気ままな日記
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| 2002年07月28日(日) |
山や田んぼはなくても・・・ |
先日、小学校5年生まで住んでいた町を訪れた。 10年前に子供を連れてきたときには、偶然、同じアパートに住んでいた婦人がちょうど孫を遊ばせているところに出くわしたので、思い切って声をかけた。 始めはきょとんとしていた彼女だが、わたしの苗字が珍しいこともあってすぐに思い出してもらえ、 「あら〜〜!!まあ〜!!」って感じで写真なんか撮りあって、話をした。 (小さい子供を連れていると、何十年ぶりに会った人とでも、とりあえず話しがすすむ。)
今回は、当時住んでいた公団アパートの廊下をさりげなく通ってみたり、隣接の公園(来るたびに狭く感じられる)をのぞいたり、カルピスウオーターをラッパ飲みしながら鶴見川の土手を歩いてみたり、子供のときに何度も渡りかけては怖くて引き返した水道橋を渡ったりした。 どういうわけか、橋の上だけ風が吹いている。 人が2人やっとすれちがえるだけの幅なので、向こうから人が来ると、つきおとされるんじゃないかと、ちょっと緊張し、誰もいなくなるとなったで、1歩踏み出すごとに、両脇に見える水面に吸い込まれそうでやっぱり怖い。
国道からひっきりなしに流れてくる車の群れ、トタンでできた古い家と最近できた新しい家の混在、川の匂い、それぞれの店がかもしだす雰囲気とそれぞれの顔、裏にまわると不用になった古い家財道具が捨てられ、わずかのスペースに板をわたして、アサガオの植木鉢が並べられている。 友達といえば、同じアパートに住む子か、家で店を営んでいる子がほとんどだった。彼らは後を継いだのだろうか・・・。 クリーニング屋さんを、薬屋さんを、お肉屋さんを・・・。
帰りにバスを待ちながら、不思議な感覚を覚えた。 わたしは今もずっとここに住み続けていて、昨日も今も、そして明日も、このバス停から見える景色を眺めながらバスを待つのではないかという感覚。 一般にふるさとというと、田畑や山があるイメージではあるけれど、そういうものがなくっても、工場地帯に近くとも、わたしの生まれ育ったところは確かにこの町だったのだと思った。
そしてわたしは、モデルルームのパンフレットを切り抜いて道の両側に整然と貼り付けたような家が立ち並び、きれいなものだけを表に出した、どこを歩いても同じ顔を持つ、今の自分の住む町へ帰ってきた。
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