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■ くもりガラスに描かれた傘
雨が降っていたのでバスに乗って駅に向かう。 雨のせいでバスの中はぎゅうぎゅうに込み合っていた。 そして、人の熱気でガラスというガラスが白くくもっていた。
私は吊革につかまり、くぐもった窓の外を見ようとした。 細かい水蒸気がびっしり張り付いていて、ものの見事になんにも見えない。 おまけに雨のせいで自然渋滞が発生し、バスはなかなか前に進まない。
くもりガラスに指で傘の絵を描いた。 ほんの出来心で、さっさっと、誰にも気付かれないように、傘を描いた。 私の前に座っていた、母の膝に抱かれた男の子がふと上を見て 「あ、カサだ」と言った。 「なんでこんなところに傘があるの?誰が描いたの?」と母を質問責めにする。 「おともだちが描いたのでしょう」とその若い母は、隣りに立つ私に気遣って 小さな小さな声で答える。
「ボクも傘の絵を描きたい!ねぇ、なんで傘があるの?」と繰り返し母に聞く。 その隙を縫って、今度は飴玉の絵を描いた。セロファンに包まれたリボン型のあの絵だ。母から顔を背けた子供は、新しい絵に気付き「あ、アメだ!」と叫ぶ。 そしてしばらくの沈黙。
「あっ、アメだから雨なんだね」 と素敵な発見をしたように、嬉しそうな声をあげる。 「雨だから傘なんだ」と、今度は自分に言い聞かせるように男の子は言った。
私はこっそり笑って、次の停留所で降りた。 外はまだ雨が降っていて、私は黒い傘をさして歩き出した。
2001年10月08日(月)
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