携帯依存症っぽいことになるのは、片思いしてるとき。 ダヨナーと、振り返って思う。
携帯電話という道具が世の中に現れて数年、一日に何百というメールを送受信するだとか、連絡待ちで気が狂いそうとか、一種の病の様相を呈する人々も現れた。 当時、自分もそのような状況であり、またたまたまゼミで「携帯電話」をテーマにレポートを書くということになったので、すらすらと完成させることが出来たように覚えている。(そのまま卒論テーマにでもすりゃよかった、と今では思う)
今朝は睡眠を充分に取れて(といっても最近床に就くと1・2・3で墜落睡眠のようになっているので、睡眠時間は充分確保できている)、珍しくニュートラルな状態で起床した。(しかし、睡眠量とニュートラルの関係は、比例するというわけもないように思えるので、偶然の産物だと思っている) 多くの日々が、このようにニュートラルであれば苦痛もそう感じることなく生きてゆけるのだろうに、と思うが、こればかりは自分でコントロールできる術が見つかっていないので、今のところ不可能のカテゴリに入っている。
食欲や物欲が減退している、なにも求めない・このままの状態を受け入れられること、妬まない・待たない・能動的でもない、一種スイッチがオフになったような状態を、自分がニュートラルだと感じる。 抱えていること、悩みや不安、それらに侵されることなく、淡々と過ごせる。やはりどこか麻痺した状態かもしれない。でも、それが「いい」と感じる自分がいる。人生の大半は考えすぎる・感じすぎる自分がいて、疲れているのかもしれない。
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