山ちゃんの仕方がねえさ闘病記
日記一覧|前の日へ|次の日へ
痛み止めの貼り薬を交換(張り替え)をした日の夜はなぜか目が冴えて眠れません。
しょうがないので本を読みだしたら、これも止まりません。 ふつうは活字を見たら眠くなりそうなものなのに、とうとう読了してしまいました。
読みかけの三島由紀夫「宴のあと」でした。 病院で読んだ「ドナルド・キーン自伝」に影響されて読み始めたものです。
レビューを以下に掲載しました。
三島由紀夫というと例のクーデター未遂・割腹自殺事件があまりにインパクトが強過ぎて、彼の残した文学作品は「潮騒」や「金閣寺」ぐらいしか一般に知られていないように思われる。そういう自分がそうであった。「潮騒」しか読んでいない。
小学校6年の時、昼休みの図書室で何気なく新しく入った図書を手に取った。パラパラとめくった頁が、初江が信治に 「その火を飛び越して来い。その火を飛び越して来たら。」 と言って、火を飛び越して来た信治と初江が裸で抱き合う場面だ。小学生の自分には衝撃が強過ぎた。しかもそれをドキドキしながら図書室の片隅で読んでいるところを、マセた女子同級生に見られた。遠くから見ていたくせに彼女は私がどの頁を読んでいたのか知っていた。 「エッチなトコ読んでたでしょ!」 なんだ、自分だって読んで知ってるんじゃないか、そう言い返せなかった。それ以来三島文学に触れることはなかった。
しかし先日入院中に「ドナルド・キーン自伝」を読んで、三島由紀夫の作品を読みたくなった。キーン氏は自伝の中でノーベル文学賞の選考に当たって三島を強力に推したと告白している。受賞後の創作力が、三島が川端をはるかに上回っている。川端は既に過去の人になりつつあるというのだ。そして事実そうなった。もしその後、三島の存命期間がもう少し長かったら、もしかしたら日本人最初のノーベル文学賞は川端康成ではなく三島由紀夫が受賞していたのかもしれない。
さて本作品「宴のあと」だが、キーン氏も自伝の中で推薦していたので読んでみることにした。最初のうちは数多くの自分の知らない日本語に出会うことに驚いた。無理に当て字を読ませるようなことはせずに、きちんと辞書にある言葉を用いている。この三島の日本語の語彙の豊富さに驚いた。例えば、 ・病葉(わくらば)病気や虫のために変色した葉。 ・歔欷(きょき)すすり泣くこと。むせび泣き。 ・寝台(ねだい)「しんだい」といわず、わざわざ「ねだい」ルビを振っている。 などなど、取り上げたらきりがない。
また風景や人物の心理描写も一切手抜きはない。導入部である前半では、奈良の二月堂御水取の描写が全く見事である。読者である自分があたかも二月堂に居て、御水取の行事を目の当たりにしているかのような錯覚すら覚えた。 主人公かづが、ことあるごとに着替える「きもの」に対する造詣の深さも目立った。生地、織り、柄、染め、帯、帯留め、襦袢、どれを一つ取ってみても精緻を極め、終わりには割烹の立派な女将に仕立て上げる。 さらにその割烹の知識も半端ではない。自分のような者がそのような知識を持ち合わせないのは致し方ないが、割烹料理とはどのような献立が出されるものなのか、料亭の中はどうなっているのかなど、このような作品を通して知ることになる。
物語後半は、初老で結婚した二人を都知事選挙という嵐が吹き抜けていく。選挙に敗れてもなお、政治的ロマン主義から脱しきれない夫野口に対し、政治にも選挙にも素人である妻かづの非政治性が、かえって民衆の警戒心を解くということもあるのだ。
この作品は実際の都知事選をモデルにしているといわれ、プライバシー裁判があったそうだ。雑誌に掲載されたのがちょうど60年安保の時期と符合しているため、三島が当時の政治にアイロニカルに反応したとも言われる。
自分には難しい作品ではあったが様々な面で勉強になった一冊であった。この際三島の作品を読破してみたいが、いつになることやら。
|