女の世紀を旅する
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2004年02月28日(土) |
「すべての女性がもっとも望むことは何か?」(ガウェインの結婚) |
「すべての女性がもっとも望むことは何か」(ガウェインの結婚)
私の一人娘(小学6年生)は,冒険ファンタジー小説「ハリーポッター」や映画「ロード・オブ・ザ・リング」などの熱狂的なファンだ。去年の春,「ハリーポッター」の新作がいつ発売されるのかを,出版社に電話で問いあわせほしいと,せがまれたくらいだ。
そもそも,イギリス原作のファンタジー物語には魔法使いや魔女や妖怪などが登場するものが多いが,実のところ,そのルーツをたどっていくと,中世のイギリスの騎士道文学『アーサー王物語』に描かれている世界にいきつくのでは,と私は推察している。
アーサー王は,5〜6世紀にアングロ・サクソン人のイングランド侵入に抵抗したというケルト系ブリトン人の伝説的英雄ですが,この英雄伝説は12世紀に北フランスのブルターニュ地方で物語化されたというから,意外です。当時のブルターニュ地方にもイングランドの先住民と同じブリトン人が住んでおり,両地域の盛んな文化的交流を背景に,イギリスの騎士道文学が北フランスで成立したということなのでしょう。
―すべての女性がもっとも望むことは何か?―
このイギリスの騎士道文学『アーサー王物語』のなかに「ガウェインの結婚」という面白いエピソードがあります。アーサー王のことは映画にもなったりしましたから、知ってる人も多いでしょう。エクスカリバーという剣をめぐるドラマは有名ですよね。
アーサーはイングランド王の子どもだったのですが、出生を知らないまま育てられます。王が死んで王国が混乱していたそのとき、ロンドンの聖ポール大聖堂の前に大きな石があらわれます。その石の真ん中には剣が刺さっていて、石には「この剣を石より引き抜いたものが全イングランドの正統な王である」と刻まれているわけです。たくさんの剛毅な者たちが挑戦するが誰も抜けない。ところが、少年アーサーが簡単に抜いてしまって、王位につくわけですね。 で、そのあと、アーサー王が活躍する話がたくさんあるのですが、その中でも面白いのが,先ほど述べた「ガウェインの結婚」なのです。
実は、アーサー王物語の中でアーサーが中心になる話はそれほど多くなく,むしろ円卓の騎士と呼ばれるアーサーの家来たちが活躍する話のほうが多くて、これがまた面白い。ガウェインというのはアーサー王の甥で、一番忠義な男です。
さて、物語はこんなふうに始まります。アーサー王がいつものように宮廷で国民の訴訟を裁いていると、一人の乙女が王にこんな訴えをします。自分の領地が邪悪な騎士に奪われ、また恋人も捕虜にされてしまった、と。アーサー王は、自分の国内でそんな不法なことがおこなわれているのはけしからん、というわけで、愛剣エクスカリバーをひっさげてただ一人で、その邪悪な騎士の城に乗り込みます。
ところが、敵の城に一歩足を踏み入れたとたんアーサーの心から勇気と元気が抜けてへなへなになってしまうんですね。アーサー王物語には魔法使いがよくでてきます。これもそうで、城には魔法がかかっていて、侵入者の勇気をくじくわけです。そこに、邪悪な騎士が登場して、あっという間にアーサー王を打ち負かして捕虜にしてしまいます。
アーサー王は、「助けてくれ」って頼むわけ。中年以降のアーサーは結構弱虫なんですね。そこで、邪悪な騎士はこういうわけ。「命が惜しいか。それならおまえに問いをやろう」ってね。「この1年のうちに問いの答えが見つかったならば、おまえを許そう。もし、見つけられなければおまえの王国をそっくり私がもらうよ。よいな」よいもなにも、とにかく助かりたいからアーサーはこの条件を承知します。そして、その答えを探して遍歴の旅にでる。
邪悪な騎士からどんな問題を出されたかというと、これが凄い。こんなのです。
「すべての女性がもっとも望むことは何か?」
難しいね質問ですよ。アーサーもわからなかったので、どうしたかというと旅にでて、行き会うすべての女性にたずねまくるんです。「おまえの望みは何か?」すべての女性が望むこと、ですから、少女から老婆まで、農民、商人、職人、貴族、未婚、子持ちあらゆる女性に質問してまわるんですが、うまくいかない。みんな、言うことが違うんです。ある女は「美貌」というし,また別の女は「健康」。そのほか富、立派な騎士の夫、子ども、若さ、恋人など、ありとあらゆる答えが返ってくる。 こんなあんばいですから、すべての女性が望むことなどわかるわけはない。しかし、あきらめるわけにもいかないので、アーサー王は旅をつづけます。
1年がたちました。明日はいよいよ約束の日で、アーサーは邪悪な騎士のもとに出向いて正答を言わなければなりません。ところが、正答らしきものを未だ見つけられない。 うちしおれたアーサー王は、とある暗い森の中に入っていきます。暗い森の道のかたわらに瘤(こぶ)だらけの大木があって、その根本に、目をそむけたくなるような、それはそれは醜い老婆がしゃがみこんでおりました。ちらっと老婆を見たアーサーは「うわぁ、気持ち悪い!」と思ったんだろうね。気づかないふりをして、その脇を通り過ぎました。
すると、その老婆いきなり立ち上がって、アーサー王を激しく叱りとばした。 「ちょっと、そこの騎士よ。立派な鎧(よろい)に身を固めてさぞかし高い身分の者かもしれんが、レディを無視して通り過ぎるとは、この無礼者め!」 そもそも騎士というのはレディ・ファーストの精神が大事なんです。アーサー王はあわてて馬を降り、非礼をわびます。機嫌をなおした老婆は、さらにアーサーに言う。 「あなたの探しているものを、私は与えることができる」とね。ただし、これも条件があって、老婆は答えを教えるかわりとして、若くて健康で立派な騎士を自分の夫に欲しい、と言います。アーサー王はせっぱ詰まっていますから、後先考えずに約束して、答えを教えてもらいました。
さて、翌日アーサーは邪悪な騎士の城に出かけます。邪悪な騎士がでてきて「答えを見つけたか。言ってみろ」。アーサー王は「愛」ではないでしょうか,と言うわけね。これ、不正解。不思議なルールなんだけれど、何度答えを言ってもいいみたいなんです。それで、アーサーは老婆に教えてもらった答えを最後に残しておいて、それまで聞いてきた答えを全部言うんですね。邪悪な騎士は「違う。違う」と言いながら上機嫌。アーサー王の答えが尽きたところで「では、約束どおりお前の王国をいただこうか」。アーサー、「ちょっと待ってくれ」 そして、老婆の答えを言いました。何だと思いますか。これが…。
「自分の意志を持つこと」
わかるかな、このすごさ。いまから700年くらい前の時代につくられた物語ですよ。「すべての女性がもっとも望むことは、自分の意志を持つこと」、現代の日本でも通用しそうですね。最近、父(夫)が家の中で母(妻)に暴力を振るうのが明るみになってきているよね。ドメスティック・バイオレンス。みんなのお母さん,自分の意志を持っていますか。現代女性の生き方見てても、結構考えさせられる答えではないでしょうか。
邪悪な騎士は、「くそっ、さてはあの女に教わったな。あいつは、俺の妹のくせに…」とか言って悔しがりました。実は、答えを教えた老婆はその騎士の妹だったのね。
こんなふうにしてアーサー王は1年ぶりに宮廷に帰還します。円卓の騎士たちも大喜びなんですが、肝心のアーサー王が暗く沈んでいます。醜い老婆との約束が残っているんだね。約束はしたものの、あんな醜い老婆に若くて立派な騎士を娶(めと)らせなければならない。ああ、やだ,やだ,どうしたもんか、誰と結婚させようかと悩むがラチがあかない。理想的な中世の騎士は必ず信義・約束を守るものですから。
暗く沈んだアーサー王を見て、心を痛めたのがガウェイン卿です。「王よ、あなたの悩みを私にも分けてください。」アーサー王は、これこれこんな事情で、と説明します。当然の展開として、王に忠義なガウェインは、「私が、その女の婿(むこ)となりましょう。」となるわけ。 アーサー王は、自分の甥でもあり見目麗しく若く健康なこのガウェインをあんな不吉な老婆と結婚させたくない。何も、おまえが…、と反対するのですが、ガウェインも言いだしたら聞かない。結局、ガウェインが老婆の夫となります。
さて、仲間の騎士たちが暗い森から老婆を連れてきて、宮廷で結婚式です。他の騎士たちは、みんなおもしろ半分でガウェインをからかうわけね。だって、新婚の妻は、世にも醜い、顔をそむけたくなるような老婆ですよ。ガウェインも、何の愛もあるわけじゃない。王を嘘つきにしないための結婚ですから、ちっとも幸せな気分になれない。だから、式だけで披露宴はなし。やがて、お約束の夜がやってきます。
新婚初夜。部屋には新郎新婦の二人きり。ところが、ガウェインはというと、花嫁に背中を向けて「はぁ〜」って、深いため息ばかりついているわけ。花嫁の顔を見ようともしない。まあ、そうだわな。すると、この老婆の花嫁が正面切ってガウェインに問いかけるんだ。
「わが夫よ! あなたは新婚初夜だというのに、わたくしを見ようともなさらず、つまらなそうにため息ばかりついておられる。なぜですか」 「なぜですか」って、すごいですね。わかるでしょうにね。
また、ガウェインも気持ちいいくらいにストレートに答えます。 「俺が、ため息ばかりついている理由は三つある。一つ、あなたが老人であること。二つ、あなたが醜いこと、三つ、あなたの身分が低いことだ」
それを聞いて老婆は、反論するんだ。こうです。「一つめ、確かに私は年老いているが、それだけ人よりも思慮が深く知恵に富んでるということです。決して、悪いことではありません。二つめ、妻が醜いことは、夫にとって幸運です。なぜなら、他の男が言い寄るのを心配しなくてもよいのですから。三つめ、人の価値は生まれや身分で決まるものではありません。魂の輝きによるものです。」 良いこと言うね。
ガウェインも、まあ素直な男だから、そんなものかしら、と思って、ふっと振り返って花嫁を見ると、なんとそこにいるのは、輝くばかりの美しい乙女だったんだ。
「おまえは一体何者だ」と驚いてきくガウェインに花嫁は答える。
「実は私は悪い魔法使いに魔法をかけられて老婆の姿に変えられていたのです。二つの願い事がかなわなければ、もとの姿に戻ることができません。立派な騎士を夫にするという一つの願いがかなえられたので、私は一日の半分をもとのこの姿で過ごすことができるようになりました。 もとの姿でいられるのは、昼がよいですか、夜がよいですか。わが夫よ。お選びください」
ガウェインはこういった。 「その美しい姿は、二人だけの夜の時間に見せてほしい。できれば、その美貌を他の男たちに見られたくはないものだ」 独占欲強いです。それに対して、花嫁も自分の意見をはっきり述べます。
「女というものは、他の殿様方やレディとお付き合いするときに美しい姿でいられたら、それはそれは幸せなんですよ」 それを聞いて、しばらく考えたあとガウェインは言います。
「おまえの好きにするがよい」
すると、花嫁が満面の笑みをうかべて言ったんだ。 「たった今、二つ目の望みがかないました。私は昼も夜ももう老婆に戻ることはありません」
わかりますね。二つ目の願い事がなんだったか。そう、
「自分の意志を持つこと」
彼女は,夫ガウェインによって自分の意志を持つことを許されたということ。
これが「ガウェインの結婚」の物語。本だとわずか5ページくらいの話ですが,含蓄のある深い思想が込められていると思いませんか。さっきも少し触れたけれど、現代日本だって通用する中味ですよね。この話の女性は思いをはっきり口に出してすがすがしい。ここに一つのヒントがあるように思いますね。 男子が、女子にもてようと思ったら、これですね 「すべての女性は自分の意志を持つことを望んでいる」 ここが、基本でしよう。まあ、少なくとも、ガールフレンドのことを,「俺の女」なんていう男はダメだろうね。
この話を含むアーサー王物語は、12〜14世紀くらいに北フランスで誕生し,今のような形になった。ヨーロッパ中世の騎士の精神世界の一端がうかがわれ,なんとも愉快な気持ちになります。今のヨーロッパ人の直接の祖先、ゲルマン人がやってくる前にヨーロッパに広く住んでいたケルト系ブリトン人の精神世界もアーサー王物語には色濃く反映されており,魔法や、呪いによる変身なんかはその典型でしょう。
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