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■ 連想ゲーム
オペラとバレエは門外漢もいーとこである。ほとんど知らないし分からないし興味も薄い。音楽もインターメッツォなど要するに演奏部分しか聴かない。今流行のディーヴァとかも「ああそう」ってな感じである。それでもTVで中丸三千�咾魎僂燭里蓮�彼女のダンナが加藤和彦だからだ。
加藤和彦と言っても若人にはあんまり馴染みがないかもしんない。「帰ってきたヨッパライ」などのヒットがあるフォーク・クルセダーズのメンバーで、サディスティック・ミカ・バンドを経てソロに。現在は名実共に日本最強のプロデューサーとして活躍している。アニメ関係だと飯島真理「愛・おぼえていますか」がある。特に知名度高いのは「家を作るなら〜♪」のCMソングかしらん(笑)。 そして加藤和彦といえば、当然安井かずみである。
安井かずみ…もっと馴染みがないかもしれないが、加藤和彦の亡き前妻だ。1994年ガンで亡くなったのは55歳のとき。作詞家としての作品は4000にも及ぶという。代表作は「わたしの城下町」「危険なふたり」など。 そして…ここからが肝心で、安井かずみといえば次にくるのは”タンタン”こと川添梶子なのである。この名をご存知の方はオシャレなグルメか、あるいは60年〜70年代にかけての日本文化潮流に詳しい方であろう。
飯倉にある「キャンティ」は、男女が勝負をかける時に使われることで有名なイタリアン・レストランだ。ここのオーナーは稀有な国際人と言われた川添浩史(故人)で、彼の人柄や皇室にまで及ぶ幅広い人脈、深い見識を敬愛する多くの文化人・芸能人が店に集った。三島由紀夫、安部公房、黒澤明、岡本太郎、小澤征爾、篠山紀信、加賀まりこ、坂本龍一、松任谷由実、田中康夫、久米宏、黒柳徹子、浅利慶太…名前を挙げればキリがないが、こういった面々が「常連客」であった。そして川添と共に彼らを惹きつけてやまなかった女性――それが梶子夫人である。
梶子は裕福な家庭の出身で、戦後彫刻の勉強をするため単身イタリアへ渡り現地の男性と結婚。しかし欧州旅行中にイタリアに立ち寄った川添と恋におち、家族を捨てて再婚する。 日本へ戻ったふたりは家業のひとつとして引き継いだレストランの経営に打ち込む。特に梶子による本場仕込みのイタリア料理が評判を呼び、徐々にサロン化していったのだった。
梶子の並はずれた審美眼や洗練されたセンスは、若い女の子にとって羨望のまとであったらしい。女優の加賀まりこは梶子にあこがれ、梶子と同じようなファッションに身を包んだそうだ。そしてその中に安井かずみもいた。当時、梶子はイタリア語でおばちゃんをさす「タンタン」という愛称で親しまれていた。かずみはこう回想する。
「美術や音楽、ヨーロッパの歴史、能や歌舞伎、タンタンが話すことすべてについていけないとダメなのよ。ファッションだけ詳しくてもダメ。そしてタンタンについていけないってことは、大人になれないってことなの」
夫・浩史が他界したあと、梶子はひとり瀟洒なマンションに暮らしたが、その言動は端から見てもおかしくなっていったという。誰に看取られることもなく、ある日ベッドで冷たくなっているのが発見された。まだ46歳の若さだった。
日本には表向きクラス(階級)はないと言われる。しかしそれは厳然としてあり、その垣根を越えることはおろか、垣間見ることさえ難しい。単に家柄や資産の問題だけでなく、メイン・カルチャーに対する許容量の大きさとそれを惜しげもなく次に渡す心意気は、所詮我々市井の人間にゃ逆立ちしたってムリなのだ。
…なにやらオペラから始まって妙な結論に達してしまった。ちなみにタンタンに興味のある方は野地秩嘉「キャンティ物語」(幻冬舎文庫)をどうぞ。
2003年06月08日(日)
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