LORANの日記
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| 2006年10月03日(火) |
人は同じですか?(3) |
(昨日のつづきです。)
「人はすべて同じ」という常識は与えられたものでしょう。
そう思うから、人は自分の気持ちを抑えて生活しています。
一人ひとりが自分の思うように生きたら、社会は混乱すると教えられています。
忍耐や我慢ができなければ、社会人として失格と言われます。
「君子は和すれども同ぜず。小人は同ずれども和せず」
孔子と弟子との問答集、「論語」の中の1節が、君子のような生き方を推奨しています。
孔子が生きた春秋戦国時代は戦乱が約300年間も続き、国土は荒れ、民衆は飢えに
苦しむ最悪の時代でした。
孔子はこの時代に仁(愛)を説いて、礼を尊ぶ生き方により、社会の混乱を収拾
しようとしました。
約2500年も昔の言葉を、同じ時代のように適用するのは無理があります。
言葉による支配は過去では通用しても、現在には通用しないでしょう。
昔は無学、文盲の民衆が大部分でしたが、現在は殆どが高学歴です。
現在は「智恵の時代」と、私は言っています。
高学歴なのに、自分の知識や技術、才能などを使えなくて持て余しています。
これは「智恵」の欠如が原因でしょう。
「智恵」は、自分が現実を正確に把握しなければ使えません。
今までのように本や教室で知識だけを収集しても、自己満足で終わります。
教育が役人や教師の仕事であるのは、国の方針に従順な羊の群れを作るためでした。
自分という個性を削って、愛国思想によって自国を防衛させるためでした。
このような孔子時代の思想が、2500年も経った現在を支配しています。
人間の学習能力の無さには、ただただ呆れるばかりです。
今の時代は「アセンションの時代」と言われていますが、「アセンション」は
キリストの昇天の意ですから、人類が全滅すると言い換えることもできます。
「このままでは人類は行き詰ってしまうよ。」という警告でしょう。
「なにもしなくても、アセンションさせてもらえる」と思うのは、あまりに
楽観的に過ぎます。
「天は自らを助けるものを助く。」と聖書でも言っているではありませんか?
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