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■ 歌う母親。+移植1
うぅ…。見つからないよ〜ぅ。 テレビのリモコン〜〜〜。
先週ちびっこ二人に荒らしていただいた後から テレビのリモコンが見当たらないんですよね〜。 なぜかしら?
たまに見るテレビ… リモコンないとめっちゃ不便やんかぁ。
さて、今日のたぁ様。 元気にはいはいしていました。
まだまだ腕立て状態はぎこちないです。
ところで、「はいはい」って ずりばい、腹ばい、ひざばい、高ばいってあるんですって。
カルチャーショックです。
今まで私がずりばいだと思ってたはいはいは 性格には腹ばいと言う這い方のようだし。
ずりばい=腕だけで移動。 腹ばい =お腹を床につけた状態で手足を使って移動。 ひざばい=ごく一般的に浸透してるあのはいはい。 高ばい =両手両足をつっぱった状態で移動。 By ベビモ(買ってみました)
もうすぐ2本目の上の歯が生えてきそうです。 おせんべいあげると いっちょ前にガリガリ食べてます。 んも〜〜〜可愛いです。
あと、お歌をたくさん歌うようになってきました。私が。
振りつきの歌はすごく喜んでくれるので とっても歌いがいがあるなっ♪…と。 手を叩いてアンコールでもされようものなら もう何度でも歌っちゃいますね。 持ち歌少ないので同じ歌をエンドレスで。 うろ覚えな歌はもう同じ歌詞をひたすら。
*移植の事 〜家族の12年〜*
以前別の場所でも書いた事がありますが 私の妹は腎移植をしています。 ドナー登録はしていませんでしたので 腎臓の提供者は実の母です。
血液型不一致のため(妹A、母B) そして当時の医療は今ほど進んでいなかった事もあり すぐに移植と言うわけには行かず 12年と言う月日を経た上での手術でした。
父(A)からもらう話も出ましたが それは当時の状況を考えると無理な話でした。 まだ他に子供がいる、未成年を抱えている事 父がもし働けなくなってしまったら? と言う事を考えてそうする訳にもいきませんでした。
勿論、父親が提供者でその提供した父親は 現在もきちんと仕事をこなしている…と言う方もいます。 けれど、それが無理な可能性も出されたので。
その12年の間にはたくさんの出来事があり 妹は何度か『峠』と呼ばれるものを迎えてきました。 どの峠も何とか乗り切ったので今があるのですけど。
体調も落ち着いてみたり悪化してみたり。 悪化した時に付き添う母は 気が気じゃなかったと思います。
妹は急性腎不全で入院してすぐ、慢性腎不全と診断され そのまま救急車で大学病院へ搬送されました。 実家から片道1時間のところです。
入院した先にはたくさんの子供がいました。 同じ病気を患っている子、違う病気を患っている子。 完治とまでは行かないけれど退院できる事になった子 退院を待たずして天に召されてしまう子供。
母も妹も多くの人と出会い そして多くの人を見送ってきました。
母が時々言っていた事です。 なんで血液型が違ったんだろう? どうして私と同じじゃなかったんだろう? 輸血しなければならないのに、血が必要なのに 呼ばれた父が来るまでの間 自分はただ横について見ている事しか出来ない。
ただ見ている事だってとても大変な事で 母は何もしていないわけではないのに… 子供心に思いましたが 移植すれば…という道が閉ざされたままの状況では 何を言っても無理だと思っていました。
あの頃は私もまだまだ子供で 中々家の手伝いも出来なくて(家業)…しなくて(家事)… ダメな子と言われるのはしょっちゅうでした。
もう一人の妹もまだ小さくて まだ母親が必要な時期だった事もあり 母親の代理をする私の事を、彼女は時々 「お母さん」と呼んでいました。 彼女自身にはそう呼んだという自覚はありません。
妹が無意識にそう呼んでしまうほど 私が母親代理を徹底していたわけではなく 彼女がいかに母親を必要としていたかと言う事だと思います。
*** 長いのでちょっと続きます ***
2002年11月08日(金)
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