもなく、一緒にいようとする。
わたしの薦めた河野多恵子の「秘事」を昨日読み終えたA氏は、眠る前に、わたしに宛てて手紙を書いていた。奥さんを病気で亡くした時のこと。今はわたしの健康をひたすらに願っているということ。
恋人のことをひたすらに考えるわたしであっても、ひたすらにわたしを愛してくれているA氏のことを、とても大事に思っている。ただ、それを、うまく形にすることは、今はできない。
彼にも、せめて出来ることをする。彼に触れて起こしてあげ、できたてのお弁当を包んであげる。朝とお昼の二食分。ふたつの包み。そして送り出す。送り出したとたん、一気に寂しくなり、こうして日誌を記す。どうして寂しいのかも、はっきりとは分からないままに。
今日も素晴らしいお天気だ。こんな時間まで起き続けてしまっても、あれこれ考えることで興奮しているせいか、ちっとも眠くない。
9時半に恋人にモーニングコールをかけ、それからまた新しい本の扉を開こうか。それとも、広々とした部屋中を、久しぶりに磨き上げようか? でも、夜は芝居を観に行く予定だから、少しは寝ないとな、などなどと思い巡らしながら、こうして与えられた私自身の現在、私自身の状況から、何を語り始められるのかと考えている。
この世にこうして生かされていることへの、恩返しを、考えている。(そうだ、たまには母に電話して、親孝行することも大事だな……)
2003年05月27日(火) |
あなたの精神の大切な部分が亡びてしまうと思うことが…… ●山ほととぎすほしいまま(秋元松代) |
●秋元松代さんの作品を観た。
強靱な精神を持った女性の書く、強靱な精神を持った女性の破滅の物語。そこに確かに、秋元さんがいた。
わたしがお会いした時には、もうかなり御高齢でいらっしゃったが、優しい輝きを放つ目の奥に、自分への、他人への、社会への、厳しさの固まりみたいなものが座っていて、怖かった。強靱であることを自分に強いてきた人独特の、孤高の鈍い輝きのようなもの。どんなに笑っていても、他者をよせつけない、孤独の悲しみと輝き。
●34歳から戯曲を書き始め、死に至るまで、戯曲を書くことのみに生きた秋元さんの、ことば。ことば。
「夜、仕事のことを考えて頭が狂いそうだ。突然に死にそうな不安で大声をあげる」
「時々ふっと空虚になる。すると、さくさくと心の崩れるのがきこえる。孤独と手応えのない自信と。その二つの下で生きねばならぬ」
「演出家や役者に文句つけられて直すような作品は書いちゃいけません。そういうことは言わせないように書くっていうことです。それがホントの劇作家です。あたしは欲が深いのよ、ものすごく欲張りなの。最高のもの、充実したものでなければ、ああ、いいと思わないの、満足しないの」
「私は命がけになることしか知らない人間だ」
「失望を重ねることは何度もあった。いっそ劇作をやめよう、と思ったことは一度や二度ではなかった。しかし私は戯曲に戻った。私を支えてくれるものは他になく、私は何よりも戯曲を書くことを好み、熱く深く戯曲を愛したから、劇作家であることに喜びがあった。それが私の自然な生き方だった」
「かれらが私を老婆とみて優越を誇るなら、せめて束の間の優越を味わわせてやってもいいではないか」
「私よ、お前は勇気を持ち、ただ一人で、生きられる時まで歓びを持って生きて行くのだ」
●女性が一人で、自分と闘い、他者と闘い、社会と闘い、闘い闘い闘い続けて生きていく。そして、一人、死んでいく。
秋元先生のお葬式の手伝いをさせていただいた時、わたしは、わたしなどには想像さえ出来ない、強靱な女性の人生時間を思い、震えがきた。
霧雨の降り続く、寒い寒い、春の日だった。
●何か創り出そうとする時。何かを書こうとする時。いつも思い出す秋元先生のことばがある。
「あなたがこれだけはいいたい、ぜひいいたい、それをいわねば、あなたの精神の大切な部分が亡びてしまうと思うことが、一つはあるでしょう。それを分かりやすく、誰か一人の人に話しかける気持ちで書けばいいのです」
なんて優しく、なんて強いことばだろう。
●こうして、夜中にひとり、わたしは、大切な人たちがその人生を賭して残してくれた指針を、生かせるも生かせないも、ただ、頭を垂れて受け止めている。
2003年05月26日(月) |
作業終了。整った部屋。美しい生活。 |
●こういうことはダラダラやってはいけないのだと自分に言い聞かせて、一日、一心不乱に資料整理の続きをする。紙との壮絶な闘い。
頑張った甲斐あって、ゴミ袋3袋分の紙が要らぬものと判明。すっきりさっぱりしたところで、新しい収納道具を買いに出かける。10年分が大きなクリアケース4個におさまり、これまた整理されて空きがたっぷりできた押入に直行。これでいつ何時「あ、あの時のあの資料が……」なんて思っても、さくさくっと出てくる。なんて素晴らしい! 実に実に素敵!
「だったら毎回終わるたびに整理すればいいのに」という心の声が聞こえてこないでもないが、逆に、「これであと10年整理できなくってもなんとかなるか……」なーんて囁きの方が魅力的に聞こえたりして。
●さあ、これでようやく仕事をする体勢が整った。自分の先の足場になる勉強を、地道に始めよう。
でも今日は頑張ったご褒美に、お風呂でのんびり本でも読もう。ゆったりゆったりした心持ちで。
●毎日、自分で作って食べる食事が、とっても美味しい。
わたしの回りには、workaholicが多い。仕事をし続けていないと自分を持て余してしまうのだ。或いは、働き続けることで得られるものに多分の愛情とこだわりを持っているか。
わたしは駄目。休まないと駄目。貧乏になったって休む時には休む。
当たり前な、人並みな暮らしをしていないと忘れてしまうことがたくさんあるし、なんたって、自分で食事を作る時間があったり、ゆっくりコーヒーを淹れる余裕があったり、好きなだけ本を読んだり映画が見れたり、気になることがあったらとことん調べ物に打ち込めたり、そういうことって、本当に本当に、美しい時間なんだもの。
同じ生きるなら、いろんな種類のいろんな喜び、いろんな美しさを、享受したい。うん。間違ってないよね。
●A氏の、「明日にでも結婚したい」という果敢な攻撃は続き、恋人は相変わらず忙殺されて、夜中に「明日○時に起こして!」という短い電話をかけてくるだけ。
夕刻、東北で地震があった時には、うちのアパートもずいぶん揺れて、たかだか震度3くらいで震え上がっていた。結婚するのも悪くないか……と、そんな時に、とっても短絡的に、思ってしまったりするわたしがいる。
2003年05月25日(日) |
許せない。●くさいくさいチーズぼうや&たくさんのおとぼけ話(レイン・スミス) |
●酔ったまま薄着で寝て、起きたら風邪ぎみ。薬を飲んで寝てれば治ると、ベッドに戻り、昨日また仕入れてきた本を開く。読み疲れて眠ってしまい、夕刻目が覚めると、嘘のように風邪のにおいが消えている。SARSで苦しむ人々の悲劇が刻々と増加していく中にあって、わたしはなんて幸せなんだろう。
元気になって。山のようにたまった仕事の資料を整理する。今は資料の半分はコンピュータの中にデータの形で残しているが、かつてはすべて紙、印刷物、手書きのものたちだった。ほぼ15年分。個人的な記憶を開くより、仕事の記憶を開く方が、よほど心が揺れる。
●この間整理作業の途中で見つけた折り紙の本を手にとる。
保育園、幼稚園と、折り紙の天才とわたしは呼ばれていた。すべては母に教わったものだが、一度覚えると忘れず、手先が器用だったのか、素早くきれいに折りあげる、と、園内で評判だったのだ。
先日、池田小学校事件の被告宅間の公判があったおり、また被害者の子供たちの姿が取り上げられていた。一人の女の子が、小さい頃のわたしのように折り紙の上手な子で、自分と重なり、親の悲しみが自分の親と重なり、気分が悪くなるくらい辛くなった。
ふだん、すべてのニュースに自分をひきつけて見ていたら生きていけなくなるので、ちゃんと「他人事」というフィルターをいくらかかけてみるわけだが、こういうちょっとしたリンクが、フィルターを取り除いてしまう。
時々、思いついたように、折り紙を折る。
病院で怖くてひどく泣いている子に折ってあげて、涙が止まったこともある。わたしのレパートリーの中では、女の子には百合の花が、男の子には蟹が人気。
大人には、親鶴のしっぽをくわえて子ども鶴が飛ぶ変わり鶴や、夫婦鶴が人気。喜ばれると、わたしは嬉々として折り続ける。そういう時って、なんだかとっても人生がこの上なく素敵な時間に思われるんだな。たかだか紙を折っているだけのことなのに。
他人の人生の、あらゆる素敵な時間の可能性を、簡単に奪う人間が許せない。
2003年05月24日(土) |
三文恋愛物語。その渦中にあって。●オイル |
●目が覚めると、久しぶりにいいお天気。求める資料台本が見つからぬまま、わたしの探索整理作業はベランダに鎮座まします物置へ発展。
引っ越してから2年間、何処に何があるやら把握しないままに暮らしていたすべてを洗いざらいベランダに放り出して、質量を半分に減らす。捨てる喜び。
作業半ばで目指す資料を見つけてほっとすると同時に、開けてしまった以上は途中でやめられぬ作業を、忘却の彼方にあった写真だの書籍だのに気を取られながらも、遂行。
とても一人では簡単に進まない作業を、A氏が手伝ってくれる。すぐに「休憩!」と一人言い放ち、日差しを浴びながら喫煙を楽しむわたしの尻をたたきながら、汗をかいて作業を進めるA氏に、「この人とだったら生活できるかもしれない……」などと考えるわたしがいる。なんと短絡的な、と思いつつも、こういう直感に従うべきか……とも思ったり。
開けず触れずの空間にすべて手をいれ、持ち物が半分になる。うーん、素晴らしい。
A氏は、わたしを自分の人生に取り込むための運動に余念がない。そしてまた、その愛情は一生変わらないであろうと信じさせる純粋さがある。
●千穐楽を明日にひかえて、ぱんぱんに入っているだろう野田秀樹氏の「オイル」。知り合いのプロデューサーに電話をかけてコネを使っても、やっと立ち見で入れる勢い。
80年に駒場ではじめて観て以来、特に最近の作品はずっと追っかけて観てきたが、今回は、氏の転換期か?と思われるような異色作品。テーマがなんともストレートに表れ過ぎて、わたしはひたすらに戸惑う。彼の、他者にはなかなか手の届かなかった遊びの部分がそぎ落とされてしまって、実に正攻法。ほとんどの観客はそのストレートさを手放しで受け入れているような感じだったが、如何なものか。わたしには、想像力の喚起される要素が少なく、抒情にも欠けるものに見えてしまったのだが。
でも、それが転換期であるのなら、彼の選んだ成熟の方向なら、いつまでだって見続けようと思わせる力は、ある。まだまだ、ある。もちろん、ある。
●A氏と会うと、必ずそのあと、自分の気持ちを確かめるようにして、恋人と会うことを選ぶわたしがいる。終演後、2時間喫茶店で本を読みつつ待って、一緒に深夜の食事。彼は疲れ切っていて、会った直後は、わたしといることなどまるで気にも留めぬように、仕事のことを考えている。上の空。
それが、時間が進むにつれ、次第に溶けていき、視界にわたしが入ってくる。分かれる頃には、誰も入り込む隙のない恋人どうしに戻っているような気がしてしまう。
三者三様、皆それぞれに全力で生きるタイプなので、もう、わたしが何を選ぼうがどうでもいいような気がしてくる。もちろんそんなことはあり得なくて、そこにまさに、この先のわたしの人生がかかっているのだけれど。
三文恋愛物語は、こうしてまだ続いていくのか?
2003年05月23日(金) |
雑味を剥いで、恋をする。 |
●休み中の快楽は、好きなだけ好きな時間帯に本を読めること。「明日は何時起きだから……」という縛りもなく、物語の中に没頭できる。
その快楽を放棄して、とりあえず、今日も部屋の整理、過去の投棄を進める。捨ててしまえば。記憶の中のものを反芻することで、自分の過去の捏造がはじまる。その是非はともかく、自分のかつての時間もフィクションのようにしてしまうことで、わたしは人生半分過ごしてきた。
嘘つきミッチャンとして「全身小説家」(原一男監督)に描かれた井上光晴ほどではないが、いまだに「ありのまま」の自分なんてものがよく分からずに、色んな側面で色んな自分が出てきてしまう。そしてさらには、TPOに合わせて自己演出するのがうまいものだから、自分の正体がどんどん混迷をきたす。この資質は職業的には実に役にたっているのだけれど、精神に破綻をきたすことがあるので、休める時には、「ニュートラル」を心がける。なるべき人と会わないで、リハビリをする。自らがまとう雑味をちょっとずつ剥いでみる。今はそんな時期。
●テレビを流しっぱなしにしていたら、綾戸千絵さんが出ていて、しばし手を休めて見入る。歌しか聴いたことがなく、その人となりは全く知らなかったものだから、ちょっとびっくり。歌ってないと、どこを切っても大阪のおばはんが出てくる金太郎飴のような人。しゃべくりはうまいし、どえらく明るいし、吉本を見て育った根っからの関西人であるわたしは、受けまくり。久しぶりにテレビを見て、大声を出して笑った。
切ないことつらいことを知っている人の強さに敬服しながら、わたしはまた荷物の整理に精を出す。
●A氏が家に来ていて、うちの台所でなんだか脚本を書いている。わたしはわたしで、こうして日誌を書いており、書き終わったら、また整理の続き。
36歳の恋人と46歳のA氏の間で、わたしは「なるしかないか……」と揺れている。恋人と呼ぶ人が妻帯者で、横恋慕してきたA氏が独身で求婚しているというのも、なんだかおかしな話だ。
恋人は長らく別居しているし、一度A氏と結婚しようとしたわたしを必死に止めたのも恋人自身だ。わたしも恋人も、ろくなものじゃない。
恋をするって、幾つになっても、なんて大変なんだろう? いや、歳をとればとるほど、雑味が減って、まっすぐになって、自分が生きることに直結してきて、よけいに難しい。よけいに心がふるえる。若いときにはなかった感覚だ。
それにしても、子供の頃は、自分が40歳を過ぎても恋に身を焦がしているなんて、想像もしなかったなあ。でもまあ、想像もつかないもう半生が待っていると思うと、それはそれで楽しい。
恋人とよく酔って言い合う。
「お互い長生きしようよね」って。
もちろん、老いて一緒にいるかどうかは、想像の外だけれど。
2003年05月22日(木) |
過去は振り返らない主義。 |
●来年頭にある再演仕事の台本が見つからない。
なんたって台本にすべての情報が書き込んであり、台本さえあれば何はなくとも仕事ができるので、それがないとなると、これは困る。かつてやったのは、ちょうど引っ越しをした時とかぶっているので、どこかに紛れ込んでしまったに違いない。
決死の覚悟で、開くことを悉く避けていた押入の中身を部屋にすべて出してみる。
紙に押しつぶされそう。
●昨日朝まで眠れず、かつ2時間ほどの睡眠で起きてしまった。もう今夜は日付の変わる前に寝ようと思っていたら、恋人から「ちょっとだけ飲む?」の電話。
行っちゃうんだなあ、これが……。
+++++
そして、帰ってくる。かたや過激に働いている男と、仕事を休んで栄養補給している女と。共通の話題があるわけでもなく、無理して話してもさほど盛り上がらないので無理して話さず、といった夜なのだが、何気なく一緒にいるだけでほぐれてしまう。
●2年前、引っ越しをした時は仕事の真っ最中だったので、仕事机の引き出しを引っ張り出して段ボールにざざっと開け、テープ貼りして、といった調子で運び、そのまま押入に詰めてしまった。それを開くというのは、なかなかに恐ろしいこと。まだPCを持たぬ頃の、手書きの草稿や走り書き、ワープロ原稿などが山のように出てきて、恥ずかしいったらありゃしない。
自分の過去を記録することが嫌いで、写真を残すことも嫌いで。……それでも、そんな紙の山や、人にもらった写真などが散在しており。
明日もこの整理の作業が続く。
とにかく、捨ててやるぞ。
2003年05月21日(水) |
水曜日は映画の日。●シカゴ ●Bowling for Columbine |
●東京の多くの映画館が、水曜日は女性に限り千円でロードショーを見せてくれる。休みになったら、水曜日は2本ずつくらい映画を見てやろうと決めていた。そして今日が、休みを迎えてのはじめての水曜日。チョイスしたのは「シカゴ」と「ボウリング・フォー・コロンバイン」
●「シカゴ」は、前もっての評判に加えて、ロブ・マーシャルという監督に興味を持っていた。一昨年だったか、サム・メンデスの「キャバレー」が赤坂で上演され、演出に脱帽したことが記憶に新しいが、その共同演出がロブ・マーシャルだったのだ。わたしは、舞台映画併せて4本の「キャバレー」を見ていたが、洗練され研がれてはいるのに人間味や現実感は増している振り付けといい、大人の練れた歌といい、視覚的で誰にでも分かるのに洒落ている演出といい、最後の最後の「誰がなんと言ったって俺はこう見せるんだ」的な大胆な解釈といい、かつてのものをすべてにおいて凌駕するものだった。
サム・メンデスの方は、先に映画監督として「アメリカン・ビューティー」で高い評価を得ている。よって、もう一人にも期待は高まる。
オリジナルである舞台版の「シカゴ」はかつてロンドンで観た。ウテ・レンパーがツアーに出ていたので、2番手が中心だったが、楽しめた。でも、「楽しめた」という感想。……それが。
舞台ならではの構成である脚本を映画に置き換えるための視点、工夫。映画だからこその諸々の遊び。スピード感。カメラワークにより迫力を増す、振り付けとステージング。現実感と虚構性のバランスの良さ。
……いいじゃないか、面白いじゃないか。もう、わたしは存分に楽しんだ。大人っぽく、洒落てて、キュートで、かっこよくて、馬鹿馬鹿しいくらいに人生を謳歌する方向性。さらには、作り手がミュージカルを愛している気持ちが、バンバン伝わってくる。見終わると、爽快この上ない気持ち。
ミュージカルの喜びを満喫。「これだよなあ、日本でもこういうの作りたいよなあ」とあれこれ未だ見ぬミュージカルを夢想しつつ、新宿から恵比寿へ移動。
●「シカゴ」は、主人公ロキシー・ハートが、自分をだました浮気相手をパンパンパンとあっけなく撃ち殺してしまうところからドラマが始まる。まさに、「パンパンパン」といった擬音を当てたくなるノリで。
「Bowring for Columbine」は、その銃社会を根本から問うドキュメンタリー映画。
監督のマイケル・ムーア氏は、不屈の探求心と確信犯的な無邪気さで、「なんでアメリカだけ、こんなに銃犯罪が多いんだ?」という問いに、カメラを担いで単身立ち向かっていく。コロンバイン高校の銃乱射事件に端を発したこの疑問は、多くのアメリカ人、多くの他者の思いの代表みたいな単純さを備えているので、その行動のすべてが肯ける。
銃の保有率の問題か?
血をもって制覇をなす、アメリカという国の、根源的歴史的資質なのか?
暴力性を売るサブカルチャーの影響か?
親が悪いのか?
貧困が原因か?
恐怖を国民に植え付けるマスコミの責任か?
とにかく、「……だからなのかなあ?」と思えるところに、自らが乗り込み、自らで答えを見つけようとする。答えは見つからなくても、病巣の有り様は、次第次第に見えてくる。隠れた痛みが染み出してくる。それらは染みだすたびに、重なり合って、複雑な絵を描き出していく。
日本に流れてくるCNN報道なんかでは伝わらない現実が、胸をしめつける。
ただ。
彼の持つ無邪気さは常に人間に欠くべからざるユーモアを伴い、余りに深刻な問題を扱っているにもかかわらず、折々に笑える。それはやっぱり、彼がしっかりと多くの人の代弁者であり得ているからだ。共感と、邪気のない大胆な行動は、笑いを呼ぶ。この映画は、かくして、辛辣に問題提起するドキュメンタリーでありながら、エンタテイメントであることに成功している。……その危ない綱渡りは、同じ時代を生きる小さな表現者の目からみると、実に実に感動的だ。
●2本を見終えると、複雑な気持ち。
40年、人並みに生きてくると、出来の悪いわたしでも、少なくとも自分が人生を世界をどうとらえているかは、わかってくる。表現を仕事とする我々は、その仕事の中で、自分の在りようだの思いだのを露出していく。
こういう真逆の作品を並べてみると、その視点のあまりの違いに戸惑うのだ。じゃあわたしは、どういう視点で、どういうやり方で、どういうノリで、どういう方向性で、他者に渡すのか?と。
観客に差し出す球体みたいな物を持っていて。それをどの方向から光を当てるかは、もう無数の方向性。球体だからどこから見たって結果的には一緒なはずなのに、作り手には、その何処か一点を選ばないとはじまらない。光を当てる方向を選ぶ、責任がある。
●そんなこんなを抱えて、家に帰り着く。自分のプライベートな問題は山盛り。仕事で抱える問題も山盛り。で、今夜は、自分にとっての表現とは?なぞと考えだし、埒のあかぬ思索にふけり、働いてもいないくせに、心中は忙しいことこの上ない。まあ、それはそれで、生きている感じが実にするのだけれど。
自分の時間がまったく持てない仕事を続けてきたものだから、映画もすっかりご無沙汰だった。休みの間くらいは、取りこぼした分を補填していこう。
2003年05月20日(火) |
こんな思索などはるかに超えて…… |
●無為の時間はたちまちに過ぎていき、眠りの前に呆然とする。
抜け殻のまま、わたしは感じ、考え。
何も変わらず何も得なくても、この1日はちゃんと、わたしの一生の持ち時間にカウントされていく。
時が進んでいるのに、自分は進まない、そのことが怖い。だから無駄でも、考える。
いろんなことがあって、気持ちが揺れてて、何も書けない。
自分を慰撫するために、今夜は敬愛するレイモンド・カーヴァーの詩を写す。
********************
幸せ
朝はまだとても早く、外はまだ暗い。
わたしは、コーヒーを手に窓のそばで、いつものように早朝の
思索というやつにふける。
新聞配達の少年とその友達がやって来るのが見える。
二人ともセーターを着て帽子をかぶり、
一人の子は、肩からかばんを下げている。
すごく楽しそうだ。
何もしゃべってはいない。二人とも。
もし手があいていたら、二人は腕を組んで歩くだろう。
朝はまだ早く、
二人は一緒に配達をしている。
ゆっくりこちらへやってくる。
空が白みはじめたが、月はまだ川の上に青白い顔を見せている。
あまりに美しく、しばらくの間、死も野望も愛さえも入り込むすきまがない。
幸せ。それはふいにやってくる。そして、早朝のこんな思索など、
はるかに超えて迫ってくる。
**********************
2003年05月19日(月) |
わたしはじゅうぶんに幸せなのに。●トリツカレ男(いしいしんじ) |
●健康のみを自慢にしていた人だったのに、30歳になりたての頃、神経を患い、入院した。顔の左側の神経がまったく通っていない状態で1ヶ月過ごし、もしかしたらこのまま戻らないかもしれないのでそのつもりでと言われつつ静養した。でも、幸いなことに、医者を驚かせるスピードで、わたしの左半分の神経は復活した。退院時には、神経をいじめると再発するよと脅かされた。
朝、起きてすぐに、左目の筋肉が痙攣しているのを感じる。鼻の左半分も、神経が鈍くなっている。危ない兆候。今日は目を使うのをやめなければと思う。……ただ、パリへ発とうとしている恋人と、A氏の求婚の間で揺れる心は、この歳になってみると、三角関係のああだこうだみたいな艶っぽい話でもなんでもなくって、自分の一生を自分がどう考えているか、愛情というものの正体をなんだと思っているのか、どうしたら人を傷つけずにすむのか、どうしたら自分が傷つかずにすむのか、といった、実に現実的なレベルで惑い、不安定きわまりなく、苛烈な振幅の中、つい、何も選びとれない自分を苛んでしまう。
神経は休まらない。でも、休めなければ。……そんな1日だった。
●それでも、またいしいしんじ氏の本を1冊読んだ。何かに取り憑かれて、たとえば、オペラだったり、三段跳びだったり、昆虫採集だったり、探偵ごっこだったり、とにかく、マイブームみたいなものが突然嵐のごとくわき起こって、しばしそれに取り憑かれて暮らす。その繰り返しの中で暮らす、変わった男の物語。いしい氏らしい、寓話だ。
トリツカレ男は、ある日、ある女の子に取り憑かれる。で、奇妙な、かつなんとも切なく美しいラブストーリーが展開する。
読むことで、また少し救われる。(こんなに救われているんだから、元気なときに、「プラネタリウムのふたご」の美しさについてはゆっくり文章にしよう。物語への感謝を込めて。)
●自分が取り込まれている愛情問題だけじゃなくって、書きたいことはたくさんあるのに、平穏な気持ちでなかなか書けない。今も左目は痙攣を続けているので、今夜はきっとコンピュータの電源を早くきった方がよいのだろう。
●昨日、わたしは「幸せになりたい」と書いた。
わたしは実は、今だってじゅうぶんに幸せ。そんなことはよくわかっている。それでも、「幸せになりたい」と願い、どうすればより幸せかと、生きてる限りは当然のように考え続ける。そのことで、こうして憔悴してしまったりする。
いつまでたっても、生きていくのが上手にならない。