衒学ファンタジア...tk

 

 

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アグロ - 2005年11月30日(水)

巨像2体倒した



ワンダ&巨像 - 2005年11月29日(火)

いつぞや真夜中三時過ぎ
そこは三軒茶屋
レンタルショップ・ツタヤ

眠たい目にわずかな光をと想ひ
久々にレコードでも買おうか

ところが何故か
鹿威しが傾く勢い
プレイステイシオンの
ワンダと巨像をカウンターレジに差し出す

四時過ぎ帰宅
四時半プレイ

タジマコんちにメモリーカードを忘れてきたっぽい

メールの文

「たじさんちに、おいらのプレステメモリーカード
 忘れてきてない?」

サンライズがそこなんで
返信は期待できない

セーブ期待せず
四時四五分
○×△□ディスクロード○×△□

オープニングムウビ
うちのウーハーが朝霜を溶かす

ワンダが馬に乗る

ディスクに刻まれた大地を走る

その日
どこまで走ろうと

巨像、見当たらず

ディスクの巨像
ワレEIZOモニタ描かれず

「ほっと」カーペット上
小僧息絶える

その時わずか五時一五分であった



ミッシェル水着 - 2005年11月28日(月)

「ミッシェル水着」って知ってますか?

水着の名前じゃないよ
人の名前

どんな人だと思う?


そう、自分が勝手に作った名前なんだけど

何だか全然分かんないんだけど

「ミッシェル水着」って音の響き

すごく綺麗じゃない?


よく分からないんだけど
最近その名が頭から離れなくて

俺もそろそろヤバイかなって思います


芸名が必要になったら
響きだけで、これで行こうと思ってます

「ミッシェル水着」


こういう文章好きだな
得がない、無の文章



DB - 2005年11月27日(日)

こないだ品川で
ドラゴンボール見つけたね

改札出たスグんトコ
星4こあったから四星球っての?

意外と誰も拾わないな〜って

DBって
あと何個集めりゃ龍出てくんだっけ?
7個くらい?

残りのボールどこにあんだろ

たぶん
予想なんだけど

巣鴨に1個

堀切菖蒲園に1個

生田あたりに1個

あと、四国のどっかに1個

あと、ロスに1個

あと、たぶん、イグアナしかいないような島の海辺に
キラキラ太陽の光受けたDBが1個

あと、沼津のタモさん家に1個

ぐらいなもんか
全部で8個か

それより、google earthには感動だね

これこそ、現代のドラゴンレーダーじゃないかな

ドラゴンボール見つけてる場合じゃねーって

確かに
ビーフオアチキン買うか悩むね
ASKAも出したね(笑)



たくまーず(笑) - 2005年11月20日(日)

‐まえがき‐


つづくばっかで、
やんなっちゃうんだけど

生意気なことを言いたいワケじゃなくて

ジョジョの花京院みてーに
ただ、共感をもってくれる人がいれば
それで嬉しいだけなんだけど

反論もあれば、それはそれで嬉しいし


要は“芸術”について
真剣に考えてもらうきっかけになれば

それで、一個上のレベルで話せる感じがして
僕としては、嬉しいんだよね


‐本編‐


芸術とは何か

自分、2005年08月20日のリポートで
こんなことを書いている


「芸術とは、創り手の心を
 何かで他人に伝えること」


8月20日の自分と
今の自分と考えることに
間違いでは無いが、少し摩擦を感じるので

8月20日の馬鹿な自分を
フォローしてやると


「芸術とは、創作者の魂を
 カタチにすること」


これに尽きる


創作者以外の他人が
作品を見て、触れて、感じて
どう受け取ろうと

それは僕の言う“芸術”から言うと

あくまでも二次的な現象だ


大切なのは
創作者が、

自分のやりたいこと
人の意見や、世間体や、縛られた環境を
意識しないで

本当にやりたいコトだけ
ただそれだけで
完成されたカタチがあることだ


それを言い変えて僕は

魂のカタチ = 「芸術」

だと思っている


要するに

“芸術に深みがある”というのは
“その人間の魂に深みがある”ということになる

ということは

その人間の魂に深みがなければ
その人間自体が面白くなければ
その人間自体に魅力がなければ

それはそのまま、その人間の作品に
反映されるのだ


僕は、ここで文章を書くとき

例えば面白い文章を書きたいと思ったとき

“面白い書き方”を考える前に、
“テクニック”を考える前に、まず


“面白い人間”になろうと考える


まず“魂を操作する”


それは、ここを4、5年前から
書き続けて、心で理解したことなんだけど


そうすると、自然に
面白いフレーズや、言い回しが
魂から勝手に出てくる


こぼれてくる


ここで改行し、ここでは“僕”と言え
ここでは“自分”と言え

統一感など意識しなくても

全体のエネルギーが
それをカバーしてくれる


魂のテンション
モチベーションの継続が何より大事なのだ


だから悲しい文章を書く人の魂は
本当に悲しいのだ

嘘くさい人間は、魂がボロボロなのだ


僕は自分の魂の操作するために
必死で自分と見つめ合う結果

人の魂まで、見えてしまうようになった

そして人から
「心が読まれる」と恐れられるようになった…


映画の芸術性ってのは

   フレームのサイズでも
 色調でも
    フィルムでもビデオでも
       シナリオでも
 役者でも
        演出でも
監督の知名度でも

なんでもない


結果的に、そこに現れるだけだ


そんなの小手先のテクニックは
料理で言うなら

お子様ランチの旗みてーなもんだ

芸術性ってのは、
作品トータルで見なければ、観えない
作品トータルで分らなければ、解らない


TAKESHIS’に話を戻せば

これほど創作者の魂を
分かりやすく出した作品は無い


これは、僕が
たけし映画ファンだからとか
そんなイエスマンの意見じゃなくて

北野武という人間が
頭にこびりついて
テクニックどうこうじゃなく
商業的どうこうじゃなく
とりあえず外に出したい画だけを

とりあえず次から次に出し
集めて一つのカタチにしたという

そういう観点から言っている


ブレずに
最後まで魂の命令に従った
TAKESHIS’



芸術性?

これこそ芸術なんだよ



たけしーず�� - 2005年11月16日(水)

…と、TAKESHIS’の映画の感想書いてたら
お友達のYちゃんも見てたのね

http://octobersky.at.webry.info/

まぁね
そう思う(笑)


ただ、娯楽性は無いけど
芸術性はあったかな

あった、というか
芸術性自体、人それぞれの“考え方”なんで

芸術性が有るか、無いか、の前に

何をもって、芸術なのか

芸術という言葉の定義を明確にしなければ
僕が何を言おうと、書こうと

意味が無いんだけど


「芸術とは何か?」

考えたことの無い人は
まず、自分の“芸術”の定義を明確にしてほしいです

「この作品は芸術的だ」と言うとき
又は思うとき

何をもって芸術的だとしているのだろう


映画に絞って考えてみたとき


色使いだろうか?

構図だろうか?

フィルムだからだろうか?

ビデオだからだろうか?

シナリオが良いからだろうか?

役者が良いからだろうか?

衣装・美術が素晴らしいからだろうか?

編集が良かったからだろうか?

音楽や音に魅了されたからだろうか?

演出が見事だからだろうか?

監督が有名だからだろうか?

上記のいくつかが当てはまって
結果的に良いからだろうか?


何をもって芸術だと思うのですか?

直感でもいい、いつも感じていることを

ハナクソほじりながらでも
オナニーしながらでも
そのままもうちょっと考えてほしい


自分の芸術に対する答えは、いつも決まっている



…次回に続くピョン



たけしーず�� - 2005年11月15日(火)

こないだ日曜の夜
先輩と新百合ワーナーへ
「TAKESHIS’」観に行きました

今日も眠いので、落ち着いたら
ゆっくり書きますが

“僕は”面白かったです

けど、人にはお薦めしません(笑)

なんせ、マニアックな映画ですので
たけし映画を知らない人は
テリーギリアムの
ブラザーズ・グリムを観た方がいいです

そっちの方がよっぽど
家族や恋人同士楽しめ
夕食の話題もサビのテンションで埋められます。


「TAKESHIS’」を面白いと言って
自分が特別な人間だ…と思われたいみたいな

そういうことは全然なくて

もちろん
この映画の“つまらなさ”も分かるし

でも、確かにこの映画の“面白さ”は
僕の中では存在していて

結果的に

“面白さ”が“つまならさ”をカバーして
勝っただけなんだけど


「つまらない」の要素に「意味が分からない」
ってのがあって
それは、自分もストーリーに関して言えば
全然、意味が分からないんだけど

「映画とは…、監督とは…、芸術とは…」

みたいな観点からだと

実は
凄く意味の分かる作品
つじつまの合う作品だと思う


次回へ続かせて



宿題タイム - 2005年11月10日(木)

それにしても眠い

今、10日の朝4時半


眠いとき

何を考えるかっつーと

眠ることを考える


早く帰って

早く寝て


あと何を楽しみに生きればいいんだろ

何処へ向かえばいいんだろ


その難しめな宿題

夢の中持ち込んでいいですか?


その中で解いていいですか。



だからのんびりと - 2005年11月07日(月)

詩というのは
いきなりフワッとくるもので
いつ、どの瞬間
自分に訪れるのか分からない

カーテンのシャツを着た
浮ついた空を見たとき

乗り物の速さに
心だけ置き去られたとき

疲れてるとか
かさぶたが剥がれかけてるとか

自分の体調など
もしかしたら
詩とは直接関係ない

だからきっと
詩は待つしかない

自分から、自分の詩を見つけようと
その為に必死で努力しても
きっと本当の詩には辿りつけない

その人の中に眠ってる詩

詩は、死とよく似てる



由来 - 2005年11月05日(土)

静岡県の人しか
伝わらないかも知れませんが

「ジャンボ・エンチョー」っていう

日曜大工とか
東京で言うハンズみたいな店があって

昔からワケ分かんねぇふざけた名前だなと思って

たまたま今さっき調べたら
会社の沿革に


“会長・・・遠藤長太郎”


普通の解答が
普通のゴシックに乗ってやってきた感じで
ジャンボは謎のままなんだけど



殿 - 2005年11月04日(金)

最近の深夜番組
なんでクイズ番組ばっかなの?

だったらアメリカ横断を是非

そしてお笑いウルトラも



お決まりの頃 - 2005年11月02日(水)

続き

…と言っても、最近は忙しいので
本の読む暇が無いので

これ以上書くことがなくなってしまいました

なんで、本話(ホンバナ)は終わりにして
話、全然変えて

店話(ミセバナ)していいですか?

…

よくレストランとかで言われるんですけど
自分はこないだ某カレー屋の店員に言われたんだけど

「ご注文お決まりの頃お伺いします」

って言うでしょ

…?
これってどういうこと?

「ご注文お決まりの頃お伺いします」


「注文する品が決まったら、その頃見計らって来る」
ってこと?

要するに、もしかして、心が読めるってことなの…?

え、ホ、ホントですかって…


…でも、カレー屋の兄ちゃんがカッコよく言うもんだから
それなら分かりましたと

いつも通りメニュー見て
注文するの決めて

メニュー置いて
その兄ちゃん来るの何も言わず待ってたんです

…

後から来た客が
店員呼びつけて注文してたりすんだけど

自分は信じたいんで
「馬鹿だなぁ、呼ばなくても決まりの頃来てくれんのに」
と思いながら

待ってたんです。


…
ところがあの兄ちゃん、
向こうのテーブル拭いてたり
たまにこっちをチラッと見たりするんですけど

何故か一向に
“お伺いしてこない”んですね

「あのぉ…僕、今、お決まりの頃なんですけど…」

みたいな

…

まぁ、それでも
やっぱり言ったことを信じてあげたいんで
その後もしばらく(かなり)
兄ちゃんと目を合わさずに黙って

そのかわり
決まったことを強く念じながら、いつ来るのか待ってたら

なんか
カウンター向こうで兄ちゃんと、店員数人が集まって
ちっちゃな声で

「そう言えばあのお客さん、まだ注文聞いてなくない…?」

みたいな言ってるんです

「たぶん、つい忘れたんだ」
と思って

で、ここでやっと兄ちゃんが来たんですけど
驚くことに、僕にこう言うのです

「ご注文、お決まりですか?」


…?

え?

ちょ、ちょ、ちょっと待って
お、お決まりに決まってるでしょ


そうじゃなくて次に出る言葉は
「何にしますか?」じゃない?


兄ちゃんが来る時点で
“お決まりの頃”なんだから

決まってて当然でしょ

だったら次は“注文を伺う”だろ、と


「10時にお伺いします」って言った奴が

時間に来て「今10時ですか?」って言ってるようなもんで

しかもこの兄ちゃんの場合

11時に来て「今10時ですか?」って


完全に期待を裏切られました…

…

まぁ
分かりきった実験でしたが

結局

「お決まりの頃伺う」ってフレーズは
いい意味で捉えるなら

“いつも気にしてます”ってことだと思うんだけど

本来の姿は
できるワケがないタダの嘘なんだから

カッコよく見せたい気持ちは分かるけど
嘘はダメだろ…と(笑)


皆さんはどう思いますか?
おかしいと思いませんか?


とりあえず皆さんの意見がまとまった頃
またお聞きします



ねむ〜ぅ - 2005年11月01日(火)

続き

親子もんの話、弱いんだよね
リリーフランキーだっけ
買ってさわりだけ読んだけど、面白いです

続く



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