散書
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2003年12月28日(日) テレビで光源氏やってたけど

情事の最中にも烏帽子を被っていたのだろうか。


いっときは仲間内で、「スタンドを持てるならどんなスタンド能力が欲しいか」なんて妄想話をしていたことがありました。
なんで唐突にそんなことを思い出したかというと。ブギーポップでもMPLSとかいって色んな能力を持ったやつらが出てきて、まあ俺もJOJOは読んでて同じように色んな能力を持った人間がいる話を考えてて、その特殊能力を持った人類のことを「ノイエス」とか呼んでたりするのですが(いずれ『水のゆくえ』でも出てきます。というかすでに出てますが。それが明かされてないだけで)それはともかく。
ブギーポップの物語中では、能力の有無を問わず、色々な綽名というかふたつ名というか、あるいはコードネームだったりする、別な名前を持っているキャラクターが登場します。「炎の魔女」とか「レイン・オン・フライデー」とか「イナズマ」とか「イマジネーター」とかまあいろいろ。みんなそれぞれに、自分の立場や能力に重ねた名前だったりするわけですが。‥‥いや、そう考えるとイナズマは例外的か? ともあれ。
もし。
そう、もし。「スタンド能力が手に入るならどんな能力がいい?」とかいう戯言と同じレベルでの戯言ですが。
‥‥「たわごと」と「ざれごと」って、変換したら同じじゃねーか。まあいいや。
ともあれ。
ブギーポップを読み返していてふと思った次第なのですよ。正しくは、カレイドスコープのあのセリフであるとかブギーポップが凪に言ったあのセリフだったりとかがそれをふと思わせたのですが。
もし自分にそういった名前をつけるのなら、果たして自分にはどんな名前がぴったりくるのだろうか、などと。
そういうことを考えるなら、自分がどういった存在であるかとか自分がなにを望む存在であるのかとか自分が世界に対してどんなスタンスで関わっているのかとか、そんなことを考えねばならんのですよ。んで。
考えてみる。自分が世界に対してなにをしたいのかということに関してはこれほど明確な答もそうはないんじゃないかとか思えるよな、そんな解はあるのですが。けれど。
じゃあそのことに基づいて自分をなんて呼ぶのかということになると。
‥‥さっぱりわからん。
――と、ここまできて、です。長い伏線でしたねー。
そう、ここからが本題。そして本題の方が短い。けれどそれは人生をあとから振り返ったら、きっと誰もがそう思うんだろーなとかそういうことなのですがそれはさて置き。
で。自分のことをどう呼んでいいかわからないというのは自分を定義できていないということで、それはひょっとして自分のしたいことややろうとしていること、自分の立場や目指している場所もよくわかっていないということなんだろうかという、ちょっとした恐怖感にも似たもやもやに取憑かれてみたり。
なんだかなー。そーゆー目標があるからこそ小説書いてるってのもあるはずなのになー。なんでこーゆーときにそーゆーのがビシっと決めらんないんだろう。と。
ちょっと胸の奥に小さな小さなしこりを残してみたり。

そして思いつく。
自分の目標や世界に対してどうありたいとかがわかってても、自分のことをそう表現できるほどの語彙がないだけなのだろうか、と。
そしてそれはそれで小説書きとしては致命的なような気がしてまたもやもや。


仕事納めってなに? ボク知らなーい。


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