コトバアソビ。
無断引用お断り。

2003年01月26日(日) アル、愛ノ詩。


むかし、むかし。

まだ小鳥も小リスも海も華も空も、

人間とオハナシが出来た頃の話。

年老いた王様には年頃の姫がおりました。

しかし、姫は中々結婚しようとしませんでした。

王様は涙ながらに語ります。

「姫、私ももう年だ。後生だから、可愛い孫をこの手に。」

しかし、どんな王子を連れてこようと

姫は首を縦には振らないのです。

王はまた尋ねます。

「姫、どうしたら、結婚してくれるのかね。」

姫は待ってましたとばかりに、

にっこり笑って答えます。

「お父様、私、テストをするわ。」

「テストだって?」

「そう。だって私、お金も権力も顔の良さも背の高さもいらないわ。」

「だからって・・・」

「だから、テストをするの。」

「本気かい、姫?」

「ええ、本気よ。さあ、国中にお触れを出して、お父様。」

姫はにっこり笑うのです。

後日、国中にお触れが出されました。


『姫の試験に合格されし者、姫の花婿とする』


国中の独身男は色めき立ちました。

姫の花婿と言う事は、つまり、次期国王だからです。

・・・が、我こそは、と立ち上がったものは、

わずか三人だけでした。

それは、

国一番の宝石商と、

国一番のパティシエと、

ありふれた地味なパン屋でした。

国一番の宝石商は、背の低い、でっぷりとした男です。

パティシエは、背の高い、軟派な感じの男です。

パン屋は、中肉中背の、冴えない地味な男です。

それに、この国の両隣の国の王子を二人足して、

受験者は五人になりました。

さて、テストが始まります。

テストは一人ずつ、

姫と向かい合って別室で行われるようです。

始めは、一番負けん気の強い右隣の国の王子です。

「すまないな、キミ達。僕がこの国と自分の国を統合するよ。」

他の受験者達にそう言い残し、意気揚揚と入室しました。

しかし、五分もしない内に

ぶつくさと何か呟きながら部屋を出てきたのです。

「おかしいよ。あんな事、出来る筈がない。」

そう言って、王子は国へと帰って行きました。

残された受験者達は、ざわざわと話します。


「一体、姫は何をおっしゃるのだろう?」


二番目は、おどおどと臆病そうで病弱な左隣の国の王子です。

残された受験者達に、何を告げることも出来ず、

緊張した面持ちで入室して行きました。

しかし、やはり彼も、五分としない内に出てきたのです。

「目に、見えない・・・はずなのに・・・。」

そう言って、彼も国へと帰って行きました。

またも受験者達は話します。


「目に見えない・・・はずの何か?」


三番目は宝石商です。

しかし、彼もまた、前の二人と同じでした。

「おかしいな。宝石の嫌いな女など、この世にいる筈がないのに。」

程なく、四番目のパティシエです。

彼もまた、他の三人同様に、

首を傾げながら部屋を出てきました。

「甘い物じゃ、なかったのかな。振られたのは初めてだ。」


最後に残されたパン屋はドキドキしながら順番を待ちました。

一体、姫の試験の内容はなんなのだろう。

自分より

地位も、権力も、顔も、背も、

全てにおいて勝った男たちが

目の前で敗れて行ったのですから。


「次、パン屋のジョゼフ。」


城の執事に名前を呼ばれて、

椅子から飛び上がらんばかりにパン屋は吃驚しました。

来るべき時が来たのです。

パン屋は覚悟を決めて、部屋へと入りました。


「・・・失礼します。」

恐る恐る顔を上げると、

其処には見た事もないような美少女が、

柔らかに椅子に腰掛けていました。


「お前で最後ね、ジョゼフ。」


見た事もない美少女が、

聞いた事もないような綺麗な声で、

そう、まるで小鳥が囀るように、歌うように、言いました。

あまりの夢のような出来事に、パン屋は返事も出来ません。

姫は、構わずに喋り続けます。


「では、ジョゼフに課します。」


その言葉に、我に返ったパン屋は息を呑みます。


「お前の前に置いてある空の壷を、愛で一杯にして見せて。」


美少女は極上の笑顔で笑いました。

パン屋は暫し、呆然とします。


・・・この空の壷を、愛で?


姫は言います。

「一番目の王子は、ハナから無理だと諦めたわ。」

『おかしいよ。あんな事、出来る筈がない。』

「二番目の王子は、形に出来ないと諦めたわ。」

『目に、見えない・・・はずなのに・・・。』

「三番目の宝石商は、物欲に支配されていたわ。」

『おかしいな。宝石の嫌いな女など、この世にいる筈がないのに。』

「四番目のパティシエは、食欲と自分のルックスに溺れていたし。」

『甘い物じゃ、なかったのかな。振られたのは初めてだ。』

パン屋はやっと彼らの呟きの合点が行ったのでした。

そうか。

王子二人は努力を放棄し、

宝石商は壷に宝石を、

パティシエは壷にお菓子を入れたに違いない。

パティシエに至っては、

姫をそこらの女の様に口説いたと。

きっと、そうに。


「さぁ、ジョゼフ。お前はどうして壷を一杯にしてくれるのかしら。」


パン屋は、じっと考え込みました。

自分は、どうしたら、この壷を一杯に出来るのだろう?


「ジョゼフ? 聞いているの?」

姫が不思議そうに尋ねます。

パン屋は、意を決して喋り始めました。

「姫様、私目に壷を愛で一杯にする事は出来そうに御座いません。」

「・・・」

「でも、永遠の愛を誓う事なら出来ます。」

「・・・?・・・」

「此処に、不肖、私目の短剣が御座います。」

「・・・」

「もし、私目が約束を破りましたならば、

 迷わず此れで私目を殺して下さい。

 愛で壷を一杯にする事は叶いません。

 しかし、愛の代わりに、

 私目の命で壷を一杯にしたい。

 無礼をお許し下さい、姫様。」

そう言うと、

パン屋は壷に、自分の短剣を放り込みました。

そして、すっと傅いて、姫の言葉を待ちました。

きっと、失格だろう、そんな事を思いながら。


「ジョゼフ。」

「・・・はい。」

「お前、私の為に死ねると言うのね?」

「・・・はい。」

「いいでしょう。ジョゼフ、今日から貴方は私の夫です。」

「・・・はい?」

びっくりして顔を上げると、直ぐ間近に姫がいました。

いや、いたと思うが早いか、

その腕の中に暖かい体温を感じます。

「テストは満点よ。百点の答えを有難う、ジョゼフ。」

姫は抱き付いて言いました。

驚いて言葉もないパン屋は、

ただただ、圧倒されるばかりでした。



翌年、可愛い子供の声と共に、

城からは香ばしいパンの匂いがしてきます。

それと、城の中央ホールには何の変哲もない空の壷。

その台座には、こう記されています。


『愛の溢れる壷』、と。





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