俺たちに明日は
負けた時は空を見上げるもんだと思っていた。なんとなく、そういうもんだと思っていた。特に今日のような、抜けるように青い空、高い高い位置に座して白く燃える太陽の下でだ。空を仰ぐのにぴったりのシチュエーションじゃないか。
なのに俺はそうしなかった。ありがとうございましたと握手を交わすその前も、その後も、対戦相手の少し紅潮した頬とかネットのたわみとかそんなものばかり見ていた。
それどころか、これからもしばらくの間、きっと俺は空を見ない。
トラウマ決定じゃ。ぶつくさと呟いた声は誰にも聞こえるわけがない。客席も向こうのベンチも大騒ぎだ。そりゃそうか。大きな会場の一角で唯一しんと静まり返っている、我が立海大附属中のベンチへ重い足を進めた。ああ、痛いの、嫌じゃなあ。
息を潜めて俺の帰還を見守るチームメイトの中に、ごく普通にあいつはいた。他のレギュラーと何一つ変わらない様子で立っていた。なんて冷たい男。その徹底したポーカーフェイスを見て、ああやばい、ふられるかもなと思った。柳生は負けが嫌いで、負けた奴には容赦がなかった。それに、ヒスだし、カッコマンだから自分の彼氏がかっこ悪いのも許さない。
あーだめだ。絶対ふられる。全国で、決勝で負けるし、柳生にも捨てられる。
ぐるぐるとそんなことを考えている間に、ひと通りのやばいことは済み、ぐらぐらがんがんする頭で俺は控えの席へ戻って自分でタオルをかぶって硬く目を閉じた。
口の中、血の味する。柳生ポカリとって。柳生、俺負けちゃった。苦しい。つらい。怖いよ。なんかなあ、焦る。どうしたらいい。なぐさめて。俺にさわってくれ。
「見ないのか」
参謀がぼそりと声を掛けた。労わるようで馬鹿にするようないつもの声色だ。差し出されたドリンクボトルを受け取って口に含み、濯いで足元に吐いた。
「いい」
ふられてもいい。本当はそんなことどうでもいい。柳生なんて、そうじゃ、天邪鬼で照れ屋で几帳面で意外と大胆で俺に甘くて俺のことが好きで大好きで可愛くてやらしくて俺だけの特別な秘密の恋人の柳生なんて、どうでもいい。そんなんは、どうだっていい。
俺が負けたんだからおまえも負けろ、とか、
俺以外とやって勝つならダブルスなんかやらんでよか、
もうテニスなんか一生すんな観てもだめじゃとか。
嫉妬している。おまえが憎い。負けていないおまえが、俺じゃないおまえが、憎たらしくて我慢ならない。また歓声が大きくなる。柳生の細い足首を包む、靴下のきれいな白を思い出す。振り返る笑った顔とか、差し出される握手、横を追い抜いてゆく速さ、強いスウィング、舌打ち、控えめなガッツポーズ。
柳生は負けず嫌いで、勝負に容赦ない。テニスが好きで大好きで俺だけの特別な。だから、やっぱり、おまえ以外全員負けろ。おまえだけは許してやるから。
fin.
2007年11月10日(土)