わん吉のぼやき...わん吉

 

 

忘れないうちに、レポート。 - 2003年10月10日(金)

木根さんのライブから一週間。
まだなんにも書いてないので、、、ここにとりあえず。

今年の木根さんは、40数本のライブをするそうで、わん吉的には、久しぶりでも、ニャン吉さんは前日を含め今年4本目。
そんな、トーク&ライブ番外編 秋場所。

この日は、ちょっと早い5時スタート。
まず一曲。
奈良は久しぶりと言う話から始まったこの日、
まずTM時代には奈良でライブをした事は無かった…(ここ迄言って、目が泳ぐ木根さん。間違ってると会場からすぐツッコミが入るので、反応を見ながら、ツッコミが入らない事に一安心)なかった。と断言。プロモーションに関しても来た記憶がないらしいので、もしかすると修学旅行以来かもとのこと。こんな感じで昔話し満載でした。

TMではライブハウスでやった事がないけれど、
その前のバンド時代にはよくライブハウスでライブをしていたそうです。
地方のライブハウスを押さえて、いざ当日。特に売れていた訳でもなく、何の宣伝もせずに、とりあえず来て、セッティング。当然お客さんがくる訳もなく、、、、あんまりこないので、スタッフの人に
「私達が見てますんで、始めて下さい。」
と、言われた事もあったとか。この日のライブハウスはビルの2階で、そのビルには、エレベーターがありました。昔、エレベーターもなくビルの上の階にあったライブハウスでライブをする時、自分達で機材を運んでセッティングしていたそうです。お客さんも少ないし、そんな時に限ってコムロ先生(もうすでにメンバーだった)とウツが、「僕達、駅前で人集めてくるしてくる〜」と言っては抜け出し、セッティングが終わった頃に返ってきていた。「あれは絶対、さぼってたんだ!」と、ぼやいてました。
あのコムロ先生にもそんな時代があったのですね〜。

そんな感じで、話の間に曲が入り…イヤ、曲の間に延々話があり。。。
「俺はTMのレコーディングが大嫌いだった。」
という話になった。何故そんな話になったのか忘れたけれど…

自分のパソコンと簡単なソフトで自宅で素人が音作りができる時代ですが、
TMのデビュー当時、(まだコンピュータを使った音楽、シンセサイザーも和音がようやく出せるようになったかどうかの時代だったらしい)イントロのワンフレーズを作るにも、かなりの時間が必要だったそうです。
借りて来た機材と、手持ちの物と相性が悪くて、一日あれやこれやと作業して最後「今日はダメだな」の一言で終わった事もあったとか。木根さんにとっては、かなりの苦痛だったようです。デビュー当時のTMがライブをしないとしていたのも、そんな状態で、出来なかったというのが本当のところだったようです。それでも、デビュー後しばらくすると、ライブをしないと言うのは…と言う周囲の声で、実は東京と大阪のライブハウス2ケ所だけでやった事があるそうです。しかし、音があまりにもボロボロで、全くの失敗だったそうで、そのライブは「TM Networkの歴史」から抹殺されているそうです。大阪でも、かなり人が入ったらしく(後に、ホール側がそのほとんどを招待したとわかったそうですが)今、その時のチケットもっていたら、すごいお宝でしょうね。ニャン吉さんに聞いた話では、今年の初めにあったバナナホールでの番外編の時、その時のグッッズが倉庫に残っていたらしく、話題になっていたそうです。

そんな失敗をへて、その後、ツアーが始まったらしい。話の途中、突然そのツアーのオープニング曲のイントロを演奏し、うたい始めた木根さん。ちょっとだけですけどね、歌詞間違えてなかったし…「ウツよりすごい!」という会場の声に、「アイツ絶対歌えないよ!」(爆笑)
そのツアーのサポートに入っていたのが、阿部薫(Dr)と、B'zの松本様だったのですねぇ〜。
木根さんは自慢げに、「俺、あのツアーのメイキングのビデオもってるんだよ〜」そこには、上半身裸の松本様が、木根さんに背中をびしびし子供のように叩かれて、「痛い、痛いよ〜」と叫んでいる映像が残っているらしく、その事を本人に言うと、「そのビデオ買い取るよ。」だって。松本様だわ。
(^_^;
もう一つ松本様ネタは、ある日松本様から木根さんにメールが入った。『本日NewAlbum発売、よろしくお願いします。』「お願いします?って、買えってこと?!」と本人に電話したら、「そう!」というお返事が…
『俺、買っちゃったよ』って、木根さん、いい人ですね〜と、おもったら、その後に「まさに大阪商人って感じだよね。」だって、ちゃんちゃん。

今、書けるのはのはここまで。曲名その他はまた改めて。







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