ふすまのおく
細々、ぼそぼそ書いてます。

2007年06月14日(木)

恨みがたまっている。吐かせて欲しい。


引越し先を私に教えなかった事。
近くまで来ている事を教えなかった事。(私は人づてに聞いて知っていた)
「せめて連絡先ぐらい教えて」と言った私に、業務連絡のように住所を伝えた事。
少し経ってとってつけたように研修が始まったと一方的に伝えてきた。
それから後は何もない。なくても構わない。

「時間をおいて考えたい」と言ったけれど、その余地がどこにある?
考えたら状況が良くなるとでも?
希望を持って待つならともかく、絶望を待つための時間はない。
恨みがましい気持ちになって待つのにはもううんざり。

言い争いになったときの窮屈な気持ち。
常に押さえつけられているような気分。
自説を絶対に曲げないし、何があっても謝らない。
「自分がないみたい」と相談する人を馬鹿にするけれど、
そんなに自分の考え方が絶対?
自分は常に正しい?
人の話をなぜ聞けない?
あなたなりに私を大切にしたのはわかった、
けれどそれは独りよがりでは?


将来は一緒に、という事だったなら、その決断も、
どうしてあなたの口から私の両親への説明がなかったのでしょうか。
顔を合わせる機会だってあったのに。
私たちがこじれてから両親は、
「お前は決断力がない。どうして『別れる』決断が出来ない?」
と言ったのですが、あまりに正当な意見で何も言えなくなりました。
両親の言った事のほうが大事なの?とあなたは言いそうですが。
私だってマザコンやファザコンみたいで嫌です。
両親にそんな風に見られていた、それも嫌です。

そもそも私が八つ当たりをしてしまったのは悪かったと思います。
「こんな言われ方をして将来やっていけるかどうかわからない」
私もどこかでそれは思っていた事で、
「いつも私が折れているようでは、将来私はおかしくなってしまう」
私もこんな風に考えることが増えました。
二人でいるのに折れる折れないの問題ではないかもしれませんが、
そう考えてしまう時点で駄目だったのだと思います。
二人でよく考えないと、とたまに言っていたけれど、
そこに私の意見が入る余地がなかったように思います。

もうこれだけ考えたら選択肢はないけれど、もらったメールや一緒に撮った写真をうっかり目にすると、どうしてうまくいかないんだろう、と情けなくなります。
何とかならなかったのか、とか、一緒に布団に潜って寝たなあ、とか、私があげたぬいぐるみは捨ててしまったんだろうか、とか、楽しい事も色々と思い出してしまうのです。楽しかったはずなのに。

人と別れ(ようとす)る事ってこんなにしんどいと思わなかった。


 <past  index  will>


襖 [MAIL]