月のシズク
mamico



 アリア

心がざらざらしていた。
原因はわかっている。
連日のアメリカ同時テロのせいだ。

最初の衝撃的な映像を眼にしてから、ビデオの再生ボタンを押し続ける
かのように繰り返し繰り返しテロの映像を追った。
半年分くらいのテレビ視聴量と頻繁なネット接続。異常だとわかっていた。
でも、とにかく絶対量を送り込まないと、私には現実が入ってこなかったのだ。
「これは本当ですよ」という信号を脳に送り続けなければ、自分が破綻しそうだった。
現実界でのキャパシティーオーバー。

ビル崩壊の映像、瓦礫の山に踏み入るレスキュー隊、生還者たちの証言、
被害家族の嘆き。見れば見るほど、私の心はざらついていった。
悲しみとか怒りとは、明らかに異質のものだった。

午後、ブラウン管から逃げるように演奏会に足を運んだ。
開演に先立って、オーケストラが即興でアリアを奏でた。
白い糸のような旋律が天上から降りてきて、私の視界が水っぽく歪んだ。

ああ、そうか。
私は祈りたがっていたのだ。
映像からも活字からも離れて、純然な音とともに、祈りをささげたかったのだ。

弦楽が奏でる白糸のようなアリアに守られながら、私は一曲ぶん、たっぷりと祈った。
右手の手のひらを心臓の上に載せ、そのあたたかさを感じながら、心から祈った。
神はキリストでも万物の神でもなく、私自身の中にある、そう信じながら。




2001年09月16日(日)
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