こうして七年目は幕を閉じる。

上手く説明は出来ないのだけども
少しずつ変わり行き
至極穏やかに凪いだ沼の上で
今年は、終わるのだろう

さようならじゃないの。
正しいのはきっと、

「ごめんなさい」

歩いてきた道の半分も覚えては居なかった。
ただただ断片が残るだけ
ただただ『辛かったんだ』という誰かの声が聞こえるだけ

確証が持てないのは辛いことだと知った。

泣き喚いた子供を裏切る
それを裏切りと思わない自分が居る
今の私のとって
子供の主張は
ただの我侭にしか見えないから

ねぇそれでもこの手は繋いだままで良いかしら。
この手を離したくはないのです。
それがどれだけ子供を傷つけたって
この手を離したくはないのです。

この空っぽの頭蓋に
子供を刻み込む方法を
誰か教えてください

緩やかに穏やかに
この手から零れていく記憶を
留めておきたいのです。

大人になどなりたくないのです。
でも子供ではいられないのです。
気付かない場所で静かに変わっていくことが
この上なく恐ろしいのです
自覚しているならまだしも
無自覚に変化してしまえば
何が変わったのかが
明確に分からないのです

憎み続ける対象がいなくなった、
間違ってたのではないかと思い始めた、
それでも、
痛くはないのです。

水の上の方に
手を伸ばせば空気に触れるほど上に
ゆらゆら浮かぶ
そんな感覚

それを子供は妥協と呼んだ
妥協も適当も子供は嫌うのだ

これでもいいのだと、周りは言ってくれる
これではいやだと、子供は泣き叫ぶ

私に出来ることは
子供の悲鳴を聞かない振りをすることで
きっと
もうすぐ
子供の声が聞こえなくなる
あのひとたちと、同じになるのだ

嗚呼
せめて来年は
もう少しだけまともに

子供を見捨てないままに
まともになれればいい
2007年12月31日(月)

AGO。 / 走馬真人

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