番茶日記
札幌編から神奈川編へ
PC持ってないからかなり不定期更新
内容も寂びれてます

2002年09月15日(日) ちくしょーみんな大好きだぜー!!

「生きててよかった、あの時死ななくてよかった」

これって札幌のパルコ前で2千個の風船が空の舞ったときにあたしが叫んだ言葉なんですけど、その続きで「死にたくなるようなこともなかったけどぉ!」と怒鳴ってりました、嘘でもいいもーんそれぐらい感動したし。

私がパレードを知ったのは懐かしくも10代の頃の話。
その日私は仕事があって実行委員の友達に電話をかけて「頑張って」と伝えたのをよく憶えている。
電話口に聞こえるやかましいぐらいの会場の音楽とみんなのはしゃぐ声を聞いて「いつか出てやろうと」思ってた。

そっからが始まり。

その次のパレードで私は、実行委員を示すパスケースを首から下げてパレードに出たわけだ。
正直いうと別に「世の中の同性愛者の為」頑張りたいって思っていたわけじゃない。だって、私がプラカードをもって「同性愛を認めろ」って叫んで、風船を飛ばしたところで誰かが救われるの?幸せになれるの?
参加の仕方は人それぞれだけど、私は自分のことしか考えてないから自分がいかに楽しくて、騒げるしか考えてない
「あたしを楽しくさせるのは、当たり前に自分自身」と思ってるから。
プラカードもって踊り狂ってた私は、私のために主張してたと思う。

今年は
どうだったというと。
もちろん去年より楽しかったに決まってる、本気で。
でも、華やかな裏にはやっぱりみんなの努力があるってことを忘れたくない。2月から準備してこのパレードを作って当日のボランティアの人たちの働きもあって歩く人がいて成り立つパレードじゃないかと。(その他警察の方などたくさんの人が関わってますが)
やはり、今年も職場の近くになると沿道を歩いたけど沿道で一緒に歩いてくれたのは元同僚の人たちで
行進でずっと一緒に踊り狂っていたあの女は来月には東京にいってしまう。
今年もボラやってくれた、あの子は仕事が大変そうなのにやってきてた。
いつもお馬鹿なあたしを暖かく見守って心配してくれる、あの人も笑顔で歩いてた。
職場の同僚の子も休憩時間を使ってパレードを見てくれた。
今回パレードがきっかけで喋ったみんなも、列を見渡してみればたくさんいた。
沿道を見れば、「あいついたー」ということもたくさんあった。

ノンケとかバイとかレズとかゲイとか色んな色んな人がいていいじゃない、色彩豊かで。

私が言っていることは単なる奇麗事かもしれない。
パレードをよく思ってない人もたくさんいることは事実で
それは、信号待ちの人でイライラしてた人もたくさんいたよ、きっと交通の邪魔だともやかましいとも思われていただろうけど。
風船が飛んでそれを見てるみんなの笑顔をみると
「ちくしょーみんな大好きだよ」って思ってしまう。
私はそういう単純な人間で、単純な幸せに心を奪われてしまう。
辛いことや、悲しいことがあって当然だけどいつも幸せで喜ばしいことに目を向けていたいのですから。

うひゃーあたしったらずいぶん熱血人間だったのね。と書いてて思いました。長々とすいませんね



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