LORANの日記
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2006年09月24日(日) 空虚な言葉


テレビから聞こえてくる声は、どうしてあんなに空虚なのでしょう。

あわただしく、甲高く、自己主張しています。


こんなに便利で、こんなに快適・・・

世界のあそこで、ここでこんなことが起こっていると。


そのすべてが空虚に聞こえるのはなぜ?

「こんなに真実を伝えている」と言う言葉に、真実味がないのはなぜ?


真実はとても重い。

たとえ蟻一匹でも、人一人でも。


その存在が真実だから、その存在はとても重いのです。

たとえその人が亡くなる寸前であっても、その目の微かな輝きは真実の重みがあります。


しかし聞こえてくる言葉は空虚です。

それを話す人の真実が希薄だから。

その人の人生が真実から離れているから。

その人の情熱や気迫がないから。


そんな空虚な言葉で社会が構成されているから、社会は空虚です。

そこに住む人の意識が希薄だから。

生命の火が微かだから。

人々の目に光が宿っていないから。


言われたことに忠実に。

自分の気持ちを抑圧し、制御できることが大人の資格。

いつの間にか子ども時代の夢や希望は薄くなり、義務と責任で押しつぶされます。


口を出る言葉は、相手が求める言葉になり、

その裏側には悲しみと怒りの赤黒い色。


言葉は本来が神聖であり、愛を語り歓びを語り合うもの。

そこから新たな生命が創造されるはずのもの。


もう一度、思い出してほしい。

あなたが言葉を覚えたばかりのときを。


あなたと両親の言葉の温かさを。

きっとそれをあなたは忘れていないから。


LORAN |MAILHomePage

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