いぬの日記
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さっきまで、『田中芳樹ファンに100の質問』をやってました。 疲れる・・・まだ半分も終わってません。 で、本のタイトルを確認するためにネット検索して、 「田中芳樹を撃つ!!」 http://tanautsu.duu.jp/index.html というサイトを見つけ、面白かったので掲示板ログを延々と読んでしまいました。 さらに疲れた。 うー・・・。 目と肩が痛くなりそう・・・。 きちんと文章の書ける人が、 どうしても感情的になりがちな文字のみの対話を理性的に保とうと頑張っていて、 読んでて面白かったです。 内容には、個人的に共感・納得です。 創竜伝は、四兄弟が天界に行くまでのほうが好きでした。 批評めいた文章が増えたってのもありますが、ストーリーがどこに行ってしまうのか、 追いかけてる私のほうが迷子になってしまいそうで、ちょっと疲れます。
掲示板を利用しての批判、というと2chを思い出して嫌な感じですが、 決して、決して下劣な誹謗中傷サイトではありません。 むしろ書き込みの常連者はほとんど元田中芳樹ファン、現田中芳樹ファンで、 掲示板でもこんなにきちんと対話できるんだなーと思いました。 まあ、どうしても食い違ってしまうこともありますが。 とにかく対話しようという意思が参加者にあって良い感じです。
2chは、あれはあれで面白いと思いますけど、 一気に読むと脳みそにぬるい毒が染み込んでくるような気分になるんですよね。 もちろん、意志薄弱な私のメンタリティとかそういう原因はあると思いますが。 笑い飛ばせればいいんですけどね。 それか、さっさと読むのやめれば良いんですけどね。 他人の喧嘩や自分に関係ないところにある悪意は、こう、怖いもの見たさで、ついつい面白くって。 ううう悪趣味・・・。 でも、たーまに見てしまいます。2ch。
『虹色レインボー』��
「おまえには無理だよ」 私が何を言っても、パパはただそう言うだけだった。 大好きなパパにそういわれて、悔しいというより悲しかった。 マジシャンになる夢は捨てられなかったけど、私は高校進学の道を選んだ。
高校1年の夏、パパが死んだ。 ママを早くになくして、ずっとパパと暮らしていた私は、それで天涯孤独になった。 パパはいつも先のことを考えている人だったから、パパがいなくなっても私は何一つ失わずにすんだ。 家を追い出されることもなかったし、学校を退学することもなかった。 パパは、公演の都合でしょっちゅう家を空けていたから、一人でいることにも慣れていた。 家事も不自由はしない程度にやれるし、寂しくて眠れないなんて事もない。 だけど、一人でパパのことを考えると、たまらない孤独に襲われることがあった。
身を縮めて自分の体温を確かめと、指先が酷く冷たくなっているのが分かる。 全ての感覚が鈍くなって、あたりの色がかすんで見えてくる。
パパは生きているうちに、自分が突然いなくなったときのための全てを手配していた。 保険とか、相続とか、後見人とか、よく分からないけど、そういうものを全て。 パパの友達の弁護士によると、私は成人するまでは一切生活のことで頭を悩ます必要はないらしい。 ママが死んでから、パパは何を考えて一人でこれらを手配したんだろう。 穏やかに笑いつづけて、楽しそうにマジックのショウをこなしながら、 パパは自分がいつか死ぬことをずっと考えつづけていたんだろうか。 ねえ、パパ。 パパは、孤独だったの? そしたら、私も寂しい。 私はずっと孤独ではなかった。 今はそうかもしれないけど、ずっと私は孤独ではなかった。 パパがいたから。 パパのくれた、虹色の世界があったから。 だけど、パパは孤独だったの? もういないパパを思う。 私の中で、生きているころと何ら変わらない大きな場所を占めて、 私の孤独を癒し慰め、同時に激しい孤独の痛みを与えつづける人。 手を伸ばしても、もう届かない。 近づこうとすればするほど遠ざかる。 彼の心を知るすべは、今はもうない。 ああ、パパ。 パパは、孤独だったの? だったら私は寂しい。
氷の刃でひやりと撫でられたように、私の感覚は急激に遠ざかる。 そうして、少しあとで、場違いな頬の熱さに気づいて、私は自分が涙を流していることを知った。 少しの間忘れていた体の感覚に意識を凝らそうとすると、息が上手く吸えなくなる。 深呼吸しようとして、無理やり息を吸った。 とたんに、見っとも無くしゃっくりが出て、止まらなくなる。 いきなり思うようにならなくなった涙腺と呼吸器にパニックを起こしかけて、 やっと声を出せば良いんだということに気づいた。 「・・あっ」 どもったような声が、まるで他人の声のように転がり出た。 いつしか、私は声をあげて泣いていた。 盛大で立派で、人々の誠意と思いやりに似たもので満ちた、パパのための葬式が行われた夜。 それまでにも、もう何度何度も泣いていた私は、そのとき初めてパパの孤独のために泣いた。 そして、私の孤独のために、それは多分必要だったのだ。
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