この間から気になっていることいくつか。 抱えきれずにSOS。 違うサイドの人間は大きな味方。 弱みを見せられるのもまた違うサイドだから。
いつもはオイラにヤラれるばっかりの彼が今日は逆転、 オイラに頼られる役。 敵も味方も苦手なヤツも得意なヤツも。 こういう時のために知り合いはいる。 こういう時のために人脈を作る。
違うサイド。 違う視点。 自分じゃ見つけられない道を教えてもらう。
さんくす。
フェティッシュバーで呑み直し。 久しぶりの顔にも会う。 いつも元気なM女。 ぶっきらぼうなS男。 女装趣味だかMだかホモだかゲイだかワカラナイらぶり〜な男。
みんなみんな不器用に生きている。
おそらくお互いに傷つかないように。 おそらくお互いを傷つけないように。
「SはMの痛みを知っていなければならない。」 オイラがご主人様に教わったことのうちのひとつ。
鞭で打たれる痛み。 針で刺される痛み。 縄が食い込む痛み。
もちろん、どの程度の痛みなのか分らないでやるのは危険だから、というのは 理由の一つとして存在するだろう。 けれどそれだけではない大事な理由がそこにはある。
忘れてはいないだろうか。 相手を理解する、ということ。
そこにSM関係があろうがなかろうが、それ以前の問題でもある。 そして痛みを理解する以前の「気持ち」の問題である。
愛しているなら与えなさい。 愛しているなら受け容れなさい。 痛みも温もりも哀しさも喜びも。 望まれたら与えなさい。 与えられたら受け容れなさい。 それらは性癖も性別も関係なく。
アナタは相手を愛していますか。
果たしてアナタのその愛を相手は欲していますか。
そこにある「愛」は誰のためのものですか?
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