LORANの日記
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ヨハネ・パウロ2世が亡くなりました。 高齢とはいえ、世界中のカトリックの信者にとって大きな損失でしょう。
ポーランド人の法王はイタリア人以外では455年ぶり、スラブ人では初めてという快挙でした。法王は積極的に世界平和と戦争反対への呼びかけをし100回以上の海外渡航と120カ国以上の国を訪問しました。バチカン外交と呼ばれました。
2000年には、過去2000年間のカトリック教会が犯した罪を認め、許しを乞いました。�.罐瀬篆佑肇罐瀬箒気稜�害 �⊇住�軍のイスラム教迫害 ��アメリカやアフリカ先住民に対する迫害についてでした。
ガリレオ・ガリレイに対する1633年の異端尋問の名誉回復もなされました。 360年もたってなにを今更とも思いますが、前任の法王はカトリック教会の間違いを認め改めなかったのですから、勇気ある行動と言えます。
この勇気が母国ポーランドの自主管理労組「連帯」の支持表明につながり、トルコ人による暗殺未遂事件で重傷を負うことにもなりました。
尊厳死や避妊を認めないという頑固さもありますが、精一杯よく活躍された法王であったことは万人が認めるところです。
法王のご冥福を祈ります。
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