日々の戯言置き場。
**ユリ**

■■■
■■
■ 寝台列車初挑戦の巻。

今日はベンに悩まされることなく
ぐっすり眠れた…爽快だ。
が、しかしベンの様子が明らかにおかしい。
いつもなら朝食の最中に隣に座ってくるし
遠くから名前を呼んでくるのに今日は無い。
ベンは運転手のおじさんと二人でひっそり
食事をしていた。目をあわそうとしない。
昨日まで私とぽん子の目が死んでいたのに
今度はベンがダイイング・アイズだよ。
匡子ちゃんの一発がよっぽど効いたのか。
それとも普通に胃腸の調子が悪いのか。
匡子ちゃんはそんなにきつく言ってない。
といっていた。露骨過ぎる男、ベン。

午前中になるとベンのことはすっかり忘れていた。
最初塩の湖トゥズ湖にて下車。
でも、地平線のかなたに湖は見えているが
あるけどあるけど近づかない。
白い砂の道が続くばかり。
これじゃ下車した意味無いじゃん。
無我夢中で湖に猛進していた。
気がつけばみんなの団体は遠くなっていた。
遠くで笛の音が聞こえて我に返り
私たちは召還されたのだった。
※笛の音とは同じツアーの男性の
個人的アイテム。日本から持参。
用途は我を忘れたアホを召還する事。
私たち二人は幾度も助けられている。
何故笛を日本からわざわざ持参したのか不明だが
大活躍なのでよしとする。

お昼ご飯は牛タンっぽかった。
私とぽん子は食事がとても早い(男以上)。
みんなが食事をし、トイレ休憩をしている間
とても暇をもてあそぶのでレストランの近くを
探索することにした。

近くに広場があり、吸い寄せられていった。
大きな道が続き、池があり芝生が生えている
ほのぼのした広場だった。
浮浪者の人に凝視をされた。
パトカーに乗っているポリスメンにも凝視をされた
(助手席の人も運転席の人も。
危ないよ!と突っ込むのももう疲れた。
それほどみんな運転していても凝視は止めない)
広場にはタルカンの音楽ががんがんに流れている
スケート場があった。
トルコの国旗柄で後に「turkiye」と書かれた
Tシャツを着ている青年を発見した。
結構年代関係なくこの赤いトルコT着てる人
多いんだよね…。
私は20年生きてきてまだ日本で
日本の国旗Tシャツ着ている人見た事ない。
愛国心の差だろうか。
しかし私は日本好きだが日本T着たいと思ったことは
まだ一度も無い。
帰り際凝視されていた浮浪者っぽい人が近づいてくる。
さくらんぼを貰った(多分広場に実ってた奴)
なんの疑いもなく食べた。
美味しかった。有難う。

(アンカラ市内観光に関してはネタはあるけど省略)

夜、寝台列車に乗る。期待してたんだよね、コレ。
まだ挑戦した事ないんだもん。
電車がくるまでホームで暇をつぶす。
待合室にいたらまた多くのトルコ人の
熱いまなざしにやけどしそうになる。
そのうちの一人の若者がしきりにウィンクをかます。
私も負けじをウィンクしたら激しいまばたきになった。
ウィンクは練習しないと出来ないものなんだね。
お兄さんはウィンクうまくできるようになるまで
頑張ったんだね。

待合室から出たら外にいたおじさんに呼び止められ
隣に座れとジェスチャーで命じられる。
座ってみたらトルコ語で猛烈に話し掛けてくる
(独り言かも)。意味が分からない。でもなんか嬉しそう。
おじさんが、持っている袋に入った箱をさして
しきりに「ロクムロクム」という。ロクムらしい。
意味なく「あはは」と笑ってみたら
意味なく「うははぁ」と返したおじさん。
なんだか可愛かった。

電車がきたので乗り込む。1等寝台なんだって。
二人部屋の小さな2畳くらいの個室になっていて
座席が二つ並んでおり、洗面台と鏡までついている。
冷蔵庫もあり、中を開けたらスナックと水を見つけた!
入っていない場合もあるようなので、
見つかった私たちはラッキーなんだろう。
ベッドは組み立て型になっており、座席が
ベットに変形するのだ。
ぽん子が下で寝たいというので私は上になった。
が、上ってみて気がついた。
私は高所恐怖症だった。
恐くて下が見れない。ぽんこの様子が見れない。
ベッドを作ってくれるおじさんが現れ、
「ベッドの組み立て方間違っている!」といっているようだった。
しかし私は恐くて降りれなくておじさんは
私を上に乗せたままガタンガタン組み立てなおした。
恐かった。
必死すぎてチップ払うの忘れた。
夜はトイレに降りれなくて壁にひっついて眠った。
初めての寝台列車は恐怖体験だった。

2003年09月30日(火)

■■■
■■
■ 変な言葉。

昨日はベンが遊びにきててなかなか寝かせてくれなかったので
今日は本当にしんどい朝を迎えた…。
ベンは本当に若い。
旅はまだまだ続く。

今日は終日カッパドキアの観光でした。
カッパドキアは、石がとんがっていたり変わった形をしていたり
たくさんの洞窟があったり、本当に変わった風景だった。
洞窟の中が博物館になっていたり、迷路みたいな地下都市
(昔の人が身を潜めるために洞窟の中に
生活空間が作られている。)を探索したりおもしろかった。

カッパドキアの特徴が洞窟なので、
お土産やさんやレストランやバーまでも洞窟風。
洞窟の中はひんやりしていて肌寒いくらい。

今日はイルハンはなんだか風邪気味っぽくて
話し掛けることが出来なかった。

洞窟の中に陶器の食器を作ったり販売している
お土産やさんに連れて行かれたのだけど、
トルコ人店員さんたちは、私たちのような
若い観光客は珍しいらしく群がってくる。
日本語でいろいろ話し掛けてくるから、
むきになってトルコ語で返すように努める
(そんなにしゃべれるわけではない)
そうすると彼らの反応はとてもよく、
「他に、どんな言葉知ってるの?」と聞かれて
「アプタル(アホ)、チルキン(不細工)
サプック(変態)」
といったらびっくりしていた。
男の人が、「君は、よい本を持っていて、
その本にはたくさんのよい言葉が載っているのに
どうして変な言葉を覚えてしまうんだ。」
といってきた。
よい言葉も多少は覚えるのだけどやはり
悪い言葉の方が覚えやすいのである。
彼は続けた。
「でも私も、最初に覚えた日本語は
変な言葉だったなぁ。
き○がい、とかあっちにいけとか。」
いい言葉より変な言葉を覚えてしまいやすいのは
人間の心理なのだろうか。

帰り、バスのクーラーが壊れた。
冷房が出なくなったらしい。
私はそんなに苦痛じゃなかったけど、
みんなのブーイングは凄かった、
別にいいじゃん、と思うんだけど…。
バスは三菱のバスだった。
偉そうなおじさんが、「日本の恥だ!」といっていた。
どうしてそうなるのかわからん。

ホテルについてから少し時間があったので
一人でインターネットカフェに行った。
たくさんの若い学生さんがパソコンの
ゲームをして楽しんでいた。
(なんか自分の目線で銃を持って
敵を打つやつなんだけど、中国でもこの
ゲームをやっている人が多かったよ。)
でもここのカフェ、全く日本語が見えない。
英語さえも見えない。困った…。
お姉さんの店員さんにお願いをしてみると
お父さんが出てきて、息子さんが出てきて
家族総出でなんとかしようとしてくれるんだけど
どうしても出来なかったみたい。
すぐにホテルに戻った。

今夜はベンと遊んでる余裕はなく、もう
すぐさま眠りにつかないとヤバイ目をしていた
(死目)ので添乗員さんの匡子ちゃんに
「ベンが遊びに来るかもしれないけど、
遊んでる余裕ないよう」と泣きついてみたら
さすが匡子ちゃん。「びしっと言っとくわ」
といってくれた。ベンよりも
匡子ちゃんの方が立場が上なのだ。

今日はぐっすり眠れる…。

2003年09月29日(月)

■■■
■■
■ おじさん顔。

今日はかなり長い道のりをバス移動。
私は乗客として座っているだけだからいいけど
運転手さんは大変だわ。
途中でメヴラーナ博物館に立ち寄った。
モスクのような建物になっていた。
あらゆる所にアラビア文字が。
観光し終えたら、イルハンとかと
だらだらしゃべっていた。
イルハンと同じ旅行会社の人で
今別のツアーのガイドをしてる
トルコ人の人もいた。
なんかしきりに、「今夜カッパドキアの
有名な洞窟バーに行こうよ」と誘ってきた。
初対面なのに何か嫌だな・・・。
彼の名前は「エロさん」として覚えている。

バスの中ではポン子が隣で熟睡しているので
暇だから前に座っていた20代後半の男の人と話してた。
彼は何かめっちゃ引いてる感じで話す。
「え・・は、はぁ・・」みたいなしゃべり方だから
じれったくてたまらん。
しかも、実は20代後半なんかではなく
19歳でな、な、なーんと、東大生だった!
しかも塾とかに通わずストレートで入ったらしい。
恐いわ。だから、普通の人としゃべり方が違うのかな。
彼曰く誰に対してもこういうしゃべり方らしい。
じれったい!!
しかも絶対彼女いないと思ったら
実はいるらしくびっくりして飛んだよ、私は。
その勢いでポン子も起きた。
彼女とどうやって知り合ったのか聞いたら
「同じサークルで・・・」
何のサークルに入っているのか聞いたら
「レスリング部・・・」という。
そういわれれば顔立ちがなんか筋肉マンみたいだから
レスリング部でも納得だわ。
「じゃあ彼女は女子レスリング部なのね」と納得したら
「マネージャー・・・・。」という。
それもまたびっくり。マネージャーって
高嶺の花なんじゃないの?
彼女は東大じゃなくてお嬢様学校に通っているらしい。
は〜〜〜凄いわ。
付き合い始めて3ヶ月って言うから
「そろそろ倦怠期だね」といってみたら
否定された。ラブラブらしい。
くそう羨ましい。
「どっちから告ったの?」ってきいたら
更にもじもじして何もいわないから
「今、何でそんなことお前らに言わんとかんのだと
おもっとるでしょう」といったら
「あ・・・はい。」とか正直にぬかす。
笑えるよ。

お昼ご飯食べてから、ちょっと自由時間
(みんなのトイレ休憩)があるから、
レストラン抜け出して探索。
CD屋さん発見!
トルコのCD買おうと思ってたんだよね。
でも、このCD屋さんの兄さんに、私の
トルコ語通じない。あぁ偽トルコ語もここまでか・・・
っていうか、きっと胡散臭すぎなんだろうな。
私のトルコ語の発音なんて。
英語もしゃべれない人だから困った。
題名どおり、指さし会話帳で指先だけで
会話をすることになった。はぁぁ。
そしてトルコで有名な歌手のタルカンのCDゲット。
急いでバスに戻ったら集合時間の1分前だった。
それにもかかわらず、みんな既にきちんと座ってて
添乗員さん(きょう子ちゃん)は
「誘拐されたかと思ったよ〜」という。
そして乗客の一人が私たちを捜索に出たとか。
おいおいそんな・・・
でも、迷惑をかけてごめんなさいです。

移動してから一回目のトイレ休憩に
お土産やさんがあってCDも売ってた。
1400万トルコリラって言われた。
さっきのご飯のときにトルコ語通じなかった兄さんの店では
750万トルコリラだったよ。
高いよう。
でも、その店でイルハンにテオマン(トルコのロック歌手)の
CDをもらった。イルハンはテオマンが好きらしく、
私はトルコ語通じない兄さんの店でテオマンを
試聴させてもらって「私も好きだけど、まだ持ってない」
といったらイルハンが買ってくれた。いい人だ。

よる、私とポン子の部屋にベンが遊びに来る。
ベン、いい奴なんだけどね。パシリみたいだけど・・・。
でも、日本語も英語も通じないからトルコ語で
話をするしかなくてかなりいっぱいいっぱいなのよ。
そして、早く私たちを寝かせてくれよ、ベン。
なかなか自分の部屋に帰ってくれないのである。


2003年09月28日(日)

■■■
■■
■ 君は薔薇より美しい。

今日はエフェソス観光。
エーゲ海最大の遺跡です。
本当に綺麗に保存されていてびっくり!!
友達が、柱を見てイオニア式とか
コリント式とか説明してくれたが
私は「ETに似てる」と思ってた。
遺跡に残っている像はどれも顔がないです。
それは、イルハン曰く、
「偉人が代わるたびに顔だけ取り替えるからだよ」
と教えてくれた。マジかよ。

他に、聖母マリアの家も入場しましたが
そんなによくみれなかった。
そこのお土産やさんに立ち寄った所、
またゆかいなトルコ人が出迎えてくれる。
お土産やさんではトルコ人と話せて
何か楽しいんだよね。トルコの人たちは
なんかフレンドリーだし。外国人慣れしてるし。
ここのおじさんも、日本人慣れしてる。
「君はばらよりうしゅしゅしゅ」と連呼する。
最初は、何を言いたかったのか全然分からず
全く通じてなかった。
私が「あむじゃーあむじゃー」←おじさん
とよんだら笑ってた。
去る時に「さらばじゃ」といっていた。
わたしも「さらばじゃあむじゃ」といった。
彼に変な日本語を教えたのは誰だ?

ツアーで参加すると、定番なんですな。
高い品物の店につれてかれるというのは。
今回は、革製品の店につれていかれました。
私は買い物目当てで来た訳ではないので
クレジットカードは持ってきてないし、
現金もかなり少額です。貧乏学生なので
お金なんて全然ありません。
「買えんし」と思い店内に。
最初にファッションショーが行われました。
店の製品を着てやってるもんだから
値札がちらちらして気になりまくる。
でも、私はトルコ人の人々の顔凝視。
ほりが深くて綺麗だわ・・・。
目があうと少し照れたような顔をするのが可愛い。
店内に入ってから、すぐに店員さんに
「何を探しているの」と流暢な日本語で話し掛けられる。
でも、頑張って「チョクパハルー。
ベンオーレンジイム。チョクファキル」と
トルコ語で話してみたら、
「あれ、トルコ語勉強してるの?珍しいねぇ」
といわれた。勉強してないよ。
本で覚えたんだよ、と指さし会話帳をだしたら
おもしろがっていた。
「革製品の予算はいくら?」ときかれ「50ドル」と
いったら「そんなの小さなバッグも買えないよー」
といわれる。だから学生なんだってば。
そのうち別の日本人好きというトルコ人が現れ、
チャイをご馳走するから、といって裏に連れて行かれた。
裏方にはモデルさんがいっぱい。
チャイと、ロクム(四角いお菓子)を貰う。
おいしい。「アフィエトオルスン」といったら
「こういうときはジアデオルスンというのだよ」
と教えてくれた。話によると彼がこんなに日本語が
うまいのは以前岐阜に滞在していたことがあるんだって。
日本が好きで、よく日本にきてたとか。
新婚旅行も日本だって。すごーい
トルコ人って日本人好きな人が多いね。
そうそう、その理由を聞いたことがあるんだ。
1、トルコは昔、ロシアに攻撃されてたことが
あったんだって。そんなときに日本は日露戦争で
一応、ロシアに勝ちました。トルコは、
「面積はトルコの半分しかない島国の日本が
勝つのは凄い」ということになり、日本フィーバーが
起こった時があったとか。東条英機の名をとって
「TOJO」って言う名前の店とか、公園とかできたり
子供の名前にTOJOってつける人とかいたんだって。
それで日本は凄いと語り継がれているとか・・・。
2、以前和歌山あたりの海でトルコの船が漂流したそう。
その時に必死で和歌山県民が
トルコの船を救出しようとしたらしい。
3、日本人の笑顔がすきだって言ってた。
西洋人観光客が多いんだけど、西洋人観光客って
体が大きいし、我が物顔で歩いているような
イメージになるんだとか。
でも日本人って小さいし、結構団体で行動してるし
ニコニコしてるから好きだ、という人がいた。
日本人として嬉しい限りです。

ホテルについてからベンと話したりしていた。
日本の携帯が凄いってベンはびびってた。
そのホテルでは夜、ベリーダンスが行われるらしくて
ベンとポン子(相方)の三人で見に行くことにした。
ベリーダンスってはじめてみるけど凄いセクシー。
ビキニみたいなのつけて、めちゃ濃い化粧で
胸をぶるぶるさせたり腰振ったりしているのだ。
しかし、ポン子と私はベン以上に興奮して
ダンスを立ってみていた(迷惑)
そして、このベリーダンスって・・・・
観客も一緒に躍らせるって言う流れになるらしい。
私とポン子はやはり呼ばれた。
明るいステージに立たされて、音楽はがんがんなってて
どうしよ、どうしよと思ったけど、
音楽に合わせて腰振ったりしておどったら、
みんな喜んでいた。観客はみんな西洋人だった。
西洋人は腰振りダンスが好きなのね。
あまりに腰振りすぎてがくがくになりました。
お粗末。









2003年09月27日(土)

■■■
■■
■ 木馬・・・ディサポインティッドだよ。

今日はチャナッカレから30分くらいで
トロイへ向かいます。
ギリシャの詩人ホメロスの「イーリアス」に
描かれているトロイ戦争に登場する
トロイの木馬を見に行きました。
なんか、もっと立派なものかと思ったけど
凄いしょぼくてがっかり・・・
とりあえず窓から顔を出してみましたが
何かいまいち。
新しく作り直した奴だから仕方ないのかな。
そしてトロイの遺跡はシュリーマンが掘りすぎたとかで
あまり原形をとどめていない。プンプン
教科書とかでトロイの遺跡を発掘したシュリーマンの
名前を知った時は凄い人だと思ったけど
掘りすぎて今に到るなんてしょーもない。

そうそう、ガイドのイルハンのほかに同行している
トルコ人は、運転手さんと、もう一人アシスタントの
男の子がいる。彼は結構うちらと年が近い感じ。
16くらいかなと思ったら20だった。結構いってる。
名前はフィガロというらしい。
でも、ポン子(私の相方)いわく「ベン・アレクセイって顔」
というわけでベンと命名。
トルコ語で自分をさす言葉がベンなんだ。
ちょうどいいね。

トロイの木馬の後はベルガモン遺跡へ。
ベルガモンはヘレニズム時代のベルガモン王朝の
首都なのです。
アクロポリスとか、アスクレピオンがみられます。
野良猫が多い〜〜みんな子猫でやせこけてる。
旅行者に食べ物をねだって寄ってきます。
何も持っていないのよ、ごめんね。
アスクレピオンって昔の診療所なんだけど
お金持ちの人が見てもらえたんだって。
それに、精神病の人が多かったらしい。
音楽とか水の音とか、泥風呂とか、聖水とか
そういうもので心が癒されて元気になっていったそうだ。

ベルガモン遺跡は結構広くてみんなぐったりしてた。
お土産屋さんでうろうろしているうちに
お土産やさんの人と仲良くなる。
イリアスって名前らしい。ホントかなー
その人のお店で特に何も買うことなかったけど
「記念撮影しよう」とかいって写真をとったり
お土産を貰ったりした。

ホテルへ向かう間、バスにのりながら
たくさんのトルコの人と目が合った。
彼らは目が会うと手を振ってくれる。
みずやりをしている人も。
警察の人も。
まるで私たちのバスは
選挙カーのようである。





2003年09月26日(金)

■■■
■■
■ イスタンブールに到着。

今朝はやく、カイロにつく。
カイロに立ち寄って給油をするんだとか。
飛行機の外でてカイロの空港を拝めた。
おぉ〜〜アラビア文字だ。さっぱりわからん。
しかも、空港全体が砂っぽい。
やっぱエジプトだわ。
みやげ物売り場の日本人慣れしたおじさんが
気さくに話し掛けてくる。「お疲れ様」っていってた。
かなりほりの深いエジプト人のお姉さんの
眉毛がケンシロウだった。
荷物検査のおじさんが超適当だった。
だって荷物見てないし半寝なんだもん。
カイロの朝日を拝みながら飛行機に戻り、再寝。
次に起きた時はトルコのはずだわ。

ついた〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!
トルコだ!!待ちに待ってたトルコだわ。
飛行機の中ほとんど寝れなかったけど、
疲れは一気に吹き飛ぶ。
現地のガイドさんと合流する。
ガイドさん、トルコのサッカー選手のイルハンみたい。
イルハンと呼ぶことに決定。
到着してから最初に向かったのはトプカプ宮殿。
オスマントルコ帝国のスルタンの住居。
1459年から370年くらい歴代のスルタンが住んでいたそうだ。
写真は後日logbookに載せます。
トプカプ宮殿での帰り道、物売りの人がたくさんよってきた。
日本語が堪能である。
でも、あえて「指さし会話帳」で覚えた
トルコ語を使ってみたかった。
「チョクパハル!!」←とても高い。
物売りのおじさん、かたことトルコ語にびびる。
でもとても嬉しそう。
私も嬉しい。テンションが高くなる。

お昼は、名物料理を食べることになっていた。
シシガバブ。
シシガバブって羊だよね??
食べてみたら羊じゃないっぽい。
後で添乗員さんが言ってた。
「羊の肉は口に合わないかと思ったので
シシガバブ風で牛肉にかえてもらいました」
そんなのありかよ。名物料理食べてないじゃん。

イスタンブールは最終日の行程でまだまわる予定なので
早々とイスタンブールを出てチャナッカレに向かう。
ホテルはチャナッカレのホテルだった。
結構いい感じのホテル。綺麗だよ。
ご飯も美味しいし。鶏肉とか、ツナのが美味しかったな。
あと、プリン。トルコのデザートはめっちゃ甘甘。
砂糖漬けみたいな感じだもん。
砂糖好きでも、毎日は飽きる。まぁ、
バイキング形式だからとらなければいいんだけど。

ご飯を済ませたらホテルを飛び出し探検をする。
行き交うトルコ人、みんなうちらを凝視する。
東洋人は珍しいらしい。
話し掛けられたりもする。
運転中のドライバーも凝視(危ない!)
キスの最中の彼氏も凝視(彼女見てろよ!)
中国人の人の凝視とは違い、彼らの目は優しげ。
なんか、立ち止まったりするとよってきて
話し掛けてきて質問攻めだし。
そうそう、路上に置いてあるマッサージ器、
うちらは最初なんだかよく分からなくて
じっと見てたらトルコ人のおじさんが寄ってきて
「やってみろ」という。「いいよ、いらないよ」と
いっても、無理やりおじさんがお金を払い
体験させてくれた。
その後、「自分は海の男で世界各地を回ってる」とか
「日本の横浜にちょっといたことがあって
横浜に彼女がいた」とか自己紹介をはじめる。
でも彼は英語しかしゃべれなくて
日本語は分からないらしいので
本当に横浜に住んでいたのか不明。
彼の勢いは止まることなく、前につんのめってくるので
うちらはのけぞっていた。
「もっと話したいからコーヒーを飲みに行こう」
来た!!!これか?
日本の女は尻が軽いから誘うとすぐについてくる
と、外国人には思われているとか。
絶対嫌だ!!!
断固、拒否をするも、こっちが拒否の言葉を
発しようとするとそれにかぶさるように
彼は勢いよくしゃべりだす。
困るんだって。ありがたいけど。
結局、もう逃げるようにその場を後にした。
ごめんよおじさん。だってもしも何かあって
添乗員さんに迷惑をかけるわけにはいかないのだよ。

今日は長い一日だった。

2003年09月25日(木)

■■■
■■
■ トルコにとんずら。

突然ですが、今日から旅行です。
中学からの友達とトルコにいきます。
今回はトルコ語をしゃべれないことに不安があるので
ツアーで行くことにしました。
ツアーってあんまり参加した事ないから
どんなんなんだろう、楽しみ。

朝早めに家を出て名古屋空港に到着。
メンバーは、ほとんどおじいさんおばあさん。
みんな私のおばあちゃんくらいの年です。
まぁ、この時期に旅行って言ったら
そういう年代層の人が多いのかな。
でも、同じような年代の人だとやっぱ
友達にならなきゃとか思い、気を使うので
この方が気が楽だと思う。
うちら二人、今の若い子にはついて行けんし。
友達なんてめっちゃオヤジだから。
あ、一人だけ若い人がいたよ。
若いって言っても20代後半か30くらいかな。
男の人です。連れの人はいないみたいで一人で参加してる。

グループカウンターで添乗員さんと対面。
自分の名前とチェックする。
添乗員さんは女の人。ずっとついてきてくれるんだって。
この値段で一人日本人の添乗員さんがつくなんて
結構ラッキー。待合室みたいな所で、
添乗員さんの紹介とか、トルコの気候の話とかを聞く。
一人、意地悪ばあさんみたいな人を発見。
添乗員さんのあげあしをとるようなことを言い困らせてる。
バイト先での嫌な客とダブる。
こういう人はどこにでもいるんだなぁ。

トルコに行くのにマレーシアとエジプトを
経由します。
マレーシア空港で乗り継ぎます。
マレーシア空港って利用したことなかったんだけど
いってみたら結構綺麗。
でも8時間の待ち時間があった。
何しよー何しよーとうろうろしていたら、
18ドル(確か)で食べ放題で、シャワーやインターネットが
利用できるラウンジがあった!!
今日は機内泊でお風呂に入れないから、
シャワーは浴びたい!ということで
ちょっと高いけどそこを利用することにした。
食べ放題のご飯は、まぁまぁといったところ。
別にまずいわけじゃなかった。
インターネットはちゃんと日本語も見れるし
日本語もうてるものだったので活用。
でも3台しかないのであんまり空かない。
シャワーは、ちゃんとお湯が出るのでよしとする。
タオルを貸し出してくれるし、頭も体も
一緒に洗えるシャンプーみたいなのはあったから。
そこで日本人らしき女の子2人発見。
(結構空港とかっていろんな国籍の人がいるけど
見た目とか歩き方で、日本人韓国人中国人の
区別ってつけられるよね。
日本人の若い子って猫背で靴を引きずりながら
歩いていると思う。私も含めてだけど。)
彼女二人はイタリアを個人旅行で行ってきたんだって。
すごーい。イタリアってめちゃめちゃ治安が悪い
イメージなのに女の子二人で行くなんて。
しかもそれがはじめての海外旅行だったんだって。
すごいなぁ。彼女二人とは結構仲良くなって
メアドの交換をした。二人とも京大の1年生。凄い。

なんだかんだで8時間は過ぎた。
飛行機に乗ると隣はカイロに向かうエジプト人だった。
顔はむすっとしているし、言葉は通じないけど、
私の世話をよくしてくれた。
例えば、機内についてるリモコンの操作の仕方が
分からなかったらジェスチャーで教えてくれるし
(しかも、別に私やり方聞いていない)
タオルケットなかったら一緒に探してくれるし。
機内でできるストリートファイター�兇濃笋�負けると
がっかりしてるし。
でも、あまりに私が負けすぎるので
つまらなくなっておじさんは途中で寝た。
しかし、彼は私のスカートの上にどちゃと
ジュースをこぼしたけど、無表情だった。
一生懸命拭いていたけど。
不思議な人。

2003年09月24日(水)

■■■
■■
■ 誕生日。

今日は私の誕生日でした。
だからといって特になんでもないんだけど。
バイトの人(54歳)に、
「22歳ってぞろ目だからあまり縁起がよくないのよ。
結婚するなら23とかぞろ目じゃない時にしなさいね」
といわれた。
結婚する予定はないんだけど、縁起が悪いときいて
何だかやだなぁと思った。
今年一年楽しく過ごせないのかしら?

でも、その話を友達にしたらこんな返事が来て感動。
「22歳はね、数字と数字が同じでしょ。
つまり、気持ちがつりあってて両思いなのさ。
22日生まれの22歳はきっと、素敵な
殿方にめぐりあえるのよ〜〜!!」
なんて乙女チックなんでしょうと思った。
可愛い。

2003年09月22日(月)

■■■
■■
■ 復活です。

久しぶりに日記を書きます。
ココ最近はずっと自分のHP見てませんでした。
他の人のHPは見ていたから,
見ないようにしていたって言うのかな。
生活の中でいろいろありまして,
落ち込み気味で現実逃避をしていたのです。
このHPをみると思い出すことがたくさんあって
それが嫌で見ないようにしていました。
だけど、頭の片隅では、
「あ、これ日記のネタになる」
と思ったりしていたのだけど、結局
戻れずにいました。
だけど、今日やっと戻れるようになりました。
有難うございます。
前みたいに毎日の更新は出来ないかもしれませんが
ちょっとずつやっていこうと思います。
気負わずに。

今はだいぶ気持ちは落ち着いてきつつあります。
人の気持ちが変わってしまうことによく
涙を流してきましたが,今はそれは
悪いことではないと思っています。
人の気持ちが変わらなければ,失恋することは
ないかもしれないけど、
人の気持ちが変わらなければ,
もう二度と恋なんて出来ないと思うのです。
誰かの気持ちが変わるのは悲しいけど
自分の気持ちがまた前を向いて歩んでいけるのは
いいことだと思いました。

2003年09月15日(月)
≪ ≫ 初日 最新 目次 HOME