散書
DiaryINDEX|past|will


2004年12月13日(月) 目指す領域は遠く

新しき境地はいずこ。


バイトの休日ー。引越しのばたばたでやたら溜まりっ放しになっていた洗濯物を1/4くらい片づけて、引越しのばたばたで必要になった不足物資を補充に近くのデパートのような大型スーパーのような、そんな感じの店に。目的地はその中の百円均一だったのですが、通りがかった楽器・音楽関連書籍の店にふらりと入ってみたところ、つい一冊、音楽理論の本を衝動買い。音楽理論の本ならもう三冊か持っているのですが、そのどれにも(少し古い本であることもあってか)曲中でのパーカッションの役割や扱いについて書いてあるものがなかったのですが、目についたものを手にとって見たところ、パーカッションだけでなくMIDIでの作曲についてもある程度の解説が加えられていたのです。これは買わねば、と思ってしまうのも無理からぬ話。‥‥そうか? 俺。というツッコミは脇に置いておくとして。
この本によれば、ドラマーというのは指揮者の役割をしているのだとか。確かに多くの曲では、出だしのポイント指定なんかがパーカッションに合わせられているのは俺も知っています。もちろん例外もそれなりに数多くあるわけですが。それよりも問題な点が二点。つまり、
� ゲ兇魯僉璽�ッションを使わない(あるいはあまり使わない)曲の方が好きな曲の比率が高かったりする
�◆ゥ魁璽匹陵�解を諦めている時点でまともな作曲は土台無理っぽいと自覚している
ということでしょうか。
まあそもそも作曲理論なんてのに手を出したのも、もともとの音楽的感性の不足を知識と理論で武装することによって補おうというのがその動機なんだから、自分がパーカッション使わない曲が好きならそういう曲を書けばいい訳で。で、とある作曲家さんの言を借りれば、理論なんてのは後世の人間が先人の優れた音楽を解析した結果生まれたものに名前や解説をつけただけのものなのだから、意識しなくても作曲はできるんだ、ということになるわけで。
俺はその中庸を目指してみることにします。ということで。

けどこの本、引き合いに出されてるのがロックやジャズだから、俺が書く曲とは方向性が合わないかも。まあ、参考にはできるよね。と。


ひとつのアンテナから二台のテレビを映すのに大体\2'000‥‥場合によってはあと\9'000か。まあ、試してみるだけ試してみるかな。


詩螺時依 |HOME PAGE