LORANの日記
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2006年08月31日(木) ただいま自転車です。


昨日引越し第2弾をしました。

なにせ引越しは40年以上昔の学生時代から、自分でするものと思っていました。


学校を卒業したときの引越しは、運転免許を取って初めての遠乗りでした。

父親は農業でしたからダットサンの1tトラックを持っていました。

まだ高速道路が無い時代でしたから、それを運転して箱根の峠を越えて行きました。

横浜の下宿で荷物を積み込み、また同じ道を帰って来ました。


今回もまた自分で引越しをしています。

8月14日に第1弾を運びましたが、そのとき運びきれなかった荷物を今回運びました。


今回は自転車を運びました。

いわゆるママチャリと呼ばれる、買い物籠がついた3段変速の自転車です。


これは富士市の廃品回収の中であった自転車を手入れしたものです。

これを6000円で買いました。


あれから4年間位経ちました。

殆ど乗らないでいたので、埃が積もり錆びが浮いていました。


千葉へ行ったら自転車へ乗ろうと決めて、自転車屋さんへ持ち込みました。

前後輪のタイヤとチューブ、ブレーキゴム、鍵を変えてもらいました。

つまり本体以外は新品になりました。修理代金は〆て9450円でした。

9800円の新品の自転車も展示されていましたが、修理して使うと決めました。


今朝は本須加海岸までの往復17kmを走行しました。

先ほどは東金市の大型家電店まで往復22kmをプリンターのインクを買いに行ってきました。

あちこち寄り道をしているので、今朝からでは40kmを優に超えているでしょう。


田舎の農道を、涼しくなった風に吹かれながら自転車に乗るのはステキです。

アブラゼミの声が弱まり、ツクツクホーシという声が盛大に聞こえます。

空の雲はいわし雲、明日から9月です。


2006年08月29日(火) 大自然への畏敬


「大自然への畏敬」が失われたことはとても大きな間違いだと思います。

かっては病気は悪魔の仕業と信じられて、悪魔払いや魔女狩りが行われました。

ヨーロッパでペストが流行したとき、死体と患者と魔女を焼き殺したこともあります。


科学が発展し病原菌が発見されてから、病気は病原菌が原因と判明しました。

病気と悪魔の関係は解消し、魔女狩りが無くなったことは良かったと思います。


科学の発達は僅かな知識をもってすべてを測る危険をはらんでいます。

科学がそれまでの宗教に代わっただけですから、人間は科学的知識を盲信しています。

間近に見る月に行くことが精一杯の科学で、宇宙をすべて知ったような錯覚をしています。


宇宙の運行はニュートンが唱えた「万有引力の法則」で説明ができたと思っています。

その宇宙の創造も、「ビッグ・バン」が起こったと簡単に一蹴してしまいます。


科学万能は、正に「浅知恵」と呼ばれるものに過ぎません。

「なぜ宇宙は創られたのか?」「宇宙の創造主はだれなのか?」「宇宙の運行の管理者は?」

などにまったく関心がありません。


「地球が創られた意図は?」「なぜ人間は創造されたのか?」「人間はなにを創造しているのか?」

「人が亡くなったらどうなるのか?」「輪廻転生の意味は?」などの疑問には触れないでいます。


そしてただただ快楽的、享楽的な現実を好み、その現実が大自然を破壊していても関心がありません。

それは政府や研究機関の仕事であり、自分は命じられたことだけしていればいいのだと。


これはかって無限に近い永い期間を奴隷として生きてきたDNAが選択している生き方なのでしょう。

これが土着地球人類の基本的な生き方のスタイルであろうと思われます。


2400年前に現れた釈迦や2000年前のイエスは、そのような奴隷的土着地球人類へ気づきを

もたらすために派遣された存在であったのでしょう。


その後も数多くの存在が派遣されてきましたが、そのほとんどは無視されるか迫害されました。

その中でも一定の成果を挙げた存在もいましたが、その教えは曲解され書き換えられました。


そして真意は多くの人々に伝えられず、また気づくことなく闇に消えていきました。

いまもまた、多くのメッセージが届けられていますが、大部分の人々は日常のマスメディアの方を

信じています。マスメディアは気づくことを妨害するツールです。


かって科学が発達する以前は、大自然への畏敬がありました。

これは単なる迷信や脅しによる恐怖ではありません。


テレビやラジオや新聞、雑誌などがない時代は、誰でも圧倒的に巨大な大自然の中に身を置き、

大自然の大きな営みを感じ、その中で生きてきました。それは特別なことではありませんでした。


中には傲慢不遜な輩(やから)が、わざわざ大自然を冒涜する所業をする者もいました。

そのような輩は大自然の大きな力に叩きのめされました。それが伝説となっています。


関東・秩父の山奥の中津川の杣人(そまびと)=木こり、炭焼きの間に言い伝えられている伝説を

遠藤ケイさんが本にまとめています。


その傲慢不遜な人々と今の一般の人々はまったくと言っていいほど酷似しています。

山の神や川の神から天罰を受けた輩と私たちは一緒なのです。


いつの間にか宗教の支配に対する反動が科学への盲信へ走ったのは理解できますが、自分の中の

神性にいつまでも気づかないのは問題でしょう。

そこにマスコミによる快楽的、享楽的生活への誘惑があります。


自分が気づかないのは自分の選択であることを忘れてはいけないと思います。



参考図書 : 「おこぜの空耳(そらみみ)」  遠藤ケイ著  かや書房刊



2006年08月28日(月) 情熱


情熱はどこにあるのでしょうか?

「あるけど、どこにあるのかは分からない」でしょうね。


昨日開催した「1日リラックスワーク」で情熱のありかを探してみました。

瞑想を誘導して、「手が情熱のあるところへ行きます」と言うと、ほとんどの

人の手が同じ場所に落ち着きました。


情熱の種類によっても、場所が異なることが分かりました。


さらにその情熱を高めていくと胸と背中がとても熱くなり、汗でびっしょり濡れました。

急に思いついてしたのですが、その大きな効果に驚きました。


参加者の中には、「青い炎が氷の中にあった」と言う人もいました。

氷つくようなネガティブなエネルギーなのでしょう。

しかし氷が溶けたと言っていましたから、間もなく解消されるでしょう。


ワークをする度に、いろいろな気づきが起こります。

予想もしないことが起こり、びっくりします。


2006年08月27日(日) 国家予算に思う


 07年度一般会計予算の概算要求額が、今年度当初予算より約2兆9000億円増の82兆6000億円程度になる見通しとなった。国債の償還や利払いに充てる国債費が、金利上昇の見込みから1兆8000億円増加するほか、地方自治体に交付される地方交付税などが同6000億円増加するためだ。各省庁は31日までに概算要求を財務省に提出する。(毎日新聞2006/08/28)


昨年度より約3兆円の増額です。国民一人あたりの予算は約66万円になります。

4人家族なら264万円の税金が使われています。どこへ使われているのでしょうね?


私たちは自分の存在をほとんど忘れているようです。

自分の人生の中で、社会の中で、世界の中で、ほとんど希薄な存在のようです。

透明人間になってしまったように感じられます。


自分の人生を逞しく生きていく気迫が感じられません。

たとえ自分一人でも、自分の信じることを守り通して主張し、行動する勇気が感じられません。


まるで魂が抜けたかのように、着ぐるみだけが存在しているようです。

人生の目的が、お金に困らなくて楽しい人生であればいいのでしょう。


そこには燃えるような情熱も、困難を乗り越える力強さも感じられません。

これが教育の結果であると言ったら、言い過ぎでしょうか?


日本人は従順であり、礼儀正しく、平和を愛する国民と言われています。

その通りでしょう。


それを裏返して見るとお上意識が強く、命じられたことはするが、自分が考えて行動しない

ということになります。つまり主体性と行動力に乏しいのです。


以前「役人の三無主義」という言葉がありました。

「遅れず、休まず、仕事せず。」というのです。


なにかを市民から頼まれても、「自分の仕事でないから。」「前例がないから。」

「予算がないから来年度で検討します。」などと言って、逃げてしまいます。


役所の中で上役に覚えめでたい人が、能力に関係なく出世する世界です。

上役が自分の地位を脅かすような逸材を身近に置くと思いますか?


私は地方の役所との関係を約40年以上続けましたので、それを強く感じます。

仕事をもらうためには、それ相応の危ない橋を渡ることになりますが、運が悪ければ

「(刑務所の)塀の中」へ落ちることになります。

業者も役人もそれを「運」で片付けています。スゴイ世界があるのです。


こういった連中が、予算に蟻の如くにたかっています。

もちろん先生と呼ばれる衆議院議員が、自分の特権のように配分しようとします。

政党と派閥は、予算分捕りグループの別名です。


その後ろには、選挙資金を用意する利害団体が控えています。

法律の殆どが、この利害団体の要求に従って作られていますが、国民は知りません。


故・田中角栄首相は議員立法の名人として有名でした。

自分に都合の良い法律を大量に作ったのです。それを認めた全議員は同罪です。


政府がいう教育とは、「国家の命令通りに動くロボットにすること。」です。

ですから自分が考えて行動されては困るのです。


いま政府の目指した教育の成果があります。

なんの目的も、情熱もない国民が大部分になったのですから。


2006年08月26日(土) 夏の終わり。

8月23日の「処暑」が過ぎ、9月8日の「白露」に向かっています。

24節気の「処暑」は暑さが止むという意味だそうです。


24節気は1年間を24に分割し、そのときの季節を表した暦です。

中国・北京は北緯39度ですから、日本では岩手県に相当します。


千葉〜東京〜大阪〜福岡の太平洋ベルト地帯より北に位置しています。

ここの季節よりも秋が早いのは当然でしょう。


8月初めに札幌へ行った帰りに、電車から見上げた空は秋の空でした。

高いそらにうろこ雲が広がっていました。コスモスが咲いていました。


あわただしく季節が過ぎて行きます。

人は自然の存在なのに、自然から離れて生活しています。


「年々歳々 花あい似たり、 歳々年々 人同じからず・・」

は唐詩人・劉廷芝の作です。


彼の生きた頃といまの世界では、人間はどれほど進歩したのでしょうか?

ただ便利と快適だけが進んだだけで、戦争も貧しさもなにも変わりません。

お金の支配が巨大化した結果、毎年33、000人以上の自殺者がいます。


私たちは便利と快適を得るために、大切なものを失ったのではないでしょうか?



2006年08月25日(金) またぎの話


またぎについての本を読んで、その歴史に感銘を覚えました。

私が読んだ本は「またぎの風土」石丸弥平著蝸牛社刊でした。


石丸氏は山形県出身で、TBS・TVやNHK・TVの連続小説のタイトル画を担当した気鋭の

挿絵画家です。大正生まれですが田舎の文化への薀蓄が深く、感心させられます。


東北のまたぎの始まりは一説によれば大和朝廷が征夷大将軍・坂上田村麻呂をエゾ地へ送り、

エゾを平定したことに始まるそうです。797年のことです。

またぎは、その時に山中深く逃げ込んだエゾの末裔であろうといいます。


その時に多くの人々を殺したため、その怨念がエゾ地に満ちました。大和朝廷は当時新興の

天台宗の慈覚大師円仁を用いて、いま山形や平泉の霊山・霊地と呼ばれる古刹を開きました。


またぎは狩猟を主としてきましたが、木地屋となって木製品の製造販売になって定住したもの

たちもいました。

木地屋は文徳天皇の皇子・惟喬親王を祖神とし、全国の山々の八合目以上の森林を自由に伐採

できるという「綸旨(りんじ)」を持っていました。


しかし、明治政府は「国有林野法」を制定し、彼らの働く場所を取り上げてしまいました。

この法律は全国の村々の入会(いりあい)権を無視したもので、貧しい山村に住む者はたちまち

食料や燃料に困窮してしまいました。


島崎藤村の父君は木曽・馬込の大庄屋で、明治政府に村民の窮状を訴えたため、牢へ入れられ

ました。

明治政府の政策は国民無視の甚だしい欠陥政策が多いのです。

いまだに「国有林野法」をたてに、入会権を無視しています。

日本の法律は一旦制定されると滅多に廃止されないので、増え続ける傾向があります。

そのため公務員も増え続け、税収の半分以上が公務員給与という有様です。





2006年08月24日(木) キリストの再臨???



「キリストの再臨」を望む信者がプロテスタント右派の福音派に多いと聞きました。

彼らは「ヨハネの黙示録」にある「キリストの再臨」を待ち望んでいると言うのです。


�\こγ罎愡兇辰織罐瀬篆佑�、ユダヤ人の国イスラエルの再建と共に世界中から集まってくる。

�▲罐瀬篆佑旅颪�強国となって、ユーフラテス川からナイル川までの「約束の地」を領土として

 持つようになる。

��エルサレムの「神殿の丘」に、ユダヤ教の神殿(第三神殿)が建てられる。

 そこに現在あるイスラム教のドームやモスクは破壊される。

�と織�リスト教の勢力が結集し、イスラエルとの最終戦争になる。ハルマゲドンである。

�ズ能�戦争でイスラエルが滅びそうになったとき、イエス・キリストが再びこの世に現れる。

 ユダヤ人はキリスト教へ改宗するか、焼き殺される。その後、1000年の平和が来る。

参考: http://tanakanews.com/e0721secondcoming.htm


「新世紀エヴァンゲリオン」という人気アニメがありましたが、エヴァンゲリオンとは

ギリシャ語で「福音」の意です。



このような期待があって中東での紛争が続いているとすれば、とても変な話です。


先ず、「キリストの再臨」が無ければ世界は平和にならないと決め付けていることです。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は共に旧約聖書を元にする兄弟のような存在です。


キリスト教は旧約聖書へ新約聖書を、イスラム教は更にコーランを加えました。

本家と分家、新家の親戚同士の血みどろの戦いを繰り返しています。


この元は旧約聖書ですから、共通なのは旧約聖書の「神」です。


この三者は同じ「神」を信じながら殺し合いをしているのですから、この殺し合いは

この「神」の意思と言うことになります。


「神」が身内同士の殺し合いを望むとは、とても理解し難い話です。

どこかで大きな勘違いがあると思うのは、私だけでしょうか?



2006年08月23日(水) 光


光が最初にあったと思います。

その光は意識が行動を起こすことを決めた結果でした。

意識は光になることで自らを分裂させました。

それを「ビッグ・バン」と呼びます。


これが私がいただいたメッセージでした。

実際にはとても美しい物語としていただきました。

いつかこれを絵本にしたいと思っています。


「ビッグ・バン」の結果、その意識は宇宙に拡がりました。

そして宇宙にあるすべてになりました。

太陽も、地球も、水の1滴も、砂の1粒も、木の葉の1枚にもなりました。

もちろん1人の人にも、その人の60兆個の細胞の1つにもなりました。



ですからすべては一つという言葉は、「すべては一つの光からできていて、分裂した結果

すべてになってはいるが、そのすべても大きなものを構成している一部である。」という

意味でしょう。


もしあなたが望むなら、その大きなものの意識と一つにつながることは可能です。

それができたら、孤独とか無力とか不安とかを思うことは無くなるでしょう。


宇宙そのものが大きな揺りかごです。

私たちはそれを信じ、それに任せて生きるだけでいいのです。


海は波が高い日も、穏やかな日もあります。

波が高い時にも、海面から10m以下は穏やかだそうです。


私たちはまるで波に弄(もてあそ)ばれる木の葉のようです。

その下にある静かな世界に気づきません。


何回も何回も転生を繰り返してきました。

この世界で感情を通して学ぶことを選んできたのでしょう。


それなら感情に弄ばれることを止めなければなりません。

感情は自分ではなく、自分が起こした電気のようなものです。


放って置けばすぐに消えてしまうものを、反復することで巨大化させています。

静電気も巨大化すれば積乱雲のようになり、大きな雷を発生します。これが怒りです。


落雷すれば火災が起きたり、電化製品が壊れたり、電車が止まったりします。

周囲の人は大きな迷惑をこうむります。


怒りは自分ではどうにもならない悲しみや寂しさが原因です。

「どうして自分を理解してくれないのか」

「どうして自分にこのような仕打ちをするのか」

という怒りです。


このような怒りのエネルギーが地球を覆いつくしています。

それが地球の自然エネルギーのバランスを崩しています。


地球もまた私たちと同じ生き物ですから、身をよじって苦しんでいます。

「地球が死ねばすべてが死ぬ」という悲しみのメッセージを、地球から受け取りました。

もうあまり時間はないということでした。


どうぞ思い出してください。

あなたが光であったことを。

あなたがすべてであることを。

自分が歓びであり、他の人も歓びであることを。


それができたとき、あなたも地球も宇宙も一つになるでしょう。


2006年08月22日(火) 意識はどこにつながっていますか?


最近いろいろな情報に接します。

その情報はマスコミ関係よりも、高次元や異次元からのもののようです。

目新しい情報があり、興味を惹かれます。

しかし読み進むうちに、なにか重く苦しくなってくるものがほとんどです。


私たちが住む世界は物質世界です。

そこには光と闇が併存しています。

その光と闇にも周波数が高い波長があり、高い波長を有するものを「神界」と呼びます。


「神界」に住むのはすべて「神」ですが、ここは物質世界ですから光と闇があります。

「神よ」と呼べば応えてくれますが、光と闇があるのですからどちらかになります。


自分が不安や心配、恐怖、悲しみ、苦しみの中で「神よ」と呼べば、応えてくれるのは

「闇の神」だろうと思います。

ですからほとんどの人が「闇の神」を「神」と信じて祈っています。

これでは苦しみや悲しみから抜け出すことはほとんどできないと思われます。


「光の神」とつながるためには、いつも光の中で祈ればいいのです。

そのときに必要なのは、感謝と祝福です。



多くの情報の言葉の端々に、「邪悪な・・」とか、「邪霊・・」という言葉が使われて

いますが、これでは「闇の神」につながってしまいます。

ここからもらう情報は不安や恐怖を煽りますので、そのまま信じることはできません。


よく天使とつながっているという人のことを聞きますが、「光と闇」のどちらなのでしょう?

もしあなたが祈ったり、瞑想するなら、どこにつながっているかを知ることは重要と思います。


実はこれらのことはすべて自分の内部の世界のことだろうと思います。





2006年08月21日(月) 先程、愛媛県から帰りました。


8月18日〜21日の今日まで、愛媛県松山市と今治市にいました。

セミナーを開催しました。

瀬戸内海を見下ろす絶景の下でのセミナーはすばらしいですね。

参加者の皆様には心から感謝申し上げます。


今朝10:15発の特急で岡山駅へ。そこから新幹線のぞみとこだまを乗り継いで新富士駅へ16:35

到着しました。

乗車時間は6時間半ほどでした。

今月初めの札幌への電車の旅の半分の時間でした。

駅には娘が孫を連れてお迎えに来て暮れました。


こうして北へ、南へ電車で行くと、飛行機では味わえない自然の息吹を感じます。

大阪の大都会は電車から見ても、ほとんど緑や地面が見えません。

人は自然の一部ですから、自然から離れて生きることはできません。

こんな大都会の自然が無いところで育った子供はどうなるのでしょう?

それが2代、3代と続いたら、精神的・肉体的健康はどうなるのでしょう?


自然環境に対して、人工環境と呼ぶこのような状態は、そこに住むうちに意識が希薄になり、

人工環境が普通に感じられるのでしょう。


私は最も大切なものは「意識」であると思います。

自分がどのような「意識」をもって生活しているのかが、大きな問題です。

その「意識」が自然から離れてしまったら、一体どうなるのでしょう?

恐ろしい問題だと思うのは、私一人でしょうか?


遊牧民や辺境に暮らす少数民族を都市へ集中させて管理しようとした外国政府がありましたが、

その試みはほとんど失敗しました。


しかしわが国では若い人が都市に集中する傾向は終わっていません。

お金、便利、快適がその理由でしょう。

しかしいまはもうお金、便利、快適は絶対的な条件でなくなりました。

これからはもう一度、大いなる田舎が見直される時代になると思います。


2006年08月18日(金) 愛と怒り



「愛しているから、裏切られたら怒るのは当然」と思っている人が多いのです。

相手の非を毎日のように責める人もいます。


愛しているから、裏切られたときのショックは大きいのは理解できます。

自分の気持ちを相手に分かってもらいたいと思うのも理解できます。


それでは自分が気が済むまで、いつまでも相手を責めてもいいのでしょうか?

相手はそんなに責められるなら、コンビを解消したいと思うかも知れません。


こうして二人の信頼関係は急速に無くなり、破綻に向かいます。

あれほど愛しあっていたのに、最悪な結果を招いたのはなにが原因なのでしょう?



その原因は「怒り」にあります。

「怒り」は自然な感情ですから、感じてもふしぎではありません。

しかし「感情は蓄積する」という法則があります。


うれしい、楽しいという肯定的な感情は、その場で発散するので蓄積しません。

悲しみ、寂しさ、苦しみ、虚しさ、怒り、憎しみ、恨み、呪い・・などの否定的な

感情は、毎日反復することで増加します。


感情はエネルギーですから、「エネルギー不滅の法則」で決して無くなることがありません。

ですから生まれてから蓄積された否定的な感情は、本人の中で増加するばかりです。


この蓄積された否定的な感情が刺激されて大爆発します。それで大喧嘩になります。

私の検証では、前世や過去生で蓄積された否定的な感情は現生に持ち越しているようです。

膨大な否定的な感情があるのですから、これに火がついたら大爆発します。

それで相手を毎日のように責め続けるのでしょう。



愛と怒りはまったく違うものです。

愛は人を生かし、育てます。いつか大きな花が咲きます。


怒りは破壊です。相手への信頼関係を破壊し、相手を殺すこともできます。

怒りは自分をも破壊し、精神的、肉体的な健康も損なわれます。


ですから「相手を愛しているから、裏切られたら怒るのは当然」という言葉は疑問です。

発覚したときは怒っても、相手を許せなければ愛とは言えません。


感情はエネルギーですから、取り出して消すことは可能です。

もし幸せな人生を送りたかったら、否定的な感情を処理することをお勧めします。


2006年08月16日(水) 暑いですね〜。


今日でお盆は終わります。

明日富士市へ帰る予定でしたが、用事ができて急遽今日帰りました。

帰省ラッシュを覚悟していましたが、どの道も普段よりも空いていました。

トラックなどの営業車がいない分、車が少ないのでしょう。

さすがに東名高速道路の海老名SAだけは満車でした。

SAのGSでは137円/lのガソリンを求めて、長蛇の列でした。


このお盆期間も1日中好天気だった日は無かったような気がします。

沖には台風があって海は荒れ模様で、海水浴場は浮かない顔つきでした。


春先から雨が多く、梅雨も長く、日照不足が心配されました。

つい先日は大雷雨で電車が止まるほどでした。


自然のバランスが崩れているのでしょうか?

人間の健康が崩れていることと、リンクしているのでしょうか?


人間が最も進歩した存在であるなら、いつまでもお金に使われたり、仕事に使われたり

してはいけないでしょう。


自分の人生なら、自分が主人公に決まっています。

それならお金は自分が使うためにあるべきですし、仕事は自分がしたいからするべきでしょう。

主客転倒ですから、人生が楽しいはずがありません。

働き盛りの中年男性を中心に、毎年33,000人もの自殺者が出るのはどうしてでしょう。

もし国家が国民のものであるなら、このような痛ましい事態を何年間も放置できるのでしょうか?


国家や民族などは、所詮支配者の支配のツールに過ぎないと、昨日も書きました。

自由も平等も法の下でしかないのに、すべてがそうであるかのように国民は錯覚しています。

その錯覚に手を貸しているのが、教育とマスコミでしょう。

そう言っておけば、もし貧しくても自助努力が足りないと本人のせいにできますから。


そろそろ自分に目覚めなければなりません。

もし目覚めなければ、地球の変革についていけなくなるでしょう。

これから5〜6年間の変化は、きっとすさまじいと思われます。

なにがあってもふしぎではないという世界です。


自分の意識が光と一つになることが必要でしょう。

それができたらきっと、この変化を利用して大きく成長できると思います。


2006年08月15日(火) 8月15日・敗戦の日


今日8月15日は61年前の敗戦の日です。

終戦の日でも同じように思われますが、終戦では戦争の勝敗が明示されていません。

戦争を繰り返さないためにも、勝敗をはっきりした方がいいでしょう。


小泉首相が靖国神社参拝をしました。

信教の自由がある国ですから、誰がどこへお参りしようと自由のはずです。

ただ靖国神社は戦前、戦中のわが国(当時の政府)のために戦死した人を祀る神社であり、

A級戦犯14人を合祀したのは松平永芳宮司でした。それ以前15年間も宮司預かりとして

棚上げされていた難しい案件でした。

昭和天皇はA級戦犯や松岡洋右、白鳥敏夫などが合祀されてからは、靖国神社へ参拝しなかった

と伝えられています。

アジアの諸外国が靖国神社の政府要人の参拝に敏感なのは、戦犯とされて処刑された犯罪人が

復権して、日本が再び軍事国家の道を歩む危険を感じているからでしょう。


私は日本政府もアジアの諸外国の政府も、あまり進歩していない感じを持ちます。

戦争が終わって61年経ち、21世紀へ入って6年です。


民族や国家が相変わらず人々を支配するのは時代遅れです。

所詮、民族や国家は一部の支配者の支配のツールに過ぎません。


地球、宇宙的な観点から自分を見つめなければなりません。

UFOがいるとかいないとかではなく、自分が宇宙的な存在であることを認めることから

自分の位置が決まるでしょう。


いつまでも井の中の蛙で、井戸の中での縄張り争いに終始していては、変化も進歩もないでしょう。

教育を文部省という国家権力に任せていては、国家に都合のよい人間にされるだけです。


真に自由を尊ぶなら、先ず自分が自由に発想し、自由に生きなければならないでしょう。

国家にも、権力にも、支配者にも、お金にも、会社にも、仕事にも支配されてはいけません。


人は自由が大切と言いますが、人と同じように支配されることには平気のようです。

「みんながそうしているから」は、自らの力を放棄したことになります。


自分はどうしたいのか、どのような人生を生きたいのか、それが明確でないのでしょう。

ですから、為政者に自分の意見や意思をはっきり言うことができないのでしょう。


そのようにして、人は時代に無抵抗で流されていきます。

そして、自分の意思ではなかったのに・・と言うのでしょう。


2006年08月14日(月) にわか雨

お昼前に突然のにわか雨が降りました。

それも強風を伴って猛烈に降りました。

窓を開けていたら、床が1.5mも濡れていました。


今朝空を見ると、東西南北すべてに大きな積乱雲が立ちはだかっていました。

まあ午後になってから、多少は降るかも知れないとたかを食っていたら降られました。


いま午後2時過ぎですが、真っ青な空のどこにも積乱雲の姿がありません。

まるで台風のように駆け抜けて行きました。


ここから8km先の本須加海岸へ娘の家族を送迎しましたが、そちらは全くの晴天でした。

「夕立は馬の背を分ける」と言いますが、その通りですね。


世界が急速に変化しているそうです。

私が見せていただいているサイトではショッキングなことが書いてありました。


1980年代初頭に宇宙を管理する管理界がいままでのような勝手な戦争を止めるように

決定したそうです。それにより数億年もの永い期間地球を支配していた勢力は追放された

そうです。地球は銀河系宇宙による支配から、宇宙全体を管理する組織に管理が変更に

なったということです。いままで地球を支配してきた勢力と協力してきた人間たちは、

組織や権力が無くなるそうです。すでに核兵器はアメリカ、ロシア、イギリス、フランス、

中国、イスラエルの6カ国から消されたそうです。


にわかには信じられないニュースですが、私的にはそれもありなのです。

例えそれが希望であっても、信じられたらいいですね。


1980年代には東西冷戦が終結へ向かいました。

東西ドイツを分けていた「ベルリンの壁」は壊されました。

東欧の指導者の中には死刑に処された者もいました。

日本でも昭和天皇が亡くなり、バブル景気が崩壊し永い不況に入りました。


人類が最も進歩しているなどとは絶対に言えません。

何千年もお互いに殺し合いをしている人類が、最も進歩した存在のはずがありません。


私たちが神と呼ぶ存在は八百万(やおよろず}も居るそうですから、その中には平和的な

神も残忍な神も居て当然です。神からご利益をいただくことばかり考えないで、自分が

どうしたいのかが大切と思います。


これから激動の世界が始まるかも知れません。

太陽の内部の温度が急激に上昇しているとも言われています。

なにがあっても、自分がどのように生きるかを決めていればいいと思います。





2006年08月13日(日) 昨日は大雷雨でした。



昨日8月12日は突然の大雷雨でびっくり仰天でした。

娘と孫を連れて車で買い物へ出かけたのですが、雷の凄まじいこと。

すぐ近くへも数回落雷しました。

まるで洗車機の中に居るような豪雨。そして突風。


間もなく道路は川になり、モーターボートのように波をけたてての運転でした。

豪雨は時間的にはそれほど長く無かったのですが、雷はしばらく続きました。


聞けば山の手線など鉄道も止まったとか、お盆の帰省で混雑がピークのときでした。

3日前には東海、房総沖を台風7号が通過したばかりです。


今朝見ると、昨日の突風で黄色に色づき始めた稲が倒れているところもありました。

水は引いていましたが、稲刈りがたいへんです。


今朝は犬吠埼へ朝日を見に行きました。

朝3時40分には自宅を出発しました。

4時50分に到着すると、犬吠埼灯台にまだ火が灯っていました。


日の出は厚い雲で見ることができませんでしたが、間もなく雲の上に現れました。

遊歩道の安全柵を乗り越えて、先端の崖の上で瞑想しました。


すばらしい光をいただいてゆっくり帰宅しました。


2006年08月12日(土) 8月15日に思う。


文明が起こる以前は、人は自然の中で暮らしていました。

火や石器、土器を使用するほどの生活でした。

採集で食料を得る生活でしたが、人口が少なかったので十分な食料があったようです。

その頃の人骨はとても逞しく、栄養が十分に摂れていたことが分かるそうです。


人口が多くなると採集だけでは十分な食料を賄えなくなり、栽培や家畜を飼うようになりました。

その手間のために、更に人口が必要になるという悪循環が生まれたようです。


時代を追う毎に体格が貧弱になったと言われています。

自分たちの食料を守るために自分の領分、そして国家が生まれたそうです。


1733年にイギリスで自動織機が発明され、1800年代初めに蒸気機関が発明されました。

機械の生産の速度に人が合わせることになりました。

10歳ほどの少年や女工の深夜に及ぶ長時間労働や石炭の煤煙による大気汚染が問題になりました。

その頃の最先進国イギリスの現状を見て、マルクスは資本主義は滅びると書きました。


大量に必要な資源と労働力と販路を求めて、先進国はこぞって植民地支配に乗り出しました。

ドイツのビスマルクはアフリカの地図に先進国の割り当てをしました。

それでアフリカの国境は山や川とは関係なく、真直ぐに引かれています。

そのためまるで朝鮮半島の国境線のように、民族や種族が分裂させられてしまいました。

その後遺症は内戦となって、いまだに続いています。


アメリカは主としてイギリスの植民地でしたが、独立して今は世界の支配者になりました。

カナダやオーストラリア、南アフリカ共和国もイギリスからの独立国です。


こうして先進国が豊かな生活をするために、世界中の国々が利用されてきました。

1945年8月15日は敗戦記念日です。

日本もまた台湾、朝鮮半島、中国東北部へ植民地を求めました。

帝国主義同士のぶつかり合いになり、ドイツ、イタリアと共に日本は負けました。


日本だけが悪者ではなく、アメリカもイギリスもフランスも同じ侵略者です。

相変わらずアメリカとイギリスの悪者コンビ(一家)は世界支配のために侵略を続けています。


イスラエルはイギリスが後押しをして、イギリスの大富豪ロスチャイルドが資金を出して

建国されました。アメリカ、ロシアに次ぐ世界3位の核保有国です。

ですから今回のレバノン侵略もアメリカとイギリスは反対できません。

レバノンは岐阜県ほどの大きさで350万人の小国です。(岐阜県は210万人です。)


イギリスの違う顔がアメリカであり、イスラエルです。

このような世界にあって、61年間戦争をしなかった日本は世界に平和の貢献をしました。

いままた、戦争の足音が聞こえます。

ご用心、ご用心・・・




2006年08月11日(金) 間も無くお盆ですね。


お盆(盂蘭盆会)は、先祖や亡くなった人たちが地獄界で苦しむことなく、成仏してくれるようにと

供養することだそうです。


私は仏教を信仰していましたから、人並みに両親や先祖の供養をしていました。

しかし私のような未熟者には理解できないことが多くありました。


1 亡くなった人はどこへ行くのでしょう?

  天国や極楽でしょうか? 地獄でしょうか? それとも他にあるのでしょうか?

  私たちが催眠療法で多くの人の過去生を体験していただきますが、誰一人として

  天国や極楽や地獄へ行った人はいません。これはどうしてでしょうか?


2 仏教では亡くなった人に「引導」を渡して成仏させます。

  成仏したのですから極楽へ向かうのでしょう。

  しかし過去生退行で体験していただくと、少なくない人が結局近くにいたのです。

  渡り鳥の中でも南の島へ渡らずに越冬する鳥がいますが、それに似ています。


3 この世は苦労の娑婆世界と言われます。

  この世界で長生きをすれば、苦労する年数が多くなります。

  それでは長生きは苦労が多くて大変です。

  それなのに長生きは長寿と言ってめでたいとされています。

  これでは苦労=めでたいことになります。これでは矛盾しています。


4 極楽や天国は理想的な世界です。

  そこでは何の苦労も無く、平和で楽しく暮らすことができるとされています。

  それなら苦労の娑婆世界に長居をしないで、早く行きたいはずです。

  極楽や天国へ行けるなら、とてもめでたいはずです。

  しかし亡くなることは不幸であると言います。これも矛盾しています。

  亡くなると地獄へ行くと信じているからではないでしょうか?

  それなら亡くなる=不幸でも分かります。

  それでは神仏は亡くなった人を助けてくれないのでしょうか?

  いま日本で信じられている仏教は「大乗仏教」です。

  「大乗仏教」は宇宙の中心仏である「阿弥陀如来」が本願として衆生を救われると

  しています。その本願は無効になったから地獄へ行くのでしょうか?


このように考えていくと、矛盾することが多くあって理解に苦しみます。

どれが真実なのかわかりません。ですから私は自分が体験したことだけを真実としています。


私の結論は、極楽や天国、地獄は無いと思います。

もし自分で体験したいのなら、退行催眠で可能です。


私は死後の世界へ何回も行きましたが、とても広大な静かな場所でした。

まるで大きな美しい公園のようでした。大理石が敷き詰められた大きな通路があり、丈の低い

植え込みがあり、延々と続いていました。そして誰もいませんでした。

大きな建物があり、そこへ入ると吹き抜けの大きな部屋でした。3〜4階分の高さがありました。

そこには大きな植物が置かれていて、ゆったりとした椅子とテーブルが置かれていました。

その奥に一人の品のいい老婦人がいて迎えてくれました。ここへは数回行きました。


死後の世界はいまの世界の延長だろうと思います。

特別豪華絢爛な世界でもなく、恐怖の世界でもありません。

ただ静かで清らかな世界であるというのが私の感想です。




2006年08月10日(木) 犬吠埼の朝日


台風7号が足早に房総半島の沖を通過して行きました。

昨日午後来られたお客様に犬吠埼の朝日をお勧めしました。

お話しながら、私が行かなければならないと思いました。

それで今朝3時半に起きて、犬吠埼へ向かいました。


九十九里海岸近くの自宅から犬吠埼まで54kmです。

自動車専用道路はありませんから下道を運転することになります。

殆ど40km制限ですから、約1時間半かかります。


殆ど誰にも会わない無人の道路を運転して行きました。

少々スピードオーバーもありましたが、朝日に間に合いました。


全くの黄金の朝日を久しぶりで浴びることができました。

灯台の右手の岬の先端で感謝と祝福を捧げました。


今年1月に初めてこの地に立って、「光の存在」や「自分の本質」と出会いました。

そしていま、この近くへ移転して再び光の中にいました。


すべてが完全であり、自分がそれを受け入れることができたことを歓びました。

そのために数十年の歳月が必要だったのでした。


いつも気づきのチャンスはありました。

そのチャンスをいろいろな理由を作って見送ってきました。


チャンスを与えてくれる存在は、根気良く与え続けてくれました。

そしてようやく自分が受け入れることができました。


幸せになることも、健康になることも全く同じでした。

それを受け入れないのは、幸せや健康になってはいけないと深いところで決めていたのでしょう。


しかしいつかそれを受け入れる時期が来るのでしょう。

その時期が来たとき、幸せや健康になることを自分に許すのでしょう。


人はどうしてこんなに難しい人生を送るのでしょう。

もっと率直に幸せや健康になれたらいいのにと思いました。


2006年08月09日(水) 台風一過


先ほどまで吹き荒れていた風と雨がすっかりあがりました。

多少の風は吹いていますが、雨雲は去ってすっかり明るくなりました。


台風7号の大きな被害が無くてよかったですね。

近くの水田には重く穂を垂れた稲が少し色づき始めています。

お盆明けには刈り取りが始まるでしょう。


8月4日に千葉県九十九里へ来てから、皆さまにはすっかりご無沙汰しています。

パソコンは用意したものの、プロバイダからの通知書を富士市へ置き忘れました。

それでプロバイダへお願いして、通知書を再送してもらいました。


5日から4日間、セミナーが続きました。

パソコンの設定ができないので、ついにいままでのご無沙汰になりました。


本日からパソコンが全面復旧しました。

メールをいただいた方には、これからご返事させていただきます。



2006年08月03日(木) 札幌からただいま帰りました。


初めての列車での札幌旅行でした。

8月の繁忙期で格安の航空券が無かったので、列車で行ってみました。


旅は歩くのがベストと言われています。

足が早くなるほど、周囲を注意深く観察することができません。


ジャンボジェット旅客機のように、高度10,000m、巡航速度800kmでは下界の人間の姿を

見ることもできません。

速度は遅いほど、そこに住む人々を感じることができます。


今朝7時に札幌を特急で出発しました。

函館で違う特急に乗り換えて、青函トンネルを通過して八戸で東北新幹線へ乗り換えました。


北海道は空の面積がとても大きくて感動しました。

広々とした大地に畑や牧場がありました。

そこには人の営みが、自然と調和してありました。


東北新幹線で東京まで630kmを3時間でしたが、東京は人工の環境ばかりで地面も緑もほとんど

見られませんでした。


人間が自然から離れたら、不自然に生きるだけです。

不自然な人間は、健康に生きることはできないでしょう。


人間は便利と快適な生活に憧れ過ぎて、自分を自ら滅ぼしているように感じました。

科学が発達して恩恵も多いのですが、滅亡したら元も子もありません。


明日から千葉県九十九里海岸へ行きます。

私たちは自然豊かなところで生活したいと思っています。



2006年08月01日(火) 8月1日


いま富士市から札幌へ出発します。

娘婿が30分後に迎えに来てくれます。


今回は札幌まで初めての電車の旅です。

新富士〜東京〜八戸間は新幹線です。

八戸=函館〜札幌間は特急です。


初めて青函トンネルを通ります。

海底トンネルは東京湾アクアライン以来です。


札幌で最もお気に入りのポイント、「おおば比呂志記念室」が工事中で

11月末まで休館なのが残念です。


でも美味しいとうきびをたべられるのですからOKです。

やはり「花よりだんご」です。


では行ってきます。



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