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「良く決心したね」 この数週間。そんな周囲の声を背に、実家 を出て、慣れない土地で仕事を探しながら 1 人暮らしを始めた麻由美は、行く先々であら ゆる鏡に自分の顔を映しては「本当の自分」 を探していた。 実家にいた頃の臆病な自分。新しい生活を 始めた強がりの自分。どちらも麻由美に違い ないのだが。 ◇ そんなある日。麻由美が外出先から自宅へ 戻ると 2件の留守番電話が入っていた。 −1 件目− 「ママです。仕事は見つかった?麻由美の 部屋、 物置にしようと考えているんだけど。 とりあえず帰ったら電話をください」 −2 件目− 「○○会社です。最終面接の結果をご報告 致します。誠に残念ながら・・・」 ◇ 戻る家も仕事もない。涙もなく、言葉もなく、 麻由美は目を閉じた。暗闇の中で見た夢は とても哀しい夢だった。誰かが気紛れに差し 伸べたその手はあまりにも冷たくて。それで もいつか、温もりに変わると信じて震えるそ の手を離せない。 とても哀しい夢の後。麻由美は、まだ少し 冷たいその手で電話の受話器を取った。 「もしもし、 パパ?仕事の方は心配いらな いから。私の部屋物置にしちゃっていいよ って、 ママに伝えて」 受話器を置いて顔をあげると、麻由美は鏡 に映った自分の顔を見て驚いた。昨日まで の、臆病で、強がりの麻由美はもういない。 その表情は、いつもより、穏やかで、逞しく。 視線を窓に移し、両手を広げて太陽を抱き しめると、麻由美のその手に温かい陽光が 挿した。
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