Sotto voce
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正午。
静かな町に恐ろしく不似合いな大音響
けたたましく響くサイレンの音。
テレビの中では甲子園球場にいるすべての人々が
黙祷をささげる姿が映し出される。
だけどこの瞬間、鎮魂の祈りをささげる人は
この町に、そして全国にいったいどれくらいいるのだろう。
父は終戦のちょうど7ヶ月前に生まれた。
祖父は地元の有力者として人々を取りまとめ
混乱の世の中を「お国の為に」と軍事訓練を率いた
父の従兄は教師だった
教え子達を「お国の為に」の名の元に次々と戦場へ送り出した
先祖代々の墓に刻まれた墓碑銘
たったひとりだけ「戦死」の冠が刻まれたその弟は
昭和20年8月9日 22歳でこの世を去った
終戦当時20歳だった叔父は
体が弱く、体格も小さかったので徴兵検査不合格
周りの白い目を浴びながら生きた彼は終戦の日をどんな思いで迎えたのか。
混乱の世の中を生きた男たち
57年目の夏、あの頃はどんな気持ちでいたのか
聞きたくてもすでに彼らはこの世にいない
二度と過ちは繰り返さないと
この国は57年間平和の誓いを貫き通してきた
ただ、混沌とするこの世界
いつかはその誓いが崩れ去るときがくるかもしれない
今この国が戦乱に巻き込まれたら
兵力となるのは私たちの世代の男たち
どうか愛する人たちが
戦地へ赴くことのないそんな国でありますように、と
8・15のサイレンを聞くたびに願わずにいられない。
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