不思議っ茶の日記
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| 2004年01月12日(月) |
さくちゃん〜まわるまわる、時代は回る |
前日の日記のタイトルが、なに??どういう意味?? といわれそうな物になっている。
これは、吉田拓郎のデビュー当時の歌だ。 「イメージの詩」という。
かなり・・・・長い詩だが〜〜 インパクトのある部分は、人それぞれだが〜〜最初の出だしの
「これこそはと信じられるものがこの世にあるだろうか 信じるものがあったとしても 信じないそぶり」
ここがすごいと、思う。
改めて、信じるものがあるかと聞かれて〜〜
えーーとえーーと、とあせる様子がそうぞうできる。
信じられるもの・・・なんだろう?? 自分自身? 一番当てにならない。
お金?? 信じられるほど持っていない。
親?? 古い時代の値打ちしかない〜〜
先生? 苦手なんだわ・・・・。
じゃ、どこかの政治家?? だれ?それ。
えっと、総理大臣???? 全然違う!
何かの宗教家?? まったく違う・・・
じゃ、私って何???
・・・・????????
そんな価値観が多様化して多様化しすぎて〜〜無形化した時代だった。
時は、東大の安田講堂封鎖事件にはじまり、学生の体制批判が叫ばれる時代だ。
また、別の見方をすれば、パワフルな行動力と批判力の若々しい時代とも言えるかもしれない。
日本のオヤジのような吉田拓郎氏だが、当時の私から見れば、目を見張るようなアジテーターの素質を持ったミュージシャンだった。
「古い船には新しい水夫が 乗り込んでゆくだろう 古い船を今動かせるのは 古い水夫じゃないだろう
何故なら古い船も 新しい船のように 新しい海へ出る 古い水夫は知っているのさ 新しい海のこわさを」
そう、古い水夫にもそれなりの値打ちはある。 ありすぎて、冒険もできない。
もはや、時代を変えることは出来ない。
時代を上手に潜り抜ける事は出来ても・・・である・・・・。
学生運動はなやかなりし頃の、京都は知らないけど、 すこし過ぎた頃の京都はそれでも、百万遍の京都大学の角には「○○反対!!」なんて、アジ宣伝の経て看板が大きく飾ってあった。
今は・・・・・???
かわいらしい、イラストにきれいなデザインの○○部〜部員募集 の、たてカンが飾ってある。
つい、こんな歌が出る。
「下駄を鳴らして奴が来る。 腰に手ぬぐいぶらさげて 学生服にしみこんだ、男の匂いがやってくる・・・」 ・・・・ あああ〜〜来いよ良き友よ〜〜 ・・・ お前今頃どの空の下で 女房子供に手を焼きながら〜〜生きている〜〜」
成人式の報道を見て、思ってしまったわけだ!!
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