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| 2007年11月30日(金) ■ |
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| 「日本人は1年間に缶コーヒーを何本飲んでいるの?」 |
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『TVBros。 2007年24号』(東京ニュース通信社)の特集記事「冠婚葬祭缶珈琲!〜190gの幸せ〜」より。
(「教えてハカセ! 缶コーヒーQ&A」という記事の一部です)
【Q1:世界初の缶コーヒーってどこの国が作ったの?
A1:日本、なのだそうじゃ。串間努・久須美雅士著『ザ・飲みモノ大百科』によると、1958年に外山食品という会社が作った「ダイヤモンド缶入りコーヒー」がその始まりなのだそうだが、本格的に缶コーヒーを世に広めたキッカケとなったのは、1969年に神戸のUCCが開発した「UCCコーヒー、ミルク入り」じゃ。それまでは瓶入りのコーヒー飲料が一般的だったんじゃが、いちいち瓶を売店に返さなくてはならない。そこで缶入りにしたというわけじゃ。翌年の大阪万博の会場で大いに売れ、国民に広く知られるようになったんじゃ。まさに高度経済成長の申し子なんじゃよ。
Q2:ふうん。
A2:ふうんとはなんじゃ! 缶コーヒーは高速道路の出現とも深く関係しておるのじゃぞ! 日本で初めて開通した高速道路は、名古屋と神戸を結ぶ名神高速なんじゃが、そこで問題になったのがドライバーたちの眠気。それをコーヒーで吹き飛ばそうにも、サービスエリアのコーヒー売り場は長蛇の列。そこで名古屋の会社・ポッカは、缶コーヒーを自動販売機で売ることを考えついたんじゃ。そして1972年に「ポッカコーヒー」を発売。翌年には、ホットにもコールドにも切り替え可能な自動販売機を開発し、缶コーヒーを年中売れる商品にしたんじゃ。今では190g缶が缶コーヒーのサイズとして最も一般的じゃが、その始まりも「ポッカコーヒー」からなんじゃよ。
Q3:なんで缶コーヒーは190gばかりなの?
A3:ポッカによれば、「ポッカコーヒー」が開発された当時の喫茶店では120gが最も一般的なので、それよりも多いほうがよかろうということで、その1.5倍の190gにしたということだそうじゃが、これには諸説あってのう…。ほら、コーヒーってガブガブ飲むもんじゃないじゃろう? だから日本人にとって飲みきるのにちょうど良いサイズとして定着していったとも、1合(約180g)からきているとも言われておる。
Q4:そういえば、夏に自動販売機からホットがなくなるのはなぜ?
A4:売れるかどうかという問題もあるんじゃが、ホットは一定期間以上置くことができないんじゃよ。コールドなら冷蔵庫と同じだが、ホットは熱でコーヒーが変質してしまうんじゃ。冬ならまだしも、暑い夏場にホットでずっと保存しておくなんてできないんじゃ。夏にホットで飲みたいときは、コンビニか自分で淹れるんじゃな。 蛇足じゃが、冬場のスキー場の自動販売機では、コールドにするためにホットにしているところもあるんじゃよ。コールドにしたらコチンコチンになってしまうでの。
Q5:ねえハカセ、缶コーヒーって、年間いくらくらい売れてるの?
A5:7000〜8000億円と言われておる、その実に7割が自動販売機で売れてるんじゃ。種類別では、レギュラーがダントツで全体の約60%、ブラックと微糖がそれぞれ15%、そしてカフェオレが10%と続くんじゃ。
Q6:レギュラーってどういう意味?
A6:う〜ん、鋭い質問じゃな。実は特にこれといって意味はないんじゃ。強いて言うなら、通常のコーヒーに砂糖とミルクが入った「スタンダード」くらいの意味じゃろう。
Q7:缶コーヒーって何種類くらいあるの?
A7:「分からないくらい」じゃ。とにかくめちゃくちゃあり過ぎて、誰も分からないんじゃ。ただ、リニューアルも含めて、最低年間100種類以上は出ているそうじゃ。
Q8:日本人は1年間に缶コーヒーを何本飲んでいるの?
A8:約100本じゃ。昨年は280万キロリットルも容器につめられたコーヒー飲料が消費されておる(日本コーヒー飲料協会調べ)。190g缶に換算したら、全世界の人に、1人2本あげられることになる。これだけ飲む国民はほかにはおらん。日本独自の現象じゃ! というのも、缶コーヒーは日本以外は中国やアジアの一部とアメリカのちょろっとぐらいで、日本発祥の独自カルチャーだからなんじゃ! 最近はコーヒー豆の値段も上がってメーカーは苦労しておるそうじゃ。だから飲むんじゃ! 日本人なら缶コーヒーをたくさん飲むべきなんじゃ!】
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まさに、「缶コーヒー大国、ニッポン!」という感じです。缶コーヒーがあまりに日本では一般的であるために、「日本発祥の独自カルチャー」だと言われても、ちょっと信じられないくらいですが。 そう言われてみれば、アメリカ、カナダの僕が行った地域にも缶コーヒーは無く、スターバックスの瓶入りアイスコーヒーが2種類売られていただけだったんですけどね。 それにしても、缶コーヒーの「進化」のきっかけが大阪万博だったり、名神高速道路の開通だったりというのには、缶コーヒーという飲み物と日本という国の発展との結びつきの強さを感じてしまいます。リアルタイムでその時代を生きてきた人たちは、缶コーヒーを飲むと、万博を思い出したりするのでしょうか。
このQ&Aには、今までなんとなく疑問に感じていた「缶コーヒーの謎」がたくさん紹介されています。とくに、缶コーヒーの缶が他のジュースの缶に比べて少し小さい(190g)理由については、僕も昔から疑問で、「コーラとかより材料費が高いから」という話を聞いたこともあったのですが、実際は「喫茶店のコーヒーより多くした」ということのようです。同じ自動販売機で売られている他の清涼飲料水と比べてしまう「自動販売機世代」の僕たちとは違って、缶コーヒーが世に出た時代の人たちは、「喫茶店で飲むコーヒーの量」と比較していたわけです。しかし、この190gの缶に慣れてしまうと、250gの「ロング缶」に入っている缶コーヒーは、量が多いだけでなんだか安っぽい味がするような気もしますよね。
それにしても、「日本人は1人あたり1年間に100本も缶コーヒーを飲んでいる」という話には、正直驚きました。缶コーヒーだけで、「7000〜8000億円産業」っていうのも凄い。 僕も「缶コーヒー党」なので、この平均値を引き上げるのにかなり貢献していると思うのですが、缶コーヒーって、けっこう「いつも飲む人」と「全然飲まない人」が極端に分かれますよね。缶コーヒーが苦手な人や缶コーヒーをほとんど飲まないであろう小さな子どものことなどを考えると、「缶コーヒー好きな人」が毎日かなりたくさん飲んでいなければ、こんな数字は出ないはずです。確かに、缶コーヒーって、喫茶店で飲む「本格的なコーヒー」とはちょっと違う、ある種の「中毒性」があるような気もします。
缶コーヒーに含まれるかなり多めの糖分などを考えると、【だから飲むんじゃ! 日本人なら缶コーヒーをたくさん飲むべきなんじゃ!】と、安易に薦めていいのか?と、かなり疑問ではあるんですよね。「体に良い飲み物」とは言いがたいところではありますし。 でも、栄養ドリンクと同じで、なんとなく「元気が出る」「ストレス解消に役立つ」飲み物のようなイメージがあるんですよね、缶コーヒーって……
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| 2007年11月27日(火) ■ |
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| 「歴史上の人物ばかりを研究している人」への箴言 |
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『シーマン語録2〜悩める小魚への145の賢言』(シーマン著・斎藤由多加編)より。
【(歴史上の人物ばかりを研究しているユーザーを戒めて)
おまえ自身の過去ほど教訓の多い題材ないぞ、おまえにとって。】
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プレイステーション2のゲーム『シーマン2〜北京原人育成キット』および、携帯向けサービス『シーマン』によせられた人生相談の回答などをまとめた本の一節なのですが、歴史好きの僕にとっては非常にインパクトがある言葉でした。 いや、歴史上の人物のみに限らず、例えばネット上に氾濫している「有名人の言葉」や「達人が教える生き方のコツ」みたいなものを「たくさんブックマークしている」ことを自慢している人や、「そういう言葉を使って他者を攻撃している人」って、けっこうたくさんいますよね。 もちろん、そんなふうに「他人の言動を研究して生かそうとする」ことは悪いことではないと僕も思います。 しかしながら、そういう「他人の言葉を集めることばかりに夢中になっている人」の多くは、「自分の歴史を研究することはない」のです。考えてみれば、僕の人生にとって、アメリカの大統領の「名言」を記憶し、分析することよりも、自分が大事にしなければならなかった人に投げつけてしまった「失言」の理由を分析し、そんなことを繰り返さないようにすることのほうが、よっぽど切実で大切なことのはずなのに。 結局のところ、自分自身が見えていない人は、どんなに素晴らしい言葉や文章をたくさん記憶していても、他人に自慢するための道具にしか使えないのです。
「自分の過去に学ぶ」っていうのは、ふさがりかけた傷口に自分で指を突っ込んで押しひろげるようなものなので、辛いものではあるのですけど、確かに、自分にとっていちばん学ぶべき歴史上の人物は、「過去の自分」なのでしょうね……
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| 2007年11月25日(日) ■ |
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| 「日本の家屋は狭い」という誤解 |
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『日本は世界で第何位?』(岡崎大五著・新潮新書)より。
【一軒あたりの平均床面積(�屐法弊こΔ療�計2006) 1位 アメリカ 162 2位 ルクセンブルク 126 3位 スロベニア 114 4位 デンマーク 109 5位 日本 94.85 6位 オーストリア 92 7位 フランス 90 トルコ 90 8位 イギリス 87 9位 チェコ 84 10位 ポルトガル 83
以前、海外専門の駐在員をしていたころ、日本人の客からちょくちょくクレームをもらった。これはヨーロッパならではのクレームである。いわく、 「床にスーツケースを開けて広げられないほど部屋が狭いのよ!」 「日本人が小さいからって、わざと狭い部屋をあてがったりして」 「そりゃわたしたちは日本人だもの、たしかにうさぎ小屋に住んでいるけど、海外に来てまでこんな仕打ちはないんじゃないの?」 と挙句には、目に涙をいっぱいにためる中年のご婦人までがいた。 すべて誤解に満ち溢れている! ヨーロッパ人が広い部屋に住んでいると、どうして思い込んでいるのか? それはきっと、われわれ日本人がうさぎ小屋に住んでいると思っているからである。 ここで上のデータを見てもらいたい。 アメリカが断トツ1位になったのは、たぶん想像どおりだろうが、日本の5位はたぶん想像を超えている。 添乗員をやっていたころ、「実は意外と日本の家屋は広いんですよ」と、このデータを見せて説明できていたなら、客の納得度もさらにアップしていたにちがいない。 ではどうして日本人は、うさぎ小屋に住んでいることになっているのだろうか? 資料によれば、ECで日本の報告書をつくったおりに、当初フランス語で日本人は「cage a lapins」に住んでいると報告されていた。これが英語に直訳といううか、誤訳されて、日本語で「うさぎ小屋」となったのである。しかし、「cage a lapins」というフランス語は、「都市型の集合住宅」といった意味もあり、これから連想されるのは、当時開発されていた高島平などの巨大集合住宅だった。 これはぼくの推測に過ぎないが、ガイジン=デカイ=広い家に住む=アメリカ人、が転じて、ヨーロッパ人への誤解へとつながっていったのではないか。日本では、「欧米」と言われるくらい、ヨーロッパとアメリカがごっちゃに扱われることが多いのだ。 でも現実は、ヨーロッパとアメリカは全然違っていたりするものである。 たとえば、ヨーロッパのホテルは2つのタイプに分類される。ひとつはヨーロッパタイプ、もうひとつがアメリカタイプだ。 ヨーロッパタイプのホテルに泊まったのなら、調度品や飾ってある絵画、古さを楽しみ、でもときに、部屋の狭さと水回りの悪さを我慢する必要がある。バスタブはあっても栓がないのはしょっちゅうなので、ガムテープを小巻きにして持っていくと助かる。日本のガムテープほど安価で質のよいものは、世界のどこでもあるものではなく、何度海外で、ガムテープ探しに走ったことか。そして間違いなく日本のガムテープは世界ナンバー1であると確信をした。 かたやアメリカタイプのホテルは、こういった問題点がない代わりに、画一的で味わいに乏しく、また郊外に建てられていることが多いため、町歩きには不向きだ。よくあるチェーンホテルなど、アメリカタイプが多い。ただし、部屋は広く、ベッドも大きく、疲れを癒すにはもってこいである。】
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そういえば、僕が新婚旅行のときに泊まった4軒のイタリアのホテルもみんな街中の良い立地条件ではあったものの、部屋が狭くてトランクを開ける場所にも困った記憶があるんですよね。浴槽が無くてシャワーのみ、というのも2軒ありましたし。 あのときは、「新婚旅行なんだから、もっとグレードの高いホテルに泊まれば良かった……」とかなりガッカリした記憶があるのですが、あれがまさに「ヨーロッパタイプ」だったんですね。実際は、もっとお金を出せば、「広くて便利なホテル」に泊まれたのかもしれませんが。
このデータを見てみると、世界的にみれば、けっして「日本の家は狭くない」ということがよくわかります。そして、日本人にとっての「外国」との比較が、あまりにアメリカとのものに偏っているのだ、ということも。 突出して広いアメリカの「一軒あたりの平均床面積」に比べれば、日本の家はヨーロッパ諸国とほとんど同じくらいのなんですよね。人種や文化が異なる日本とフランスとトルコで、「家の広さ」があまり変わらないというのは、考えようによっては、「人間」という生物の意外な「共通点」と言っていいいような気もします。 実際は、庭の有無とか他の家との距離とか、「床面積の広さ」とは別の点で、日本人の居住空間というのは「狭苦しい」感じがするのかもしれませんが、多くの日本人が思い込んでいるほどには、日本の家は小さくないのです。一応、「世界第5位」ですし。 まあ、仕事でならともかく、観光での旅行先で狭いホテルに泊まるというのは、やっぱりちょっと寂しいものではありますし、クレームつけたくなる人の気持ちもわかるんですけどね。
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| 2007年11月23日(金) ■ |
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| 「今日、『ママン』が死んだ」 |
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『週刊SPA!2007/11/13号』(扶桑社)の「文壇アウトローズの世相放談・坪内祐三&福田和也『これでいいのだ!』」第264回より。
【福田和也:昔は、けっこう若いのにノーベル賞をやったのにね。カミュなんて44歳でしょ。
坪内祐三:若いよね。「名誉功労賞」化しつつあるからね、いまのノーベル文学賞は。
福田:フォークナーが52歳で、最年少はイギリスのキップリング。41歳で受賞でしょ。
坪内:村上春樹だって、いまも若い感じがしてるけど、もう60歳近いんだよね。じき還暦なんだよ、赤いチャンチャンコ。
福田:ですよね。
坪内:キャラは若いけど、大江(健三郎)さんが受賞したときと、すでに年齢は、さほど変わらなくなってきてるんだから。
福田:還暦になって、いつまで一人称を「僕」で押し通すのかっていう問題はあるね。村上春樹が、一人称を「僕」から「わし」に変えたら……。
坪内:「僕」っていう一人称、どう思う? 耐用年数とか、耐用キャラクターって、やっぱりあるもんだろうか。「僕は……」って文章、書いたことある?
福田:ないと思うけど……でも、いや、恥ずかしいことは何でもやったからなぁ。「俺」と「私」は覚えているけど。でも、「僕」もやってるかもしれない。いや、わからない。書いてる可能性がないとは言い切れない。
坪内:福田さんがいまから「僕」派に転向というのも面白いよね、急に。女の子で「ボク」もいるでしょ。
福田:水森亜土か!?みたいな感じだよね。
坪内:男で一時「あたい」っていう言い方があったじゃない?
福田:痛々しいね、なんか。
坪内:野坂昭如さんは一人称で悩んで、「保坂庄助」って架空のキャラクターを作ったりしてた。あと一人称で、「小生」ってのもあるよね。「小生、このたび定年を迎えて……云々かんぬん」とかさ。似合わず使ってる人がいる。
福田:「小生」ってね、「自分は小さい人間で」っている謙遜語だからね。最初から相手に、「おまえは小さいんだ」って思われてる人は、使う意味がないから。
坪内:雑誌なんかの原稿では悩まないんだけど、手紙やはがき、特に年上の人に対して返事を書くときの主語って、オレ悩むんだよね。
福田:そうですね。
坪内:「私」っていうのも変だし、もちろん「僕」とか「おいら」じゃおかしいし。すると、「小生」が一番収まりがいい気もするし。
福田:場合によっては、「小生」とか「愚生」って一人称を使いますよ。
坪内:「小生」で手紙を書いて……でも、読み返すと、やっぱり、そこだけ浮いちゃってたりねえ。
福田:石原慎太郎さんには、変な謙譲の仕方をすると、かえってバカにされるから、ちゃんと「私」って一人称を使うほうがよさそうだ、とかね。やっぱり相手見てやりますよね。
坪内:結局、考えたあげくに、そこは日本語の便利なところで……主語抜きでも文章が作れるからさ。田中小実昌さんはハードボイルド小説を翻訳するときに「I」っていう単語を、「私」や「俺」に訳したくなくて、主語なしで語らせてるんだよね。ドナルド・ハミルトンの『誘拐部隊』だっけな。
福田:主語というか、人称の翻訳問題で、最近になって凄さに気づいたんだけど、カミュの『異邦人』の窪田啓作訳で、最初の一文が「今日、ママンが死んだ」と。あれ普通に訳せば、今日お母ちゃんが死んだとか、母が死んだというのを、わざとそこだけカタカナで「ママン」にしている。その瞬間にもう、『異邦人』のベストセラーは決まったようなものですよ。あれは凄い。「ママンの恋人という男が来た」というのと、「母の恋人という男が」とでは、全然違うからね。窪田啓作は天才だと思うよ。今後誰かが、どんなに頑張って『異邦人』の新訳やっても同じだよね。だって、「ママン」と書くしかないだろうって。】
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村上春樹さんは、1949年の1月生まれですから、もうすぐ59歳になられます。現在でもフルマラソンを走られているくらいなので体は頑健なのだと思いますが、年齢だけで言えば、孫がいてもおかしくないんですよね。僕たちは、村上さんの「僕」にずっと慣れていますから違和感はないのですが、あらためて考えてみると、還暦近くにもなって自分のことを「僕」なんて言う人は、あんまりいないのではないかと。村上さんが作中だけでなく、私生活でも自分のことを「僕」をおっしゃっているのかどうかはわからないし、御本人としても「もう、『僕』って年齢でもないけど、作品でも、いまさら『小生』なんていうのもヘンだしなあ」と逡巡されているのかもしれませんけどね。 村上さんの「僕」や小林よしのりさんの「わし」なんていうのは、もう、本人のイメージとイコールになってしまっていますから、突然変えるというのもなかなか難しいのではないでしょうか。
そもそも、男性で自分のことを「僕」と日常的に言っている人というのは、そんなに多数派ではないような気がするんですよね。都会ではどうなのか知りませんが、少なくとも九州では、「僕」というのは、「カッコつけちゃって……」という、むずがゆい印象を周囲に与える一人称なのではないかと思います。
そういえば、僕も昔から、自分のことを一人称で何と呼べばいいのか、ずっと迷いながら生きてきました。 「ぼく」は、なんだか堅物っぽくて弱々しいし、「オレ」が似合うほど豪放磊落なきゃラクターでもない。「わたし」なんて、女の子じゃあるまいし……と、結局のところ、しっくりくるものが無かったんですよね。 それで、このお二人の対談にもあるように「主語なし」「一人称なし」で会話をしていたことが多かった記憶があるのです。ちなみに、「二人称」も苦手で、目の前にいる友達に対しても、「きみ」なんて呼ぶヤツは田舎の小中学校にはいなかったし、「○○君」と呼ぶのはヨソヨソしいし、呼び捨てにすると気を悪くするかもしれないし、ニックネームで呼べるほど仲が良いわけでもないし……などと、けっこう悩んでいたのです。これも結局「主語なし」にしてばかりだったような。
病院勤めをするようになって、唯一ラクになったことといえば、とりあえず目の前の人が医者なら「××先生」と呼んでおけば間違いがない、ということです。世間からは、「お互いに『先生』なんて呼び合っているのはバカみたい」なんて揶揄されることも多いこの業界の慣習なのですが、あれは、いちいちお互いに尊敬しあっているわけじゃなくて、プライドが高くてめんどくさい人がけっこういるので、無用の摩擦を避けるために生まれた慣習なのではないかという気がしてなりません。「オレのことを『先生』だなんて失礼な!」って人は、ほとんどいませんから。
「人称」というのは、どうでもいいことのようで、実は非常に奥深いというか、それだけで相手に与える印象がかなり変わってしまうものではあります。 ここでとりあげられている、カミュの『異邦人』のあまりにも有名な冒頭の一文、「今日、ママンが死んだ」も、普通に訳せば、「今日、母が死んだ」になるはずです。意味は同じはずなのですが、もし、そんなふうに訳されていたら、この一文は、ここまで人口に膾炙することはなかったのではないかと思います。しかし、これってリアルタイムで読んだ人は、「ママン?何これ……」って、椅子からずり落ちてしまったのではないかなあ。 これにOKを出した出版社も只者ではないような気がします。
「人称」というのは、シンプルなようで、なかなか一筋縄ではいかないものみたいです。 僕にとっては昔からの悩みの種ですし、「お前は20年後も『僕』なのか?」と問われたら、ちょっと考え込んでしまいます。 プライベートでは、現在も「一人称省略」の場合が多いんですよね。 いまだに「自分」を確立できていないことの証拠なのだろうか……
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| 2007年11月21日(水) ■ |
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| 決め手は「耳」だった! |
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『世界のニッポン人・信じられない常識・非常識』(海外駐在サラリーマン83人会[編]・二見書房)より。
(「出入国には麻薬犬のチェックがあるぞ」という項の一部です)
【アメリカとメキシコ国境の出入国もきびしい。建設資材メーカーのT・Sさんが滞在したテキサス州のエルパソは。メキシコ国境にある町。 国境を越えるとき、アメリカからメキシコへ入る場合は、ほとんどフリーパス。それが逆に、メキシコからアメリカに入るときは、検査官からきびしいチェックを受ける。外国人はかならずパスポートを見せなければいけない。 メキシコから何を持ってきたかを調べられるが、タバコや酒を買ってきた場合、その場で申告しないとダメ。申告しないと、密輸入で逮捕ということもある。 メキシコからの麻薬の密輸入が多いせいか、検査官がちょっとでも怪しいと思った人は、とことん調べられる。麻薬犬による抜き打ちチェックもある。もし犬が吠えたら大変、車を解体してまで調べられるのだ。麻薬が見つからなくても、車はバラバラにされたまま放っておかれる。もちろん、組み立ては、疑われた者の責任。 「私の友人の話なんですが、国境で麻薬犬のチェックを受けたら、犬が車から離れなかったそうです。一応、無事通過できたんですが、車が解体されるのではと、全身汗びっしょりだったとか。よく考えてみたら、その日、メキシコで犬をはねてしまったんだって」 麻薬犬のチェックはないが、パスポートをみせれば即「OK」というわけではない。こんな場合もあるから気をつけないといけない。 ブラジルのサントスに滞在し、ニューヨークに行こうとした食品販売会社のF・Iさん、もちろん、パスポートはしっかりポケットはしっかりポケットに入れた。 「わりと適応力のあるほうで、海外に行っても、それほど困らないんです。外見までも、その国に染まってしまうほどで、私のことをずっと日系ブラジル人だと思っていた人がいたくらい」 外見まで似てしまう抜群の順応性が災いした。ブラジルからアメリカにわたったとき、入国審査官がパスポートの写真を見ながら「あなたは本人ではない」。そこで、日本人の証明とばかり、漢字でサインしてみせたが、それでも信じてくれない。 あげくに、不審者扱いで、別室に連れていかれてしまった。しばらくして、顔を照合する専門家がやってきて、やっと入国を許可された。 「決め手は耳だったんです。耳ってめったに整形したりしないでしょ。帰国したとき、成田の税関でも英語で話しかけられたんです」。パスポートには、顔だけでなく、耳の写真も必要かもしれない。】
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「アメリカからメキシコに入る場合」と「メキシコからアメリカに入る場合」を比較してみると、出入国チェックの厳しさの違いには、両国の関係が反映されているようです。ここで紹介されている「麻薬犬に吠えられた話」を読むと、「これも轢いてしまった犬の祟りなのでは……」とか、つい考えてしまうんですけど。 それにしても、疑われた時点で車を解体され、疑いが晴れたとしても車は解体されたまま、だなんて、日本でこんなことをすれば、かなりの大問題になるのは間違いありません。「疑われるほうが悪いのだから、解体した車を修復するのも自己責任」というのは、一般的な日本人には理解不能ですよね。でも、こういうシステムが続いているということは、向こうの人は、それを少なくとも「仕方がないこと」だという程度には受け入れているのです。
ところで、僕はこのなかでいちばん興味を持ったのは、「顔を照合する専門家がパスポートの写真と目の前の人物が同一であることを認めた決め手が『耳』だった」というところでした。 言われてみれば、「目」とか「鼻」とか「唇」が気に入らないということで美容形成を行う人というのはけっこう多いのですが、自分の「耳」が気に入らないということでつくり変えてしまう人って、あんまり聞いたことがないですよね。 「顔を変える」ことがそんなに難しくなくなった現代においては、「耳」というのは、まさに「最後の聖域」なのかもしれません。 入国審査官だけではなくて、僕たちも「この2人が同一人物かどうか」を判定するときに、両者の「耳を比較してみる」というのはけっこう有効かもしれませんね。もっとも、それが実際に役に立つシチュエーションって、動画サイトで、「これは本当にあの芸能人なのか?」を判別するときくらいかも……
褒め言葉でも「目が綺麗」とか「鼻筋が通っていて」とか「セクシーな唇」なんていうのはありますが、「感じのいい耳」というのは、村上春樹の小説以外では聞いたことがありません。 今これを書いていて、なんとなく、耳っていうのは実際に褒められたら意外と嬉しいパーツなのかもしれないな、とも思ったのですけど。
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| 2007年11月19日(月) ■ |
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| 「苦労」してるのを「努力」してると思ってる人 |
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『絶望に効くクスリ Vol.11』(山田玲司著・小学館)より。
(山田玲司さんが、各界で活躍している人々との対談を漫画化した作品の一部です。「漫画の神様」手塚治虫先生の長男でもある、映像作家・手塚眞さんの回から)
【山田玲司:若い人によくどんなアドバイスをされるんですか?
手塚眞:自分を見失わないように…って、よく言ってるんですけど……苦労と…努力が…イコールになっちゃうといけないですね。
山田:苦労してるのを努力してると思ってる人って多いですもんね。
手塚:苦労はしないほうがいいですね。一番の違いは、「やらされてる」か「やってる」かっていう違いだと思うんです。 実は一回だけ父に「ものづくり」について言われたことがあるんですけど…… 街頭モニターとかに流す環境ビデオを頼まれたんで、割り切って作ったものを父が見たらしいんですよ。どっちみちたいしたものじゃないって思ってたけど、父はその時…「もっと面白くしたほうがいいねぇ…」――って言ったんですよ。
山田:……わかります。それ、すっごく… クリエーター、治虫哲学の本質ですね。
手塚:どんな仕事だっていいけど、どれくらい努力してんのかって言われたんですね。これは今でも頭をよぎりますね。】
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「苦労してるのを努力してると思ってる人」って、けっこう多いのではないでしょうか。いや、他人事じゃなくて、僕もこれを読んで、あらためて思い知らされたような気がしたんですけど。 「苦労は買ってでもしろ」と、僕は子どものころ、「大人」たちによく言われてましたが、考えてみれば、「イヤだなあ……」と思いながら「やっつけ仕事」を繰り返したとして、多少は手際がよくなることがあっても、あまり「進歩」はしないんですよね。 こんな面白くない仕事はしたくない、こんな仕事では、自分の「やる気」は出ないし、実力は発揮できない、と僕たちは考えがちなのですが、そんな眞さんの気持ちをお父さんはちゃんと見抜いていたみたいです。 眞さんにとっては、「街頭モニターで流す環境ビデオ」というのは、けっして「やりたい仕事」ではなかったはずで、何かの義理か収入のために引き受けた仕事だったのだと思います。普通に考えれば、「そんな仕事にやる気なんか出ない」はずです。 手塚治虫さんは、そんな長男の「作品」に対して、「もっと一生懸命やれ!」とか「ちゃんとしたものを作れ!」ではなくて、「面白くしたほうがいい」と言ったのです。 実際にそう言われてみると「面白くする」ためのは、「がんばる」とか「時間をかけてやる」とかいうのよりもはるかに「アイディアと積極性が必要」なのです。 そして、どんな「つまらないように見える仕事」であっても、「自分から工夫してやってみる姿勢」を持っていれば、意外とそこから得られるものは大きいのです。言われた仕事をただやるだけの人と、そのなかで、自分なりに目標を立てて効率化を目指したり、新しい表現を実験してみたりする人とでは、長い目でみれば、大きな差がつくはず。 そもそも、「つまらない仕事だから」ということで普段は手抜きばかりしている人に、「面白い仕事」をやる機会がめぐってきたとしても、いきなり「本気」が出せるものなのかどうか? スポーツ選手だって、練習で手抜きばかりしているのに、本番で「実力」を出せるはずがないのと同じです。
「苦労」と「努力」って、外見上、やっていることはそんなに変わらないようでも、その人にとっての意味は、大きく違ってくるのです。「苦労自慢」の人は多いけれど、彼らは「自分が苦労していること」に甘えてしまって、「努力するチャンス」を逃しているのかもしれません。 もちろん「やりたいことだけやれる人」なんて、そんなにいないでしょう。でも、やりたくないことの中にだって、『面白さ』の小さな欠片を見つけることは、けっして不可能ではないはずです。 確かに、できることなら「苦労なんてしないほうがいい」に決まってますし、「苦労自慢」というのは、本当は恥ずべきことなのです。 「苦労すらしようとしない人」はどうなのか?と問われると、ちょっと考え込んでしまう話ではあるのですけど。
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| 2007年11月14日(水) ■ |
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| 『スタジオアリス』の「子供ビジネスで客をつかむ秘訣」 |
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『スタバではグランデを買え!』(吉本佳生著・ダイヤモンド社)より。
(「子供ビジネスで客をつかむ秘訣」という項から)
【筆者が子供を連れて家族で出かけた店で、とても感心した事例が2つありますので、紹介します。ひとつは子供向け写真館では最大手のスタジオアリスで、もうひとつは、子供が通う幼稚園のすぐ近くにある回転寿司店です。ともに、小さい子供がいる家族客をつかむには何が肝心かを、筆者によくわからせてくれた事例です。 まず写真館の事例から述べます。子供が生まれてから成長するまで、いろいろな記念写真を撮影しますが、筆者の子供は、生後百日の記念写真や七五三などの記念写真を、スタジオアリスで撮影しました。特に、最初の記念写真として、生後百日の写真を撮影したときが印象的でした。
(中略)
まず、子供の記念写真を撮影するときの満足感を、要因分解してみましょう。写真の撮影が上手にできていることは大前提で、子供の衣装やポーズや顔の表情がどれだけ気に入るかで、満足感が大きく左右されます。 最近は、オートフォーカスのカメラが一般的になり、デジカメで撮影した写真は明るさや色調の補正も簡単にできますから、専門家が高い技術で撮影してくれることのありがたみは、かなり小さくなりました。それよりも、子供の撮影をする場合には、うまく笑っている表情を撮影することがむずかしく、いかにいいポーズで、いい表情のときに撮影するか、あるいは、カメラの前でいかにいい表情をさせるかが、一番の問題になります。 昔の写真館では、衣装をきちんと着て、撮影にふさわしいポーズと表情をするのは、撮影される客側の責任でやるべきことでした。ところが、スタジオアリスのような子供写真館では、まず、記念写真撮影用のさまざまな衣装が用意されていて、それを無料で借りることができて、ヘアセットや化粧や着物の着つけも無料でやってくれます。 筆者の子供の場合には、スタジオアリスでの撮影でも、どちらかの祖父母が買ってくれた服を着せて写真を撮ることが多いのですが、桃太郎の衣装を借りて端午の節句の記念写真を撮ったこともあります。背景も選択可能で、ディズニーキャラクターと一緒に写真を撮るようなセットもあります。予約しておいた一定の時間内で、いろいろな衣装やいろいろな背景の写真が撮れるのです。 さらに、泣いて嫌がる子供を笑わせて写真を撮るために、店のスタッフが本当に努力してくれます。片方の手に楽器を持って音を出しながら、あるいは、おもちゃを持ってそちらに視線を向かせるようにしながら、子供をうまくあやして、もう片方の手でスイッチを押し、シャッターを切ります。 おかげで筆者の子供の場合にも、笑った写真を撮ることがむずかしい時期だった生後百日の記念写真で、満面の笑みの写真を撮ってもらうことができました。スタジオアリスで写真を撮ってくれる女性スタッフは、それまで幼稚園の先生をしていた人など、とにかく子供の扱いがうまい人が選ばれています。 しかも、何枚も撮影した上で、その写真はモニターに映されて、客が自分でみて比較しながら、どの写真をどんなサイズでプリントするのかを注文します。この方式だと、仕上がりの不確実性が非常に小さくなっていますので、さらに顧客の満足感はアップし、そのために、ついつい多くの写真のプリントを注文してしまいがちです。 スタジオアリスの場合には、おもちゃ専門店のトイザらスに隣接して出展するケースが多いことも、成功に寄与しているようです。他方、2006年には新しい形態の店舗として、家族単位で着替えなどができる個室を複数用意し、家族の記念写真が撮れる店も出しています(2006年9月2日の日本経済新聞)。成人式や銀婚式などでの大人向け記念写真も手がけようとしているのです。 デジカメなどが普及した影響で、全体としては、写真館で記念写真を撮る人は大幅に減っていると思われますが、そういった業界であっても、顧客の満足感が何から得られるかを的確につかめば、ビジネスに成功できるという好例でしょう。】
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そういえば、僕の家からいちばん近い「トイザらス」にも、この「スタジオアリス」が隣接しています。僕にとって「写真館」というのは、大学時代に履歴書用の写真を撮りに行って以来全く縁がないところなので、「スタジオアリス」に関しても「この御時世に写真館なんて、商売になるのかな」と何度か思った記憶があるんですよね。もちろん、中を覗いたことも一度もありません。 でも、これを読んで、「スタジオアリス」の人気の秘密がわかったような気がしました。もちろん、子供がいない僕には実感としては掴めないところもたくさんあるのですが、それでも、こういうシステムになっているのなら、自分でデジカメで撮影するよりはるかに確実に、「いい写真」が撮れるだろうな、と。 「写真館」といえば、頑固そうな館主が真剣な表情で「渾身の一枚」を撮影する、というイメージを僕は持っていたのですが、「いい写真」というのは、カメラマンの技術だけで完成するものではないのですよね。当然のことながら、被写体側のコンディションも非常に重要。でも、今までの写真館というのは、せいぜい、「貸し衣装を用意する」「日頃は無愛想な館主が、精一杯の愛想をこめて『はい、チーズ!』と声をかける」というくらいのものだったのです。 ところが、「スタジオアリスで写真を撮ってくれる女性スタッフは、それまで幼稚園の先生をしていた人など、とにかく子供の扱いがうまい人が選ばれている」のです。 「子供向け写真館」ですから、「子供扱いがうまい」に越したことはないでしょうけど、僕としては、「でも、このスタッフ、写真の腕はどうなの?」とか、つい考えてしまうんですよね。しかしながら、筆者は写真の技術的な細かいところよりも「子供の満面の笑みの写真が撮れたこと」に満足されていますし、たぶん、世間の大部分の親も、「ちょっとした写真の腕の差よりも、子供の表情を良くしてくれるカメラマンのほうがいい」と考えるのだと思います。もちろん、このシステムが可能になったのは、「取り扱いが簡単」で、「その場で撮った写真が確認できる」というデジタルカメラという道具の進歩のおかげでもあるのです。
しかし、僕としては、この「スタジオアリス」のような写真館ばかりになってしまって、「昔気質で技術自慢のカメラマン」がいなくなってしまうのは、ちょっと寂しいような気もするんですけどね。 そう言いながらも、僕もやっぱり自分の子供の写真を撮るときには、「スタジオアリス」に行ってしまうんじゃないかと思いますが。
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| 2007年11月12日(月) ■ |
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| 「ほんとうの自分」を見つけようと思ったとき、あなたは、何をしますか? |
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『疲れすぎて眠れぬ夜のために』(内田樹著・角川文庫)より。
【「ほんとうの自分」って何でしょう? ときどき「私、ほんとうの自分を見失っていたわ」とか「ほんとうの自分を取り戻したいんだ」というような台詞がTVドラマから聞こえることがありますが、この人たちが言う「ほんとうの自分」とか「自分探し」とかいうのは、いったい何の話なんでしょう。 ちょっと視点を変えて考えてみましょう。 あなたのお父さんが亡くなったとします。 葬式も終えて、あれこれの後始末も終わった後、ある晩ふと「私の父は、ほんとうはどういう人だったのだろう?」という疑問があなたの脳裏に浮かんだとします。 「父がどういう人間だったのか、私はほんとうに知っていたのだろうか? 私が生まれる前に父は何をしていたのだろう?」という疑問があなたの脳裏に浮かんだとします。 「父がどういう人間だったのか、私はほんとうに知っていたのだろうか? 私が生まれる前に父は何をしていたのだろうか? どんな少年時代を送ったのだろうか? 結婚する前にどんな恋愛をしていたのだろうか? 会社に行ってどんな僚友と働き、どんな仕事を成し遂げ、どんな失敗をした人なのだろうか? 私たち家族の知らないどんな生活を持っていたのだろう?………」 そう考えているうちに、あなたは「ほんとうの父」を知らなかったということに気づきます。 そしたら、どうしますか? まず父親の親戚や旧友や仕事仲間を探して訪ねて歩きますよね。そして、その一人一人の証言を積み重ねて、「父の像」を形成してゆきますね。それでいいと思います。そうするのがふつうです。 では問いを変えてみます。それでは、あなたが「ほんとうの自分」を見つけようと思ったとき、あなた、何をしますか? あなたの過去をよく知っている人たち――家族や級友や担任の先生や先輩後輩や同僚――に片っ端からインタビューして「私って、誰?」と訊いて回りますか? まさかね。 あなたはそんなことしません。あなたが「ほんとうの自分」を探しに行くのは、ニューヨークとかミラノとかバリ島とか、そういう「あなたのことを知っている人間が誰もいない土地」です。 不思議だと思いませんか? 「あなたのことを知っている人間が誰もいない土地」に行かないと「ほんとうの自分」に会えないなんて。 でも、実は不思議でもなんでもありません。 それは「ほんとうの自分」というのがまるっきりの「作り話」だからです。 ぼくたちが「ほんとうの自分」に出会うのは、ぼくのことをまったく知らない人間に向かって、「自分の過去」を物語るときです。「私のことをまったく知らない人間」じゃないと困るのです。だって、話すことは、嘘ばっかりなんだから。 家族が聞いたら、「よくもそれだけ嘘が言えるわね」と卒倒しそうなデタラメをぼくたちは、自分のことを知らない人間を相手にしてなら、延々と語ることができます。 「私たちの過去の記憶は前未来形で語られる」というのは、ジャック・ラカンの名言です。 ぼくたちが自分の「これまでの自分史」についてながながと聞き手に語るのは、話し終えたときに、「自分はこれこれこういう人間である」と聞き手に思って欲しいからです。これは聞き手の中にぼくにとって都合のよい自己像を植えつけるために、ぼくたちは過去を思い出すのです。】
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今の自分は「ほんとうの自分」じゃない! そんなことを考えがちな僕にとっては、これは思わずハッとさせられる文章でした。 ここで例として挙げられている「父親のほんとうの姿を知りたいときの行動」って、小説とかドラマとかでは、けっこうよく行われているものです。まあ、現実でここまでして誰かの「ほんとうの姿」を知ろうとするのは事件の犯人を追う警察くらいのものではないかと思うのですが。 もし仮に、相手が「現実に生きている人」であっても、その人の「ほんとうの姿」を知ろうとして、本人に直接「あなたはほんとうはどんな人?」って尋ねることはまずありえませんよね。相手が事実を言ってくれるかどうかわからないし、そもそも、自分の「ほんとうの姿」っていうのを自分で把握している人というのは、いったいどのくらいいるものなのでしょうか? 僕がもし突然街頭で「あなたはほんとうはどんな人?」ってマイクを向けられたら、何も言えずに黙って立ち去るしかないような気がするのです。そりゃまあ、さらさらと「自分という人間」について語れる人だっているのだろうな、とは思いますけど。
内田先生が書かれているように、「自分探し」には「旅」や「日常を離れた趣味」が必要だと考えている人がほとんどです。まあ、僕自身も、旅行をすると、孤独や緊張感と同時に、普段の「自分らしさ」から解放されたような気分になりますから、新しい自分の一面を発見するには、確かに有効な方法なのかもしれません。 しかし、考えてみれば、旅先だって長い間いればそれなりの「人間関係」が生じてきますし、新しい趣味でもそのうちマンネリにはなってくるのです。 それこそ、寅さんのような生き方をしないかぎり、そういう特別なシチュエーションでしか解放されない「ほんとうの自分」をキープするのは無理なんですよね。それが、「ほんとうの自分」なの?
この後の文章で内田先生も書かれているのですが、実際のところ、人間なんて見る角度や取り上げるエピソードによって、全然違う印象を与えるものです。ヒトラーだって、取り上げるエピソードを選べば、「芸術を愛し、第一次世界大戦後の不況のドイツを救うために理想に準じた男」になりえるのです。
それでも僕たちは、今ここにいる自分に満足できなくて、「ほんとうの自分」という幻想を追い求めずにはいられないんですよね。それが他の人からみれば、「自意識過剰な思い込み」でしかないとしても。
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| 2007年11月11日(日) ■ |
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| 「本当の本当のところは『嫌ンなるのに理屈なんざねェ』わな」 |
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『のはなし』(伊集院光著・宝島社)より。
(「『好きな理由』の話」というエッセイの一部です)
【2年ほど前になるか、自分の担当しているラジオの深夜放送に立川談志家元をお呼びした時のこと。もともと古典落語の道をドロップアウトして今の世界に逃げ込んできた僕としては、談志家元は特別な存在で、何より6年間の修行時代にピリオドを打った理由の一つが「名人立川談志」の落語だった。 仕事疲れか、それが素の状態なのか、不機嫌そうにスタジオ入りした家元。僕は「機嫌を損ねて帰ってしまわないうちに…」とばかりその話をした。 「僕は落語家になって6年目のある日、若き日の談志師匠のやった『ひなつば(古典落語の演目の一つ。短く軽い話で特に若手の落語家がやる話)』のテープを聞いてショックを受けたんです。『芝浜』や『死神(ともに真打がおおとりで披露するクラスの演目)』ならいざ知らず、その時自分がやっている落語と、同じ年代の頃に談志師匠がやった落語のクオリティの差に、もうどうしようもないほどの衝撃を受けたんです。決して埋まらないであろう差がわかったんです。そしてしばらくして落語を辞めました」 黙って聞いていた家元が一言。 「うまい理屈が見つかったじゃねえか」 僕はうまいことをいうつもりなんかなかった。ヨイショをするつもりもない。にもかかわらず「気難しいゲストを持ち上げてご機嫌を取るための作り話」だと思われている。あわてて「本当です!」といい返したが「そんなことは百も承知」といった風に家元の口から出た言葉が凄かった。 「本当だろうよ。本当だろうけど、本当の本当は違うね。まず最初にその時のお前さんは落語が辞めたかったんだよ。『あきちゃった』のか『自分に実力がないことに本能的に気づいちゃった』か、簡単な理由でね。もっといや『なんだかわからないけどただ辞めちゃった』んダネ。けど人間なんてものは、今までやってきたことをただ理由なく辞めるなんざ、格好悪くて出来ないものなんだ。そしたらそこに渡りに船で俺の噺(はなし)があった。『名人談志の落語にショックを受けて』辞めるんなら、自分にも余所にも理屈が通る。ってなわけだ。本当の本当のところは『嫌ンなるのに理屈なんざねェ』わな」 図星だった。もちろん『ショックを受けて辞めた』ことは本当だし、嘘をついたり言い訳をしたつもりなどなかったが、自分でも今の今まで気がつかなかった本当の本当はそんなところかもしれないと思った。10年もの間、いの一番に自分がだまされていたものだから、完全には飲み込めていないけど。 いろんな物や人が好きな理由にしたってそうだ。「家庭的だから」「目が綺麗だから」「平井堅に似てるから」「さっぱりしてるから」「デザインに丸みがあって、堅い材質の中にも温かみがあるから」。そんなもの理屈だ。本当の本当は「好きだから」以外の何ものでもない。】
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ラジオ番組の収録中に、こんな凄い言葉を投げかけられた伊集院さんは、談志家元にどんな返事をしたのでしょうか?僕だったら、いきなりこんなふうに言われたら、思わず絶句してしまいそうです。
何かを選んだり、何かを捨てたりするときに、どうしても、その「理由」を考えてしまいますよね。こういう理由があったから、自分はこうしたんだ、というふうに。 それは、確かに「本当のこと」なのだと僕も思いますし、逆に、長年続けてきた何かを捨てるときには、自分自身に対する「言い訳」が必要なのではないかとも感じるのです。「小学校時代から続けてきたピアノ」や「3年間付き合ってきた恋人」を「飽きたから」「好きじゃなくなったから」というような、ぼんやりとした感情で終わらせてしまうのは、なんだか自分に対しても申し訳ないような気がするのです。「やめてしまったこと」だけではなくて、「そんないいかげんな理由でやめてしまった自分」にも嫌気がさしてしまいますし。
人間の感情というのは絶対的なものではなくて、その場の状況において、プラスの方向に振れたり、マイナスの方向に振れたりするものです。 もし、伊集院さんが自分の落語の才能に自信を持ち、やる気に満ちている時期に、この談志師匠の『ひなつば』を聴いたとしたら、「この人に追いついてやる」「この人を超えたい」と、さらに向上心を刺激されたかもしれません。 そういう意味では、談志家元の言葉は、まさに「正論」なのでしょう。
まあ、こういうのって、「好き嫌いで選んだつもりだったけれど、後から考えたらそれなりの理由があった」という場合もあるのではないかという気もしますし、「理由」が先か、「漠然とした感情」が先か、なんていうのは、けっこう曖昧なものかもしれませんが。 ただ、後になって考えてみると、「漠然とした感情」が全く存在しないのに、なんらかの「理由」だけに基づいて何かを選んだり捨てたりすることは、ほとんど無かったように思われます。
しかし、この話からすると、談志家元自身も、同じような経験があって、その「辞めたいと思った理由」というのを自分自身で突き詰めていったことがあるのでしょうね。自分が何かをやめるときの「理由」すら許せないというのは、なんて厳しい生き方なのでしょうか……
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| 2007年11月10日(土) ■ |
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| 「プラネタリウム解説員」という仕事 |
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『TVBros。 2007年23号』(東京ニュース通信社)の特集記事「初心者でも安心! 秋の天体観測ガイド〜夜の星を見上げてごらん」より。
(「プラネタリウム解説員」の仕事についての「なかのZEROプラネタリウム」で生解説をされている、もちなが氏&だいらく氏へのインタビュー)
【Q.解説員になるには資格がいるの?
もちなが「特にないんです。だから公的機関だと、人事異動で全然関係ない部署の人が解説員になったり」
だいらく「私も小学生時代からこのプラネタリウムに通ってて、手伝ってるうち、気付けば解説員に」
もちなが「僕は天文学専攻だったんですけど、天文学で星座って学ばないんです。勉強したのはこの職についてからでした」
だいらく「ただ、科学館のような専門施設だと、学芸員の資格保有者や理系出身の人が採用されたりしますけどね。実は解説員ってまだ職業として確立されてないんですよ。今ようやく資格を設ける方向へ動き出したようですけど」
Q.解説員の仕事には何があるの?
もちなが「僕らの場合は受付もやるし、パンフレットやHPも自分たちで作ります」
だいらく「細かいところまですべて、自分たちの好きなようにできるのは強みかな」
もちなが「コンサートをやる時は、出演者の交渉までやりますから。実は解説自体の仕事って、ほんの一部なんですよ」
Q.解説内容も自分で考えるの?
だいらく「そうです。星座の説明順は決まってるけど、解説内容はフリートークなんです。だから人によって全然違う!」
もちなが「客層によっても内容を変えますね。例えば、子ども向けの場合だと優しく語りかけたり、一緒に歌ったりして」
だいらく「子どもは返事してくれたり、リアクションが多くて、楽しいですよね」
もちなが「ただ、たまにやたら星に詳しい子や、いたずらっ子がいるんで、そういう時は場内が戦場と化しますけど(笑)」
だいらく「匍匐前進し出す子もいますしね」
もちなが「あと、大人で投映中に寝ちゃって、大きなイビキをかく方もよくいますね」
だいらく「注意しようにも、暗いから震源地が確定できなくて困ったり(笑)」
もちなが「でも、どんな形であれ、お客さんが満足して下さると幸せ。アンケートで、”今夜星を見ようと思いました”とか書いてあると、本当に嬉しいですもん」
だいらく「お客さんからの反応を直で感じられるのが、生解説員の醍醐味ですよね」】
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「なかのZEROプラネタリウム」のサイトはこちら。
実際にプラネタリウムへ行ったことは1回しかないのですが、プラネタリウムで「解説」をしている人たちの仕事っていうのは、「人前でしゃべること」だけではないんですね。 もちろん、こういうのは施設による違いがあって、アルバイトの人が原稿を読んでいるだけ、というところもあるのかもしれませんが、少なくともこの「なかのZEROプラネタリウム」に関しては、かなり多岐にわたる仕事をこなしておられるみたいです。あの解説も「原稿を読むだけ」ではなくて、観客の年齢層や雰囲気に応じて、その場でアレンジされているとのことですし。「匍匐前進している子ども」に対して、どういうふうに対応しているのか、ちょっと興味あります。
星に関する知識を仕入れて人前でしゃべるだけでなく、パンフレンットやHPの作成、受付まで、接客から事務系の仕事まで幅広くこなさなくてはならないというのは、かなり大変なことのように思えます。「営業」と「事務」を同時にやらなければならないわけですしね。御本人たちは、「細かいところまで自分の好きなようにできる」というふうに前向きに考えておられるようだし、そうじゃないとやってられないでしょうけど。
僕もこれを読んでいて、久しぶりにプラネタリウムに行ってみたくなりました。まあ、僕の住んでいるような田舎では、まず夜空を見上げてみるべきなのかもしれませんが。今月は「しし座流星群」が見られるそうですし。
ところで、言われてみれば「大学の天文学で星座って学ばない」ですよね、やっぱり。でも、世間一般の人々のとって、もっとも身近な「天文の知識」って、「星座」なんだよなあ……
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| 2007年11月09日(金) ■ |
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| モンゴルの「佐川急便」と小樽港の「スッパリ半分で断ち切られた車」 |
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『地球の裏のマヨネーズ』(椎名誠著・文春文庫)より。
【これまで世界のいろんな国のいろんな機種に何気なく乗ってきたが、ぼくは落ちたらそれで終わり、まあしょうがないのだろうな、といつも思っているので、飛行機に乗って怖い、という思いをしたことはあまりない。しかしそれでもロシアのツボレフとかアントノフなどの機種のいかにもこれは物凄く古いぞ、というのがわかるような飛行機に乗る時はその覚悟の度合いを強めたりする。 ロシアの国内路線ではセーフティベルトがちぎれていて締めることができない、という飛行機に乗ったことがあるし、中国では空港に着陸したとき、滑走路から吹き上がってくるもうもうとした土埃がキャビンの中に入りこんできたのを体験したことがある。国際便であったし、高度1万メートルぐらいのところを飛ぶ飛行機というのは構造的に完全気密である筈だからこの時は驚いたが、取り敢えず無事着陸しているので、まあそれ以上のことは考えないことにした。 途上国の飛行機に乗る時はその飛行機の履歴のようなものが事前にわかるといいなあ、と時折思う。 自動車も日本製のものは中古でも人気がある。ずっと以前、モンゴルの奥地を旅していた時、草原の道を「佐川急便」のトラックがやってくるのを見てびっくりしたことがある。たいしたものだなあ、佐川急便はモンゴルのこんな奥地まで国際宅配便をやっているのか! と一瞬感心したのだが、あとで佐川急便の中古のトラックを外装を変えずそのまま使っているだけだとわかって納得した。以来、アジアの国でたびたびこの佐川急便を見かけるがもう驚かない。 昨年、小樽港へ行ったら、岸壁に日本のクルマが半分に切られて沢山並んでいるのを見て「ん?」と首を傾げたことがある。 どのクルマも本当にスッパリ半分で断ち切られているのだ。それが百台ぐらい並んでいるのだからなんとも不思議な風景である。これもあとで理由が分かって納得したのだが、ロシアの船が日本から中古車を買い付けに来ているのだが、自動車そのもので持っていくと中古車といっても関税が結構かかる。しかし自動車ではなくその部品として輸入すると関税率はぐっと下がるので、クルマを半分に切ってしまうとそれは建前上では部品ということになり納入業者にはかなり有利な条件となる。 こうして輸入したクルマは再び、溶接されて1台のクルマに戻るのだろうが、どうもそのようなクルマには乗りたくないものだ。 東南アジアでは日本のテレビやビデオなどの中古品も超優良商品になっているが、ある田舎の市場で、そういうテレビやビデオのリモコンだけを売っている店を見たことがある。どこをどう見てもリモコンだけで本体がない。しかもそのリモコンは見たかんじ完全に壊れていて、何をどうするためにそれを売っているのか、あるいはそれを何をどうするために買う人がいるのかさっぱりわからない。おびただしい数のぶっこわれリモコンが並んでいたが、いまだに謎のままである。】
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僕はそんなに「危ない飛行機」に乗ったことはないのですが、椎名さんのように世界の辺境を旅してきた人にとっては、「落ちたらそれで終わり、まあしょうがない」くらいの覚悟が必要なのかもしれませんね。アマゾンの奥地やパタゴニアにジャンボジェットは飛んでないだろうし。それにしても、僕はただでさえ飛行機が苦手なので、ここで取り上げられているような中国やロシアの「危ない飛行機」に乗るだけで、恐怖のあまり具合悪くなってしまいそうなんですけど。「飛行機の履歴」なんて、知らないほうがいいようにも思います。「どの飛行機にも乗れなくなってしまう」かも。
こういう話を読むと、日本の一般的な「安全基準」というのは、現在でもかなり世界の中では厳しいほうなのだな、という気がします(ちなみに、この本が単行本として発行されたのは2003年)。そして、日本人が、車や電化製品を「もうこれは限界」あるいは「買い替えの時期」だと判断する時期というのも、世界的にみればかなり「見切りが早い」ほうなのでしょう。 しかし、いくら関税が高いからといって、「一度きれいに真っ二つにしてしまった車」に乗ろうっていう日本人はあんまりいないですよね。よく「日本人は車の綺麗さにこだわりすぎる」なんて言われますが、僕だって、「事故車」というだけで、「なんかトラブルを抱えているんじゃないかと不安」になってしまいますから。「安全性」と「安さ」の許容範囲というのは、その国の経済力によって異なってくるのでしょうが、さすがにこの「一度半分に切られた車」には僕も驚きました。だって、万が一何かの拍子につなげたところが取れたりしたら、たぶん自分が死ぬか誰かを殺すよ……
なんのかんの言っても、日本はまだ、少なくとも物質的には「豊かな国」なのでしょうね。うちにも「壊れてはいないけど、もう使わなくなったリモコン」が、けっこうありますし。
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| 2007年11月05日(月) ■ |
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| 「キレる大人」として生きるということ |
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『週刊SPA!2007.10/30号』(扶桑社)の鴻上尚史さんのコラム「ドン・キホーテのピアス・639」より。
【仙台にワークショップに行ったのですが、帰り、東北新幹線の中で、隣に座ったサラリーマンの人が、ワゴンを押してきたお姉さんに、「××、1個ちょうだい」と声をかけました。「××」は、よく聞き取れなかったのですが、たぶん、沿線の銘菓だと思います。 お姉さんは、「はい、××、1個でよろしいですか?」とおうむ返しに言いました。その途端、「1個って、言ったじゃないか!話をちゃんと聞けよ!バカかお前は!」と、そのサラリーマンの人は叫びました。 僕はびっくりして、体がびくんとしました。お姉さんは、「すみませんでした」とすぐに答えて、「あいにく××は、今、切らしておりまして、後でお届けします」と答えました。サラリーマンの人は、「あ、そう」とだけ返しました。 僕は、ちらりとサラリーマンの顔を見ました。普通の中年の男性でした。特に、そのスジの人でもなく、亀田のトレーナーお父さんのようなケンカ好きな顔でもなく、じつに普通の人でした。 あのお姉さんは、ストレス溜まっただろうなあ、どこかで吐き出すのかなあと、僕は心配しました。 それにしても、普通の人が、突然、「キレる」瞬間に立ち会うと、ドキドキするもんです。 朝日新聞で、「キレる大人たち」という特集をしていました。 それには、「暴行犯行時の年齢別検挙人員の推移」という警察庁の統計が引用されていました。 ”警察庁によると、暴行の動機は各年代とも「憤怒」、いわゆる「キレ」が最も多く、8割前後を占める傾向に変わりはない。しかし、1998年から2006年までの推移をみると、10代がほぼ横ばいなのに20代以上は軒並み増加。60代以上は約10倍、30代と50代が約5倍と大幅に増加し、実数でも中高年の増加が目立つ。” と解説されています。 統計グラフでは、ダントツの1位が検挙数5000人の30代、次に20代、50代、40代とほぼ同じ数が続き、なんと10代は最低の水準、30代の3分の1以下の1500人ほどなのです。 んで、記事に登場するメンタルヘルスの専門家は、「今の職場はかなり抑圧され、一種のあきらめムードが漂っている感じがする」と指摘し、「職場で溜めた不満を、地域や公共の場で爆発させているのではないか」と、不満の対象と怒りをぶつける対象とのズレを特徴にあげています。 新幹線のサラリーマンがキレた時に言った「話をちゃんと聞けよ!バカかお前は!」という言葉は、じつは、僕は聞きながら、「この言葉はとてもスムーズだ」と感じました。つまり、何回も言い慣れている言葉だと思ったのです。】
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現在30代半ばの僕にとっては、まさに「他人事ではない話」なのですけど、確かにこういう人、ときどき目にすることがあるのです。 鴻上さんの話では、「新幹線の車内販売の女性」が「キレられる対象」になっていますが、少なくとも、この文章を読んだ限りでは、この販売員は「ごく普通の対応」をしているようにしか思えません。こういう「注文の復唱」というのはごく一般的なものですし、それでいちいちキレていたら、ファミレスに入ったら毎回「ちゃぶ台返し」をやらなくてはならないはず。 この「サラリーマン風の中年男性」の「キレっぷり」は、言いがかりというか、何かに対するやつあたりのようにしかみえないのですが、本人は、いったいどういう気持ちで「キレて」いるのでしょうか? こういう人って、本人は「接客のやり方を教えてやったんだ!」とか自分では考えているのかなあ。 それとも、「さっきはなんであんなことでキレちゃったんだろう……どうしたんだ俺……」と、内心後悔しているのでしょうか?
でも、僕がこのコラムを読んで感じたのは、「世の中には酷い人がいるものだなあ、許せん!」というような「憤り」ではなくて、「この例はさすがに酷いけど、僕も最近、ちょっとしたことでキレるようになってしまっているんだよなあ……」という「自分もこうなってしまうのではないか?」という「恐怖」だったのです。 鴻上さんが引用されている朝日新聞の記事、僕も読んだのですが、「若者ほどキレやすいのではないか?」というイメージに反して、実際に「キレている大人」は30代以降が多いのです。僕が10代の頃に抱いていた、「人は年を重ねると落ち着きが増し、精神的にも安定してくる」というイメージは、大人の「実像」とは異なるものでした。
病院でも、夜間の救急外来で、「病院のくせになんで待たせるんだ!」「うちの子に何かあったら責任取ってくれるんだろうな!」「たらいまわしにするんですか!」とキレている患者さんの対応をしなければならない場合は多いんですよね。 学校とか役所とか、「お客様第一」を謳っている飲食店とかもそうなのですけど、大人たちは、「自分がキレても、けっして反撃してこない(あるいはできない)相手」を選んでキレまくります。当たり前ですが、彼らは暴力団の事務所の前ではキレないし、この新幹線の「キレサラリーマン」もコンビニの前で大声で騒いでいる高校生に対してすら、キレられないのではないでしょうか? こんなふうに「弱いものに対してしか向けられない、鬱憤晴らしのような『キレ』」というのは、本当に、悲しいし、情けないものです。そもそも、彼らは本当に相手に対してキレるだけの理由を持っているのではなくて、自分が抱えている時限爆弾を、安全なところで爆発させてスッキリしたいだけなのですから。 でもさ、こういう「キレサラリーマン」も、会社や取引先で上司やお客さんの理不尽な言葉に平身低頭しているのかもしれないし、このワゴンのお姉さんも、買い物に行ったデパートでクレーマーになっているかもしれないんですよね。今は、そういう時代なのだと思う。
正直に言うと、僕も最近、すっかりキレやすくなりました。「お客様」である患者さんには伝わらないように心がけているけれども、看護師さんの手際が悪かったり、寝不足のときに救急車が相次いで来たりすると、「爆発する」ことがあるのです。僕の実感としては、20代、新人のときは、「嫌われてはいけない」「そんなことではこの業界で上に行けない」なんていう「ストッパー」がかかっていたのですけど、年とともに「どうせ僕はそんなに偉くなれるような人間じゃないしな」「この職場を追われても、どうせそんなに人生変わらないしな」というような「負の悟り」みたいなものが出てきてしまっているんですよね。ほんと、我ながらみっともないし、キレてしまったあとには、心の中ですごく反省するんです。 でも、その一方で、「時々少しキレておかないと、際限なく自分の仕事が増えたり、精神的に追い詰められていくんじゃないか?」という恐怖もあります。
僕には「キレサラリーマン」を責める権利はないし、僕もそんなふうに他人から見えている瞬間があるのではないか、と考えずにはいられません。 お願いだから、誰かキレずに心安らかに日々を過ごせる方法を教えてほしい……
……とか言ってたら、宗教の勧誘の人が僕のところに一斉に集まってくるんだろうなあ……なんかもう、どうしようもないや……
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| 2007年11月03日(土) ■ |
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| 『オリジナリティがない』は、バカな編集者の常套句 |
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『マンガを読んで小説家になろう!』(大内明日香・若桜木虔共著:アスペクト)より。
(コラム「バカな編集者は『オリジナリティがない』と言う」の一部です)
【あなたがデビューしたときに、最初につく担当編集者さん、この人があなたの作家人生を決めると言っていいです。いろんな意味で。 最初に優秀な編集者さんがついた人はラッキーです。あなたの人生には素晴らしい作家生活が開けていることでしょう。 最初にバカな編集者がついた人は、不運です。 ありとあらゆる場面で、この人はあなたを悩ませ、あなたの足をひっぱることでしょう。
そんなバカな編集者が連発するセリフに、
「オリジナリティがない」 「キャラが立っていない」
というのがあります。 このセリフが意味するところは、ひとつ。
「その編集者は、オリジナリティがない、と感じた作品を批評するだけの脳みそを持っていない」 ということです。
料理評論家はまずい料理を食べたときに「まずい」とは言いませんよね。どこがどう悪いのかきちんと指摘するはずです。 小説も同じこと。 オリジナリティがない、などと言うことは誰にでもできる批評です。キャラが立ってない、もしかり。 幼稚園の感想文じゃねえんだ!って感じですね。 ましてや編集者という職業は、小説を批評するだけでなく、その小説の良いところと悪いところがわかった上で、面白い作品になるよう、作家を導くのが仕事の一つでもあります。
この2つのセリフを連発する編集者は、「あなたの作品をきちんとした売れる方向に導く力」はありません。訓練されたプロとは到底言いがたい。 「オリジナリティがない」「キャラが立ってない」 と連発する編集者とはおつきあいしないことをお勧めします。 ただし。 その「オリジナリティがない」と言われた作品はやはり、読者からも「オリジナリティがない」という評価を受けることは間違いありません。
オリジナリティがないのは悪いことではありません。 問題は、「オリジナリティがない」という言葉で批判されるあなたの作品の「つまらなさ」が問題なのです。
オリジナリティがなくても面白い作品は、「オリジナリティがない」とは言われないものです。】
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「オリジナリティ」っていうのは、かなり都合よく使われている言葉なのではないかと僕も思います。 「オリジナリティが無い」っていうのは、「知ったかぶりして他人の作品に文句をつけたいとき」には、とても便利なんですよね。 そういう批判をする人に対して、「じゃあ、具体的にこの作品のどこが何という作品に似ているのか?」と尋ねても、「○○という作家の『××』という作品」と即答できることは、おそらくほとんどないはずです。 オリジナリティが無い、というような「全否定」の根拠は「いつかどこかで似たような作品を読んだことがある」というような、とても曖昧な理由であることが多いのです。考えてみれば、「オリジナリティが無い」というような批判そのものが「オリジナリティが無い」のです。
そもそも、本をたくさん読んでいる人は比較対象も多くなるので、「どこかで読んだことがあるような話」も増えてきます。そういう人たちにとっては、「オリジナリティが無い」という批判のしかたは、相手は反論しにくいし(だって、作者としては「この作品にはオリジナリティがある!」とは言えないですよね。そういうのは自分で主張するものではないだろうから)、自分の「知識の深さ」をアピールできるしで、いいことづくめ。 しかしながら、これは少なくとも、「プロの評論」としては落第点でしょうし、アマチュアであっても「他人の作品を評価しようという姿勢」としては、不誠実ではありそうです。
まあ、これは「編集者」あるいは「評論しようとする人」の話であって、普通の読者はそこまで「つまらない作品」に付き合い、「どこがオリジナリティの無いところなのか?」を分析してあげる義理はないでしょう。
ただ、僕はやっぱり、「オリジナリティが無くても面白いからいいじゃないか!と開き直った作品」よりも、「オリジナリティがある、面白い作品」を読みたいですし、創作をする人には、それを目指して欲しいと願ってはいるのです。 そういうのって、本当に稀有な作品なのだろうな、とは思うのですけど。
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| 2007年11月01日(木) ■ |
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| 「動かないアニメーション」だった『鉄腕アトム』 |
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『アニメ作家としての手塚治虫〜その軌跡と本質』(津堅信之著・NTT出版)より。
(日本初の本格的テレビアニメシリーズ作品である『鉄腕アトム』のアニメーションとしての技術的な側面)
【さて、『アトム』成立に関係する虫プロサイドの動きとして、もうひとつ重要なのは、毎週1回30分の作品を送り出すための、さまざまな技術開発である。すなわと、東映動画に代表される同業者から、電気紙芝居のような動かないアニメーションを「ひとりとして評価する者はいなかった(大塚康生『日本のアニメに期待すること』より)」とまで酷評された、さまざまな省力化手法の開発にあたっての動きである。 これについては、山本暎一が『虫プロ興亡記』で、次のように詳しく説明されている。
(1)3コマ撮り:なめらかに動かしたいときでも、1枚の動画を、従来のように1コマ撮りや2コマ撮りせず、3コマ撮りで撮る。
(2)トメ:なにかを見ているキャラクターの顔のアップなど、動かさなくてもそうおかしくないものは、トメ画にしてしまい、動画1枚ですむようにする。
(3)引きセル:人物がバストショット(筆者注・人物の胸から上を撮影すること)でフレームインするとか、車がよぎるといった、キャラクターが一方の面だけをこちらにむけ、あまり動きのない場合は、動画1枚にし、そのセルをずらしながら撮影して感じをだす。
(4)くりかえし:歩いたり走ったりするキャラクターの動きは、フレームの1ヵ所でくりかえしの動画にして、背景のほうをスライドさせる。こうすると、いくら長くキャラクターが歩いたり走ったりしても、動画枚数は6枚から12枚ですむ。
(5)部分:人物が腕をふりあげる。といった場合、本来は全身を動かすのだが、顔とからだはトメにし、腕だけを部分的に動かす。
(6)口パク:セリフをしゃべる演技は、顔をトメにし、口だけ、(5)の応用で、部分的に動かす。しゃべるときの口のかたちは、本来、いろいろあるが、閉じたのと、大きく開いたのと、中間のと、3種類だけにし、3コマ撮りでランダムにくりかえす。これだと、動画が4枚あれば、いくらでも長ゼリフが可能になる。
(7)兼用:同じ動画を何カットにも兼用する・似たような演技なら兼用でまにあわせてしまい、演技のデリケートなちがいなど無視する。
(8)ショート・カット:ワンカットが長いと、キャラクターをいろいろ動かさないといけないので、短いカットにする。また、前項までのようなチャチな動きでは、ワンカットを長くもたせられないので、その点でも短いほうがいい。
やや専門的な内容も含まれているが、(1)にある「3コマ撮り」とは、ディズニーやディズニーを手本とした東映動画をはじめとする「国際標準」が1秒あたり24枚(1コマ撮り)か12枚(2コマ撮り)の絵を使用していたところ、1秒あたり8枚(もしくはそれ以下)の絵を使用したという意味である。つまり、映画用のフィルムは1秒あたり24コマであるため、3コマで1枚の絵を使用するという計算になり、「絵が動いて見える」ギリギリのラインと計算したようであるが、かなり荒い動きに見えたことは間違いない。また、たびたび使用されるフルアニメーションとリミテッドアニメーションという語の意味であるが、(6)にある「口パク」のように、喋る時に口だけパクパク動かすといった限定的な動き(リミテッドアニメーション)に対して、全身を豊かに動かす方法がフルアニメーションである。(ときどき1コマ撮りまたは2コマ撮りのことを「フルアニメーション」と呼ばれることがあるが、これは本来の意味からすると誤りである) こうした「省力化」の結果として、『アトム』は1話20数分に使用する動画枚数は1500〜1800枚に収まることになった。これは、当時の東映動画が制作していた長編アニメーションに比べると、10分の1以下の枚数である。しかも、話数を重ねると、(7)にあるように、兼用できる動画のストックが増えてきて(これは後に「バンク・システム」と呼ばれるようになり、多くの後続のアニメスタジオが多用した)、1話にあたって新規に描く動画枚数はますます減っていったという。 ここで押さえておきたいのは、こうした省力化手法がどの程度「画期的」なものだったのかという点である。確かに、当時長編アニメを主体に制作していた東映動画の作品は、ディスニースタイルに近いフルアニメーションで制作していた。そうした従来のメジャー作品に比較して、あまりにも「動かない」アニメであったため、同業者はおろか、虫プロ内部のスタッフでさえ、当初は呆れながら作業することもあったようである。】
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僕は「日本初の本格的テレビアニメシリーズ作品」として放映された、白黒の『鉄腕アトム』をリアルタイムで観ていた世代ではないのですが、この内容にはかなり唖然としてしまいました。 「日本のテレビアニメの先駆者としての『鉄腕アトム』」として、半ば「神格化」されているこの作品を支えていたのが、こんな「手抜き作業」だったなんて! もちろん、当時の日本の技術や毎週20数分というスケジュールを考えると、こういう「効率化」も致し方ない面はあると思います。とはいえ、「伝説の名作」が、【あまりにも「動かない」アニメであったため、同業者はおろか、虫プロ内部のスタッフでさえ、当初は呆れながら作業することもあったようである。】なんて話を聞かされると、やっぱり興醒めしてしまいますよね。『鉄腕アトム』は、日本のテレビアニメの良く言えば「効率化」、悪く言えば「手抜き」の先駆者でもあったわけです。 このような『アトム』の制作姿勢に関して、「キャラクターの動きこそがアニメの魅力であり、価値なのだ」と考えていた人たちは、強い嫌悪感を抱いていたようです。
この本のなかで、著者の津堅信之さんは、手塚治虫さんの没後に掲載された、宮崎駿監督のインタビューの一部を引用しておられます。
【「アニメーションに対して彼(手塚治虫)がやったことは何も評価できない。虫プロの仕事も、ぼくは好きじゃない。好きじゃないだけでなくおかしいと思います」 「昭和38年に彼は、1本50万円という安価で日本初のテレビアニメ『鉄腕アトム』を始めました。その前例のおかげで、以来アニメの製作費が常に低いという弊害が生まれました。それ自体は不幸なはじまりではあったけれど、日本が経済成長を遂げていく過程でテレビアニメーションはいつか始まる運命にあったと思います。引き金を引いたのが、たまたま手塚さんだっただけです。ただ、あの時彼がやらなければあと2、3年は遅れたかもしれない。そしたら、ぼくはもう少し腰を据えて昔のやり方の長編アニメーションの現場でやることができたと思うんです」】
このインタビュー、僕はリアルタイムで読んだ記憶があるのですが、宮崎駿監督のこの発言は「正論」なのか「死者への冒涜」なのか、当時はすごい話題になったものです。僕は正直、こういう「死者に鞭打つ」のって感じ悪いなあ、と思っていました。 でも、この「鉄腕アトム方式」のおかげで、「本当にキャラクターが動くアニメーション」を作ることができず、週1回、30分枠でのやっつけ仕事をやるのが「当然のこと」だとみなされるようになってしまったアニメ職人たちにとっては、「日本初のテレビアニメシリーズ作品」が『鉄腕アトム』であったことは、まさに悲劇だったのです。 あんなのを「基準」にされちゃたまらない、と彼らはずっと嘆いていたはず。
アニメ『鉄腕アトム』は、間違いなく「歴史的な作品」ですし、「日本のアニメーションを変えた作品」です。 しかしながら、『鉄腕アトム』は、少なくとも当時の「理想のアニメを目指していた人々」にとって、「理想の作品」ではなかったのです。 もしこういう妥協がなければ、日本のアニメーションはどうなっていたのか? もっと素晴らしい作品がたくさん生まれていたのかもしれないし、儲からないために誰も見向きもしなくなり、「絶滅」してしまっていたかもしれません。それは、たぶん誰にもわからないことです。 僕は、「『鉄腕アトム』って昔のアニメだからこんな荒い動きで当然だよな」って思いこんでいたけれど、当時の人たちは、いったいどう感じていたのでしょうか? 素直に「動くだけですごい!」って思っていたのかな……
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