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惜春別日乗
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またぞろ 何の脈絡もなく突然の話題です。
最近また「鬼平」見てましてね。
見れば見るほど イイ男なんだ、これが。
時代劇なんて古くさいって思うかもしれないけど、チャンバラだけのものじゃないのよ?
中身はそりゃあ 昔の話には違いない。でも、男も女も人間臭い話な訳で。
昔の男や女の姿に美しさを感じる者にとっては、面白くて仕方ないのね。
そこから 今日の話。あくまでも私の持論ですよ。
イイ男ってものはなろうとしてなれないのかもしれない。
人生の酸いも甘いも知ってないと、懐がなかなか大きくなれないからね。
こう言ったら こうなるであろう、という呼吸っていうんだろうか。
そういう所をしっかりわきまえていて、
他人をがっかりさせない器量は、顔だけ綺麗に造られていても無理ってもんでしょう。
人柄に関係する部分だけに、本当のイイ男ってのは、付き合ってみないとわからないものかもしれない。
ちなみに 私の思うイイ男は、
人の弱さをわかっていて、情の掛けどころをしっかりわかっている人。
自らも聖人然としているのじゃなくて、人懐こく気さくな人。
だけど りんとして譲れないところは絶対に通す。それはエゴじゃなくてね。
それから ここが肝心なんだけど、女心をくすぐる言葉を掛ける 勘どころをしっかり分かっている人(笑)。
女に目こぼししてちょうだい、とへりくだって、
睨まれたら「その睨む顔がまた綺麗だよ」とサラリと言い抜けられるような。
おちゃめというのかな?背中はしっかりと頼りがいがある風情なのに、
自分の女には 時折甘えたりするような、可愛いところがあるっていうね。
これは 女を見下したり、差別するような気持ちがあったら 絶対にできないし、
したとしても板に付いていない感じになる。
女の弱さや我が儘もわかっていて、それなりに笑って包んであげられないと、そうはいかない。
イイ男と付き合うには、女もそれなりでないと 釣り合わないよね。
イイ女というか・・・それは私から見るものなので、男の視点とまた違うとは思うけれど。
自分を女と認めている男が、ちょっと我が儘を言ったとして、
それをサラリと言い返せるような 器量があるといいよね。ああ、顔の器量じゃありませんよ(笑)。
さっき書いたような おちゃめを言うとして、ふふと笑って我が儘をちょっとだけ許せる、
そんなこころのゆとりが欲しいものです。
ああ、そうそう。
セクハラってあるじゃない?あれのほんまに酷いのは 訴えるべきだと思うわよ。
ただ、肩を抱いたとか、「今夜付き合わない?」なんていう冗談を言うとか、
そういう男の遊び心を、目くじら立てるっていうのは 寂しい気がするんですよ。
肩に乗った手をかるく掴んでそっと払うとか、
「そんなん 誰にでも言ってるんでしょう」といって軽く笑う、
そのくらいの器量があってもいいかなと。
そんなんしても しつこいような御仁には、毅然として言う、それで良いんじゃないかなと思うのね。
最初から つれなくすると、何となく空気が重くなって、楽しくないじゃない?
話がちょっと脱線しかかったけど、
男と女の有り様というのかな。こうあったら 美しいだろうな、とつくづく思ったのでした。
池波正太郎原作を読んだ人から見ると、吉右衛門の平蔵は物足りないかもしれない。
父親の白鸚がモデルだと言われてるし、実際見ると父親の方が重厚だし威厳もある。
でも、女の私から見ると、父親より吉右衛門の方が、人の幅は感じる。
男の優しさ、心の豊かさ、そのへんがよく出ているから、吉右衛門の鬼平が私は好きです。
当たり役ですねぇ。ほんまに。
それも今第9シリーズに入ってしまう〜。最終ですわ。
終わっちゃったら イイ男が見られなくなると思うと、ちょっと残念。
原作しっかり読んでみようかな、と思ってみたりしてます。
不安ばかり抱えてた、今までを振り返って、
冷静に自分を見つめる事ができるようになった・・・。
完治することは難しいけれど、自分と向き合い、良い方向へ行くように努めるのは、
ある意味清々しく、道はちゃんとあるんだと思えてきます。
自分の理想型とまでは言わないけれど、こうありたい、という自分はあった。
それに近づくことは 少し難しいかもしれない。
でも、「性格だから無理」と片づけてしまわずに、何か手だてがあるんだということで、 今は少し気持ちが楽です。
障害があるといっても、あからさまに異様な訳ではないし、
他人に危害を加えるようなこともありません。
ただ単に、ちょっとそのままでは「生きにくい」。
だから いろんな助けや手だてが必要なんですが、それも今は昔のように、絶望しなくて済みました。
死ねなかったあの日・・・生きようと決意したあの日、
辛かった日々を思い出すと、どうしてあの時まで気が付かなかったのか、
わかったならあんな苦労はしなかった筈なのに、と少し思う。
でも、今はこれで良かったとまでは言わないけれど・・・こうなる仕組みだったのだと思えます。
運命なんていうと 笑われそうだけどね。
人の縁なんていうのは、運・・・ですから。
まだそういう引きを持っているということで、少しは私にもまだ、運は味方してくれているようです。
寒空だけれど、すっきり晴れている、爽やかに。
今日もそんな気持ちです。
見守ってくれる人がいる、空の上だけでなく、地上にもいる。
それだけでも 私はこの上なく幸せだと思えるのです。
愛で結ばれていると信じたい。今は信じるしかないのだから・・・。
| 2002年11月17日(日) |
久々に晴れ晴れとした気分 |
実はね、またぞろ夫婦で大もめしてたんです。
ホントにやばかった。
でも、何で私がこうなのか、一度調べてみようと思ったの。
サイトをあちこち回ってみて、やっと分かった気がしました。
かなりプライベートな事なので、ネットに書くのは気が引けますが、
何となく 今までの問題が、説明できてしまいそうです。
家事がうまくできないのも、人付き合いがうまくできないのも。
何事も後々に伸ばしてしまうことや、物覚えが悪いことも・・・。
今まで目をつぶって、逃げていたわけじゃなかったんですが、
単なる性質、性格だと思っていたので、直そうと努力したんですよね。
でもいつも長続きせず、失敗を繰り返してきた。
それが もしかしたら、どうにかできるような方向を見つけられるかもしれない。
どうして 私はこうなんだ、という 耐え難い劣等感、それから少しは立ち直れるかもしれません。
その為に、しなければならないことがこれから あるわけですが、
今度こそ・・・きっとうまくいくのだと信じたい。
私が気が付かずに(自覚することができずに)、傷つけてきた家族や友人達に・・・ 素直に今は、ごめんなさい。って言える。
はっきりはまださせていませんけど、
喧嘩して別れてしまう危機を、どうにか脱せそうな予感。
今は この楽天的な考えが浮かぶ精神状態なのが、なにより嬉しいです。
子供のものを買い物したり、ちょっとしたお出かけだった休日の今日、
いつもより余計に 晴れ晴れと嬉しく、楽しい気持ちになりました。
さぁ これから自分の人生を、もっと良くするために、
一歩一歩確実に していこう。
ネットで出会いを見つけ、恋愛をする場合、どんな心構えがいるか。
考えてみたことありますか?特に不倫をしようとする方。
毎度 不定期日記、今日はこの話で行ってみます ( ̄∇ ̄+) (*��ノェ��)コッソリ あんまり一般的でない話しかもしんない(-"-;) ていうか、日記じゃないような気がする・・・
独身で、恋人も他にいない。
それならば慎重に相手を見極めるために、メールのみならず、メッセンジャーや電話など、
小出しにしていって真意を確かめたり、相手の情報を安全な形で得ようとしますよね。
その後 慎重に逢って、話を重ねて、ようやく相手を信頼できる。
そうやって恋を成就させていくこともできるし、恋に破れたとしても、傷の痛みはやがて和らぎ、
いつか恋の残り香は、甘い傷の疼きとなるでしょう。
でも 不倫をしようとしているのなら、どうでしょうか。
もし、自分の家庭を振り返らず、捨てる気でいる位思い切りがあって、
その後の事も敢えて受け入れる覚悟があるなら、どんなことも出来るし、極端な話し、セックスもできるでしょう。
大人が恋愛をしたら、セックスを通して相手と強く結ばれたい、と思うのは自然な事ですからね。
リスクは大きいけれど、自分に自信があり、周囲の醜聞や中傷に負けないだけの強さがあるなら、
それもまた、どんな恋もできるでしょう。
でも、ちょっと遊んでみたい、日常がつまらなく退屈で、非現実で発散したい、そんな気持ちならどうでしょうか。
ほとんどが、今現実の生活、家族との繋がりを、めちゃくちゃにしたり壊したりしたくはないはずですね。
でも 恋は切ないものです。本気になればなるほど、現実は辛く、ますます色褪せて見えます。
できることなら、彼(彼女)に逢いたい。
燃えるような心をぶつけて、結ばれたい。
現実の辛さを忘れたい・・・。
そこで重要になってくるのは、「理性」と「自制」です。
でも恋とは、多分に対極にあるものと思われますよね。
家庭を思えば、恋に没頭するわけにはいかないし、あまりに入れ込むと、自分の伴侶に対する気持ちまで、変わりかねない。
たまに、奥さん(旦那さん)に対して、女(男)を感じなくなる、という人もいらっしゃいますけど。
そういう方でも、気持ちが無くなったからと即別れる気になれるかと言えば、そういうことではない。
どんな気持ちであったにせよ、家庭を持ち、それを保とうとするならば、
真剣に他人を愛し、結ばれようとする恋は タブーになってきます。
奥さん(旦那さん)には、秘密にしておく、というのが一般的でしょう。
でも、秘密にしているだけでは、いつかばれます。その心配で不安を抱えていなければならない。
恋の相手に誠実であれ、と思えば、結ばれたい、逢いたい、という気持ちが膨らんできますし、
そこまで思い詰めることが多くなる。
果たして、その状態で、実生活をうまくやることができるでしょうか。
中には できるという強者もおいでになるやもしれませんが。
私の持論ですが、既婚者の恋は、恋の匂いだけを愉しむのが一番ではないか、と思っています。
片思いもいいでしょう。お互い好きだと言い合うのもいいでしょう。
たくさんのメールやメッセンジャーでのやりとりで、気持ちを確かめ合うも良し。
でもパソコンの電源を落とし(席を外し)、実生活に戻ったならば、切り替える事が大事です。
自分にとって、何が(誰が)必要なのか。
そこのところを、自分の中できっちり決めておく必要があるでしょう。
理性と自制は、そういうところで使うんですね。
もし、それができなくなり、現実でも関係が出来たりし、離れられなくなったり、
没頭してしまって、生活がめちゃめちゃになってしまったら、
恋は破滅へと向かう鍵になってしまっただけになります。
愉しみだけでは 終わらなくなる。
分かり切った話かもしれません。
でも、案外 気が付かずに、泥沼に足を取られる事って、多い気がしますよ。
それくらいの毒を、「恋」は持っていますからね。
夢の中を彷徨うように、パソコンに向かって夢を見る。
それくらいにしといた方が、結局幸せなのです。
破滅は人を呼ぶ力を持っているし、
蜜があまりにも甘すぎるから、つい 寄っていきそうになるけれどね・・・。
それにしても、安易に恋愛を求めたり、酷い場合 それを餌にセックスをしてやろうという奴が多いのには閉口しますね・・・。 お小遣いあげる、エッチしよう、って何なんだ(-"-;)
またぞろ ひっさびさの日記書いてます(苦笑)。
見てる人ほとんどいないのにね、話し口調っていうのも変だな。
今日の題ですが、真面目な話し。
人ってどうしてこうも弱いのだろう、そんなことを考えてました。
自分一人だと寂しい、不安。
だから共感者が欲しい。それがダークサイドの気持ちでもね・・・。
それと、一人で突っ張るのって、とても大変。
だから徒党を組みたい、あるいは他力本願で、後ろで笑っている。
他人を貶める事が、実は自分を貶めていることには、あんまり気が付かないもんみたい。
でも、決めつけや非難をすることで、優越感や満足感が充足されるわけで、
その言葉が自分を縛ることには目をつぶっているか、
気が付かない。もしかしたら、大脳がそういうのをカットできるのかもしれない。
個人差あるだろうけどね。
自分を傷つける他人の目、それを受けたくない、或いは無視したい。
その為に攻撃的になって、防御を固めているのかもしれない。
現代社会は、それだけ人口が過密になり、ストレス社会になっている証拠なのかな・・・。
でも、わたしは嫌。
他人の人生をどうこう言うのも、他人をあざ笑って「自己満足している」自分を見るのも。
そんな汚い自分を認めるのは嫌だから、したくない。
弱くて汚い、それが人・・・だけど。
人を愛するが故、人のアラが見えて仕方なくても、そんなもんだと思えるようになった、そんな私がちょっと好きかな。
まぁ、身近な人のアラがあまりにも気になったら、そんなもんだ、何て言っていられないけど・・・。
人生は空なり。
そう悟ったお釈迦様(だったかな 汗)の気持ちが、少しだけわかったような?気がする昨今です。
批評は自分の心の中に沈めておくのが、一番賢いかもしれませんね。
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