あの頃私は。。。
「『イエーイ』は平仮名で『いえ〜』ね。
で、後ろに星。白抜きの『☆』ね。『いえ〜☆』ね」
おとといの、カメラマンさんとの打ち合わせで
彼は、そんなこだわりを見せました。
スナップ撮影の打ち合わせと試し取りが終わって
中座中に流すビデオの打ち合わせでのコトです。
試し取りは、なかなか順調でした。
撮った写真はCD-ROMにしてくれて、後で彼の家で見たトコロ
結構よく撮れていました。
カメラマンさんには、どうすればキレイに写ることができるかをレクチャーしてもらいました。
そんなに緊張しなかったな。
だって、彼がおもしろいんだもん。
あとは、本番に合わせて訓練するだけ。
「いえ〜☆」は
私がメールを送る時に、よく使っているコトバです。
彼のこだわりは、そこからきていたのです。
彼は、私のメールや日記でのコトバを結構覚えているの。
うれしいやら、恥ずかしいやら。
でも、
・・・なんか、いいよね。
あの頃私は。。。
今日は、待望のマリッジリング作りの日です!
デザインは定まらないままだけれど、何とかなるさ☆とノンキに構え
約束の11時に現場に到着。
工房には既に、作業を開始しているカップルもいて
なかなかの賑わいでした。
まず、デザインの確認。
最初の打ち合わせから、随分日にちが経っているからね。
私は指環に入れる石を迷いだしていたので、あーでもないこーでもないと
石をとっかえひっかえしながら、迷う迷う。
それでも、いろいろアドバイスを受けながら
どうにかイメージが出来てきたので、次の作業へ。
指環に刻むコトバを決めて、刻印する練習です。
銅板を指環の幅と長さに合わせて、型をトンカチで打ち込むのです。
コトバは大体決めていたんだ。
でも、文字数が多い。
だから、上手く文字を入れるのに
ちょっと苦戦しました。
相手の指環を作ることにしたんだけれどね。
私の指環は、彼のに比べると幅もないしサイズも小さいから
彼はとても大変そうでした。
もともとぶきっちょだしね。
そして、いよいよ本番です。
プラチナの板に刻印します。
作業を進めるうちに余裕も出てきたし、アイデアも浮かんできて
楽しくなってきました。
工房の人たちに補助してもらいながら刻印が終わると
プラチナの板を輪っかにする作業をします。
そして溶接。
まん丸にカタチを整えて、ここまで。
ここからは、工房の人にお任せです。
磨き加減や、石の留め方を確認してから
やっとお昼。
14時になるところでした。
しばらく外を散歩してから、15:30に工房に戻ると
出来上がっていました。
んもう、素晴らしい出来!
うっれしいなぁ♪
サイズを確認して、写真撮影。
結婚雑誌やHPに載るかもしれないとのコト。
もう、コソコソする必要ないんだもんね〜。
出来上がった指環が素敵すぎて
彼はすぐにでも身に付けたそうでした。
でも「ダメ!」って言って、封印しました。
夕食は彼のご実家で御馳走になるコトになっていました。
ママリンとパパリンには見せちゃおうかな???
なんて、持っていったのだけれど。
やっぱりママリンは「当日までとっておきなさい」と言いました。
そうだよね。
とっておきのお宝なんだもの。
でも。
あ〜、早く見せびらかしたい☆
あの頃私は。。。
今日は、打ち合わせ2回目でした。
今まで、いろいろな友だちの結婚式に出席してきて
様々な結婚式を見てきて、やりたいコトがいっぱい出てきたのに
時間の都合などで、やれることは本当に限られてしまうということを実感しました。
打ち合わせでは、お料理の内容・挙式形体・タイムスケジュール作成をしました。
友だちの結婚式では、スピーチや余興をいくつもやっていたような気がするのに
2つが限界なの。
レストランは披露宴時間が短いらしいと聞いたコトがあるけれど
ホントなのかも。
あんまり長くても飽きちゃうから、ちょうどいいかもしれないけれどね。
それにしても、誰彼かまわず余興を頼まなくてよかった。
何組出来るか確認してから、お願いしようということになっていたからね。
厳選しないと。。。
あの頃私は。。。
今日は、同期の友だちのピアノの発表会でした。
とっても上手いんだよ〜。
毎年楽しみにしています。
で。
今日初めて、同期のいる所に彼と一緒に出かけたのです。
なんだか、ちょっと落ち着かない。
でも、彼は相変わらずなんだよ。
余計に落ち着かないなぁ☆
お花を持って、同期にご挨拶。
お花、とってもよろこんでくれました。
その時、彼女は彼の手に注目。
彼は左薬指に指環をしていたのです。
それを突っ込まれると、得意気に「うん。ペアリング」だって!
いくら、今まで誰にも話せなかったからって
そんなにうれしそうに言わなくても〜☆
ますます恥ずかしくなっちゃったよ。
指環は、私たちが付き合い始めてすぐの時に買ったんだ。
ちょっと太めの、シルバー。
私は中指に、彼は薬指にするように。
私たちの付き合いは、周りに内緒だったから
普段は、私しか身に付けていないのだけれど。
私の、お守り。
でも、もうすぐ
マリッジリングを作りに行く。
私にとって、プラチナはとても神聖なものなの。
とっておきの時に身に付けようって決めていたんだ。
だから、プラチナのアクセサリーは持っていないんだよ。
婚約指環を貰って、身に付けた時のあの輝きは
一生のものだよね。
そして。
私たちが作るマリッジには、どんな思いが刻まれるのだろうね。
あの頃私は。。。
当日に、私たちがやる余興。
少し前に課題曲が決まって、彼はもう練習を始めています。
彼の譜面に合わせたコードを、彼のピアノのセンセイに書いてもらっていたのですが
それをウクレレ教室のセンセイにチェックしてもらっていました。
本当に初心者の私でも出来るように。
大感謝です。
センセイは、コードはそのままにして
指押さえの図を全てに描いてくれていました。
「大丈夫だよ」って、言ってくれました。
ありがとう。
後は、私が練習するだけなんだね。
彼の足を引っ張らないようにしなくちゃ。
頑張るぞぉ☆
あの頃私は。。。
今日は、招待状の封筒のノリ付け。
とりあえず、彼の分をね。
私の分は、あとで私が自分でやることにしました。
昨日から、郵送の人に同封する
簡単な手紙を書き出したの。
できるだけ、自分で手渡ししたいのだけれど
なかなかそうもいかないからね。
なので、手紙を書いた順に少しずつ封をしようと思って。
おととい、封入の作業をした後に
招待状の封をするのに使うシールを買いに行きました。
売り場に着いてビックリ!
ブライダル商品の数の多さに。
招待状は勿論、たいがいの小物は自分で作れるようになっているの。
全て、自分のセンス次第。
上手く利用すれば、かなりのコストダウンになるんだろうな〜と思いました。
ともかく、作業開始。
私がノリを付けて、彼がシールを貼って。
作業はあっという間に終了しました。
あとは出すだけです。彼の分は。
そこで。
私は、今日これから逢う友だちのコトを思い出しました。
今日は稽古日だったのです。
なので3通だけ、私の分も封をして
持っていくことにしました。
3通だけれど、いよいよ配付です。
みんなどんな顔をするんだろう???
ワクワク☆
渡すと、反応は上々でした。
かわい〜♪ってね。
私たちは、とってもうれしい気分になりました。
自信作だったもんね。
あ〜、よかった。
いよいよなんだ。
あの頃私は。。。
「あなたは優しいから、女友達に相談されたら放っておけなくて
夜通し付き合っちゃうんだろうね。
それで情が移っちゃったりするかもね。つまんない☆」
って、私が言ったら彼は
「じゃあ、一緒に夜通ししよう」
って言いました。
それが、なんだかとっても
うれしかったです。
彼は、もっと私に妬いてほしいみたいなのだけれど
それはガマンなのだ☆
あの頃私は。。。
今日は、招待状の封入をしました。
宛名書きも済んだことだしね。
封筒と返信用のハガキに切手を貼り
招待状と、同封するものをもれなく封入する。
同封するのは、返信用のハガキと
会場案内図と、ゲストカード。
ゲストカードは、家で住所等を書いて持ってきてもらって
それを記帳の代わりにするのです。
私は、こういう内職シゴトってキライじゃありません。
そして、結構やり方が細かいかも。
封筒の数だけハガキと、会場案内図とゲストカードと切手を用意してから作業します。
絶対に間違うことのないように。
シゴトでもそう。
私だけのやり方が、ある。
でも彼は、そんなことはしない。
そんなことしなくても大丈夫だと思っているから。
彼はとても合理的。でも、適当すぎるトコロもあります。
シゴトでも、普段の暮らしでも。
あの頃私は。。。
新橋で、学生時代からの友だちに逢いました。
彼女も、先日結婚が決まったんだ。
そのお祝いを兼ねて、久しぶりにお喋りしようというコトになったの。
婚約指環を身に付けてきた彼女は、とっても幸せそうだったけれど
これからのコトを思って、気を引き締めているようでした。
ハナシを聞くうちに、私も身の引き締まる思いがしてきました。
私の方が、結婚は早いのにね。
彼女の不安は、これからのこと。
彼の家族と上手くいくかどうか。
彼が自分の家族と上手くいくかどうか。
彼と自分の家族が上手くいくかどうか。
親族との付き合い方の違いなど。
事情が複雑な上に、不安を掻き立てる出来事もあったために
不安が増しているらしいのです。
「きぬちゃんトコはどうだった?」
そう聞かれる度に、言葉に詰まりました。
私には、そういう不安があまりないからです。
結婚式に親族は呼ばないし。
結婚式のカタチは全て任せてもらっているし。
彼は私の家族と、今のトコロ上手くいっているし。
彼の家族にも、よくしてもらっているし。
でも、今はそう感じていないだけで
今後そう思うコトがあるかもしれない。
今のこの状態が、とても幸せなことなのだと実感しました。
だって、彼は選べても
彼の家族は選べないんだから。
そして、環境が全く違うところで生きてきた人間が
寄り添って生きていくということは
本当に大変なんだと思いました。
だから、素晴らしいのだと。
彼女のハナシを聞くコトしか出来なかったけれど
彼女の気持ち、少しは楽になっているといいな。
そして、まだまだ話したりなかった私たちは
結婚式直前だというのに、10月に旅に出ることを決定。
いいのか〜???って周りには言われたけれど、いいのだ!
だって、お互い独身最後なんだもん。
不安なんて、ぶっ飛ばすぞ〜☆
あの頃私は。。。
| 2002年08月15日(木) |
きぬ@焼き肉パーティー |
今日は家族で焼き肉です。
もちろん、彼も一緒に。
会場は、きぬ宅の駐車場。
そこに電気を引っ張ってきて、テーブルと椅子を用意して。
楽っしいね〜♪
あの頃私は。。。
今日、遂に宛名書きをしました。
全部で50人ちょっと。
私は、私たちがやる作業の中で
宛名書きが一番大変だろうと思うくらいだったのですが
どうも、彼はそうではなかったみたいでした。
最初はシルバー人材とかで代書してもらおうかと思っていたのですが
彼が「自分たちで書こうよ」と言ったので、結局自力でやるコトになったのです。
「ホントにいいの?」って何度も念押ししたけれど、大丈夫って言い張るんだよ。
「そんなの、すぐ終わるって」って。
どうも、甘いんだよな〜。
だって、ここ何年も年賀状を書いていなかった人が
20人もの宛名を、しかも毛筆で書ける?ホントに???
字に自信があるって訳でもないだろうに。
予感は的中。
いざ、墨を擦って書いてみると
「書けな〜い」「もうやだ〜」「ボールペンにする〜」
なんて、1枚目にして投げ出す始末。
「なんでよ。自分で書くって言ったんでしょ」「ボールペンはダメなの。毛筆なのっ」
って言いつつも、こちらも苦戦。
せっかく書いても、切手を貼るトコロがなくなっちゃったりして。
ハラハラと見守る、我が家族。
特に父親は、2人のあまりの腕前にサインペンを探し出しはじめちゃった。
「もういいっ。筆はやめるっ」
遂に、彼は筆を諦めてしまいました。
でも、宛名書きは辞められない。
仕方なく、筆の代わりになるものを買いに行きました。
結局、買ったのは筆ペン。
でも、さっきの筆よりはマシらしく
腹を決めたのか、一気に書き上げたのでした。
上司だろうが、容赦なく。
ほら、結構疲れたでしょ?
でもこれで、いよいよって気がしてきたね。
あの頃私は。。。
披露宴の最後に渡す、双方の両親へのプレゼントの準備をしました。
中身は秘密です。
喜んでくれるかなぁ。
ちょっと心配です。
招待状、無事届きました。
ふう、よかった。
あの頃私は。。。
昨日、北海道から帰ってみると
頼んでいた招待状が届いていました。
中身を確認すると、1ケ所ミスプリントを発見したのです。
頼んでいた枚数全て、それで印刷されていました。
それで今日、電話をしてみました。朝イチで。
お盆も近いから、既に夏休みかなと心配だったのだけれど。
電話は繋がったのですが、担当の人はいませんでした。
それで、状況だけ伝えて
後で電話してもらうことにしました。
電話に出た人が、14日まで出てこないようなコトも言っていたので
ちょっとハラハラしてきました。
やり直してもらうにしても、日にちがかかっちゃうからね。。。
こういう時、お盆休みって困りもの。
特に私たちが勤める会社は、夏休みを自由に決めていいので
かえってお盆に休む人は少ないくらいなの。
世間はお休みが多くて、通勤が格段に楽になるし
お客さんも少なくなるから。
でも、会社に連絡取り難いから
普段どおりのシゴトというわけにはいかないのだけれど。
ともかく。
連絡を貰うことにしたのだから、待つしかありません。
すると、お昼過ぎに電話。
担当さんからでした。
あれ?お休みだったのでは???
まぁいいや。
結局、明日着でやり直してくれるということでした。
あ〜、よかった。
これで、ひと安心です。
いよいよ宛名書きだ!
あの頃私は。。。
昨日、北海道に行って
今日、帰ってきました。
それは、イラストを描いてくれた友だちに会うため。
ちゃんと会って、感謝の気持ちを伝えたいって思ったの。
彼女も忙しいのに、無理を言って
その上、ガイドまでしてもらいました。
私も彼も、観光で札幌に来たのは初めて。
だから、彼女が立ててくれた基本コースで。
時計台・大通り公園・テレビ塔・赤道直下の生き物展・北海道神宮・赤れんが・羊ヶ丘展望台。
2日間、いっぱい歩いて
いっぱい食べて、いっぱい話して
とにかくいっぱい笑いました。
初めて逢った友だちは、とっても素敵な人でした。
最初はお互いにちょっと緊張したけれど、すぐに自然に振る舞えて。
これから先も、もっともっとずっと仲良く出来そうな気がしました。
彼女の高い志も目の当たりにしました。
私は、本当にすごいなって
大切にしてほしいなって思いました。
彼も、彼女をとにかく気に入って
応援したいねって、ずっと言っていました。
彼女は、私たちをどう思ったかな。
これまでと変わらず、いい関係でいられるかな。
彼女が描いてくれたイラストを基に作った招待状が
出来上がって、手元に送られてきています。
本当にありがとう。
これからも、どうぞよろしくね。
あの頃私は。。。
| 2002年08月09日(金) |
きぬ@ブライダルチェック |
こういうのって、しなきゃいけないものだと思っていました。
この年齢になれば、関係した人は複数いるわけだから
身もココロもクリーンな状態でヨメに行きたいじゃない?
子どもが欲しくなった時に、足留め食うのも嫌だし
子どもが出来た時に、それが原因で最悪なコトになってしまうのはもっと嫌だ。
私はあの時、これ以上の犠牲は絶対に作らないと決めたのだから。
「ブライダルチェックしよ〜」って私が言った時、
彼はあっさり「いいよ」って言いました。
それで今日、お医者さんに行ったの。
その病院には私は婦人科で、彼は皮膚科でかかっていて
同じセンセイなので、お互いに少しハナシは聞いていたのだけれど。
受付で1番を取って待っていると、看護婦さんに呼ばれたのです。
「どこまで検査しますか?」と聞かれました。
どこまでって???
戸惑う2人。
どうも、検査は保険が使えないので
検査1つ1つに費用が結構かかってしまうそうなのです。
だから、何を検査するのかハッキリさせないといけないとのコトでした。
しかし、そんなの考えていませんでした。
一般的な感染症の検査でいいよね、と彼と話していると。
看護婦さんが、こう聞いてきたのです。
「それで、診断書は必要なんですか?」
ん?
どうしてそんなのが必要になるんだ???
と、そこで気が付きました。
たぶん、病院側と私たちの認識は大きく離れているのだと。
私たちは、お互いの安心の為に検査を受けようとしているけれど
病院側は、例えば双方の親などに出す資料のように捉えているのかもしれません。
お互いが健康であることが条件で、その証拠を提示しなければならないというような。
なんだか、そういう認識の違いがハッキリ見えてしまったので
積極的に検査をしようという気持ちが薄らいでしまいました。
だって、彼は私以外に関係していないし
私はピルを飲んでいるから、定期的に検査することになっているし。
この間の検査では大丈夫だったし。
だから、検査は辞めてしまいました。
結局、来月のピルを貰っただけ。
あ〜、せっかく彼も一緒にシゴトを休んだのにな。
勿体なかったな。ごめんね。
でも、最初に話した気持ちは変わっていません。
子どもを作るって決めて、ピルを止める時
改めて検査するつもりです。
感染症は、今が大丈夫だからって
ずっとそうとは限らないしね。
それなら、少し後になって必要になった時の方が
病院側にも受け入れられそうだよね。
彼が、解ってくれてよかった。
私は、次の生命は絶対
何があっても、守っていく。
あの頃私は。。。
今日は末広がりの、いい日。
和装の前撮りをしました。念願の。
この日の為に、前日にはネイルとエステに行ったんだよ。
もう、気合いは入りまくりです。
しっかりと腹ごしらえして、現場に行きました。
だって、いっぱい着るもんね。
白無垢と、色打掛と黒の引き振袖。
ワクワクです。
写真館に着くと、さっそく着付けが始まりました。
「お嬢様、どうぞ」
その言い方にビックリ!
彼は「新郎さま」なのに。
今日はお祝い事で、特別な日だからいいのだそう。
彼に「お嬢様は子どもなんだよ」って、からかわれました☆
メイクは、宝塚のようでした。
白というより、ピンクに近い白粉
目元もクッキリ縁を取って、付けまつげ!!!
私のまつげは、結構長くてボリュームもある方なのに。
それでも足りないの?
ひえ〜。初めてだよ〜。
しかも、付けたまつげのボリュームといったら。
それで蚊を叩けるくらいなんだよ。
出来上がったメイクは宝塚そのもので、とっても心配になりました。
ホントに大丈夫なのかなぁ。。。
メイクの後は、カツラです。
髪をキッチリとまとめて、カツラを乗せました。
すると、耳もとでカチカチッ☆と音がします。
このアジャスターで頭に合わせていくのです。
おかげで、このカツラの重いこと。
時代劇のカツラは当然特注なので、もっともっと軽いらしいです。
最初の衣装は白無垢に綿帽子です。
カツラと衣装でバランスはどうにか取れたものの、やはりまつげが気になります。
でも、プロを信じて
いざ、撮影!
あち〜。。。
スタジオは、とっても暑いのです。
照明も強いし、衣装は重いし。
しかも、私たちの位置を決めると
カメラマンさんが、衣装の柄がキレイに出るようにクリップで留めていくのです。
それで衣装がカラダに密着して熱が籠って、余計に暑く感じるのでした。
カメラマンさんは女性で、男性のアシスタントが付いていました。
色々なカットで、デジカメもスチールも使って沢山撮ってくれました。
しかし、暑い。
私は、顔が汗をかきやすいので
気が付くと、メイクさんがこまめに汗を拭いてくれました。
冷房も強めにしてもらいました。
色打掛、黒の引き振袖と
順調に撮影は進みました。
最初は表情も固かったのですが、彼とハナシをしているうちに和んできました。
だって彼が、面白い顔をした後で
「俺の顔を思い出すんだ!」って撮影の度に言うのだもの。
おかげで、いいのが撮れました。
相変わらず、暑かったけれど。
しかも、だんだんカツラに圧迫されて
コメカミが痛くなってきたんだよ。
なので、最後の写真の笑顔は
取って付けたようだったかも。
終わって、全部外した時の爽快感はたまらなかったです。
着替えを済ませると、デジカメで撮った写真はPCで見られるようになっていました。
その中で好きな写真を選び、スチールを現像してアルバムにするのだそうです。
意外や意外、なかなかよく撮れていました。
付けまつげも自然なカンジで。
それが一番心配だったのだもの。
とっても安心して写真を選べました。
1ヶ月後に出来上がるそうです。
安いところを選んだはずなのに、最終的には結構な出費。
でも、仕方ないか。
好きなコトは全部出来たしね。
帰り道で、彼が
「ホントは和装やりたかったよね。。。ごめんね」と言いました。
でも今回の撮影で、私は本当に満足したのです。
あの衣装の重さ。
あれを着て、お式から
場合によっては披露宴まで、こなさないといけないのです。
参る。本当に。
ずっと笑顔でいる自信ないよ。
だから、写真でちょうどよかった。
心配する必要なんてないよ。
当日が、本当に楽しみになってきました。
あの頃私は。。。
昨日の帰り道。
地元の駅から駐車場まで、2人でのんびり歩いていました。
手を繋いで。
今までは、同じ所に行くにも
同じ会社なのに時間差で出て、2・3駅先で待ち合わせていたのです。
隠していたしね。
でも、もう公表したから一緒にということになったの。
誰の目を気にすることもなく、彼と歩く。
それはずっと願っていたことで、とてもうれしかったけれど
なんだかとても、気恥ずかしかった。
だから、行きは手を繋げなかったの。
彼は、それが寂しかったようだけれど。
「まだ?まだ?」って何度も手を取ろうとしていたけれど。
帰りは夜だし、恥ずかしかった気持ちも落ち着いたので
手を繋いで帰ることにしました。
そうしたら。
バッタリ、今まで一緒にシゴトをしていて4月に異動した先輩に会ったの。
ハナシは聞いていたようで、「おめでとう」って言われました。
私たちも動じることなく、「ありがとうございます」って言いました。
たったそれだけだったけれど、とってもうれしくなったよ。
ああ、こういうカンジなんだ。
見つかることを恐れて、コソコソしていたのから解放されるって。
清々しい気持ちになりました。
もういいんだ。
私たちは、ずっと一緒にいるのだから。
あの頃私は。。。
御招待状の打ち合わせに行きました。
出来上がったサンプルを見て、大感激。
2人で「おおおぉ〜っ」って、声を上げちゃいました。
とってもオシャレで、かわいいんだよ。
お友だちのイラストが、随所に生かされて。
イメージ以上。
出来上がりが楽しみになりました。
これで校正が通れば、お盆前には出来上がった招待状が手元に届きます。
このデザインをベースに席次表も作ることになります。
9月、招待客が固まる頃
本格的な打ち合わせが始まります。
私たちだけの結婚式。
少し、カタチが出来てきた気がしました。
あの頃私は。。。
きぬまろのフトコロは、かなりの経済危機です。
しばらく作っていなかったしなぁ。。。
なので、これからは頑張ります!たぶん。
今日のメニューは
ナスとツナトマトソースのパスタ
ジャガイモの肉巻き
で、ございます。
久しぶりに、私の適当さ加減が発揮されたお料理といえるでしょう。
風の向くまま、気の向くまま。
味に多少の不安あり。
でも、美味しいと言ってくれたのでよかったよ♪
私が、一生懸命に作るのはまろの為だけなんだからね。
2人で協力しあえたからこそ、美味しく出来たんだね。
【きぬ】
うんうん。美味しく出来たよねー♪
肉巻きは相方の得意料理です。
焼肉のタレを使うのがポイントなんだね。
パスタも見事な連携でうまく作れました。
ただ、もう少し味が濃くても良かったかな。
【まろ】
あの頃私は。。。
家族で、みんなで写真を撮らなくなってどれくらい経つのだろう。
もしかしたら、妹の七五三以来かもしれない。
いつも誰かが、残りの3人を撮っていた。
それもいつだかなくなった。
「みんなで泊まりに行こう」って、父親が言い出した。
滅多にないことだ。しかし言いっぱなし。
いつもいつも、私や母親が宿の手配をするのだ。
家を出る私の為に、最後の思い出を作ろうとしてくれたのだろう。
だからって、どこに行くわけでもなく
ただ泊まるだけなのだけれど。
宿を手配した所で、妹が行かないと言い出した。
彼女は今、父親が嫌いなのだ。
家を出る私にとって、それは思い出すだけで涙が出てしまいそうな程
とても悲しいことだ。
父親には何もないから・・・。
本当に1人になってしまう。
でも、それは今彼女に言ったところで解ってくれるハズないので
彼女は諦めて彼を誘ってみた。
しかし、彼もシゴトを休めなかったので
結局そのまま3人で行くことになった。
川治温泉は本当に何もなく、ただ宿のよさが際立っていた。
お昼頃から激しい雷雨が続き、ますますどこにも行けなくなってしまったし。
けれど、ご飯は美味しくお風呂も快適で
本当に久しぶりに3人で川の字になって寝た。
そして、次の日
お土産を買って家に帰った。
ただそれだけ。
でも、何だかとても穏やかで
それだけでよかった。
何もなくても、幸せなのだ。
これだけでも、私たちのココロの中には
この2日間のコトが刻まれるのだろう。
明日からまた、普段どおりの毎日でも。
写真は、撮らなかった。
ぼんやりと、冒頭のコトを思った。
来年はきっと、彼も一緒に旅に出る。
そのときには、きっと。
あの頃私は。。。
地元の友だちと3人で、銀座に繰り出しました。
年齢は違うけれど、仲良し。
私は勝手に3兄妹のつもりでいるのだけれど、ダメかなぁ。
夏のボーナスで、お寿司を御馳走になりました。
帰りに電車に乗っていると、外は激しい雷雨になっていて
そういう日に限って自転車&傘なしの私ともう1人の為に、カラオケで雨宿りしました。
そして、カラオケも奢ってもらいました☆
前祝いだって。
悪びれもなく喜べるのは、彼らだからこそ。
本当に幸せ者だなぁ。
これからも、いっぱい遊ぼうね。
よろしくね。
いえ〜。
あの頃私は。。。