nomiの思考

ご意見・ご感想
1分間小説「自立」
2004年07月20日(火)

「良く決心したね」

この数週間。そんな周囲の声を背に、実家
を出て、慣れない土地で仕事を探しながら 1
人暮らしを始めた麻由美は、行く先々であら
ゆる鏡に自分の顔を映しては「本当の自分」
を探していた。

実家にいた頃の臆病な自分。新しい生活を
始めた強がりの自分。どちらも麻由美に違い
ないのだが。

             ◇

そんなある日。麻由美が外出先から自宅へ
戻ると 2件の留守番電話が入っていた。

−1 件目−

「ママです。仕事は見つかった?麻由美の
部屋、 物置にしようと考えているんだけど。
とりあえず帰ったら電話をください」

−2 件目−

「○○会社です。最終面接の結果をご報告
致します。誠に残念ながら・・・」

             ◇

戻る家も仕事もない。涙もなく、言葉もなく、
麻由美は目を閉じた。暗闇の中で見た夢は
とても哀しい夢だった。誰かが気紛れに差し
伸べたその手はあまりにも冷たくて。それで
もいつか、温もりに変わると信じて震えるそ
の手を離せない。

とても哀しい夢の後。麻由美は、まだ少し
冷たいその手で電話の受話器を取った。

「もしもし、 パパ?仕事の方は心配いらな
いから。私の部屋物置にしちゃっていいよ
って、 ママに伝えて」

受話器を置いて顔をあげると、麻由美は鏡
に映った自分の顔を見て驚いた。昨日まで
の、臆病で、強がりの麻由美はもういない。
その表情は、いつもより、穏やかで、逞しく。

視線を窓に移し、両手を広げて太陽を抱き
しめると、麻由美のその手に温かい陽光が
挿した。





BACK   NEXT
良かったら、投票して下さいネ⇒

My追加
目次ページ