ねじれの位置

2003年02月21日(金) 飛び込んできやがれ!

8月、眩し過ぎるほどの太陽は容赦なく俺を照らしやがり、25歳無職男子feat.ラヴハンドルであるが故に傍らにいるのがビキニギャルではなく、同じくラヴハンドルな25歳男子とともに海へと行きました。楽しいけれどちょっと虚しい、そんな想いを胸に横浜へと帰ってきました。勿論、帰宅して最初にすることはWWWとメイルチェック。そして見知らぬ御前からメイルを頂いていました。

この日記の感想???を知らない人から貰ったのは初めてだったので、股間を濡らすほどに嬉しかったYO。以前にも知らない女子からメイルを貰ってココロ踊らせる事件がありましたが、それはネカマという名の21世紀型詐欺事件でした。嬉しさのあまりに更新した日記がビキニ祭りってのはどうかと思いますが、それが俺の生き様です。とにかく日記を読んでくれてアリギャトウ。

「住んでるの横浜なんですね?」「すれ違ってたキャモ...(笑」等と良くある世間話をしていたのが懐かしく思えます。ってかな、もうね、アフォかと、バカかと...。沿線が同じだなんて、最寄り駅が同じだなんて、バスが同じだなんて、バス停までも同じだなんて、郵便番号まで同じだなんて、半径500米以内に住んでたなんて、誰が思うかっつのこの野郎!あの頃、僕等は若かった。『あの頃ペニー・レインと俺と御前と』って映画でも作れば西船橋辺りの映画館で上映してもらえるかもね、みたいなみたいな。無知ってのは恐ろしいもんだーっつの!そんな話をしていた自分が、そして御前が恥ずかしくって、羞恥心でシーツを真っ赤に染めてしまいそうな勢いです、嗚呼。

そんな訳(どんな訳ですか?)で住んでるところも知らなかった、ってか、あの日までは全くの他人だった御前へ、今日こうして祝辞を述べることができる関係であることに感謝すると共に、お互いが偶々無職であるが故に様々な話ができたのかもしれませんが、偶然だろうとなんだろうとそれは俺と御前の運命で、それを与えてくれたWWWとアタイを発見してくれた御前に感謝感激雨霰、潮まで吹いてしまいそうです、いやん。

とどのつまり、御前は俺にとって星の王子さまと友達になった1匹のキツネ、そうして彼が大事にしていた1輪の花みたいなもの。あの日から数ヶ月を経て特別な人、大切な人となった訳です。


タンジョウビ オメデトウ コレカラモ ヨロシクオネガイシマス。


追伸:風邪を治して早くお元気になりやがれっつうの!!!



2003年02月04日(火) 節分

携帯の留守電に1件のメッセージが入っていました。

「もしもし恭君?今日が節分だよ。ちゃんと豆を撒いてくださいね」


こんなメッセージを入れるのは他の誰でもなくママン。
直後、電話を掛けたらまた節分のお話が3分、4分。


#歳の数だけ豆を食べるんだよ。知ってるの?

知ってるよママン。

#ちゃんと食べなきゃダメだよ。

そうするよママン。

#食べ過ぎるとお腹を壊すからね。

大丈夫、気をつけるよママン。

#お腹を壊したらこの前家から持っていった胃薬を飲むんだよ。

うん、飲むよママン。

#いい?家の中から外に「鬼は外」、外から中に「福は内」だからね。

それくらい覚えてるよママン。

#ちゃんと声に出して言うんだよ。

恥ずかしいけどそうするよママン。


始終、笑いながら俺に話していました。
完全にからかわれている様な気がしました。
でも豆撒きは絶対にやれってことね。

僕は幾つになってもママンの子供なのね...
嬉しいような恥ずかしいような...


オニハソト
オニハソト
オニハソト

フクハウチ
フクハウチ
フクハウチ


とにかく豆は撒いたぜ!ママン。
福が俺の家にも来ると良いな!ママン。



2003年02月03日(月) 勘弁してチヨ

今日行った服屋の困った店員のお話でもしようかと思います。


俺がジャケットの羅列されたコーナーを眺めていると、「春物のジャケット良いのが入ってますよ!」と先ずはお決まりの台詞で攻めて来られました。この辺まではごく普通の接客で、別に嫌悪を感じるほど嫌ではありませんでしたが、長々とJKを見ていると「これなんか良いッスヨ!!」と言って、おもむろに自分の着ていたJKを脱いで俺に薦めてきやがりました。売物の商品を着て接客なんかするのかと思ったら萎えてきましたよ...。萎える前に思わずワロタYO。


今度はニットのコーナーへ。そしたら彼がまたやって来て「この棚のニット類はSALE中で全部¥5000なんスヨ!!!」。どうやら彼は俺の担当営業マンになってしまったみたい。1つのニットを手に取ったら「それ格好いいッスヨ!」、「暖かいッスヨ!!!」、「普段ならこの値段じゃ買えないッスヨ!!」。もう勘弁ッスヨ...て感じになってきました。黙ってじっくり見させてくれと言わせない雰囲気、逃げても逃げても追ってきやがる。ホント勘弁ッスヨ。


挙句の果てには「今日は休みですか?」「平日休みなんですか?」と泡姫みたいな事を聞いてくる始末。面倒臭いので「休みです」「休職中です」と適当に話を合わせたら、「どんな仕事してるんですか?」「有給ですか?」「こんなところで買物してて平気なんですか?」と畳み込まれてしまいました。


オマヘ ハ ダレナンダ ?


ココロの底から鬱陶しくなって、こんなところで無職であることの世知辛さをこれ以上味わいたくなくて、肩身を狭くして店を出ました。アフォかと。無職だから毎日が夏休みで、だから有給なんかな訳ねえだろ。買物してても平気だけど、無職なのに買物なんかしてる暇があるならば今すぐにでも働けと言われるのは怖いです。


俺にゆっくりと買物をさせろ。



2003年02月02日(日) 異国情緒タップリ

ここ数年は偶にしか乗らないのですが、俺が電車に乗ると他の人とは比べ物にならない確率で異国の方が隣に座ってきたり、傍に立ち尽くされたり、かなりの接近戦で渋谷だの横浜だの千葉だの錦糸町だのへと共に揺られていく事に相成るわけです。しかも、その異国が中近東系か東南アジア系に限定されてもいます。半年くらい前はタイガージェットシンが隣に座ってきました。手にサーベルを持っていなかったので、直ぐに似ているだけだと気が付きましたが...。


急に訳の分からない中途半端な日本語で話しかけられる訳でもなく、テレフォンカードを売りつけられる訳でもなく、石油堀の儲け話を持ちかけられる訳でもなく、電車に乗るような民なので彼が石油王の御子息かなんかで絢爛豪華なお屋敷への招待状を渡されるでもなく、ラディンの影武者になってくれとお願いされるでもなく、ただただ隣の席で一緒に電車に揺られているだけです。


でも、彼等の香りがとても苦手。加爾基だの精液だの栗ノ花の匂いの方がよっぽどマシです。後述3つの香りはマシというより愛すべき匂いで大好きだけどYO。何か食うものが違うのか?気候が違うのか?どうでも良いから俺の隣を狙って座るのはお止しになって...。彼等が悪いのでは決して無いの、俺の嗅覚が悪いだけなの。嫌いになんかなりたくないの...。お願いだからファーラウェイ。


ってか、なんで俺の隣に?



2003年02月01日(土) 大人の階段登る

ママンから電話が掛かってきました。

「もしもし恭君?この間、家から持って帰った荷物の中に節分の豆が入ってたでしょ?2月3日は節分だからね。ちゃんと豆を撒くんだよ。家の中から窓の外に向かって「鬼は外」、家の外から家の中に向かって「福は内」って言って撒くんだからね。ホントは大きい声でやったほうが良いんだけど、恥ずかしかったら小さい声でも良いからちゃんとやりなね。分かった?ちゃんとやるんだよ。」


嗚呼、ママン。僕は25歳の成人男性となりました。この間は初めて独りで新幹線にも乗りました。未だに無職で迷惑も掛けていますが、ちゃんと大学までは卒業して、毎日毎日、御飯も洗濯もしています。他の一般的な25歳成人男性と違うところは、ただただ働いていないだけだと思います。お金を稼ぐだけなら、何でも良いならいつだって社会人になれます。

だから2月3日が節分だってことは保育園の黄色組みのときに習いました。ママンは言ってなかったけど、豆を歳の数だけ食うってことだって知ってます。何なら鬼なんていねえYO!って思ってます。サンタクロースなんていないんじゃないか...と思ったのは、家の外に置いてあったサンタからのクリスマスプレゼント(ドラえもんのドンジャラ)が黒いゴミ袋に入っていたのに疑問を持ったからです。今考えればゴミ袋に入っていたのは、もしもの雨で濡れないようにと思ってやってくれた親心という名の優しさだったんだね。

アリガトウ、ママン。

でも、さすがに自分が恥ずかしいYO。


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恭 [MAIL]

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