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探偵さんの日常
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2003年06月30日(月) 山本五十六






前回の正村氏のパチンコ伝説もさることながら,あまり公にはされていない
伝説のギャンブラーがいた。その名は,連合艦隊指令長官 「山本五十六」元帥。





第二次世界大戦,連合艦隊を率い戦った軍人としてその名を広く知られている。
彼を主人公にした映画も作られ,敗戦国の英雄とは思えない知名度を誇っている。




しかし,その一方では大変なギャンブラーとして名を轟かしていた。
花札・麻雀・オイチョカブ・トランプ・ルーレット・ビリヤード等にいたるまで
それこそ,勝負事と名のつくものであれば,何にでも手を染めたほどだったとい
う。





博打に関するエピソードといえば,欧米視察の旅行中にギャンブルのメッカとして
知られているモナコを訪れた時のこと,さっそく山本はカジノを訪問した。





結果,彼は勝ちまくった!
それも,ほとんど負け知らずの連戦連勝。





さぁ,そこで困り果てたのはカジノ側。
この調子で勝ちまくられたらカジノ自体が潰れてしまう。
そこで,なんと 「入場拒否」 を言い渡されるハメに・・・・
これは,世界でも2人の偉大な?栄誉だったというから,スゴイ!




山本は常に冷静沈着。
戦局をジックリ見守りながら,ここぞという時に果敢に攻めまくる。
それは,戦場における作戦に通じるものがあるのだという。









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2003年06月26日(木) 正村竹一





この名前を聞いて「ピン」とくるひとは,よほどのパチンコ通!
知っていらっしゃる方もいると思いますが,パチンコはご存知
われらの住む東海地方の名古屋が発祥地。。。





その昔は,パチンコ玉1つが1円とか2円とかであったため,
ケチ?で有名な名古屋人にピッタリの遊びだから・・・。
と言われていた時代もあったと聞くが,パチンコ台の発明者が,
愛知県生まれであったことから,名古屋=パチンコの公式というわけ。





その功労者が,「正村竹一」である。
明治39年に愛知県の農家の次男しとして生まれたが,
この時代の農家の子供達のほとんどが満足に小学校に通わせてもらえなく,
学業より仕事が優先,正村氏も例外ではなかった。しかし,そんな小さな
子供に十分な収入を得るだけの仕事があるわけでもなく,
転職を繰り返しながら終戦を迎えた。





パチンコはすでに戦前前から存在していたものの,
戦時中は非国民的な遊戯として禁止されていた。
正村氏は,ここに目をつけた。全国各地を駆け巡って,
さまざまなパチンコ台を収集して名古屋でパチンコ業を始めた。





それまでのパチンコといえば,弾いたタマが単に上から下へ落ち,
穴へ入るか入らないかだけの単純なモノだったが,彼は台の改良
に励んだ結果,クギの配置に工夫を凝らしてタマの移動が上下
だけでなく,左右も動くようにした。
これによって,たった一発のタマが上下左右に飛び跳ねるようになり,
あっという間にパチンコファンの心をつかんでしまった。





このクギの改良は「正村ゲージ」と呼ばれ,
パチンコ業界に一大革命をもたらした。(昭和23年)





正村氏は,もうすでに故人となってしまったが,
パチンコ創世期からパチンコ一筋に生き続け,
未だに彼を「パチンコの神様」と呼人もいる。






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2003年06月22日(日) 野焼きの果てに・・・








6月5日午後1時過ぎ、岐阜県安八町の日比野化学工場の
資材置き場にて火の手が上がった。













聞き込みの結果、作業員が同資材置き場で草などを燃やそうとして
火をつけたところ、折からの強風で、あれよ、あれよ、
という間に側に置いてあったプラスチック材料に燃え移り
炎上してしまったらしい。












おまけに、ヘリコブターまで出動することに・・・












午後2時過ぎに、ようやく鎮火の気配。














なお、同町は環境汚染のため、「野焼き」は禁止されている。




この火事の被害金額は約3億円になるそうで、
火事の原因をつくった作業員は、同日夜町内のとある神社で
首をつっていたのを発見される。





家族にとっては、やりきれない気持ちであろう。







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2003年06月20日(金) 死体としたい・・・


探偵ファイルより抜粋です。








って、くだらないダジャレでなく、そういう嗜好の人たちが世の中にはいるのです。
屍姦をしたくてしたくてしかたない人が。そんな人たちの楽園が、
都内某所の病院にあります。そこそこ有名な病院なんですが、
仮に A病院とでもしておきましょうか。





そこでは毎夜、毎夜のダンスパーティーならぬ、毎夜、
素敵なネクロフィリアパーティーが開催されているのだとか。






病院。それは楽園。

病院。それは死体の宝庫。

嗚呼、A病院。それは屍姦の花園。







と、きもちポエミーに表現したところで何が変わるわけでなく、

やってることは単に霊安室で死体を犯してるだけです。

……なんか改めて書くとヤナ感じですね。






まあ、そのヤナ感じのA病院なんですけど、

屍姦の斡旋をしているそうで。

素敵な世界に案内してくれるのは病院の院長さん。

最初は一枚写真を撮られますが、それからは一蓮托生、

きっといい仲間となってくれるはずです。

まあ、もともと院長の知り合いの方しか呼ばれないようですが、

そこは努力と根性でなんとかしてくだい。

みなさん名士がそろってらっしゃるそうなので、

サロン気分でのご利用などもいかがでしょうか。









気になるお値段の方は、「相手」によっても変わってくるようですが、

5万〜10万円が相場なのだとか。そのお相手もある程度限定されていて、

事故で死んだ若い女子中高生なんかが人気なようですよ。

事故死体なんてジグソーパズルみたいで組み立てるの面倒くさいじゃないのー?

と思った皆さんは、まだまだ屍姦の初心者です。

事故死体は頭を強く打って死ぬタイプも多くあるので、

顔や体は綺麗なまんまという場合があるのですよ。

たまに腕やら足やらなくなっている時もあると思いますが、

顔と穴さえ無事ならOKといった感じなんでしょうかね。

死後硬直が完成するまえの死後15時間、

死斑がでてくるくらいまでが営業時間です。







ちなみに今までの「お相手」の最高金額は一回20万。

 

 



7歳の少女の死体だったそうです。











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2003年06月16日(月) 心霊調査��







つづき・・・





白川町は飛騨路の一歩手前にあり,その国道41号線という道路,
冬はスキー,夏は涼しさを求め下呂・高山へ,周りは木々に
おおわれているため紅葉の季節は美しい限りで,
事故から33年経った今は当時の恐怖を蘇らすものは
「天心白菊の塔」を除いて何もない。




が,太陽が沈んだ夜ともなれば辺りのようすがいっぺんに変わる。




車で走っていても何ともいえない不気味な静寂感が漂い,
どこかへ吸い込まれていくような気がする。



体験談にもあったように車内の窓から手を出して検証するが
調査員に何の変化はなく,トンネル内を通過しても,
電話ボックスを確認しても霊的現象は何ひとつ起こらなかった。




やはり,たんなる噂だけなのか・・・と思いつつ「天心白菊の塔」に到着した。





現場は国道41号線沿いにあり,車が10数台止めて置ける待避所になっており,
その奥に慰霊塔は建っている。



我々はまず,線香をたいて犠牲者の方々にお祈りをし,
それから辺りの撮影を開始した。




フィルムを5〜6枚使ったころだと思うが,
それまで自動でフラッシュ(一眼レフカメラ使用)
が光っていたのに,突然フラッシュが上がらない・・・





その場に居合わせスタッフ一同,背中に寒いものを感じ,一瞬凍りつくが,
気をとりなおし強制的にフラッシュをたき,なんとか無事撮影を終了
することが出来た。




後日現像から戻ってきたフィルムをチェックしたいた時である。



「天心白菊の塔」が写っている一枚を見ると,写っているのである。



人間の顔らしきものが・・・・




いや,らしきではなく,確かにそれは 『女性の顔』である。

しかも顔だけではなく,肩のラインまで確認できる。




その顔は目を見開いていて,口を大きく開けて,溺れている時のように,
もがき苦しんでいるかのようにも見受けられる。




やはり,噂だけではなく,霊的現象は存在するのである。




*この写真をスキャンしてネット上にupしようとするものの,
何度やってもパソコンで見ると顔が確認しずらくなるので,
あきらめました。(笑)





おわり・・・。




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2003年06月14日(土) 心霊調査��








つづき・・・




その後事故現場付近では奇妙な霊的現象が起きているという。




体験談 : 慰霊塔がある付近に電話ボックスがあり,
     そこで上半身しかない女性が電話をしていた。





体験談 : 事故現場近くのトンネルで上半身しかない男性が
     道路を走っていて,走行中の車に急に飛び込んできて消えた。





体験談 : 国道41号線の事故現場周辺は飛騨川沿いで夏でも涼しく,
     道路も比較的空いていてエアコンをかけるよりも
     窓を開けて走っていたほうが涼しい場所で,
     その人も車の窓を開けて腕を出して走行していた。
     その時は美濃加茂方面から高山方面に北上していて,
     事故のあった場所には慰霊碑が建てられていて,
     それを過ぎるとすぐにトンネルに入ります。
     その慰霊塔にさしかかる手前で寒気を感じて手を
     車内に入れようとしたが,入れようとした手を
     誰かにつかまれて入れることが出来なかった。

     その人は恐怖のあまりそのままスピードを上げて
     走り抜けようとしたが,
     手はつかまれたままの状態でミラーも見る余裕もなく,
     とにかく少しでも離れようと考えてそのまま走り続け
     いちばん近くにあったコンビニに入り,
     車を止めるとつかまれていた手は引っ張られなくなった。





体験談 : 慰霊塔から飛騨川カメラで撮ったら,
     写真に川から突き出している手が写っていた。 






このような数々の体験談は,いまだに発見されていない人々の霊魂が
さ迷っているからなのであろうか・・・・






我々は真相を確かめるために現地へ出向いた。







つづく・・・


長々と続いてますけど、次で終わりますから許してください!





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2003年06月09日(月) 心霊調査��






つづき・・・






その後1周忌を前に,犠牲者の尊いみたまをまつるとともに,
あのような事故が二度と繰り返さないことを記念して
転落事故現場からおよそ300メートル下流の国道41号線横に
「天心白菊の塔」という慰霊塔が建設された。





そして奇跡的に助かったもう1人の少年は,
濁流に流されながら必死にすがりついた木があったという。




転落現場から約150メートル下流の国道41号線からおよそ
2メートル降りたところに自生する「うるしの木」がそれである。




その木があったため少年が助かったことから,「奇跡・延寿の樹」
と名づけられた記念の石碑が建てられた。




「天心白菊の塔」の除幕式には,転落事故で父母と姉を失い,
自分だけ奇跡的に助かった 少年 が除幕を行い,追悼文を読み上げた。

 



「お母さん,私は昨日も夢の中でお母さんに会いました。
お星様の中からお母さんの優しい顔が私を見つめていたのです。
いくら呼んでもお母さんは返事をしてくれません。
悲しくなって目を覚ますと私の顔は涙に濡れていました。





でも今日,亡くなった人たちのおうちができました。
皆さん仲良く暮らしてください。
二度とこのようなことがないように,
塔の中からしっかり見守っていてください」


 



1周忌の前日と当日には一体ずつ新たな遺体が発見されたという。




しかし今もなお行方不明になって見つかっていない人たちが
いるという・・・・






つづく・・・






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2003年06月06日(金) 心霊調査��





またまた、しばらくのご無沙汰でした(笑)
このままでは忘れ去られそうなので更新します。





つづき…




その後1周忌を前に,犠牲者の尊いみたまをまつるとともに,
あのような事故が二度と繰り返さないことを記念して
転落事故現場からおよそ300メートル下流の国道41号線横に
「天心白菊の塔」という慰霊塔が建設された。





そして奇跡的に助かったもう1人の少年は,
濁流に流されながら必死にすがりついた木があったという。





転落現場から約150メートル下流の国道41号線からおよそ
2メートル降りたところに自生する「うるしの木」がそれである。




その木があったため少年が助かったことから,「奇跡・延寿の樹」
と名づけられた記念の石碑が建てられた。





「天心白菊の塔」の除幕式には,転落事故で父母と姉を失い,
自分だけ奇跡的に助かった 少年 が除幕を行い,追悼文を読み上げた。

 




「お母さん,私は昨日も夢の中でお母さんに会いました。
お星様の中からお母さんの優しい顔が私を見つめていたのです。
いくら呼んでもお母さんは返事をしてくれません。
悲しくなって目を覚ますと私の顔は涙に濡れていました。





でも今日,亡くなった人たちのおうちができました。
皆さん仲良く暮らしてください。
二度とこのようなことがないように,
塔の中からしっかり見守っていてください」


 


1周忌の前日と当日には一体ずつ新たな遺体が発見されたという。






しかし今もなお行方不明になって見つかっていない人たちがいるという・・・・




まだまだつづく…よ(笑)








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