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2002年01月31日(木) ■
2002年1月31日。

「涙は女の武器だ」田中真紀子外相に対する、小泉首相のインタビューより。

このことについて、野党の人々が、「女性蔑視だ!」と騒いでいたのには、ちょっとびっくりした。要するに「女は泣けばいいと思ってる」というふうに小泉首相が言ったんだということなんでしょうね。
しかし、この場合の問題点は「涙は女の武器だ、しかしながら、それはすべての女性にとって武器となりうるわけではない」ということなのだろう。
ミスコンテストが女性蔑視だなんて言われるのも不思議な話で、「女は見た目で判断される」なんていうが、アフガニスタンの議長が「いい男」だということで、彼が何をしたかも知らずに高評価をしている人がどんなにたくさんいることか。

だいたい、「美しい」というのは芸術的センスや頭の回転の速さと同様に、ひとつの才能であるし、「美しくあること」というのは、大変な努力をようするもののようだ。
差別をなくせ!などというが、差別と役割分担は違うと思うぞ。
そんなら、「男にも子供を産めるようにしろ!」なんていうことになっちまう。

「女は…」ていうのがイヤなら、柴門ふみあたりを証人喚問しちゃってください。
女のなかにも泣けば許される人と泣いても許されない人がいる。
つまり、実は、男女差別が根源なのではなくて、同性の中での差別が「怒り」の現況なわけですね、きっと。

しかし、あんまり公共の場ですべき発言でないことも事実。
「その率直な人柄が首相の魅力」なんて言われてしまうのもある意味男性差別なのかもしれんですな。森前首相が同じことを言ってたら、どうなっていたことやら。



これに対して女性閣僚たちは、「殿方の前で武器になるような涙を流してみたいですね」とか「率直なところが総理の魅力」などとコメントしていたが。



2002年01月30日(水) ■
2002年1月30日。

「田宮模型の仕事」田宮俊作著より

【アニメ作家の大塚康生さんが、田宮模型で「兵士人形」の原型となる石膏像を見て「う〜ん、二コマ遅い」とつぶやかれました。
私(筆者)はその意味がわからなくて訊ねると「田宮さん、悪いけど、これはベストのポーズじゃありませんね。このキマリのポーズの二コマ前の瞬間がいいんだなあ」というのです。
「もとにしてる写真のポーズ、これがちょっとね。止まってる状態で撮ってるでしょ。だから人形に動きがないんだ。ライフルを撃つとどうなる?こんなカチカチのポーズじゃない。撃った瞬間、反動で肩がブレるんだ。そういうことを知ってつくったほうがいいですよ」と。
大塚さんはムービーのプロであり、そのアクションを見極める目には、本当に驚かされました】

 前に、黒澤明・宮崎駿・北野武の3人の監督について書かれた本を読んだことがあるのだが、黒澤監督は、周囲から見たら何の問題も無いところの「直し」を求めて、周囲を驚かせたという。で、そのあとに撮りなおしたあとのやつを見てみると、何が違うのかまわりはよくわからなかった、と。
たぶん、見えるひとには見える違いっていうものは、この世界にはあるんでしょうね。イチローがあんなにヒットが打てるのも、彼は違う野球の世界を会得しているからで。むしろ、みんなが自分と同じ世界で生きてると思うほうが、異常なことなのかもしれない。
僕は、ときどき自分が「赤」だと思い、みんなも「赤」だと言っている色が、他の人にとっても同じように見えているのか疑問に思うことがあります。もちろん、他の色と違うと言う意味では「区別」はできているんだが。



2002年01月29日(火) ■
2002年1月29日。

「婦人画報」叶恭子インタビュー
「私は、愛のカタマリです」。

〜〜〜
病室のベッドの上で、チラッと見かけた本の見出し。僕がこの世でもっとも胡散臭いと思う人種は「愛について語る人」だ。「愛してる」という言葉自体は、恋人同士での会話なら、かろうじてセーフだと思われるが、「愛というものは…」とか政治は「愛」だと公言するようなタイプの人間は、まったく信用ならない。

じゃあ、愛ってなんだ?と聞けば、「思いやり」なんていいだす。
そんなら最初から「思いやり」「譲り合いの心」でいいじゃないか。
この「愛」トークが好きなひとは、「男と言うものは…」とか「女って…」みたいな決めつけ論が好きな人に多いです。そんなの口説きトークにしか使えんよ。

ちなみに、こうやって「愛」を語る人は、すべからく「自己愛」が強いです。
そう、一番愛してるのは、「自分」なんですね。

「愛って、よくわからないけど、傷つく感じが素敵」
薬師丸ひろ子の懐かしい歌。






2002年01月28日(月) ■
2002年1月28日。

「田宮模型の仕事」田宮俊作著より。

実物の残されてない機体については、設計図などを探して作りますが、実物の残されているものはやはり戦車と同じように現物を取材して作ります。
1999年に発売した48分の1傑作機シリーズの「ソード・フィッシュ」は世界中に残されている同機の実物を取材して、写真だけでも1万枚以上撮りました。おかげさまで大変評判が良いのですが、こういったキットは間違いなく21世紀まで残るものになると思います。

 写真1万枚もすごいが、「21世紀まで残るキット」ということを意識しているというのは驚くべきことだ。技術屋のプライドというのを感じさせてくれる一冊。「プライド」っていうのは、客に威張ったり、横柄な態度をとることじゃない。歴史にさらされても恥ずかしくないものを作ること。

至高の技術によって、おもちゃを芸術の域にまで高めた人間、会社の幸運な話。こういうのを読むと、創造する仕事に憧れたりしますよねえ。




2002年01月27日(日) ■
2002年1月27日。

阿川佐和子「無意識過剰」より。

筆者がよく行く店のテーブルマジシャン曰く
「概して女性は、どうしてどうして、としつこく仕掛けを知りたがる。それに比べて男性は、技の見事さに驚嘆し、ショーを楽しもうとするだけだ」

男は…、女は…という決めつけは、昨今ではあまり意味のないもののような気がするが、確かに、こういう傾向はありそう。とくに格闘技とかを観てるときって、そんな感じ。
「いけーっ猪木〜!」「でもこれ、本気でやってるんじゃないよね」
「ここでシャイニングウィザードだ〜!」「普通に殴った方が早いんじゃない?」
ああそうですとも。
(この場合の本気じゃない、っていうのは、ある種の暗黙の了解事項があるってことです、八百長!とかいう無粋なことは思ってませんので、念のため)

そういえば、料理とかでも「作り方」を気にしますよねえ。
こっちは、「おいしい」「おいしくない」という結果しか見ないけど。
僕が料理しないから?

フェイクだと思いつつも、流れに乗って、たゆたう感覚。
僕はけっこう好きです。洗脳されやすいのかな。



2002年01月26日(土) ■
2002年1月26日。

My Little Lover「日傘」

♪「私にひ〜がさは〜似合わないけれども〜」
このフレーズを聴くたびに、akkoには似合うんじゃない?

と思ってしまうのは僕だけか。

若い人の「日傘」なんて、ほとんどみたことないんだが、
大学の後輩の女の子で、一人だけ日傘を使ってた子がいた。
それがまた、お嬢様という言葉が傘さして歩いてるみたいで、
似合ってたんですね、日傘。

僕の解釈では、お嬢様は「天然お嬢様」と「人造お嬢様」の2種があるが、
彼女は、厳しくしつけられた感じの「人造」のほうだったが。
礼儀正しくて、穏やかで、ちょっと天然ボケで。
別に、akkoに似てるってわけじゃなかったけどね。

なんだか、この曲は、そんな彼女のことを想い出します。







2002年01月25日(金) ■
2002年1月25日。

【ソウル25日時事】サッカーのワールドカップ(W杯)日韓大会を前に、韓国の犬肉食への批判が欧米諸国などから出ている問題で、韓国の犬肉なべ「補身湯(ポシンタン)」食堂の店主約100人が25日、「補身湯連合会」を結成した。
 ソウル市内で開かれた結成集会では、(1)犬の食肉処理の合法化を実現する(2)犬肉食文化を世界に広く紹介する(3)新しい料理法や栄養価の研究を進める−などを掲げた声明が発表された。

[時事通信社](時事通信)の記事より抜粋。

 犬肉か…
「天肉」などと称されて、日本でも韓国料理店などで見られるらしいが、
(食べた人によると、「固くてあまり味はしなかった」とのこと)
率直な感想としては、別にいいんじゃない?俺の知りあいの犬じゃなきゃ。
という感じなのですが。
 こういうことに対して、「あんなかわいい動物を!」とか
「あんな利口な生き物を!」とかいう欧米のヒステリックな反応はどうかと思うのだが、この間、浜に打ち上げられてた鯨に対する、一部「文化人」たちのように、「食べちゃえ!」みたいに声高に叫ぶのもいかがなものか。
結局、食べないと死んじゃうし、できれば美味しいものを食べたい。
でもちょっとごめんね。
というくらいが、標準的な反応だと思われるが。

ちなみに、僕は馬肉と鯉は食べません。
競馬ファンと広島カープファンという宗教上の理由からです。




2002年01月24日(木) ■
2002年1月24日。

阿川佐和子のエッセイ集「無意識過剰」より。

【100歳を超えた加藤シヅエさんに教えていただいた長生きの秘訣は、
毎日牛乳を3合飲むことと、一日十回、感動することだそうである】

なるほど、長生きするためには、常に新鮮な気持ちでいることが大事、
ってことですな。
前にどこかで、大人は子供に比べて、体感的な時間の進み方が速い、
つまり、同じ一日でも、「経験している事柄」が多い大人のほうが、
短く感じられるというのを聞いた事がある。

ということは、これは肉体的な長生きだけでなく、
精神的な長生きについての話でもあるわけですね。

しかしなあ、感動って、しようと思ってできるもんじゃないよなあ。



2002年01月23日(水) ■
2002年1月23日。

昨日の「プロジェクトX」の話の続き。
司会者の「どうしてさまざまな障害がありながら、
健診を続けてこれたんでしょうか?」という問いに、
91歳になる当時の院長が
「そうですね…人を尊敬する気持ち、でしょうか」
と答えていた。

正直、質問の趣旨とはちと外れている解答だとは思うのだが、
なるほどなあ、と感心。
最近、日本の傾向として、「他人を軽く見るほうがカッコいい」
というのがあるんじゃないだろうか。
生徒は先生を信用してないし、患者は医者を信頼していない。
でも、先生や医者からすると、頼られることによるプレッシャーが、
自制心や向上心を産んできた面はあると思うのだ。
自分をバカにしてる生徒にものを教えるのは難しいし、
保身に走るのみ。
医者だって、慇懃無礼になるばっかり。

ときには他人と尊敬しあってみるのも大事だよ、ほんとに。
空威張りばっかりじゃなくってさ。




2002年01月22日(火) ■
2002年1月22日。

NHK「プロジェクトX」より。
【長野県佐久市で全国初の住民検診をはじめた医師団。
しかし、住民の反応は今ひとつ。
「病気を探し出される」との反発も出る始末。
そこで、院長は、宮沢賢治の「農村には、演説より演劇が必要だ」
との言葉を思い出し、医療劇をつくって住民たちに訴える。
これが大うけ】

「農村」というとのどかで、住民はみな穏やかな人々、
というイメージがあるかもしれないが、いわゆる「よそもの」にたいしては、
冷徹な一面も存在している。
 「お医者様」「先生様」と持ち上げる一方、
そんな人たちには自分たちの気持ちはわからん、
と思っているところもあり。
 宮沢賢治の言葉は、「理論で押さえ込もうという発想は捨てて、
情を刺激するようにせよ」という意味だと思われる。
 でも、そんなメタファーをそのまま受け取って、
「はらいた」とかいう劇をつくって、それが受け入れられてしまうところが、人間のやることの不思議というべきか。

 まあ、田舎×、都会○っていうことじゃあなくて、
都会人はみな冷たい、田舎の人はみな優しいっていう紋切り型の発想は、
正しくないんだよ、ってことで。
 都会には、あらゆるよそものをとりあえず含有するというおおらかさが、
田舎には、自分たちの利益にならないものを排斥するという冷たさもある。




2002年01月21日(月) ■
2002年1月21日。

太田和彦「ニッポン居酒屋放浪記 立志篇」
【金沢で万十貝はもだえ果て】金沢で旧いボロボロの寿司屋を
「隠れた名店」と思い込み入ってみたが、
爺さんがやっている、ほんとにヒドイ店で「ネタは4種類しかなく、
しかもいつのものか不明、さらにご飯はカチカチで、固まってる」
とのことであった。

しかし、あんまりヒドイ、さびれている店っていうのも、
客も妙に緊張するもんですよね。
とくにお年寄りが一生懸命にやってるような場合は。
できればすぐ出たい!と思っても、なかなかタイミングがつかめない。
いきなり出ちゃうのも、悪いような気がするしね。

ファミレスやファストフードのよさっていうのは、
そういう気をつかわなくていい気軽さにあると思うのですが。

僕は、人と人とのふれあいよりは、気楽さのほうを選んでしまいます。
たいがいの場合は。




2002年01月20日(日) ■
2002年1月20日。

寺山修司「ポケットに名言を」

【賭博には、人生では味わえない敗北の味がある】
僕は、ギャンブルで負けるたびに、この言葉の意味を考える。
この言葉は、賭博の魅力について語っているようで、
実は、人生について語っているんじゃないかと。

僕もギャンブルに負けるとドヨ〜ンとなってしまうのだが、
基本的に、賭け事は負けても金しか失わない。
負けた…とおもいっきり落ち込めるのもギャンブルならでは、だ。

人生は、生きている限り、負けること、
あるいは、負けたことを認めることが許されない。
落ち込んでると、さらに周りから窮地に落とされていく。
ボロボロでも、立ち上がってファイテイングポーズをとって
観衆に見せなくてはならないのだ。

負けることができるのも、ギャンブルの魅力。
とはいえ、別に負けたくはないのだけれど。



2002年01月19日(土) ■
2002年1月19日。

【東京都内の病院で、セラチア菌の院内感染で7人が死亡、
原因は静脈留置針?】(毎日新聞、他)

 この報道について。多くのマスコミで、「人間の体にずっと針を留置しておく、中心静脈栄養という処置が感染源?」というような捉え方をされているが、あまりに思い込みに満ちた報道なのでは、と。
 こういうのって、人殺しの道具になるから、包丁使うのをやめましょう、
みたいなもんです。
 中心静脈栄養(IVH)っていうのは、口から栄養が取れないひとのために、体の中心に近い、太い静脈から高カロリーの点滴をすることができ、
非常に有益かつ重要な処置なのだが。
 「ずっと体に入れっぱなしで…」みたいに言われていたが、毎回差し替えてたら、大変なことになるよ、気胸つくるかもしれないし、そのほうがよっぽど感染のリスクが高くなるし。

 原因は、おそらく使用した留置針そのものに問題があったのか、
処置をするさいに清潔操作が不十分だったためと考えられる。

 こういう思いこみ報道が続くと、今に聴診するにも承諾書とらないと
ダメになるかもね。





2002年01月18日(金) ■
2002年1月18日。

【日本テレビのバラエティー番組「進ぬ!電波少年」の番組収録をめぐってトルコ共和国で反発の声が上がり、昨年末、担当プロデューサーが在日トルコ大使館に釈明していたことが18日、分かった。

 指摘があったのは、同番組で今月放送を予定していた「日本人女性がトルコ共和国で花婿探しをする」企画で、昨年12月15日から10日間、現地撮影した。応募した約20人の日本人女性から選んだ福祉施設職員(24)が、イスタンブールで10代から60代のトルコ人男性約170人と面接したが、結局、女性はだれも選ばなかったという。

 これを現地の新聞が批判し、トルコ在住日本人らから「経済状態のよくないトルコの国情を理解していない」などとする苦情のメールが日本テレビに約20件寄せられた。】

 トルコの国会でも問題になったらしいです。
経済状態のよくない〜っていうのは、この企画に応募するために、旅費を借金して会場に来た男性がいたくらい、なのだとか。

でもねえ、そりゃ引くよね…
そんな「ひとやま当てたろ〜」って連中に見合いしに来られても。

そのことを国会とりあげるトルコっていったい…

僕としては、あまりに弱気な「巨乳ジャンケン」のほうが、
むしろ非難されてしかるべきでは、と。
あんな意味のない見せ方をするんなら、あんな企画やめたほうがいいよ。

ある意味、この企画は「仕込み」じゃないことがわかったわけで。
(女性サイドは「ブック」なんでしょうけどね)








2002年01月17日(木) ■
2002年1月17日。

阪神大震災についての小泉首相へのインタビュー(「京都新聞」より)

記者阪神大震災についてあらためて感想を。

 首相「月日がたつのは早いね。もう7年になったのかと。災害は忘れたころにやってくるっていうけど、忘れないうちにやってくる恐れがあるしね。備えあれば憂いなし、これが大事だと思うけどね。最近どうも、地震に対する恐怖感が少なくなってきているんじゃないかなあ、私も含めてね。阪神大震災が起きたころは、寝る前に、地震が起こったら、棚から何か落ちてこないかとかね。ヘルメットどこにあるかとか、懐中電灯はどこにあるかとか、みんな家族で確認し合ったものなんだよね。最近薄れてきているね。やはり備え、平時から備えというものが必要じゃないかと思いますね。(午後6時58分、首相官邸)」

平時の備え、といえば、滋賀県出身の某女性研修医の先生は、
つい最近まで、「もし生き埋めになったときに合図ができるように」
と枕元に笛を置いて寝ていたそうだ。
僕はそれをサンザン馬鹿にしたのだが、
(おかげで、彼女は笛を置かなくなったようだが、「もし生き埋めになって死んだら、先生のところに化けて出ます」といわれた)
イザというときのことを考えたら、そんなに言って悪かったかな、
という気もする。
映画「タイタニック」でもローズが笛を吹いて助けを求めるシーンが
あるしね。

ただ、あまりにいろんな心配しても仕方ないところもあるし…

そのくらい地元の人にとっては忘れられない記憶なんですね、今でも。



2002年01月16日(水) ■
2002年1月16日。

【ヘミングウェイの「老人と海」のモデルとなった漁師、
104歳で死去】

正直、まだ生きてたのか?という感じだった。
というか、この報道まで、「この人」という
モデルがいるとも知らなかったが。

ヘミングウェイは、高校時代に有名どころはざっと読んだ。
「日はまた昇る」「武器よさらば」
ハードボイルドの旗手といわれた文体。
余談だが、翻訳でしか読んだことのない僕に、文体は語れんと思うが。
「老人と海」は、当時の僕には、「なんか淡々とした話やなあ」
という程度の感想だったし、彼がノーベル賞をこれでとっていなければ、
ざっと読み流していたくらいだと思う。

雄々しい生命力を「老人と海」で描いた彼は、
人前で「男らしさ」を誇示すること(わざと胸毛を見せるとか、
猟や冒険をしてみせる)に熱心だった。
後年、ピストル自殺をしてしまったが。

でも、彼の小説のモデルとなった「老人」は、
小説発表時から老人であったにもかかわらず、
21世紀まで生き延びた。

どちらが偉いとか、そういう話ではないけれど。





2002年01月15日(火) ■
2002年1月15日。

今日はほんとに活字ネタがないため、メール友達から来たメールより。
彼女はちょっと年下の女性なのだが。

Subject:御苦労さま。

なんだか腑に落ちない。
ちょっと腹立たしい。

何故か?と考えるに、どうも「御苦労様」というのは、
目下の人間に使う言葉だからだろうということに気がついた。
たとえば、出張から帰ってきた上司に、
「お疲れ様でした」ということはあっても、
「御苦労様でした」ということはあるまい。

その前のメールの内容は、仕事が忙しくて家にも帰れない
って内容だったのだが、
「御苦労様(です、もなし)」って返事じゃ、
なんだかコバカにされてるようだ。
おまえなんかに偉そうにされるいわれはない!

一応、知らん振りして普通にメール返したけどね。

忙しいので、ちょっと気が立ってるようです。
しかし、メールなんて「ことば」がすべてなんだから、
気をつけたほうがよろしいかと。
知り合いだったら許されることでもね。







2002年01月14日(月) ■
2002年1月14日。

「ネットランナー2月号」今月の雑学27。

【イルカの脳波を調べると、脳が半分ずつ眠っているということ。
イルカは意識呼吸なので、窒息しないために脳の半分だけ眠り、
残り半分で泳ぎ続ける】

試験前などに勉強しながら眠れたらどんなに幸せだろうかと思っていた。
正直、眠っている時間がもったいない、と。
寝てる間は死んでるようなもんで、子供のころは寝てしまうのが怖かった。
寝る前の自分と起きた後の自分は違うもののような気がして。

今は、たとえそれがショートレンジの死と再生であっても、
眠ることは大切だと思うけどね。

しかし、よく考えてみると人間ほど無防備に眠る生き物ってないよねえ。
うちの犬(雑種)も慣れてきたら家の中で横倒しになって寝るようになったけど。
それは、甘えなのか、それだけ疲労が大きいということなのか。



2002年01月13日(日) ■
2002年1月13日。

「日刊スポーツ.com」競馬欄より。

【テイエムオペラオー・メイショウドトウ合同引退式】
天皇賞春・秋連覇のほかジャパンC、有馬記念など7冠(G1・7勝)を獲得したテイエムオペラオー(牡6、栗東・岩元)と、昨年の宝塚記念で優勝したメイショウドトウ(牡6、栗東・安田伊)の合同引退式が13日、京都競馬場で行われた。昨年天皇賞(春)のゼッケン「1」をつけたオペラオーと、宝塚ゼッケン「3」のドトウが芝コースに姿を現すと、「ありがとう。いい子供を出してくれ〜」という歓声がスタンドを包んだ。

ちなみに、期待された併せ馬は行われなかったみたいです。
ライバル2頭の引退式といえば、僕が想いだすのは
「みどりのマキバオー」のマキバオーとカスケード。
いや、正確にはカスケードの引退式にマキバオーが登場したんだけどねえ。
マキバオーvsカスケードの最後の対決の有馬記念は、
「風のシルフィード」の最終回と並んで泣けるシーン。

事故をおそれて、というのもわかるけど、
ちょっとくらい一緒に走ってもよかったんじゃない?
と浪漫派競馬ファンとしては思うのですが。



2002年01月12日(土) ■
2002年1月12日。

桐生操著「世界史を揺るがした悪党たち」

世の中には、はた迷惑な嗜好や性癖を持っているひとが、
けっこう多いもので。
そういう人が、権力を握ってしまうととんでもないことに。
しっかし、サドとかマンソンのような存在を「芸術」
だと言い切る感性は、ちょっとおかしい。

人と同じが嫌っていうのはわからないではないし、
異常な性癖をもつ人間がいるっていうのもわかる。
でも、異常者を崇拝するっていうのは、ちょっとねえ。

かの筒井康隆氏は、「自分は他人を殺すかもしれない、
なんて考えたことがないやつに文学をやる資格はない」と述べたが、
そういう「畏れ」を持つことと人に危害を加えることを快感と思うのとは、
まったく違うと思うんだけどなあ。

そこまでして、自分が他人と違うことを証明したい?



2002年01月11日(金) ■
2002年1月11日。

「日刊スポーツ」
【神田正樹さんの母親の通夜に、聖子ファミリー3人集結】

もう言われつくしていることだが、どうして通夜とか葬式に
取材に行くのか?
ましてや親子3人、久々の3ショット!なんて。

賑やかなことが好きな人でしたから…
なんて、亡くなった本人のことはそっちのけで、
コメンテーターも「SAYAKAちゃんは大きくなりましたね〜」
なんて、まるで近所のおばちゃん。
でも、こういう番組をついつい観ちゃうほうにも、問題あり、なんだけど。

そういえば、ちょっと前に長淵剛の母親が90歳代で老健施設で
亡くなられたが、そのとき、長渕が「おれのかあちゃん死んじまった」
とかいうような詩をつくって、マスコミに配ってたのは、
反吐がでそうだった。
自作自演人間…
自分の身内の「死」を商品にするんじゃないよ。





2002年01月10日(木) ■
2002年1月10日。

偽善者たちに花束を。

保険金殺人事件で死刑になった長谷川死刑囚に対し、
被害者の遺族が処刑に反対していたことがわかった。
「ニュースステーション」より。

まさにお涙頂戴。謝罪を繰り返す死刑囚と
彼を許し、「生きてこそ謝罪ができる」という弟。

バカか!

こんなのにだまされてはいけないよ。
だいたい、30すぎの兄弟なんて、
社会的には一年に一度くらい会えばいいくらいのもんだ。
もし、殺されたのが、「子供」や「親」だったら?
そのせいで、経済的も社会的にも、辛い生活を強いられるようなことになったら?

それに、生きてこそ謝罪ができるって?
殺されてしまった人は、たぶんそんな謝罪なんて望んじゃいない。
早く死んで地獄におちろと思っているよ。
自己満足の犯罪者と自分の「慈愛の心」に酔う、実害のほとんど無い「遺族」。

だいたい、「死刑にしないで!」と願う遺族と
「愛する身内が帰ってこないのなら、せめて犯人を極刑に…」と思っている遺族、
どっちが多いと思う?

テレビ朝日、頼むからこんな偏向報道はしないでくれ。
死刑囚は、死刑になるだけのことをしたから死刑になっているのだ。
あんな、「絵」や「謝罪の手紙」なんて書かせる間生かしておくなんて、
甘いというか、ナンセンス。
なんで税金で飯くわせてやらんといかんのだ。
即刻、広場で「車裂き」にでもしてやるべきだ。

僕は、死刑反対に反対します。
腐れ人道主義の死刑反対論者たちよ、自分の身内を犯罪者に殺されても、
同じことがいえますか?

もし、僕の愛する人がそんな目にあったら、
僕はやったやつを必ず極刑にします。








2002年01月09日(水) ■
2002年1月9日。

「サンデー毎日」
【田原元調教師、JRAを告発!】
なんでも、厩務員の勤務時間外の交通事故の際に、
労災の申請が自分が判を押してないのにされていた、とか。
馬の耳に発信機問題については、
親指を怪我した厩務員は、逃げてしまった馬を扱いきれないから、
という理由で発信機をつけたらしい。

覚醒剤をやった理由は、「スカッとしたかったから」。

リアルヴァカ、タバラ…

そんな理不尽なことは許せないということだが、
動物を扱う人間が覚醒剤打ってることのほうが、
よっぽど「理不尽」で許せないって。

だいたい、組織に属している人間は、多かれ少なかれ、
そういった理不尽に耐えて生きてるもんだって。
騎手としては天才かもしれないが、社会人大失格。

だいたい、舌の根もかわかんうちに、言い訳なんかするな!
「厩舎運営がいまくいかなくて、できごころでやっちゃいました、
すみません…」とでも言えばみんな同情するだろうに。

この記事を読んでると、「まだラリってるの?」って気がしてくるよ。








2002年01月08日(火) ■
2002年1月8日。

「スポーツ新聞の芸能欄」
葉月里央菜のハワイの寿司職人との離婚理由。
「最初は彼の”欲が無い”ところに惹かれたけど、
だんだんそれが”男としての向上心のなさ”と感じるようになって」
ちなみに、そう感じるようになったのは、
結婚して2、3日後!のことだそうです。
なんと言っていいのやら…
まさに魔性の女だが、かわいければ許されるんだろうか。
まあ、人間の感情なんて、許すとか許さないとかじゃなくって、
「なってしまったものはしょうがない」んでしょうけどね。
しかし、ここまでまわりのイメージどおりに動いてくれるキャラは珍しいぞ、
葉月よ。



2002年01月07日(月) ■
2002年1月7日。

「Yahooニュース」より
熊本城の公園に「小泉HELP」や「No BSE」などとスプレーで体に書かれた牛が、放置されていたとのこと。
政府の狂牛病政策に対する抗議の意か。

〜抗議の内容はともかく、牛たちはかわいそうだ。
食われる運命なのに、「私は安全」とか書かれてもねえ。
危険でいいから、食わんでくれと思ってるかも。
死刑囚に落書きするセンスと同じこと。
しかも、さんざん乳をだしてもらっていた牛にだよ。

この牛たちの飼い主よ、お前が裸になって、「小泉HELP」と体に大書して、
首相官邸前に行け!それなら拍手喝采だ。

というのは、あまりに擬人化しすぎた見方なんだろうか。
ちなみに僕は、牛肉は大好きだし、狂牛病も今はあんまり気にしてません。









2002年01月06日(日) ■
2002年1月6日。

ウエルチ「わが経営」:まださわりの部分のみ。
 優秀なビジネス書は、読み物としても面白いはず。
「孫子」とか「君主論」は文学としても優秀だと思われ。
もちろん、解説なしで読めるほど僕はわかっちゃいませんが。
 しかし、洋書のこの手の翻訳ものって、どうして同じような文体になってしまうのか?訳してるひとが一緒なんだろうね、きっと。
少しづつ読みます。

村上春樹「スプートニクの恋人」
 ハードカバー時に読んでいたんだけど、本屋で面白そうな本がみつからなくて。自分の年も考えると同じものを読み返すような余裕はないと最近つとに思うのだが。
 前読んだときは、何じゃこりゃ?という作品だったが、
年取って印象変わっているかどうか?
最初をパラパラとめくったのみ。

なんか、歩いてるとふと寺山修司の一節が頭に浮かんできて困る。
「身捨つるほどの祖国はありや?」なんてね。



 



2002年01月05日(土) ■
2002年1月5日。

楳図かずお(「ウメ」ってこの字だったんですね)「漂流教室」文庫版3巻
 この漫画、とにかく怖い。というか、気持ち悪い。
 しかしこれを30年も前に描いてたなんてすごいことだ。
 あえていえば、おかあさんが都合よくいろいろ埋めておいてくれるのが
 ご都合主義か?

 九州ウオーカーでの楳図氏のインタビュー。
 ”「漂流教室」で描いた未来でいえば、答えは簡単で、進化というのは必ず裏側も進化しているんです。華やかな進化だけが進むことはありえなくて、裏側の暗い部分も同時にすすんでいる。どちらかしか強調しない人はわかってない。絶対に〜というのは、その裏に正反対の可能性を秘めているんです」

今の時代でいえば、暗い面と同時に明るい面でもすすんでいるといえなくもないか…
ちなみに、楳図さんは、「漂流教室」と同時期にあの「まことちゃん」
(グワシ!のやつですな)を連載していたそう。

1月から、アレンジされて、常盤貴子主演で連ドラ化されるらしいけど、
いかがなものか?
ラブストーリーじゃないところが、この漫画の味だと思うのだが。

 



2002年01月04日(金) ■
2002年1月4日。

「ネットランナー」:オンラインゲーム特集を読む。
 韓国はネットゲーム王国で、プロゲーマーという職業が存在しているとか。
「ウルティマ・オンライン(以下UO)について。
「UOの勝者は、人生の敗者だ」という言葉があるらしい。
まあ、オンラインゲームなんて、時間がないとやってられんからなあ。
それにしても、いうなれば、僕なんて力が正義の時代に産まれてれば、
圧倒的な敗者。
今に、UOの敗者が「人生」をプレイしないといけない時代がやってくるかもね。真のリアルも日々流転。

太田和彦「居酒屋放浪記」〜立志編
 美味しそうな本ではあるんだけど、筆者が文学しすぎかと。
 中途半端に文学チックな文章は、読んでるほうが辛い。
 威張る居酒屋の店主には、エクスプローダーを。

 



2002年01月03日(木) ■
2002年1月3日。

Yahooのトップページより。
 〜人とチンパンジーの遺伝子情報の差は1.23%
 ちなみに人間同士は0.1%以下だそう。
 そんなに違わない、のか?
 しかし、地球外生物ってのがもしいたとしたら、
 そんなん同じようなものって、一斉攻撃されちまうかもしれん。

「鳥頭紀行〜くりくり編」:九州でタコ釣りの章。
 九州に「有明」は4箇所あるらしい。
 佐賀の有明と熊本の有明を間違えたとさ。
 「やっちまった〜」と電話口で言われたとのこと。
 俺なら、そんな旅館にはもう行かん。




2002年01月02日(水) ■
2002年1月2日。

当直のため、ほとんど本読めず。
買って来たパソコン雑誌をパラパラと。

「CD-ROM fan」ハリーポッター大特集。なんとなく面白そうな気がしてくる。そのほかにとくに見るべきものなし。DVDで昔のドラマって、いっぱい出てるんだねえと感心。

「ネットランナー」:Wayback Machineという、1996年からインターネット上のWEBページを保存しつづけているサイト(?)があるらしい。画像はないみたいだけどね。
それにしても、世界中のWEBページって…
 http://www.archive.org/



2002年01月01日(火) ■
2002年1月1日。

この日記は、活字がないと生きていけない人間の記録です。
ここでの「活字」は、本のみならず、新聞・雑誌・看板の文字等も含みます。あんまりマニアックなものとは縁がないんですけどね。

今日の活字。
「鳥頭紀行〜くりくり編」最初の章のみ。ちょっと飽き気味?
「日刊スポーツ」〜カレー屋にて。正月の紙面は苦しい。
「年賀状」家族の写真入り年賀状多し。近年最高の32通。
 30歳男性の平均って何枚くらい?
 それにしても、年賀状というのは何故か毎年予期せぬ人から来るものだ。