いぬの日記
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ツイッターはフォロー・フォロワーが増えてきて、何を投稿しても「私のついっとってつまんないなー」と引け目に感じるような時期に入りました。 どうせTLに流れていくのだから、あんまり何も考えずに楽しんだ方がいいのかもしれません。 フォロワーの数が増えてもそんなに嬉しいわけではないのですが、フォロワーの数がいつの間にか減ってるとびくっとしてしまいます。 でも、だからといって、フォロワーの一覧を見ても、誰が減ったかのか分からないんですよね。 まあその程度のことなんだなー。 割り切って、単に数字として捉える方がいいのかも。
ツイッターにログインして自分のホーム画面を開くと、フォローしている人のツイッターが時系列に並んで表示されます。これをタイムライン(TL)と呼ぶみたいです。 ツイッターが面白くなるのは100人以上フォローしてみてから、ということをいくつかの記事で読んだので、少しずつフォロー増やしてみているのですが、私では、50人以上になるともうTLを追っかけられなくなってしまいます。 少なくとも、朝出勤中・昼休み・帰宅中に携帯からツイッターを見るというやり方では、全てのTLを遡って読むことは難しい。 読みたい人の投稿まで流れてしまうので、あとから個別に見たり、リスト機能を作ってみたり、ということをしているのですが、そこで作業が新たに発生するくらいなら、最初から数を絞って、自分の追える程度の人数をフォローした方がいいんじゃないかな〜と、今は迷っています。 ニュースサイトのツイッターは、フォロー外してリスト機能で見るようにしました。 論文ったーも、どうしようか迷っています。 外してニュースサイトと一緒にリストに入れようかな。
冬毛の動物を見るために、動物園に行きたいな。 小さい水筒を買ったので、なんか暖かい飲み物を入れて持っていく。 夏は自転車で1時間かからずに行けたのですが、公共交通機関で行こうと思うと、ちょっと遠回りして乗り継いでいかねばならないので面倒くささのハードルが高いです。
動物園に行く私って動物好き!エコ!ピース!ほっこり!とかっていう気はしなくて、檻に入った姿でもなお魅力的な動物を見て楽しいと思う自分は、エゴで動いてるなーと思います。 檻の中にいる彼らの生涯は、私には娯楽なわけです。ひどい話だ。 でも、じゃあエゴだと分かっていながら、どうして動物園は作られたの? どうして存続しているの? そこに行って得られる物は、本当に娯楽だけ? 楽しい、以外に、何を受け取る?何を感じる? 動物園は、学びの場として作られたものだそうです。 今でもそこに行くと、あちこちのボードや、展示が、たくさんのことを伝えようと必死なのが分かります。 私はそこに勉強しに行くわけではないけれど、楽しいから行くのだけど、いくと必ず何か感じることがあります。 不思議な場所だなーと思う。はまった理由も、そこらへんにあるのかも。 まあ結局は、見て楽しいということに尽きるのだけど。
正月休みからこっち、友達とご飯食べに行く以外はほとんど家から出ない休日の過ごし方が定着しています。 これはこれで貴重だし(いつものことだが)楽しいのですが、そろそろ身動きする気力が溜まってきたかも。
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