『たけぐせの随・弐』
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昨年の夏頃の話。
俺の住む部屋は二階建てのアパート。 階段をのぼってすぐ右に折れ、 その右手に部屋のドアがある。 そんなつくり。
夜、帰宅して、 階段をのぼりきると ちょうど目線あたりの壁に なにやら動くものがいた。
「守宮(ヤモリ)」
奴は薄汚れた白壁に同化してした。
夜、外出するときなど、 玄関を出て、左手の階段に差し掛かると 奴はやはり俺の目線の位置にいた。
それ以降、何度となく奴はそこにいた。 見かける時は必ず俺の目線の、そこにいた。
「ヤモリ」
「家守」と書くように、 「家を守って」くれるのであれば好ましい存在だ。 って、そんなこと本気で思ってはいないが、 そうではなくとも、 見かければ必ずそこにいる、奴は微笑ましかった。
それから数カ月、 いつの間にやら見かけなくなった。 きっと死んでしまったのだろう、と思った。 そして、もう、忘れていた。
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今日の話。
いつものように階段をのぼり、 のぼりきった所、 その俺の目線の壁にもちろんやつの姿はない。 右に折れ、 右手のドアに鍵を差し込む。 いつもどおり。
ドアに向き階段側にはインターホンがついている。 そんなつくり。 その上の、その壁の俺の目線。
奴は薄汚れた白壁に同化してした。
頭を下にして 四肢を踏ん張り、 じっと、 俺の目線のそこにいた。
どうやら元気にしていたようで。
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