雨のち晴れ...scbellen engel
発作 - 2004年06月14日(月)



今日は今の自分を正直に書こう。

発作だ。


解離しかけてる。
(解離の意味が分からない方は、申し訳ないですが以前の日記を辿って下さい)
不安の波に飲み込まれると私は解離現象がおきる。
頭では分かっていても、体と心が分離する。
今日、ついに動悸がおきた。
・・ドクン・・・ドクン・・・
これがおきると間違いなく私は正常ではない。
見た目は何も変わらない。だから人には分からない。
しかし。
本人は立っているのもやっとで、動悸は一度始まると何をしようが
薬を飲もうが、不安の原因が覗かれるまで何日経ってもおさまらない。
酷くなると、息ができず咳き込む為「風邪?」と人に必ず言われる。
この後、辿る道は手足の震え、集中力に欠け、例えば仕事ならミスを繰り返す。
過敏性腸症候群も胃痛も勃発する。
ここ数日、前兆はあった。不眠・・・。
それから依存症のように、お酒を呑むようになっていた。
(通常、めったな事では呑まないのよ。楽しい気分の時とか、休みの前とかじゃないと。)
それが今日、仕事中の ある人物との、ちょっとした会話からそれは始まった。
それは書けないが、こういう時の私は不安の傍らで、鋭い自分もいて尖っている。
少し話がそれるが「痩せてていいなぁ」この言葉は一番嫌いだ。
好きで痩せてるんじゃないんだ。太れない。女性らしく丸みをおびた体に
どれだけ憧れていることか。言われるたびに説明するが、人の気もしらないで
繰り返し、その言葉を言ってくる。だいたい、そういう事をいう人に限って
本当に太ってなんかいなかったりするし。

話を戻そう。
前兆があると、私は本屋に駆け込む癖がある。
自分の救いとなる言葉を探すのだ。
今日も、そうだった。仕事帰りに本屋に寄った。
その時・・・。通路の真ん中にいたわけでもなく、誰の邪魔になる位置にいたわけでもない私をわざわざ押し、私をじっと見て、自分の通り道を作った中年男がいた。
私の立っていた場所にあった本を見るわけでも、
人が通れないほど通路が塞がっていたわけでもなんでもない。
最初は知り合いにでも、つつかれたのかと思った。
・・・が、その人はたんに押しただけだった。
切れそうになった。
とっつかまえて「なんで、押したんです?」と言いかけるとこだった。
じっと、そいつを睨みつける私。平然として、自分の見たい本の場所に行くと
同じ事を他の人にもしてた。
(なんで、たった一言、手を出す前に声がかけられないんだ?)
内心、かなりのボルテージが上がっていたけれど、今、自分が自分でない事を頭では一応分かっている私は黙っているしかなかった。押さえがきかなくなる事を恐れた。
そして、その本屋を後にしたとたん泣きそうになった。
悔しかった。そいつに。自分に。
現状を知る人、二人にメールした。
とにかく、泣きついた。
激鬱だと。
一人は、後輩ながらも人生の先輩である、お母さんスタッフ。
もう一人は、ちょこちょこ日記に登場する先輩でありながら弟のような
同志のような、オルゴールのスタッフ。
二人とも、楽しい時間を過ごしている時に、なんて迷惑なメールを送ったんだろうと
今、ものすごい自己嫌悪。
勿論、二人はそんな事を一言も書かず、私を落ち着かせる為のメールをくれた。
お母さんスタッフは、私の本当をまだ、ほとんど知らないにも関わらず
お友達と楽しんでいる中、なだめてくれ
大好きなもう一人は、自分の意見として、下手になだめるでもなく
きっちりとした返事をくれた。
二人のおかげで私は今、家に無事につき薬を飲んで、誰もいない家で
少々落ち着きを取り戻し、これを書いている。

N&Tねぇありがとう。

解離せずに済みそうだ。
なるようにしかならない。
諦めないで、やれる事して それでもダメなら又、道を探すしかない。
そう今は思う。不安は取り除く事はできないけれど、
これで人生が終わるわけじゃないんだ。
人生の先輩、そして人生では、ちょびっと先輩だけど精神年齢は
うんと下の私の為に貴重な時間を割いてくれた事、感謝してます。
自分に正直でいる事はとても難しい。特に私のような人間には。
でも、どんな厳しい言葉でも、それを正してくれる人が一人でもいるかぎり
私は這ってでも歩いていけるだろう。
心から感謝を込めて。
これからも、甘えた事を言うと思うけどバシッ!!っと言ってくれていいし
勝手だけど時々は、ほんの少しでいい。甘えさせてください。
私みたいな、根っからの甘ったれには、ほんとうざったいと思うけど
二人のような存在は、でっかいです!!





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