女の世紀を旅する
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永六輔 『親と子』
著者(永六輔)は,本書(岩波新書)の「まえがき」で,「20世紀にはじけてしまったのは,経済や政治,科学だけではない。『親孝行』もはじけてしまい,21世紀は,『親と子がどのように向かい合うのか』を探さなければならない」と書いている。親子の断絶,家庭の崩壊といったことがしきりにいわれる。
最近の子供たちはケータイやゲーム機やパソコンのなかに浸り,人との生身の関係を嫌い,自分のカラに閉じこもってしまいがちだ。野性的なたくましい生命力と人とのつきあいを失ってしまった現代日本社会の病んだ現実のなかで,子供を「まともな人間」として育てていくことがきわめて重要な課題となっている。甘やかされて育った子が厳しい社会に出たらどうなるか。
そもそも社会自体が病んでいるのだから,教育や躾(しつけ)の舵取りが相当に難しい。どうしてよいか,途方にくれている親も多いだろう。あなたの家では,親子の会話はしっくりいっているだろうか。親子が互いを理解し合っているだろうか。この本には,親と子の関係を考えるのにヒントとなる知恵がぎっしりつまっている。
●親子はきちんと向かい合おう,本気で勝負しましょうよ。
「親子というのは,親子でなきゃいけません,親子は友達じゃないんですから」 ★親子の関係を,夫婦のようにヨコにして考えるのが,ニュー・ファミリーであり,友達のようにつきあう親子はうらやましがれた。そこには,親と子の両方で,これまでの〈親孝行〉のような,タテの構造を否定するあたらしい関係がある。 そこから,〈子供の世話にはならない〉という意識が生まれるのだが,なかなかそうはいかないという現実に引き戻されるのである。
「わたしたちって……親と子でなきゃ,うまくいくんだよね」 ★他人どうしだと,年齢差をのりこえてうまくいくのが,親と子を意識すると,とたんにギクシャクしてしまうことがある。他人どうしが憎みあうよりも,さらに憎悪することもある。それが親と子なのだ。
「父親が死んでも仕方がないところがあるけどね,母親が死ぬのは許せません」 ★戦場で,「天皇陛下万歳」と言って死んだ話しは聞かない。もっとも多いのが,「お母さん」「おふくろ」「母ちゃん」,つまり母親を呼びながら息絶えたという話。これは日本だけでなく,外国にも「ママ」と叫んで死ぬ兵隊の話が残っている。
「10人の子供を育てた親はいくらでもいる。一人の親を最後まで世話する子供はめったにいない」 ★10人とまでいかなくても,子供をたくさん育てると,その母の苦労する姿が子供たちの目に焼きつけられる。お母さんに楽をさせたいと思えば,孝行はあたりまえになる。
●「家のなかで示す教え」 宗教というと,イスラーム教とか,キリスト教とか,仏教とか,すぐ浮かびますね。でもその前に,宗教という字をよく見てください。「宗」はウカンムリのなかに示すと書きます。ウカンムリとは家のことです。で,「教」は教えですね。つまり,「家のなかで示す教え」,それが宗教なのです。
その宗教がみなさんのお家のなかにあるかどうか。たとえば,ごはんを食べる前に,かならず「いただきます」と言う。食べ終わったら,かならず「ごちそうさま」と言う。そういうことが,家の中できちんとできているかどうか。 もし,できていないとすると,いかにご信心が厚くても,その家に宗教があるとは言えません。家のなかで示す教えがないのですから。
たとえば,いまの子供たちは受験勉強で大変です。それで,お盆がきて,「お盆だから,おばあちゃんのお墓まいりに行こう」「おじいちゃんのお墓まいりに行こう」という話が出たときに,受験生の子供に,「おまえは受験があるのだからうちで勉強しろ」と言って,一人だけおいて行っちゃうことがあったりします。これじゃダメなのです。 受験生がいるのだったら,「おじいちゃんにがんばるって約束しに行こう,さあ,いっしょに行こう」といって連れていって,いっしょにお墓参りをさせる。それで,おじいちゃんに「受験が受かりますように,おじいちゃん,見ててください」と祈る。 そういうふうにあるべきなんです。 つまり,そこには家がある。おじいちゃんがいて,親がいて,子供がいたり,孫がいたりして,そのなかで伝えていく教えがある。
躾(しつけ)という言葉は,「身」に「美しい」と書く。学校できちんとした教育がおこなわれているか,ということと同時に,家のなかでもきちんとした躾がおこなわれているか,ということが大切なのです。
仏教にかぎらず,キリスト教でもイスラーム教でも,どんな宗教でも,命というものを大事にしましょう,と教えています。そして,親孝行しましょう,近所の人に迷惑をかけないようにしましょうと,礼儀作法なども含めて,家のなかで教えていく。 これが宗教なんです。 だからこそ,そういうことを教えてくれる,年老いた人が大切なんですね。 (永六輔『親と子』岩波新書)
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