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吉井和哉にあって○○にないモノ - 2002年03月26日(火) 音楽誌が書かないJポップ批評に、ちらりと 我等が吉井和哉へのコメントが書かれていると聞いて 早速読んでみた。ある著名なバンドのボーカリスト研究本だったのだが 「吉井和哉にあって○○にないモノ」という比較が面白い。 曰く、「吉井和哉にあって○○にないモノ」はエロスなのだそうだ。 吉井は「女性を受け入れて調教する」「文学にたとえるなら官能小説家」 「音楽にストイックだけど、生来のフェロモンがある吉井はビジュアルや キャラクター性にも力を注いできた」のだそうだ。 へぇ〜、そうかあ??? 「官能小説」は言えてるだろうが、《調教》はされる側じゃないのかあ?(笑) 独特の艶めかしさは有るだろうが、雄のフェロモンとは違う気がするけどなあ。 私の目が腐っている所為かも知れないけれどもね。 それにしても、吉井和哉のソロ・ワークメンバーはまだギターが 見つからないらしい。 古くからの馴染みのバンドマンに声を掛けて断られたとか...。 正直、吉井ってミュージシャンから見て、一緒に演ってみたいっていう 魅力に欠けているのだろうか?どうなんだろう。 ただ待つ事しか出来ないけれど、吉井がナニかを作ろうとしているなら スムーズに事が運んで呉れたらなあと思う。 こちらがアッと驚くような斬新な人選ってのも期待してるのだけれどね。 この雑誌に載っていたジョン・レノンライブで歌う吉井和哉の横顔は やっぱり良いなあ。早くあなたの歌う姿を見たいよ。 続、想いを伝えるという事 - 2002年03月10日(日) 高みから見下ろして笑ってる場合じゃないと思う。(暴言?) このままじゃ危険があると知りつつ、事の成り行きを 鼻で嘲笑って見ている風潮がある事に憤りを感じる。 今自分は何が出来るか、何をすべきかって真剣に考えて 賛成派も反対派も意見を出しているのに(私は未だ考えるだけで 書き込みはしていないが)、熱い議論を酒の肴のようにしてるなんて 私は、そちらの方が悲しく思う。 一昨年のドームライブの時も一部のファンの間で 「バラ色の日々」を合唱しようという企画が持ち上がった。 あの時は、その呼びかけはステージ上の演出の妨げが出る畏れがあるという事で 立ち消えになり、正直私はホッとした。 東京ドームではアンコール時に、ある一人の女性の働きかけから スタンドにウェーブが起こった。最初はバラバラだったウェーブが次第に 大きく揃って大きなウェーブを形作っていった。 私はWOWOWの画面で見ていたから、暗くて良くは判らなかったが 湧き上がる喚声と人の波は見て取れた。 あの光景はメンバーもとても嬉しかったと思う。 やらせじゃあダメなんだよ。自然と気持ちが一つになるんじゃ無いと。 自己満足でなく、押し付けでなく、周囲に及ぼす影響と結果を熟考してから じゃないとね、若さゆえの衝動は危険だよね。 どうすればいいんだろう。何か私に出来ることは無いだろうかと考える事は 傲慢なのだろうか。 想いを伝えるという事 - 2002年03月09日(土) Yahoo!のトピで「7月7日に『JAM』を購入してオリコンチャートに ランクインさせようという企画がある事を知った。 何故今「JAM」なのか?何故オリコンランキングに入れる意味がある? それを企画しているサイトへ行ってみた。 「メンバーに我々ファンの想いを伝えたい」「奇跡を起こそう」と 呼び掛けていた。 メンバーへ「熱い想いを伝えたい」その気持ちは判る。 しかし今回のこの企画はメンバーにとっては、はっきり言って 迷惑でしか無いだろう。 先ず「JAM」について、イエローモンキーにとって大切な曲だという事が 選考基準だそうだが、私は「JAM」がイエローモンキーの代表曲として 扱われる事に、実は違和感を感じている。 “外国に飛行機が落ちました”という衝撃的なフレーズの所為で 社会的な歌として認識され勝ちで、昨年のニューヨークテロ事件の時も 「JAM」が取り沙汰されたりしていたが、私は「JAM」は孤独で無力感に 打ちひしがれた夜に『ただ君に会いたい』と願う、極めて個人的な内面を 見詰める愛の歌だと思う。 この曲はイエローモンキー最大に世間に認知された曲になった。 売上は「BURN]67万枚に次ぐ約60万枚である。 「JAM」は発売までのあれこれが在った所為で必要以上に ドラマティックに成って仕舞った曲だろう。 かつて吉井和哉は「BRIDGE」誌で『JAMが売れた事で安心した。』と語った。 けれど、両A面となった「TACTICS」の存在を忘れてはいけない筈だ。 人気アニメ「るろうに剣心」の主題歌であった事は大きな意味を持っていたに 違いない。 「JAM」が急遽60万枚という売上を達成してしまった事で イエローモンキーは負わずに済んだかも知れない余計な重荷を 背負ってしまったのだろうか。 【日本のロックを】という大きすぎる使命を自らに課さなければ その後の彼等の活動はもっと楽に為っていたのではなかろうか。 そう考えると「JAM」にもう一度日の目を当てようとする今回の企画は 二重の意味でメンバーにとっては酷なのでは、と思う。 企画サイトでは7月7日に一斉に有線へリクエストをするとか、7月7日の日付で メンバーに想いの丈を綴った手紙を出そうという提案もされていた。 私はこれは良いと思う。(私はモンキーの誕生日の12月28日に 「真珠色の革命時代」を聴きたいと個人的に思う。) 大体オフィシャルのVOICEに書き込んでも、特にあの吉井氏がマメに読むとも思えず (ある程度たまったら事務所の人がプリントアウトしてメンバーに渡しているとは思うが) 我々ファンの想いを伝える手段は手紙しかない。 『単なる自己満足であり愛の押し付けに過ぎない』 確かに私の現状もそれに違いないのだが、企画している代表者やサブリーダー達の 若さ、純粋さが眩しくもある。 「ただ待っているだけじゃ嫌。何か行動に移したい。奇跡を起こしたい」 そう願わずに居られない、その気持ちも判る気がする。 ただ制止するのではなく、メンバーも発起人達も後味の悪い思いをせずに済む 上手い方法があれば良いのに、と思う。 本当にねえ、イエローモンキーのお兄様方達、罪な男達だなあ。 こんなに乙女心を悩ますのだもの。 Ev'rything's gonna be alright - 2002年03月04日(月) 随分と久し振りにイエローモンキーのサウンドエンジニアを担当して いらした宗 元祐氏のHPへ行ってみた。 《今年こそ?いい音出しますので誰か仕事下さいよ〜。》という コメントにチクリと胸が痛んだ。 実は、コレは私が初めて言葉に出す事なのだけれど パンチドランカーツアーが終わった時、吉井和哉は 『イエローモンキーのライブを創り上げる全てのスタッフ、つまり ステージを設営、照明、音響、運営それらを担うスタッフはイエローモンキー 専属に為って欲しい。それは凄く大変な事だろうけれど、自分は 彼ら全員を背負って立つ、そういう事を目指したい。』そう話していたよね? 私は、その発言を聞いた時は「何て思い切った事を言うのだろう。」と、 そしてその後彼等の活動休止が発表された時には、「あの時吉井の発言を聞いた スタッフは正直今回の彼等の決定をどう捉えたのだろう?」と気掛りだった。 モンキーライブをメインでやっておられた方々は随分と影響を受けた事だろう。 それはライブという水物を相手の商売なのだから仕様が無いとも言えるかも 知れないが、吉井のアノ発言に「裏切られた」と感じた人も居たのじゃ 無いだろうか。 私が今ここでそんな心配をしたってどうにもならない事なのだけれど。 宗さんのP.Areviewの最新版THE YELLOW MONKEY“メカラウロコ8” 【2001/1/4 大阪ドーム】【2001/1/8 東京ドーム】を懐かしく見直す。 吉井和哉が自分でCD-Rに焼いて宗さんに託した客出しBGMのキッタナイ文字 �.泪ぅΕД� �▲痢璽Α璽泪鵐痢璽�ライ これを見たらあの時の光景が思い出されて、涙が溢れてきた。 “Ev'rything's gonna be alright No, no woman, no woman, no cry Oh, little darling, don't shed no tears No woman, no cry ” “きっとすべて上手くいく だから女よ 泣くな 涙を見せちゃいけない ” 1/8の特別おまけ【宗さんと並んでピースしてるアニー】 良い顔してるね。ステージのイエローモンキー(三国さんや宗さんや イエローモンキーを創ってくれる皆んな全部ひっくるめて)に早く逢いたい。
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