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■ 94歳の生き甲斐
今日いつも通り、94歳の一人暮らしの女性(Tさん)のところに訪問看護に行ってきました。 すると、これまた、いつも通りTさんは、はぎれ(布)などを縫い合わせて、いろいろと作っていました。
『私はな〜これがないとあかんのや。 針仕事ができんようになったら、もうあかん。 これだけが生き甲斐なんや。 これ、いるか?どうや?』 と言って、可愛いはぎれで作ったティッシュカバーを見せてくれました。 まだ裁縫途中のもので、『できたらあげるわな』と嬉しそうに、ひろげて見せてくれました。
Tさん宅には、実にたくさんの種類の布があります。 近所の人だったり、デイサービスで行く福祉施設など、行く先々でくれるのだそうです。 そういう私も、うちに眠っている布を持って行ったりしてました。
『これ(布)いいやろ?変わってるやろ? こんな風にしてな、縫ってな、袋作ろうと思うねん。 これは、しゃれてて、ええで』
私があげた布だということも忘れて、得意げに話すTさん。 思わず吹き出しそうになるんですが、そこは我慢。 『へぇぇ〜ええね〜』 それと、そこで『ええね〜それ欲しいわ、頂戴!』 なんて、調子こいて言ったりなんかすると、絶対くれないTさん。
『わぁ〜可愛い〜この柄いいね〜へぇぇ〜すご〜い』 とかなんとか言ってると、ごっそりタンスから作り置きの物を出して『ほいっ、これやるわ!』と言って、私に向かって放り投げたりして… すっごいわかりやすい性格。
と思えば、たまに本を読んでいる時もあって、見たら、『死刑制度と廃止論について』…これにはびっくり! 『へぇぇ〜Tさん、こんなん読んでるんですか〜!? わぁ〜難しそう…それで、Tさんは死刑制度について、どう思うんですか?』 『まあな、死刑はええと思うよ。 悪い極悪人は、死刑にしたらええねん』 これまた、率直なご意見!
たまに介護ヘルパーなんかが、掃除をしに来たり、ご飯を作りに来たり、デイサービスにお誘いに来たり… はたまた、ひ孫が学校サボって、Tさん宅で寝ていたり、小遣いをせびりに来たり…
いつも小ぎれいに服を着て、部屋には、Tさんの手作りの壁掛けなんかであふれ、かと思えば、玄関の土間(古い家屋なんです)には、米を精米する古びた機械が放置してあったり(元お米屋さん)、乳母車という表現の方がぴったりくるようなサビついた乳母車があったり… (なんで捨てずに置いてるのかな〜と疑問に思いつつ、でも時代を感じさせるものに、妙に気持ちが落ち着いてしまう自分がいたり)
戦争体験を話してくれたり、百日咳で半年も学校に行けなかった話。 妹とえこひいきをされて親から虐待を受けた話。 一人目の夫も、二人目の夫も、病気で自宅で介護して、最期まで看取った話。 お米を一人で売りに歩いて、苦労して子供達を育てあげた話。
どれもこれも、暗〜い苦労話なんかではなく、『こんなんもあってな、あんなんもあってな…』と明るく話をしてくれる、Tさん。 私は大好きでした!
今日も、そんな一日が当たり前にあると思って、私は訪問しました。 いつも通り、裁縫に一生懸命なTさん。 和やかに脈をとり、血圧も測って、『大丈夫、ちょうどいいよ、風邪だけは引かんとってね〜』と言ってた矢先…
Tさんの娘さんという人が来ました。 とても化粧の濃い、細○数子みたいな人…
『今日、老健施設に入れるんです。 最近、ボケてきてね、おしっこやうんちも漏らすし、オシメ替えるのが大変なんです。 夜は徘徊するしね、一人でこんな所に置いといても寂しいやろし、施設に入った方がお友達もできるやろしね、本人もそうしたいと言うので』
『…えっ!?…私、トイレに一人で立って行ってるの何回も見ましたよ。 漏らしてるなんてこと、ないですよ。 それに施設には入りたくないって、本人さんは、いつも言われてますけど。 ボケてるなんて、多少の物忘れはあっても、そんなボケてどうしようもないなんてこともないですよ、全然… 昼間、お一人で散歩に行かれてる時もあるし…(徘徊ではない、明らかに)』
『あなたは知らないでしょう! この人、何もできないし、何もわかってないの!』
『いや、裁縫だって、こうやってやってはるし、そりゃ〜年も取ってはるから、できないこともたくさんあるでしょうけど、それはヘルパーさんが時々入って、やってくれてるし…』
『(裁縫)こんなのねー昔作ったやつを出してきて、眺めてるだけなのよ!』
『いや、実際、今もこうして…』
『違うわよ〜あなたにどうのこうの言われる筋合いないわ! 家族が大変だから、入れるって言ってるんだから!』
『いや、私は入れる入れないの話をしてるんではなくて、私には勿論、決定権はないですから、それはまぁ〜、本人さんとご家族の話し合いで決められたらいいと思いますけど、Tさんは、そんなに何にもできないほどボケてるってことはないってことを言いたかったんです。 お年の割には、しっかりされてますよ』
『あなたは何もわかってないわ! 知らないでしょう! あなたに、どうのこうの言われたくないわ!』
『・・・・・・』
Tさんの顔をちらっと見ると、(いいよいいよ、もうやめとき)というような目で、首を少し横に振って、静かに座ったままでした。 私もTさんも、畳の上に座って話をしていましたが、この娘さんは、ずっと仁王立ちで、上から見下ろしてしゃべっていました。
あとで聞いた話では、この細○数子、福祉協議会?に勤務していて、結構、権力も持っている人とのこと。 つい最近、Tさんのキーパーソンだった長女さんから、この次女さんに変わったらしく、その途端、『要介護2なんて、おかしい!要介護3でしょう!今のサービスには不満がある!』と、役所やら、うちのクリニックやら、介護事業所のケアマネージャーさんの所に怒鳴り込んできたらしい。
でも、ほんとの裏事情というのは、Tさんの子供さん達(兄弟)の間の相続権争いがあるらしく、また、Tさんが今住んでいる家は亡くなった、Tさんのご主人名義なんだけど、その辺の絡みやらなんやらあって、Tさんとは全然、関係ないところで、泥沼化してる様子。
そこで、何とかTさんを、そこから追い出したい?が為に、『ボケてどうしようもない!』と、いつも、Tさんを見てきて知っている、介護・医療関係者に喧嘩を売ってきたんです。 それを、また、Tさんの前でやっちゃう冷酷さ…本当にボケてた方が、Tさんに取っては幸せだったかも…
私 『今日、施設に入るんですか?じゃぁ…今日が最後…?』
Tさん 『もう、あんたに会われへんと思ったら寂しいな…』
私 『じゃぁ…これ(裁縫道具)も持って行かないとね…』
数子 『そんなのいいんです!あなたが心配することじゃないでしょう!よけいなお世話です!』
(Tさんの生き甲斐の裁縫道具なのに…それだけは取り上げないで!)
私 『…気をつけてね…今日は雨が降ってるから、ほんと風邪とか気をつけて…』
Tさん 『ありがとう…』
私 『Tさんのこと、私、忘れないよ…絶対忘れないから!元気でね…』
握手を固く交わしながら、涙が出そうになるのを必死に堪えました。 その場で、私が泣いてしまったら、Tさんが、あまりにも惨めになるような気がして… 顔をすぐに横に向けながら、『…失礼します』と言って、そこをあとにしました。
今日は一日、涙が止まりません…
2004年10月08日(金)
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