出向コージ苑

2003年08月31日(日) 北のサハラへ行こう2

大砂丘への旅、2日目は美味しい朝食から始まる。
もう昼食はいらないって程の量が出てきた。
結局朝食に1時間半。
観光客にあるまじき贅沢な時間の使い方である。

さて、いよいよ大砂丘。
海岸沿いの道をずーっと歩いていくと、
目の前に小高い丘のようなものが見えてくる。
それがそのまま、砂丘なのだ。
トーマス・マンが「北のサハラ」と呼んだ景色を、
コージ苑達もじっくり眺めてみる。
思ったよりも緑が多かったけれど、
視界に入る地面が全部砂で出来ていると考えると、ちょっとすごい。
砂ということは、当然動きやすい。
この砂丘は、今もゆっくりと移動しているそうだ。

急ぎ足で、町の主要な観光地をまわる。
トーマス・マン博物館や、昔々の墓地など。
さらに観光地ではないが、ロシア領との国境地帯へ行ってみる。
残念ながらビザを持っていないので、
国境寸前で車をとめて、
「あそこはもうロシア領だよー」と言っただけでUターン。

昼時になっても、どうもお腹が減らない。
(そりゃそうだ、朝にあれだけ食べたらね)
ここは無理して詰め込まない方が良いということになり、
エンジェル先生手持ちのゆで卵とチョコレートで済ませる。
折から晴れてきた空の下、
海を眺めながら、のんびりとピクニック気分。

この地域特有の形と色をした風見鶏が気に入って、
小さいのでもあればお土産に買おうとしたが、
どこを探しても思いっきり実用品。
一番小さいのでも、コージ苑のカバンには入りきらない。
加えて、どうもこの町は物価が高い。
ドイツ人観光客が多くて、ドイツ値段になってしまったのかしら。
理由はどうあれ、ちょっとためらってしまう値段だったので、
泣く泣くあきらめた。

帰りは、休憩がてら途中の町に寄りつつ、
夜9時過ぎにR市に帰還。

夏休み、最後の最後で満足しまくり。



2003年08月30日(土) 北のサハラへ行こう1

去る直前になって、欲が出てくる。
お隣の国、LTからロシア領にまたがる大砂丘を見る週末旅行。

出発は余裕をもって、朝の7時半。
メンバーはケンタロウ夫妻にエンジェル先生、
運転手には七味屋氏、コージ苑はおやつ担当。
エンジェル先生以外は朝食抜きだったので、
途中のガススタでホットドッグとコーヒーを買う。
こういう時のこういうものって、意味なくおいしい。

週明けから大学が始まるケンタロウ氏は、
L国内の海沿いの町までのお付き合い。
あいにくの雨天だが、行きの車内はあれこれとにぎやかである。

3時間弱で、最初の目的地に到着。
ケンタロウ氏以外の4人は、L国のバルト海側は初めてだ。
お茶をしたり、適当な店に入ったりと、
ぶらぶら歩きを楽しんだ。

それにしても、傘を差しながらの観光っていうのは、
どうも具合がよろしくない。
視界が遮られるのと、人に注意しなくてはならないのとで、
視線をあっちこっちにやれないのだ。
観光というより、ひたすら散歩した様な気がする。

やたらとお洒落なロックカフェでの昼食の後、
ケンタロウ夫妻と別れる。
残る3人で、目指せ大砂丘。

※※※※※

砂丘地帯へは、対岸の町から渡し船で。
のんびりした速度の船でもたった10分弱の距離、
橋でも渡せば話は簡単だと思うが、
あえてそうしないのは何か理由があるのだろう。
などと考えている内に、船はあっけなく砂丘側へ到着した。

最終目的地までは、そこから車で約1時間。
元々保養地として知られる場所だっただけあって、
点在する村も、とろーんと眠たげ。
・・・かと思いきや、町の中心に近づくにつれて聞こえてくる爆音。
そして、私達のホテルへと続く道には通行止めの標識。
どうしたんだと見てみれば、まさに自動車レースの真っ最中である。
どこが眠たげな保養地だ。
やむを得ず、適当な駐車場に車をとめて、
歩いてホテルへ向かった。

今回宿泊したのは、この国の言葉で「朝露」という名のホテル。
一見すると普通の民家にしか見えない建物は、
昔の漁師の家を改造したものだそうだ。
英語を話すお姉さんと、ドイツ語を話すお婆さんが案内してくれる。
驚いたのは、部屋の広さ。
ベッドルームとは別に、台所とリビングがついている。
これは完全に、長期滞在型のホテル。
よく1泊だけのコージ苑達をOKしてくれたもんだ。

その優しさに敬意を表し・・・たわけではないが、
夕食はホテルのレストランでとることに。
海沿いの町に来たなら、やっぱり魚料理でしょ。
メニューにはドイツ語と英語も併記されていたが、
魚やら果物やらの固有名詞なんて、
普通学習する機会がないので、とんと分からない。
えいっと頼んでみたところ、タラみたいな白身の魚だった。

就寝前、せっかくテレビつきの部屋なのだからと、
世界陸上を観戦しようとしたが、
テレビがいかれていたのか電波が届きにくい地域だからか、
画面には、わずかに色のついた砂嵐がうつるばかりだった。

まあいいけどね、旅行の時ぐらいはテレビなしで過ごしても。



2003年08月29日(金) その瞬間

昨日に引き続き、世界陸上である。
今日のメインイベントは、男子200の決勝。
何と日本人がメダルをとるかもしれない、というので、
午前中からうずうずしている在留邦人達。
何と言っても、日本人で短距離で決勝、と3拍子揃っているのだ。
これが興奮せずにいられようか。

男子200決勝の放送時間は、L国時間の午後10時。
日本のファンは眠い目をこすりつつ、深夜まで観戦しているらしいが、
幸い欧州にいるコージ苑にとってはゴールデンタイムなのですよ。うひ。

などというプチ自慢はさておいて、
今日の主人公は、かつて陸上部に在籍していた七味屋氏である。
彼は今日のレースを人一倍楽しみにしていた。
なのに、よりによって仕事が終わらず、残業で遅くなった。
刻々と過ぎる時間。
着々と時を刻む時計の針。
彼は焦った。
9時50分、もうだめだと思った彼は、職場のテレビをつけた。
しょうがない、仕事をしながら問題のレースだけ観戦しよう。
9時55分、テレビを横目で見ながら、仕事を続ける。
9時58分、そろそろか?と思ったその瞬間。

電話が鳴った。

そして10時5分、かすれた声で、コージ苑に電話がかかる。
「だ・・・男子200終わったんですか・・・?」
終わりました。
コージ苑は、しっかり見届けました。
銅メダルの瞬間を。

それを聞いた瞬間から、帰宅して寝るまでずっと、
「俺の人生なんてそんなものさ」と、彼はやさぐれていた。
気を落とすなよう、また次の機会が・・・

あ、あるかな、近いうちに・・・



2003年08月28日(木) がんばれL国

ケーキ持参で遊びに来たケンタロウ氏の奥様と午後を過ごし、
そのまま夕食を一緒に、という流れに突入。
グラタンとパスタを前にして、
夫妻と七味屋氏、コージ苑の4人で世界陸上観戦となった。
もちろん、日本人選手も応援するが、
それ以上に注目したいのは、地元L国の選手。
110mハードルの予選、なかなか速そうなヤツが現れた。
おお、すごいぞL国、少数精鋭なのだな。
食事の手を止めて、画面をじっと見る4人。
スタート前の緊迫の一瞬。
アップになったその選手は、実に集中しきっている。
これはいける、これはいけるぞ。
フライングもなく、各選手一斉にスタート!
行け行け〜!・・・と盛り上がった次の瞬間、
彼は急激に失速した。

・・・あれ?

どうやら、ハードルを越え損ねたか足をひねったか、
何かのトラブルがあったようだ。
じゃ・・・彼、失格?

声もなく肩をふるわせるケンタロウ氏。
何とコメントして良いのか分からず、呆然と画面を見つめるコージ苑。
後にインタビューされて、彼はこう言った。
「どうしてああなったのか分からない。でもまあ、しょうがないですね」
このあきらめの良さ。
彼は既に悟りの境地に達しているに違いない。
とりあえず暗い顔をしていなかったのが、唯一の救いである。

それにしても。
笑っちゃ悪い、笑っちゃ悪いんだが、さすがはL国。
期待を裏切らないよ。



2003年08月27日(水) おみやげ読書

スウェーデン出張から戻った七味屋氏、
おみやげに本を数冊買ってきた。
いつでも活字中毒のコージ苑、嬉しがって一日中読書にいそしむ。

※※※※※

松本清張『点と線』 新潮文庫
基本中の基本、といった感のあるこの作品、
主人公となる若手の刑事さんが素敵よん。←ただれてるよ
清張といえば、以前テレビドラマになっていた作品がすごかった。
タイトルは忘れてしまったが、
ある独身女性の完全犯罪を扱ったものだった。
また、ある時には映画化された「砂の器」を観た。
ラストシーン、逮捕される運命にある主人公が、
一心にピアノを弾く場面を覚えている。
勢いに乗って、清張を読み返すのも良いかも。

上前淳一郎『読むクスリ12』 文春文庫
武道合わせて28段を持つ女性、闘争本能をなくしてしまった鮎、
ジョン・ケイジの「4分33秒」、航海時代の遠因を作った豚の話、
読んで知って楽しい小話が満載。
いちいちオチがついているのがコージ苑の好みでよろしい。

荻野洋一『海外旅行マル禁ないしょ話』 竹書房文庫
こちらも小話を集めたものだが、話題は海外旅行限定。
まさか今時そんなのいないだろ、というのから、
自分もその場にいたらひっかかっちゃうな、と恐ろしくなるものまで。
まあ、多少えげつないネタもありますが、それは御愛敬ということで。



2003年08月26日(火) 一人で読むと怖い本

以前にも書いたが、コージ苑は無類の臆病者である。
例えば、一人っきりでホラー映画を観るのが非常にこわい。
オバケものならまだしも、心理的に攻められると、
「いっそ殺して」状態に陥る。
両者のダブル攻撃をかましてくれた「ブレア・ウィッチ・・・」など、
最高に恐ろしかった。
ご丁寧にラストをリプレイしてくれた七味屋氏に、
半ば本気で怒ったほどだ。

思うに、想像力というものがあるから、怖さが増幅されるのだ。
映画の場合、画像である程度イメージが限定されるため、
恐怖のレベルは頭打ちになることが多いのだが、
厄介なのは本である。
ストーリーの背後にある怖さを読みとってしまうと、もうおしまいだ。
「行間を読む」技術をコージ苑にたたき込んだ小中学校の先生が恨めしい。
うっかりこのような本に当たってしまうと、
読みながら意味もなく背後を振り返ったり、
雰囲気を明るく保つために、
クレイジーキャッツなどをかけてしまうコージ苑だ。

※※※※※

イングリッド・ベタンクール『それでも私は腐敗と闘う』 草思社
コロンビアの、ある女性政治家の半生記。
南米の政治は不安定だと聞くが、
ここに書かれているコロンビアの政治は半端じゃない。
政敵の暗殺などは日常茶飯事。
国民は、政治家に期待しては裏切られ、を繰り返し、
すっかり希望を失っている。
著者であるベタンクール女史は、あらゆる政治腐敗に「NO」を唱え、
新党を結成して政治改革を目指す。
しかし、現大統領の汚職を追及したときから、
彼女の命は狙われることになる。
しかし彼女は、「それでも腐敗と闘う」のである。

この本、本編を読んでいる分にはいいのだが、
ぞっとするのは後書きに添えられた、女史のその後の活動。
大統領選に出馬した彼女は、
選挙直前になってゲリラ集団に誘拐され、
発行当時の2000年には、行方不明の状態なのだ。
犯人はゲリラだと報道されているが、
訳者その他の分析によると、ゲリラが彼女を誘拐しても、
何のメリットもないんだそうで、
では一体「誰が得をするか?」というと、
既存の金権政治家集団・・・というわけ。
事実がどうなっているのかは、これだけでは判断できないが、
やっぱり南米って怖い。



2003年08月25日(月) 次は○○で

今日、L国から日本人の人口が一気に減った。
七味屋氏は、今日明日スウェーデン出張。
零子さんは、長距離バスに乗ってポーランドへ。
コージ苑、零子さんをバスターミナルまで見送った。
「次はどこで会えるかな」と可能性を検討した結果、
コージ苑がシチリアへ行くことで話がまとまった。
わーい、アル・パチーノに会える〜・・・わけないけど、
シチリアの太陽が早くも目の裏に浮かぶ、
先走りコージ苑であった。

※※※※※

パトリシア・コーンウェル『サザンクロス』 講談社文庫
「スカーペッタ」シリーズに一時期はまったものの、
殺人と並行して語られる主人公の恋愛模様にうんざりして、
途中でやめてしまった覚えがある。
こちら、主人公は「ハマー」という女性警察署長。
扱う犯罪の手口そのものや、解決に至る道よりも、
単純にストーリーテリングが上手い作品である。



2003年08月24日(日) 急ぎ足、L国満喫観光コース

「早起きして旧市街を観光しようね〜」と言ったくせに、
二人とも起きたのは昼も近くなってからだった。
人間そんなもんさ。

とにかく出かけた旧市街で、
零子さん、お土産と友人の出産祝いを物色。
自分のためにオレンジ色のショールを買い、
出産祝いには手編みのカーディガンを選ぶ。
コージ苑も便乗させてもらうことにして、
カーディガンと同色の、やはり手編みの靴下を購入。

急ぎ足で、教会の展望台に登る。
市内を一望できるこの展望台、観光客に人気のスポット。
コージ苑達もおノボリさんして、写真を撮りまくった。
エレベーターを下りると、ばったりIさんに出くわす。
休日の過ごし方なんて、誰も似たようなものなのかしら。

昼食は、零子嬢のリクエストでペリメニ(ロシア風の餃子)。
ゆっくりするひまもなく、ビン先生のホテルへ向かう。
先生は、午後の飛行機でポーランドへ行かれるので、
3人で空港までお見送りするのだ。
先生は最後まで、豊富な話題で私達を楽しませてくださり、
「またどこかで」という一言を残して、
さっさとゲートへ向かわれた。
つくづく、ああいう年の取り方をしたいものである。

実は零子嬢、明日の朝にはL国を出てしまう。
せっかく来たのに、旧市街だけじゃつまらないだろうと、
急遽車で半日観光をすることにした。
まず向かったのは、民俗野外博物館。
(コージ苑、今週何回目・・・)
歩いてみてびっくり、週末の野外博物館は、
いつもの数倍にぎやかだった。
主な建物の敷地内では、民族衣装を着たおじさんおばさんが、
昔ながらのおもちゃを作って子供と遊んでいたり、
広場の舞台で演劇をやっていたり。
3人とも建物そっちのけで、子供と一緒になって目一杯遊んでしまった。

お次は海へ。
(だからコージ苑、今週何回目・・・)
夕方も遅い頃だったが、町も海も大変なにぎわい。
どうやら野外ステージで、子供達の演芸ショーのごとき催しがあったらしい。
色とりどりの衣装を付けたお坊ちゃんお嬢ちゃんが、
精一杯気取ってそこらを歩いていた(←かわいい)。
コージ苑達、さすがにそこはスルーして、
アイスクリームなどなめつつ海を歩いた。

車へ戻る途中での出来事。
先日、中央市場でキノコが出ていた話をしたが、
ここでも天然のキノコやベリー類が道売りされていた。
冷やかしのつもりで見てみたところ、
何というキノコかは知らないが、なかなか良い香り。
てっきり量り売りしてくれるものだと思って声をかけたら、
「全部持って行け」と売り手のおばちゃん。
一人分にしては、扱いきれないほどの量だったので、
「半分にしてくれ」と頼んだのだが、
おばちゃんは「いいからいいから」とばかりに袋詰め。
無理矢理じゃないかよ!・・・と、ちょこっと思ったものの、
結局半分の値段で売ってくれたのでよしとしよう。

夕食はL国料理のレストランへ。
ここは、店内の雰囲気が良いということもあり、
団体観光客に人気の店である。
コージ苑達が通された席へついてみると、
隣にも日本人の観光客グループ。
・・・こういう時、あなたならどうする?

�\儷謀�に話しかけ、食事中ずっとお喋り
�△砲辰海蠑个辰董屬海鵑个鵑蓮廚醗Щ△世�
�I當未隆蕕撚饉瓩里�
�ぬ技�
�ァ屬海鵑幣貊蠅任眛�本人かよ」と嫌な顔

彼らがどうしたかは、ご想像におまかせしますが、
「あんたらだって観光客じゃん」とコージ苑は思ったね。←答えバレバレ



2003年08月23日(土) 先生とお出かけ4

ビン先生、エンジェル先生、七味屋氏とコージ苑でドライブ。
同行するはずだった零子嬢は、長旅の疲れが出たのかダウンしてしまった。
少々心配ではあったが、しばらく寝ているという彼女を残して出発。

当初、行き先はR市から1時間ほどのところにある町を予定していた。
そこ一帯は国立公園となっているため、
自然が大変美しい。
中世の城跡など巡って一日を過ごすのも良いだろう、と思っていたが、
残念なことに、どう見てもピクニック向けの天気ではない。
どよーんとした空、肌寒い気温。
これでは、せっかくの美しい自然も印象最悪。
どこかないか、曇り空にこそ映える観光名所は。

というわけで、お隣の国にある十字架の丘へレッツゴー。
暗雲立ちこめる空の下、林立する十字架の群。
ちょっとばかりホラーの香りただよう彼の地に、
今日の天気はうってつけであろう。

途中、適当な町で休憩を取りつつ国境を越えて1時間弱、
目指す丘が見えてきた。
コージ苑が以前ここに来たのは、去年の秋も深まった頃。
観光客もほとんどおらず、
十字架の間を縫って歩く自分の足音が、妙に耳についたのを覚えている。

しかし今は8月。
駐車場はほぼ満車で、ツアーバスも数台とまっている。
これだけ人が多ければ、怖いとか不気味だとか感じる余地はほとんどない。
しかも、到着した途端に晴れてきちゃったり。
何というか、ヒジョーに清々しい観光になってしまった。
まあ、風が強かったのが救いといえば救いだったが。

遅い昼食は、そこから更に南に行ったところにある町へ。
しばらく繁華街を歩いて目処をつけていたところ、
エンジェル先生のカンがビビッと働き、
割と混雑しているカフェに入った。
期待してメニューを見ると、ハンバーガー、ホットドック、フライドポテト・・・
・・・あれ?終わり??
よくよく見ると、映画館に隣接した、
時間つぶしのためのファーストフード系カフェでした。
エンジェル先生の男のカン、大はずれ〜。

R市に戻って夜は、大聖堂で教会音楽のコンサート。
オルガンはなかったが、国立合唱団と地方の交響楽団の合同演奏だった。
今日がプレミア演奏だという一曲目は、
教会音楽というよりは、スペクタクル系映画音楽のようだった。
聖堂内は、さすがに音が反響しまくって大迫力。
今回は、ビン先生もご満足のご様子だった。

夕食は、大聖堂広場にある和食レストランで寿司を食べる。
午後には回復したという零子嬢と、Iさんも参加し、
総勢6人の日本人がわいわいと入店すると、
さすがに他の客の注目を集める。
メニューを見て、「Udunっておかしくなあい?」とか、
「Misoshiroになってるよ、言った方が良いよ」とか、
妙にチェックが厳しいところはさすがに日本語教師というべきか。

ともあれ、和やかに談笑して今日はお開き。



2003年08月22日(金) 先生とお出かけ3

今日は海岸の町へ。
予習通りに切符を買い、予習通りに列車に乗り、
予習通りに到着した。
安心するけど、自分の興奮度はさすがに低い。

海岸は、もうすっかり秋の海。
泳ぐ人も少ない。
太宰だったか、秋の海を「捨てられた海」と書いていたが、
実際の現場に遭遇すると、絶妙な表現だな、これ。

ビン先生は、ここでも強運を発揮。
海から目抜き通りへと戻る道で、なんと現金拾得。
しかも割と高額の紙幣である。
大体、この国で現金が落ちているのに出くわす確率なんて、
南海時代のホークスの優勝ほど低い(=ゼロに近い)。
警察に届けようかという話も、勿論出たのだが、
悲しいかなここの警察は、あんまり誉められたものではない。
外国人が「そこでお金を拾いましたよ」と届けたところで、
その金が彼らの懐に入れられるだけだろう。
そこで、とりあえずとっておきましょうってことにしたコージ苑達って、
不正直で地獄行きかしら。

中央市場は、駅の真ん前にある。
観光ルートにも入っている場所だし、
何より先生が興味を示されたので御案内してみると、
こちらが気づかないうちに、
海岸にだけではなく、そこここに秋が来ていたようだ。
野菜売場では森のキノコが、
魚売場では初物のイクラが並んでいる。
それを見ていたビン先生、食指が動いたらしく、
急遽、本日の夕食を一緒に作ろうという話になった。
上記の「初物」シリーズと、脂ののったサケの薫製を購入。
七味屋氏宅で、手に入れた食材を調理する。

ゆっくり夕食をとった後、
シチリアからやってくる零子嬢を迎えに、
駅前の長距離バスターミナルへ向かう。
しかし、天気のせいか国境での混雑か、
到着予定時刻を大幅に過ぎても、彼女のバスは入ってこない。
夜も遅いし、ということで、先生は一足先にホテルへ戻った。

七味屋氏が先生を送ってくる間、
コージ苑は一人でターミナルを見張っていたのだが、
ふと目に付いた日本人観光客。
割と年輩のご夫婦であるが、とにかく危なっかしい。
手持ちのスーツケースを、いとも気軽にそこらに置いて、
ターミナルの入り口だか何だかを探しに行ってしまうのだ。
しかも、表示を探しているのか視線は常に上を向いた状態で、
ウエストポーチは完全にノーガード。
危ないよう、とはらはらして見ていたのだが、
もしかして彼らの目には、コージ苑こそ鞄を狙う女に見えたかもしれない。
彼らは不審げにこちらを一瞥し、そそくさと立ち去ったのである。
ええ、欧州で見る東洋人もアヤしいかもしれませんが、
現地の人間にも十分気を付けて下さいね・・・

七味屋氏が戻ってきて数十分後、
零子嬢は無事にL国に到着した。
早速、バスの中で遭遇した出来事を語る彼女。

彼女がバスを待っていると、ある女性に話しかけられた。
「日本人ですか?R市に行くのですか?」
わけがわからないまま、彼女がそうだと答えると、
その女性は紙包みを取り出し、
「これをR市で待っている男性に渡してほしい」と言う。
怪しいニオイがぷんぷんである。
変な事件に巻き込まれるのはごめんだわ、と零子嬢が断ると、
「御礼なら出します」と財布を取り出す始末。
遂に零子嬢は折れ、包みを受け取った。

しかし、どうも怖いので、車中で中身を確認すると、
自動車の窓拭き洗剤だった。
怪しい。ますますもって怪しい。
実はこの中身、ヤクなんじゃないかしらと疑いつつ、
零子嬢はバスでの時間を過ごした。

そして到着したR市のターミナル。
バスを降りると、一人の男性が近づいてきた。
「あなたですね、荷物を運んでくれた人は」
びびる零子嬢。
「私は○○石油会社の者です。いやあどうもありがとう」
そして再び「御礼を」と財布を取り出す男性を押しとどめ、
零子嬢は逃げるようにその場を立ち去った。

つまりは彼女、合法だか何だかわからないものの、
何かの運び屋をやらされたというわけだ。

彼女の旅は、スリルと共に始まったようだ。
お疲れさまである。



2003年08月21日(木) 先生とお出かけ2

今日こそ予習の成果を発揮するのだ、と張り切って、
お連れしたのは民俗野外博物館。
教わったとおりのバスに乗って30分、
迷うことなく無事に到着。
や、やったよお父さんお母さん!!

敷地内には相変わらず人気がない。
しかし、好奇心旺盛なビン先生は、
民族衣装を着た職員(というか管理バイト)をつかまえて、
建物についてあれこれ質問。
2時間ほど歩き、出口近くのショップで民芸品を買い、
雨が降り出す前に、さっさと市内へ戻った。

せっかくこっち方面に来たのだからと、
昼食はウクライナ料理。
コージ苑が頼んだウクライナ風ボルシチを見て、
先生は突然こんな質問をした。
「ポーランドのボルシチって、餃子みたいなのが入ってる?」
し、知りませんわかりませんすみません、と慌ててしまうのは、
大学時代の経験に基づくパブロフのコージ苑。
近く開催される学会での発表に必要だという話なのだが、
一体どんな研究なんだ・・・
(後で聞いたら、会話モデルに使われたんだそうだ)

食後、先生のリクエストでアールヌーボー建築群を見つつ歩く。
本場チェコのそれとは比較にならないとはいえ、
町の一区画に集中しているというのは、
世界的にもかなり珍しいという話である。
装飾はかなりすごいのだが、最近外装を塗り直したものが多いので、
どうしても最近の建築物であるかのように見られてしまう。
それでも、あの装飾がこうだ、この窓の形がどうだと言いながら、
上を向きっぱなしで歩いた二人だった。

本日の夕食は、何故か韓国料理。
メンツはビン先生とコージ苑、コージ苑の後任Iさん。
彼女は大学時代の同期なので、思わぬところで同窓会となった。
大学時代の話から、同期の最近の噂まで、
ありとあらゆる話題にジャンプしつつ、
食後のお酒までおいしくいただいて解散。

ちなみに、ポーランドのボルシチの件であるが、
以前彼の地で働いていたIさんに聞いてみたが、
餃子のようなものが入ったものは見たことがないという答だった。
そうなると、残るミステリーは、
「先生はどこでそんな噂を仕入れてきたのか」という点だが・・・

さて誰か、この謎が解けるかな。
(コージ苑無理、直接聞くなんて怖くてできない)



2003年08月20日(水) 先生とお出かけ1

時差ボケがきついだろうと、昼に待ち合わせしたのに、
先生は既に旧市街を歩いていた。
・・・元気。
既に予習した項目の一つが無駄に終わり、
心で涙したコージ苑である。
慣れないことをすると、こうなるんだよな。

午後いちはエンジェル先生のお誘いで、
アングリカンチャーチのオルガンコンサートへ。
教会自体がそこまで大規模でないのと、
何かの理由で天井を塞いでしまっているので、
思ったよりもオルガンの音が反響せず、
せっかくの選曲の良さが活かされていなかった気がする。
・・・何ていうのは、全部受け売り。
ビン先生、教会音楽まで趣味にしていらっしゃるとは思わなかった。
奥が深い。

教会を出ると雨だったので、小1時間ほど近くのカフェで休憩。
先生は、ピンク色したビートのスープがお気に召したようだ。
コージ苑、何となくあれには手が出せないでいたんだけど・・・
うーん、若さのヒケツは好奇心だな。

D川を1時間ほど遊覧する船に乗る。
風は強かったが、雨上がりの空気は町を二割増し良く見せた。
結局、風景の鑑賞に専念したというよりは、
お喋りに興じつつピンポイントで観光名所を見た、という感じ。
写真好きのエンジェル先生のカメラ、活躍しまくり。

旧市街に戻ってエンジェル先生と別れ、
ビン先生と二人でゆっくりお買い物。
早くも午前中の旧市街観光で、
ある店に目を付けたという先生。
そこはコージ苑も知らないブティックだったのだが、
セールの表示をめざとく見つけていらっしゃったあたり、見事である。
ここの特産品である、麻のキュロット(今でもこういう名称なのか?)を、
さっさと試着され、さっさとご購入。
まさに即断即決。

夕食は、宿泊されているホテルのレストランにてL国料理。
見るからに高価そうなレストランなので、
哀れなコージ苑は緊張しっぱなし。
前菜、メイン、お酒、どれも滅法おいしかった。
勿論、お値段も「滅法」だろうが、ごちそうになったのでよくわからない。

「出世払いで」と先生は仰るのだが、
これを返せる程の出世ができるのって、一体いつの話なのだコージ苑。

追伸:昨夜、先生がソフトになったと感じたのは間違いでした。
   原因は初対面の七味屋氏が横にいたためかと思われます。
   今日はいつも通りの先生でした。何となくほっとした。



2003年08月19日(火) 先生、到着

午前中、予習その2。
6月に民芸品市が開かれた、民俗野外博物館へ「バスで」行くのだ。

だだっ広い森林の中に点在する、数世紀前の建築物。
茅葺きの屋根、木材を使用した外観、
天井に渡された梁、かまどの周囲がススで黒くなっている壁、
どことなく「日本昔話」に出てくるような、
典型的な日本家屋を思い出させる造りである。

大まかなルートを決めつつ、それぞれの建物をチェック。
平日ゆえに人気のない森の中を歩いていると、
タイムスリップしたみたいな気分に・・・ちょっとはなれるかな。
(妙なところで現実的なのよ、コージ苑は)

※※※※※

午後11時。
ビン先生が、R市の空港へ降り立つ。
深夜のことなので、ホテルまでは七味屋氏が車を出す。
久しぶりにお目にかかった先生は、
何だか少し優しくなっておられた。
・・・って!いやいやいやいやいやいやいやいや、
別に今まではキツかったというわけではにゃひ←しどろもどろ

夜も遅いため、今日はホテルへお送りして、
明日の打ち合わせを簡単にしたあと失礼する。

コージ苑の観光案内、始まり始まり。



2003年08月18日(月) 予習

観光の予習は続く。
今日は海岸の町へ、鉄道を使って行くのだ。
この、「鉄道を使って」というところがミソ。
コージ苑、今までは他人の車に便乗するばっかりで、
公共の交通機関を使った国内旅行は、皆無に近い。

指南役はエンジェル先生。
待ち合わせのメッカ、チョコレートメーカー印の時計塔の前で落ち合い、
駅へ向かっていざ出発。

まず、切符を買いましょう。
最初に並んだ窓口は、待たされた挙げ句に「遠距離専用だ」と言われる。
改めて近郊線の窓口で、往復の切符を買う。
お目当ての町は、R市から30分ほどのところにあるのだが、
往復でお値段200円ほど。安いっす。
そして肝心の切符は、はっきりいってただのレシート。
コストを限界まで削減しているとみえる。
確かに近場であれば、大げさな厚紙である必要はないかと思われるが、
この手の切符は、下手をすると他のレシートと混じってしまい、
検札の時に焦ることになる。
ご用心のほどを。

欧州で列車に乗る時にはいつも思うことだが、
ちょっと車高が高すぎやしないか。
やたらと狭いくせに、段差が大きいタラップを登るのは、
若者のコージ苑でさえおそろしい。
しかも、ホームと列車の間がかなり開いているので、
サンダル等履いていようものなら、下手をすると落としかねない。
まったく、年寄りに優しくないよ年寄りに。

目当ての駅に降り立つと、そこはもう町の目抜き通り。
いかにも「海辺のリゾート」的な雰囲気をかもしだしている。
途中にあるカフェで、エンジェル先生オススメの揚げドーナツを試食。
何でも、ハイカラナイズされたミ○ドやダン○ンなんかとは違い、
先生がご幼少の頃の懐かしい味がするんだそうだ。
なるほど、これはドーナツというよりは甘い天ぷら。

繁華街を通り抜け、左に曲がって10分程歩くと、海岸に着く。
白い砂浜が延々と続き、振り返ると松林が広がる様子は、
福岡の生の松原か、千葉の九十九里か、といった印象を受ける。
海の家に入って、うっかり焼きソバを頼んでしまいそうな位だ。
(勿論そのようなものはないので、コーヒーを飲む)
さすがに日本人が喜んで泳ぐ水温でもないので、
波打ち際のあたりで貝殻を拾っておしまいにした。

帰りの列車は、座席や窓枠が木製でちょっと良い感じ。
近郊線なので、車内販売はないけれど、
その代わり雑誌売りが(多分勝手に)乗り込んでくる。
車両ごとに前口上を披露しているのが、情緒があるといえばあるかも。

これで先生の案内もバッチリさ、と安心していたら、
エンジェル先生がさらなるステップアップを提案してきた。
ということで、明日も別の場所に行く羽目に。

嬉しいんだけど・・・コージ苑ちょっと体力が・・・(フェードアウト)



2003年08月17日(日) ぶらぶら旧市街

例えば東京在住の人間は、都内の観光名所を熟知しているのだろうか。
東京タワーと浅草寺と秋葉原が見た〜い、という外国人観光客相手に、
迷わず最短距離で案内することができるのだろうか。

地元の名所旧跡については、人間は案外疎いものである。
それは多分、「いつでも行けるから」と後回しし続けた結果なのだと思う。

だ、か、ら、コージ苑が旧市街の道をあまり知らなかったからって、
「1年も住んでたくせに」とさげすむ権利は、
何人たりとも持っていないのだ。
おほほ。

というわけで、日本からお客様が来るという今になって、
あせって予習することになった次第。
今日は旧市街を歩いて、大体のルートを検討した。
ついでに観光客っぽい写真でも撮ろうと、
バッグの中にカメラを忍ばせていったのだが、
先日の写真整理の時に電池を使い切っていたらしく、
いざ電源を入れようとしても、
空しく「電池がありません」表示が出るだけだった。
一体これを何回やれば気が済むのだ私は。

道売りの民芸品をひやかして歩いていると、
さすがは観光シーズン、通常は出ていないワゴンが出店している。
ロシア製のにわとりのオモチャと、
ガラスの天使のオーナメントを購入。
着々とガラクタを増やすコージ苑であった。

他にも、適当に入ったカフェが当たりだったり、
この国には珍しくかわいらしいアクセサリーが見つかったり、
こんな観光客気分のぶらぶら歩きも、たまには面白い。

あんまりなりきると散財するけど。



2003年08月16日(土) また映画?

八月も後半に入り、このところ不安定な天気が続いている。
しかも寒い。
既に秋冬ものを新居に運んでしまったコージ苑が
着るものがなくて困っている程だ。
こんな日は外出せずに、だらだらと映画でも観るに限るね。
昨日は七味屋氏のご推薦だったので、
今日の映画はコージ苑のセレクションで。

「アンジェラの灰」
ごめん、コージ苑暗い映画好きなんだ(笑)
昔のアイルランドのどよーんとした風景が、
この作品の背景に染みついている。
映画は、主人公がアメリカに渡るところまでで終わっているが、
確か原作には続編があったはず。
自伝的小説であることを考えると、
彼はその後教師になるんだろうな。
日本語訳されているんだろうか、読んでみたいものだ。



2003年08月15日(金) 青春映画?

七味屋氏、何を隠そうジブリ好きである。
彼の家には、殆ど全ての主要作品がDVDで揃えてある。
勿論、この度発売となった「ナウシカ」は速攻予約。
本当に好きなのね・・・

ここ最近は、宮崎監督以外のものにも手を出し始めた彼。
日本から遠く離れたL国にて、今回も二本注文し、
夕食後に自宅にて上映会。
(と言ってもコージ苑と2人だけだけど)

ちなみに、本日のメニューは
「海が聞こえる」と、「おもひでぽろぽろ」。
やつめ、今夜は青春路線で攻めるつもりらしい。
ワインを飲みつつ鑑賞。
ジブリの作品はどれも知名度が高いので、
話の筋については省略。
コージ苑は、本編が終わるとすぐに立ち上がったのだが、
当の本人は青春気分の余韻を味わっていたかったらしく、
一時間近くある「メイキング」までしっかり見ていた。

・・・本当に、好きなのね・・・



2003年08月14日(木) 几帳面ではないワタシ

引越しドライブの写真を整理しようと、
パソコンを起動して、デジタルカメラを接続。
カードの容量いっぱいになった写真を読み取ると、
そこには2ヶ月前に撮ったモノが。

そういえばコージ苑、使い捨てカメラを使っていた頃から、
旅行の度に調子に乗って色々撮ったのはいいが、
現像に出さずにフィルムをだめにしてしまったこと、数知れず。

よくいるよね、「撮った」っていう事実に安心して、
写真そのものには興味を示さない人間。

よ、よくいるよね?(コージ苑だけじゃないって言って)



2003年08月13日(水) バタヤンの夏休み

バタヤンは、今週末から夏休み。
旅行に行くそうだ。

行き先は、ウクライナとドバイ。

バタヤン…個性的。

しかし、『歩き方』見てびっくり。
ドバイって、とんでもなく大都市。
青い海に白い砂、海岸線を走る道路に街路樹は椰子の木、
そこに並ぶ高層ビル群、ホテルの写真は豪華絢爛。
予備知識なしに見ると、アメリカ西海岸かシンガポールかと思ってしまう。
石油パワー、恐るべし。

バタヤン、行ってらっしゃい。
都会のニオイがするお土産待ってます。


(しかし、ウクライナの次にここに行ったら、
ギャップが大きすぎて目がくらむんじゃないか、と余計な心配のコージ苑)



2003年08月12日(火) 青い空と白い船

R市の港に、大型帆船がどっさり来ている。
聞けば、大がかりなレースなんだそうだ。
そういえば昔、祖父が「カティサーク」という飴玉をよくくれたが、
その缶に白い帆を広げた船の絵があったなあ・・・などと、
にわかにノスタルジックな気分になったコージ苑、
エンジェル先生と二人して見物に行くことにした。

幸い天気も良く、歩いてたどり着いた会場は、
ちょっとしたお祭り気分を味わおうとする市民でごった返していた。
様々な土産物やおもちゃ、ホットドッグにアイスクリームの屋台。
なるほど、これはお祭りだわ。
肝心の帆船はといえば、近くはロシアから遠くはメキシコまで、
ずらりと並んで水に浮かんでいる。
その内いくつかの船は、デッキ部分を一般公開しているらしく、
観客はお目当ての船の前に、長蛇の列をなしていた。

コージ苑達はといえば、船を眺めつつお土産物色。←何してんだ
最近気づいたのだが、民芸品というものは「最後に買おう」とすると、
必ずあわててつまらないものを選ぶ羽目になるのだ。
良いものは見つけたときに確実に押さえるべし。
ということで、本日の戦果は二つ。
バラのつぼみの手刺繍が入ったクリーム色のスカーフに、
L国の伝説に登場するキャラクターのイラスト入りトランプ。

後日パソコンにうつした写真には、
抜けるような青い空と、優美な姿をした帆船が、
綺麗なコントラストをなしていた。



2003年08月11日(月) 歩く広告塔

最近、お気に入りの中華レストランがある。
3ヶ月ほど前にオープンしていたのは知っていたが、
情報誌に掲載された、その口上に胡散臭さを感じたのだ。

「中国からの国賓も絶賛の料理人が、スシマスターになります」

思いっきりインチキくさい。
っていうか、スシマスターって何なんだ。

そんなわけで何となく敬遠していたのであるが、
先日初トライしてみて、これが大正解。
欧州風にアレンジされていない、いわゆるちゃんとした「中華料理」の味で、
しかもお値段は安めの設定。

それ以来、事あるごとに人にオススメしているコージ苑と七味屋氏である。
今日もエンジェル先生を連れて、その店で夕食。
エビ入り焼きそば、酢豚、ナスの醤油炒め。
全て正解。

惜しむらくはこのレストラン、ビールが少ない。
国産1種類と、アサヒと青島の中ビンだけ。
生が無いというのは、少々痛い。

まあ、そこでポイントを減らしているのは、
酒飲みのコージ苑および七味屋氏ぐらいのもので、
まるっきり下戸のエンジェル先生(何せ天使だから飲酒しない)は、
オレンジジュースをお供に、美味しい中華に舌鼓。

また一人、この店のファンを増やしてしまった。
全く、感謝状の一つや二つ欲しいものである。
でなければ、食事券10枚綴りの一つや二つ欲しいものである。



2003年08月10日(日) ツケ

一日中寝ていました。

あまりにも活動的だった今週のツケがまわってきた、
そんな感じの週末を過ごしています。

(B’zの「MARS」をバックに読んでおいてください)



2003年08月09日(土) 引越しドライブ(復路・3日目)

【8:30 払うか払わないか、それが問題だ】

どうやらツアー客御用達らしきこのホテル、
朝食時のレストランも大混雑。
ドイツ人のおじちゃまおばちゃま達が発するゲルマンパワーの前に、
コージ苑達はなすすべもなく立ちつくすのみである。
それでもどうやら自分の分を確保し、無事に朝食を済ませる。
従業員も忙しいらしく、誰もコージ苑達のことなど目に留めない。
確かに、私達はどこから見てもホテルの宿泊客。
しかし、シングル料金に含まれるのは1人分の朝食代。
エキストラ扱いの七味屋氏は、料金を払わなければならない。
そうこうしている内に、皿の上の料理を食べ終えてしまった。
相変わらず忙しげに立ち働く従業員の方々、呼び止める隙もない。
さて、どうするか。

こんな時、「ラッキー」とその場を立ち去ってしまうのが、
大方の反応であろう。
特に、意志の疎通がままならない言語圏ならなおさらのこと。
だが、公務員である七味屋氏は、
世間一般がその職業に対して抱くイメージのごとく真面目で正直なのだ。
彼はわざわざ従業員の1人をつかまえてきて、
身振り手振りを交えつつ、「とにかく払う」という話に持っていったらしい。
日本の皆さん、某省も悪い人間ばかりじゃないみたいですよ。


【13:00 穴場?】

行きと同じ道じゃつまらないからと、
PLの真ん中より北の方を横断することにした。
地図上では、こちらの方が距離が短いように感じるのだが、
出発前に聞いたところ、道が悪いのでかえって時間がかかるとのことだった。
入り込んでみて納得。
比較的まっすぐだった南の国道に対して、
こちらの道はくねくねと曲がっている。
これじゃトラックも敬遠するわけだ。

その代わり、と言っては何だが、
このルートは湖の多い地方を通るので、
美しい景色を眺めながらドライブを楽しむことができる。
(カーブを無事曲がるのに必死の運転手以外は)
途中見かけたある町などは、ちょっとしたリゾート風な場所で、
こんな所に、と驚く程観光客が多かった。
イギリスの湖水地方、とまではいかないにせよ、
ゆったりした湖と森が続く田舎町。
もしかしてこれは穴場発見か?と勇んだ2人だったが、
時間の都合で当然、今回は通過のみ。


【21:00 最後の国境(LT→L国)】

今回の旅行最後の国境越え。
ただいまL国!
・・・と、こういう時にはある種の感慨がわくものだと思っていたが、
それがそうでもなかったりした。
何せ、PLからこっち、だだっ広い平原がずーっと続いており、
景色に変化がないので、「これがL国だよ!」ってもんがないのだ。
ま、それはR市にたどり着いてからのお楽しみということで。

【23:00 久々、L国の夕食】

マクドでした。
グローバルスタンダードの味がしました。
ああ、L国って感じ・・・なわけない。

ともあれ、一大プロジェクト「引越しドライブ」、
事故もケガもなく無事終了。


★本日の走行距離:800km



2003年08月08日(金) 引越しドライブ(復路・2日目)

【8:30 出発】

このホテル、主に「お母さん」が経営しているらしい。
昨夜の夕食も、彼女が電話片手に作っていたが、
朝食のテーブルにも、手作りらしきジャムなどが並ぶ。
こういうの、ちょっとホームステイ気分で大好きさ。
隣の席には、新聞を広げる初老の男性。
他にも宿泊客がいたのか、と思いきや、
彼はここの「お父さん」だった。
見ると、彼の朝食メニューもコージ苑達と全く同じ。
彼はそれを「手ぇ抜きやがって全く」と思っているのか、
はたまた「毎日ホテルライフみたいでラッキー」と思っているのか。


【12:00 国境(D→PL)】

今日はケンタロウ氏の誕生日。
国境近くのインターで休憩した時、
携帯メールで「おめでとう」を送る。
返ってきたのは、「これでもうオッサンや」という嘆きの声。
いやあ、まだまだこれからさ。
(とか言ってるあたり、年くった証拠かなあとも思ったり)

EUを不満に思うひとつは、パスポートのスタンプである。
みんな同じでつまらん。
しかも、押しもしない所も多いし。
別にスタンプマニアってわけじゃないけど、
やっぱり「行ったよ」っていう痕跡が欲しい。
しかしPLはまだ加盟前。
めでたくオリジナルのピンク色したスタンプを押してもらえたのでした。


【20:00 どこかで見た町】

目指す町、Torunが見えてきた。
町を守るかのように横たわる川。
その向こうにぼんやり見える旧市街。
どこかを思い出すようなこの配置・・・
「R市だ!」
コージ苑と七味屋氏、2人同時に声を上げた。


【21:30 ホテルあれこれ】

迷走に迷走を重ね、やっとのことで見つけたホテルだが、
団体観光客が入っており、二人用の部屋がないとのこと。
もうこれ以上知らない町を車でうろつきたくないコージ苑は、
高くつくのを承知でシングルを二部屋頼もうとした。
すると、フロントのお姉さんがちらりとこちらを見て、一言。
「シングルは勿論、一人用の部屋です。
だから、我々は貴女から部屋代をもらいます。
でも、そこに他の誰がいても、私の知ったことではありません」
…いいのか?それ。
フロントの注意書きに思いっきり、
「プライベートのお客様は、夜10時までにしてね」って書いてるけど。
…まあ、いいのか。
ここは結果的に、今回の旅行中、最安値を記録したホテルとなった。

そんなこんなでチェックイン。
宿泊カードに記入していると、背後に感じる強烈な圧迫感。
何だ何だと振り返ってみると、
あり得ない程巨大な人間が立っていた。
コージ苑の胴体ぐらいある太股。
モビルスーツでも着込んでいるかのような上半身。
二の腕には、お約束のタトゥー。
さらに金髪の美女つきというのもお約束。
まさに全身筋肉のその男性は、今夜のVIPであるらしく、
ホテルのマネージャーらしき人物が、彼のサインを求めていた。
あれはきっと有名なボディビルダーか、重量挙げの選手に違いない。
後ほど七味屋氏が言うには、
「結局誰なんだかよくわからないけど、
有名みたいだからサインと写真をねだればよかった」。
やめなさいよミーハーだから・・・

ホテルのレストランにて、遅い夕食をとった時のこと。
何しろ疲れきっており、ここで下手な失敗を犯したくなかったので、
コージ苑の注文は「トマトソースのリングイネ」。
予想では、赤いトマトソースがたっぷり絡まった、
平たいパスタが出てくるはずである。
しかし20分後、コージ苑の前に置かれた皿には、
「ミートソーススパゲティ」がのっていた。
無いなら無いって言ってくれれば…
いや!決めつけてはいけませんコージ苑!
もしかして「トマトソースのリングイネ」をここの言葉に訳すと、
「ミートソーススパゲティ」になるのかもしれないし←絶対無いから


★本日の走行距離:800km



2003年08月07日(木) 引越しドライブ(復路・1日目)

【6:00 出発】

今回の旅行のペースときたら、全く「休む間もなく」といったところ。
結局、新居にいたのはたったの1日半である。
あれもしたかった、これもしておけばよかったと、
後ろ髪をひかれる思いで鍵をかけ、帰り道のドライブが始まった。


【10:30 湖にて】

何の因果か、二人とも昨夜寝られなかったために、
朝っぱらからモーローとした頭を抱えている。
最初の国境を越えたあたりで朝食がてら休憩をとり、
コーヒーをブラックで流し込んだものの、
それから数時間、高速沿いの単調な風景を眺めていると、
危うく意識を手放しそうになる。
意識はまだしも、命を手放す羽目にはなりたくないので、
ドイツのChimseeという湖まで来たところで、
胃痛の危険と引き換えに、再びカフェイン摂取。

コージ苑が呑気に湖の写真など撮ろうとしている横で、
七味屋氏は何だかお悩みの御様子。
聞けば、ミュンヘンで勤めるかつての同僚達に、
連絡しようかどうしようかと迷っているらしい。
しかし、そばにいたのが単純なコージ苑なので、
彼のこの迷いは「すれば」の一言で片付けられてしまった。
その言葉に従ったのか、眠気で思考を放棄したのか、
ともかく彼は電話を手にとり、ミュンヘンに連絡をとった。


【11:30 ミュンヘン】

ドイツ南部の町、ミュンヘンに到着したのは昼前のこと。
コージ苑が前にこの町を訪問したのは、
それはそれは遠い昔、大学2年生の夏休み。
同行のパンダ嬢と一緒に、ビアホールで一杯やった記憶がある。
その時のビールが美味しかったから、というわけではないが、
この町に対しては、積極的な好印象を持っていた。

2度目にミュンヘンを歩いた今日も、
その印象は変わらなかった、というかレベルアップ。
立ち並ぶビル、美味しい中華料理、
欲しいものが何でもありそうなアジア食材店、
食べたいものが何でもありそうな高級食材店、
って結局お前は食い物で町をランク付けするのか(するんだな、これが)。


【19:00 フランケン地方、とある町】

外はまだ明るいこの時間、
ガソリンの残量がほとんどゼロになったと同時に、
ドライバーのHPにも貧乏ランプがついた模様。
大分距離も稼いだし、今日はこの辺で泊まろうということに。
高速を離れてたどり着いた町の名前はHofといった。
ホテルの標識があったので、それに従って走る。
「街道沿いの旅籠」といった風情で建っているそのホテル、
どうやら今夜の宿泊客はコージ苑達だけのようだ。

七味屋氏によると、この辺はフランケン地方というらしい。
(怪物君だ怪物君だ、と騒いだあなたは、コージ苑と同世代ですな)
経営者のおばさんが作る地方料理と、地ビールをおなかに入れると、
半徹夜の疲れがどっとやってきた。
本日もお疲れ様でした。


★本日の走行距離:700km



2003年08月06日(水) 引越し本番(2日目)

【11:00 七味屋氏、再び緊張】

大学時代の恩師、S教授夫妻と会う約束のコージ苑。
その間「お茶でもしてる」という七味屋氏だったが、
待ち合わせ場所のまん前にあるカフェに陣取っていたため、
ものの見事にこちらの一行と鉢合わせ。
またもや初対面の人々に囲まれ、
かつ教授陣に質問攻めにされ、
コーヒーもろくに咽喉を通らなかった彼、お気の毒。


【12:30 だらだらイス】

先生方と別れ、デパートを歩く。
ちゃぶ台程の高さのテーブルを探したのだが、
予想通り見つからなかった。
これについては長期戦を覚悟する。

しかし、ここでコージ苑に運命の出会いが待っていた。
そこはアウトドア用品が並べられたコーナーだった。
折りたたみ式デッキチェアの一群の中に、
コージ苑の目を引く一つがあった。
竹製で出来ているそれは、部屋でだらだらと過ごすのにちょうど良い具合。
名づけて「だらだらイス」。
布張りのものよりは汚れも目立たないし、
思ったよりチープなお値段、ということで購入。


【14:00 ぶっひー嬢宅】

連日の労働で疲労困憊の七味屋氏は部屋へ戻り、昼寝をする由。
コージ苑は昨日の約束通り、ぶっひー嬢宅を訪問した。
麦茶などいただきつつ、積もる話に花を咲かせる。
気心の知れた人とのお喋りって、何て楽しいんだろう。


【19:30 夜の風景】

ぶっひー嬢、七味屋氏と三人で夕食をすることに。
何と素晴らしい事に、コージ苑の新居付近には、
比較的安くておいしいレストランが並んでいる。
そのうちの、SLOの田舎料理を出すという一軒に入った。
まずは当然のようにビールで乾杯。
銘柄数は少ないが、SLOのビールも中々おいしい。
後は各々、肉・魚・野菜と一皿ずつ注文し、お約束のシェア。
前日の日記にも書いたことだが、
やはりレストランメニューでの野菜の豊富さは、
L国はここにはかなわない。
緯度の差が、そのまま料理の彩りの差、といったところだろうか。

ぶっひー嬢を送る頃には、もういい加減遅い時刻だったが、
それでも街灯がともる道々には、多くの人々の姿があった。
夜、人通りが多いということは、治安もさほど悪くないということだろう。
これからこの国に住むコージ苑、少し安心。

部屋に戻ってくつろぎモードに入った途端、
明らかになる一つの問題。
カーテンが無いっていうのは、やっぱり落ち着かないものだ。
(離れているとはいえ、向かいから丸見え)



2003年08月05日(火) 引越し本番(1日目)

【9:30 秘密の会議】

といっても、別に大したものではなく、
来年度の授業担当を決める学科会議である。
使われた言語は、日本語。
コージ苑の母語、日本語。
外国の大学なのに、日本語。
会議中、改めて言葉が分る感動を味わったコージ苑であった。

そして、来年1年間、コージ苑が担当するクラスは次の通り。
1年生の文法 6時間
2年生の古典 2時間
3年生の古典 2時間

…古典……
要復習。というより学習。←受験以来忘れきっている


【11:00 アパートの鍵貸します】

会議が思いのほか長引いて、約束の時間ギリギリにフラットに到着。
家主の奥様の、部屋の設備などについての説明が一通り終り、
やっとのことで鍵がコージ苑に手渡された。

新しいコージ苑の城、とりあえずは掃除が必要。
前の住人が、靴をはいたまま部屋へ上がるタイプだったのか、
裸足で歩くと、足の裏が「ススワタリを踏んだメイ」状態になるのだ。
すぐ近くにスーパーがあるので、そこで雑巾や洗剤を買い込んで、
引越し作業はじめ!

各自の担当として、
コージ苑がふき掃除をして、「きれいな床」面積を広げるそばから、
七味屋氏が車から荷物を運び上げる、ということに決まった。
双方、背筋に思いっきり負担をかけ、また自らの運動不足を呪いつつ、
小1時間ほど作業に没頭。


【14:30 七味屋氏、緊張】

ぶっひー嬢と零子嬢が、見物がてら応援に(この順序大切)やって来た。
二人のお嬢様方は、完全に夏仕様の装いである。
対するコージ苑、いかにも「北国から来ました」的服装。
生地の厚さからして違うんだもんなあ…

お嬢様方とコージ苑が部屋に上がってからは、女3人の独壇場である。
七味屋氏、言葉もなく置物と化していた。
しかし、その場の勢いで遅い昼食を一緒にとることに。
彼の試練は続くのだ。
まあ、仕事の一つだと思って、ここは諦めていただくしかないだろう。

昼食は、大学近くのピッツェリアで、ビールとサラダバー。
SLOのサラダバーは、日本人にもお馴染みの野菜がたくさんで嬉しい。
(L国、ちょっとカルチャーショックな食材満載でねえ…)
肉体労働の後のビールが、それは素晴らしくうまかった。


【16:00 SLO式100円ショップ】

「日課の昼寝をする」という、シチリア在住の零子嬢と別れ、
3人連れ立ってSLO版100円ショップへ。
ちなみに、こちらの通貨単位は「SIT(トラール)」で、
そこは正確には「199SITショップ」だった。
「そのうち1EURショップになるんでしょう」とぶっひー嬢談。
なるほど。しかし微妙に値上げじゃないか、それ。

ダイ○ーとは行かないまでも、結構色んなものがある店内を巡って、
ぶっひー嬢は引出しの中仕切りなどプラスチック製品を、
コージ苑&七味屋氏は工具などを選んだ。

しかし、後にその工具を使ってみた結果、
質はかなり悪い事がわかった(一日で壊れた)。
まさに「安かろう悪かろう」を地で行っているが、
ダ○ソーの方がもうちょっとマシだった様な気がする。
進出してきてくれないものだろうか。


【18:00 迷走ショッピング街】

ぶっひー嬢に教えてもらったショッピング街に行ってみる。
かなり大規模であろう事は地図からも想像できたが、
到着してみて圧倒された。
そこはまさにショッピング「街」。
一つの大きな建物の中に、様々なショップが入っているのではなく、
それぞれに駐車場まで備えた店舗ビルが、
見渡す限りに立ち並んでいるのだ。

しばらく車でまわってみたが、
全体像がつかめない上に、どこに何があるかが全く分らないため、
程なくお手上げ状態になる。
結局、ホームセンターでシャワーヘッドだけ買って引き返した。

いくら広いといっても目の届く範囲の規模がいい。
気を取り直して、以前利用したインタースパーへ。
「とりあえず今日いる物」と購入したのは、ベッドカバーと扇風機。
想像した程ではなかったが、やっぱり暑いSLOであった。



2003年08月04日(月) 引っ越しドライブ(往路・3日目)

【9:00 出発】

設備まあまあ、安めの宿泊代、簡単だがたっぷりの朝食。
欧州でこんなホテルに出会う度に、日本の宿泊事情を思う。
日本のホテルは、その殆どが充実した設備を持っているが、
いかんせん料金が高すぎる、と思うのはコージ苑だけか。
素泊まりで5千円以上するなんて、貧乏旅行にはちょっとつらい。

少し前にニュースで仕入れた情報だが、
日本は「観光立国」目指して、一都市一観光地計画を進めるとか何とか。
(コージ苑の出身地、九州某県の「一村一品」そのまんま)
コージ苑思うに、観光地というのは「創る」ものではなくて、
自然発生的に「ある」ものなのではないかしら。
それよりも、少しでも交通費と宿泊費を安くする方向でいった方が、
まだしも観光客にとっては魅力なんじゃないかなあ、なんて。

そんなことを思いながら食べる、ちょっと塩辛いドイツの朝食。


【9:45 IKEA】

・・・などとエラそうに言い散らした30分後には、
新居に持参する台所用品を買い揃えるべく、
IKEAで威勢良くカートを押すコージ苑。
イエース、アイアムニッポンジンガール(ちょっと過ぎ)、
色々言ってもやっぱりお買い物大スキー、なのだ。
鍋釜のセットからカトラリー、食器、包丁に至るまで、
広い店内を駆け巡り、買いも買ったり2万円。
生活に必要なものだから、あまり罪悪感も感じず、満足マンゾク。


【13:30 ザルツブルグ南のサービスエリア】

D-A間の国境は、高速に乗ったままノンストップ。
さすがEU。
わずかに残る両替所の看板と検問の建物が、
かつてそこに存在した国境を感じさせた。

ちょっと感動した、昼食時のひとコマ。
レストランの看板に、季節限定のメニューが書かれていた。
「この暑い夏にオススメ!チリソース付きシュニッツェル、ポテト添え」
結局いつもと同じじゃ・・・
(だめ!コージ苑、それを言っちゃだめよ!)

ここから予想するに、冬限定のメニューはこんなところだろう。
「この寒い冬にオススメ!ホワイトソース付きシュニッツェル、ポテト添え」
オーストリア万歳。


【16:30 国境】

今回コージ苑達がとったルートは、
アルプスのお腹を突き抜けて国境越えするもので、
SLOに入るまでに、5km程度の長いトンネルが3本ある。
途中、出入り口が完全に見えない所での、
片側一車線通行は、閉塞感を感じて精神的に少々きつい。
それが理由か、国境はほとんど無人。
待ち時間ゼロで、無事SLO入りすることが出来た。


【17:30 新居(予定)手前の道】

往路、コージ苑がくたくたの七味屋氏を鬼のごとく急かせたのは、
ひとえに家主の都合を考えたからであった。
あまり深夜の到着になると申し訳ない、
夕食時になってしまうと、それはそれで気が引ける、
ということで、ちょうど良い時間に到着するよう、気を付けたのだ。

それなのに。

中心街に入って車を止め、指定の番号に電話すると、
「今日は仕事で市外に出てて、戻らないの〜」と奥様談。
メールした時にはそんなこと言ってなかったのに・・・
と、ハンカチを噛みしめて泣き崩れるコージ苑であった。


【19:00 ホテル クローナ】

どうしようもないので、ここまで来てホテルに宿泊。
かなり切ない。
インフォメーションでリストをもらい、
駐車場付きで値段の折り合いがつくホテルを探すと、
中心地から10km程離れた町に、良さそうなところが見つかった。

正直、あまり期待もしていなかったのだが、
そのホテル「クローナ」は、とても居心地良かった。
特筆すべきは、冷房がついていること。
暑いし疲れているし、という体にとって、これはありがたい。
加えて、レストランで食べた夕食も上々。
往路が無事終了したお祝いに、今日はビールを2本に増やして乾杯した。

★本日の走行距離:500km



2003年08月03日(日) 引っ越しドライブ(往路・2日目)

【9:00 出発】

ホテルの朝食は素晴らしかった。
ふかふかのパン、かりかりのベーコン、
とろとろのスクランブルエッグ、そしてあつあつのコーヒー。
窓から見える中庭には、涼しげに水をたたえたプール。
さあ、今日は午前中観光して、
どこか美味しいレストランで昼食をとり、
午後はプールでひと泳ぎして昼寝して・・・

お嬢さん、妄想ふくらみ過ぎ。
とっとと荷造りして出発だ。


【12:00 国境】

PL-D間の国境で、審査待ちの車は2キロの列を作っていた。
昨日同様、人々は時間つぶしに散歩したり、ちょっと森に入ったり。
そこへ、商魂たくましいPL人がやって来る。
まず、造花売りのお姉さん。
一台一台、車の窓を覗き込んでいる。
「いらない」と言うと、割とあっさり引き下がるのだが、
果たして一日でどの程度売れるのか、
人ごとながらちょっと心配になる。

それに対して、確実に収入を伸ばしているのは、
窓拭きのおじさん達である。
彼らは、「窓拭きいかがっすか〜」等と無駄な問いかけはしない。
問答無用で、洗剤をフロントガラスにぶっかけるのだ。
ボルビーも、そんな彼らに無理矢理きれいにされた。
「頼んでないもんね」と言って払わない事も出来るのだが、
そうは出来ない「2人の優しい日本人」は、
昨日おろした現地通貨を、礼の言葉と共に手渡したのだった。←弱い


【13:30 ポツダム近郊のサービスエリアにて】

その質の良さで名高いドイツのアウトバーン。
噂では、ヒトラーが戦車用に造ったため、
やたらとアスファルト層が厚くて、結果丈夫なんだとか。
真偽のほどはともかく、なるほど走りやすい。
L国に赴任する前はドイツ勤務だった七味屋氏、
「いいでしょ?いいでしょ?」としきりに言う。
余程ドイツに入ったのが嬉しかったらしい。

サービスエリアで昼食をとったのだが、
当然のごとく、支払いはユーロである。
実はコージ苑、ユーロを実際に使うのは今回が初めて。
本当にマルクが無くなったのだと、改めて実感した。


【19:00 ニュルンベルグ】

「マイスタージンガー」で有名なニュルンベルグ。
ソーセージの美味しい店があるとかで、
少々早い夕食をこの町でとることにした。
下道に入り、窓を開けるとムッとする熱気。
何だこの異様な暑さは、と温度計を見ると、39℃を示している。
最初は温度計が壊れているのかと思ったが、
町のあちこちで同様の表示を見るに至って、
これが恐ろしい事に事実であると確信する。
欧州、特に南欧が異常気象だとは聞いていたが、まさかこれほどとは・・・

そんな天気にも、一つだけ良いことがある。
猛暑の中で飲むビールって、最高。
この地方独特の、ちょっと細長くて小さいソーセージが、
またビールに良く合うのだ。
酒の肴専用に開発されたのか?と疑いたくなる程である。

旧市街の中央広場には何故か、
7000匹のプラスチック製のウサギがずらり。
周囲の古色蒼然とした建築物と、モダンアートな緑色のウサギ達。
ちょっと不思議な風景だった。


【22:30 インゴールシュタット】

ミュンヘンまであと一息、という距離にある、
インゴールシュタットという町で、今日は宿泊。
インターを下りてすぐ近くにある、
こぢんまりとしたホテルに部屋をとった。
すぐ目の前にあるガソリンスタンドでビールを買い込んで、
就寝前に軽く乾杯。
どうやらこの旅行、毎日のシメはビールということになりそうだ。


★本日の走行距離:830km



2003年08月02日(土) 引っ越しドライブ(往路・1日目)

2003年度における、コージ苑の引っ越しドライブ開始。
8日でバルト海−アドリア海を往復する。
・・・無謀?


【6:00 出発】

早朝のR市、まだ人通りは少ない。
そんな中、アパートから荷物を運び下ろすコージ苑と同行七味屋氏。
まるで夜逃げである。
VOLVOのトランクから後部座席、果ては助手席の足下にまで、
過積載すれすれまで荷物を積んで、

さあ出発!!

エンジンの音も快調に走り出したボルビー(今命名)。
しかしその1分後、
七味屋氏「・・・地図忘れましたね」
コージ苑「・・・そうね」
君らはどこへ行く気だ。


【9:00 カウナス(LT)】

難なく国境を越え、LTのカウナスに到着。
休憩がてら、朝食をとる。
週末の朝からやっているレストランがあるだろうかと心配したが、
難なく見つかり一安心。
実は去年の秋に宿泊したホテル付属のレストランである。
当てにして行ったわけではなく、全くの偶然。
七味屋氏が現地通貨を持っていたので、
支払いには困らなかったが、
現在のレートが分からず、ちょっと怖い。
まあ、円暴落のニュースも聞かないから大丈夫だろうけど。


【10:30 国境】

さすがにハイシーズン。
国境には車が長蛇の列をなしている。
こうなるともはや、私たちに出来ることは何もない。
外に出てタバコをふかすお父さんあり、
子供の手を引いて散歩するお母さんあり、
自転車に乗って近場のスタンドに買い出しに行くトラック野郎あり。
(どこに積んでいたんだ)
結局1時間待ちで、無事PL入国。

国境を越えてまず目に入ったのは、
LTへの入国審査を待つトラックの群れ。
試しにはかってみたら、5キロ続いていた。
下手したら3日待ちとか、あるんじゃないだろうか。
運転手は「のんびりいこうぜ」的雰囲気で、
前が少々進んだからといって、さっぱりつめようとしない。
環境にも優しい北国のトラック野郎である。


【15:00 PL国道沿い】

その問題は、とあるガソリンスタンドで発覚した。
即ち、小銭がないと、トイレに行けない。
そしてスタンドにはATMが無い。
七味屋氏は自分の生物的特徴を生かして、
「自分はそこらの森でできるから」と、涼しい顔をしている。
ふん、男だと思って威張っちゃってさ←八つ当たり

にわかに緊迫した車内であったが、
近場に野外トイレを設置した休憩所を発見する。
そのトイレったらもう、隅から隅まで野外トイレ。
第一トビラが閉まらず、客(?)は外から丸見えである。
交互に入り、一人が押さえておく作戦で、
コージ苑のあられのない姿をさらす危険を回避。

生理的欲求が満たされたところで、昼食にする。
PLのスタンド事情が少々不安だったので、
簡単なお弁当を作ってきたのだ。コージ苑えらい。


【20:00 高速】

ここに至るまでの運転で、すっかり疲れ切った七味屋氏。
何せ、片側一車線が延々と続き、
人々は対向車を視認しつつも猛烈な追い越しをかけ、
決して広くはない道路は時に3車線となり、
という、実に無軌道な秩序とでも言うべき状態にさらされたのだ。

そんな彼が高速に入って大喜びで「とばす」様は、
ストレスをためまくったサラリーマンが、
仕事帰りにゲーセンで機械相手にパンチをかます姿を彷彿とさせた。


【21:00 ポズナン(PL)】

疲労困憊でホテル探し。
めざとく看板を見つけたコージ苑、やっぱりえらい。
(註:免許を持たない自分は今回さっぱり役立たずなので、
自画自賛しないと肩身が狭くてやってられないって話だ)

大きな緑地帯の中にあるそのホテルは、
警備員つきの駐車場を備えていた。
荷物満載のボルビーにとって、これは願ったり。

夕食のために、町に出直す気力もなく、
ホテルのレストランでイタリアン。
もちろん地ビールつきで、ひとまず1日目が無事に終了した。


★本日の走行距離:970km



2003年08月01日(金) 毎度毎度

引っ越しの荷造り。
時と場所は違えど、やってることは基本的に変わらない。

新居に着いた途端、これを荷ほどきかと思うと・・・。

ああ、いっそ次の引っ越しまでこのままにしておきたい。

※※※※※

加藤周一/凡人会『テロリズムと日常性』 青木書店
世の中には色んな市民団体があるなあ。
凡人会というのは、東京都内在住の人々が集まって、
歴史(主に現代史)を研究する会なんだそうだ。
そこに加藤周一が講義(?)しに来ており、
本書はそこでの議論をまとめたもの。
アメリカを襲った、例の「9.11」をとっかかりに、
かつての全共闘時代を振り返り、様々な思想を織り交ぜつつ語る。
思いの外読みやすい。


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コージ苑