LORANの日記
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2004年08月03日(火) 自然の癒し

アメリカインディアン・チェロッキー族の言葉です。

自然の癒し=ナチュロパシー は自然の持つ治癒力の中でもスピリチュアルな意味合いが強い方法です。

ある心理学者の分析によると、死に直面したとき死にたくないという人々の中には
3種類の典型がみられるといいます。

� 〇爐篁爐砲茲辰動�き起こされる苦痛を恐れている人々。
�◆ー�分以外のほかの人たちのために生きたいと思う人々。
�� 自分自身のために生きる喜びを知っている人々。あるいは、自分が生きるべき
  意味を探すために生きたいと思う人々。

�,鉢△凌諭垢麓�ら持つ治癒力をあまり発揮しないことがわかりました。
��の人々は、驚くべき回復力を持ち、自己治癒力も非常に高いことがわかりました。

その人の精神力や考え方がいかに自己治癒力に対し大きな影響を与えているかがわかります。

食物は生命をもつ生き物ですから、なるべく生に近いほうがいいと言われます。

自分のために食物となってくれることを決意してくれたことに、心から感謝しなければなりません。

彼らは動物を4本足の兄弟と呼び、木を背の高い兄弟と呼びました。
同じ人間は2本足の兄弟です。

すべてが創造主に創られた兄弟ですから、人間だけが偉いということはありません。

狩りをするときには、創られた神とその動物の魂に祈りを捧げます。
その動物の肉が自分の家族が生きるために必要なので許して欲しいと。
自分たちもまた「聖なる輪」の教えのとおり、いつかきっと土に戻って
あなた方の子孫の生命を助けますと。

「聖なる輪」は地球上の創造物、そして宇宙の創造物もすべてがひとつの輪で
つながっているという調和の教えです。

生命の循環 = ライフサークル という考え方をさらに大きくしたものです。

インドにはチャクラの輪という宇宙のすべてが大いなる輪という考えかたがあり、
独立の父・ガンジーはこれを紡ぎ車=チャルカとして表わしました。綿製品をボイコットして自分たちで紡ぎ車で糸を紡ぎ機を織る運動が独立につながりました。

自然は偉大です。その自然の一部が人間です。自然なくして人間はありません。

私たちは大きな間違いをしています。
人間社会に自然が奉仕すると誤解しています。
神は自分に奉仕すると誤解しています。

自分が自然であり、自分が神であるなら、自然に対して全面的に責任があります。

自分の吸う空気に、飲む水に、立つ大地に、すべてを燃やす火に、大いなる光に、
どうして感謝せずに生きることができるでしょうか?

心から感謝したら、どうしてその大きな愛に反する行為ができるでしょうか?

体や心が病むのは、愛と感謝がないことが原因です。

傲慢になれば、愛や感謝を忘れ滅亡への道を歩むことになります。


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