風のひとり言
kaze

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■ 大晦日

今年も一年が終わろうとしている。
今日は大晦日・・・
21世紀最初の年は激動の年だった。
国内では・・・・・・時事ネタ省略(爆)

自分の今年を振り返れば・・・
これもまた変化に富んだ年だった。
仕事や家庭には、さほどの変化がなかった・・・(と思うが、気付いていないだけ?汗)
ネットを始めて、ネットにはまって、ネットに明け暮れて、ネットで終わる・・・
とまぁ・・・自分の中でネットが生活の一部になってる・・・←依存症?

でも・・・
色々な出会いもあった。
ネットを通じ、
話しをするようになった、身も知らぬ多くの人たち。
その中で、心を通わせることが出来た幾人かの友だち。
そしてとても大切な人・・・

来年は一体どんな年になるのか。
いや、どんな年にしようか。
受動的でなく、能動的に、自分から仕掛けていくことが大切だ。
さて・・・
羽ばたく事ができるだろうか?

今年1年・・・ありがとう!>ALL<来年もよろしく^^


2001年12月31日(月)

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■ ひとり言

今年も残すところあと1日。
振り返ればこのHPを立ち上げて、既に41日経ったんだなぁ・・・
それにしても我ながらよく続いていると思う・・・ひとり言(苦笑)

遡って読んでみると・・・色々あるねぇ(笑)
そこに色々な自分がいる事に改めて気付かされる。
その日、その時、何気なく書いているものでも、
こうして並べてみると、様々な自分がいるもんだ。
けど、ここにいるのは紛れもなく自分ひとり。
その日、その時の精神状態で書くとこうなるものなんだなぁ(笑)

そう言えば昔から書くことが好きだった・・・か?
ノートの隅や教科書(は落書きだったかも)に思った事を
ふと書いている事が多かった。
中学の頃には、それ専用のノートまで作って、思いついたときに
それこそ殴り書きのように書いた事もある。

今でも、手帳は手放せない。
ここを始めてからは尚更だけど、思いついた事、考えた事を
書き留めておくようにしている(そうしないと忘れるもんで・・・(爆))
自分としてはそれが、面白かったりしてる。
結構、意外な自分発見にも繋がるかもしれない。

年が明け、いつまで続くかわからないけど、
取りあえず続けられる限り、書いていこうと思っている(笑)
(更新を楽しみにしている方もいらっしゃるし(爆))


2001年12月30日(日)

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■ 心の大掃除

もう暮れも押し迫ったことで、大掃除もしなくてはいけない。
家の中もそうだけど、今年一年ためてきた心の大掃除も。

きちんとその時々で、整理してきたつもりなのに
今は乱雑に散らかっている感じかな(笑)

この前引き出しにしまったはずの宝物が、
いつの間にか目の前に出てきていた・・・
しかも前より輝いている・・・・・・
どう捉えるべきか?

でもだからと言って、またしまい込む事はやめよう。
またいつかしまう時が来るかも知れないけど、
そのときが来るまでは・・・
しかし、いつの間にか出てきているという事は、
俺の本心がそれを求めているのかなぁ・・・ってそう思う。

もう1度・・・その宝を見つめて、考えよう。

しかし、宝だからこそしまいこんで封印したはずなのに
誰だよ・・・開けたのは・・・(ぶつぶつ)

2001年12月29日(土)

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■ 恋愛と友情

恋愛にはいつか終わりが来る
仮に二人がゴールしたとしても、
結婚生活において、その感情を持続させていくのは至難の業。
結婚すれば夫婦の感情は、
恋愛感情からまた違った感情へと変化していくものだと思う。

では友情はどうだろうか?
気のあった仲間、お互い気心が知れている仲間とは、
付き合いも持続する。
お互いに心が通じ合い、精神的に支えあうことが出来れば、
その友情は半永久的に持続できるように思う。

何故友情は続いて、恋愛には破局が来るのか。
両者の違いはなんだ?
共存できるものは、そこには存在しないのだろうか?

恋愛の波に漂うと、安心感や安定感、満足感が得られる。
人は更にそれ以上を望んでしまうのだろうか?

自分にとって本当に大切な人に対しては、
一体どう接すればいいのだろう。
短く燃え上がるような恋愛をするのか、
長く安定感のある友情を選ぶのか。
欲を言えば、
恋愛から友情に発展させる事だって可能のはず。
しかし・・・それは後退なのか・・・

只今闇の中・・・手探り中・・・

2001年12月28日(金)

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■ 信頼と信用

先日の新聞に、巨人の監督に就任した原監督のインタビューがあった。
その中に、こんな一説が・・・

『選手に対しては、信頼関係というか、「お前を信頼している」という気持ちで話したいな、と思ってます。ただし、「信用しちゃうとまずいかな」とも思っています。信用しないとはいいいませんが、信用がマイナスに出る、逆に出た時に、がっかりするわけには行かないわけですよ。信用までして、ガクーッとなったら、試合は挽回できない。だから、信頼はしているけれど、信用はなって、どっかに線を引いておかなければいけない。』

この記事を見て感じた事・・・(50字以内にまとめよ・・・←違)
ハテ?信用と信頼?違うんだっけ?
ということで辞書をひくとこうなる。

信頼・・・信じて頼りにする事、信用して任せる事
信用・・・確かだと信じて受け入れる事、評判がいいこと、信頼される事

なんだ・・・辞書も同意語でくくってあるじゃん(笑)
しかしよくよく考えてみると、言いたい事はわかる。
「信頼」はあくまでもこちら側の意思によるもの。自分の思いってこと・・・
対して「信用」は時に相手側にプレッシャーを与えてしまう言葉。
普段何気なく使っている言葉で、しかも使い方を分けて考えた事もなかったが、
深読みするとこんな事もあるんだね。
やるじゃん!若大将!(爆)

しかし・・・若大将に面と向かって
「君たちの事は信頼してるけど、信用はしないからなぁ〜」
って明るく、しかも爽やかに言われる選手たちは「???」だろうなぁ・・・
しかも人は、良い事と(信頼してるよ!)悪い事(信用してないよ!)を同時に聞かされると、
悪い事のことばかり覚えているものじゃないかなぁ・・・
強烈に残るような気がするけど・・・
(どうせ監督は俺らのこと信用してないんだろ!)って・・・

そんなひねた考えをするのは、俺だけかもしれないけどね(笑)

2001年12月27日(木)

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■ Xマス翌日

クリスマスが終わった翌朝の渋谷。
午前8時・・・
街角には・・・・門松!
おいおい、本当に気が早いというか、焦らせてくれるというか・・・
街が人間を煽り立てるなんて・・・イヤ・・・

今日でほとんど消え去ったイルミネーション・・・
今年は結局見に行かなかったなぁ(苦笑)

数年前よりクリスマスイルミネーションが派手になった。
雑誌でも特集されたり、各地で競い合いようにイルミネーションに取り組んでいる。
で、普段家族孝行していない父親は、そのイルミネーションツアーにつれて行く事を思い立つ(笑)
会社のある渋谷に連れて行き、表参道(今はやめたけど)、恵比寿、新宿、羽田と、結構あちこち行ったかなぁ・・・
こちら埼玉に越してからは、あまり行かなくなったけど、また来年から行くことになるかも知れない(苦笑)

結構イルミネーションって、ずっと見てられるもんだよね。
光の洪水の中に飲み込まれていると、時間を忘れて呆然と立ち尽くす・・・
幻想的なイリュージョンに、自我を忘れてしまう感じかな。

今は、全国各地でそんなイルミネーションがある様子。
あちこち見てもそんなに大差はないんだろうけど、
それでもやはり見てみたいな。

今度は・・・家族連れじゃなくて(爆)←大謎^^;;


2001年12月26日(水)

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■ 大切なあなた

いつもあなたのことを想っています
いつもあなたのことを考えています

たとえ離れていても
心だけは繋がっていたい

あなたがいるから 元気になれる
あなたがいるから 素直になれる
あなたがいるから ・・・・・

言葉にしなくても伝わるもの沢山あります
あなたの気持ち 受け止めてます
わたしの気持ち 受け止めてくれますか?

これからも・・・ずっとあなたを支えていたい
これからも・・・ずっとあなたを見守りたい

いつもあなたを優しく包み込める
そんな風となって吹き続けたい

哀しいくらいあなたのことが
好きだから・・・

メリークリスマス

あなたに出逢えたことに 感謝・・・


2001年12月25日(火)

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■ クリスマス

今日はクリスマスイブ。
皆さんそれぞれ色々なクリスマスを過ごしているでしょう(笑)
クリスマスの思い出って言えば・・・
思い出せない(苦笑)←健忘症
なんか特に思い出ってないのが辛いかなぁ(爆)

で、我が家のクリスマス。
うちには12・10・2と3人のお子ちゃまがおりますが、実はいまだにサンタを信じていると言うお話し(笑)
さすがに6年生にもなって信じているのは意外(というか心配)なんだけど、
言い方変えれば純粋なのかなぁとも思う・・・

毎年12月になると子供部屋の窓にサンタへの手紙を貼る子供たち。
夜中にそれをこっそり見に行く偽サンタ(爆)
結局子供達が欲しいプレゼントを用意するんだけどね。
ある年、欲しい物が売り切れで手に入れることが出来なくて・・・
結局別のものを用意した時には、子供たちは不満顔。
「仕方ないじゃない。小さい子から順番にプレゼントが行くんだから欲しい物がもらえなくても」
というこの台詞にしぶしぶ納得。
でも、このおかげで更に信じてしまった様子。
何度か「サンタはパパたちでしょ」って聞かれたときも、とぼけて
「知らないよ。パパたちだったら、欲しい物あげるはずでしょ」って言葉に簡単に納得「そうだよねぇ」・・・おいおい・・・

数年前には、夕食のおかずを別皿に盛り、
「サンタさんへ・・・お腹が空いてたら食べてくださいね」と手紙を添えて食卓に。
結局偽サンタは、何とか平らげました(爆)
それを見た翌朝のれいちゃんは「その場で食べていってくれた」と大喜び
これで更に信じ込んだらしい・・・
偽サンタも疲れるわい(苦笑)

それにしても、来年中学生なんだから・・・もう少ししっかりしてよね@れいちゃん


2001年12月24日(月)

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■ FIGHT!

傷つくことを恐れては前に進めない・・・
後悔する事を恐れては前に進めない・・・
とにかく一歩踏み出す勇気を持って、
前に進んで行けばいい

仮に傷つき、心を痛めたら
ゆっくりとその痛めた心を癒せばいい
時は残酷だとも言われるが、
でも時は心を癒す最高の友でもある

心にぽっかりと開いた虚空のような深い溝は、
時が必ず塞いでくれる
癒すことを焦らずに、ゆっくり、時間をかけて・・・
完治すれば、また羽ばたけばいい
前へ前へと進めばいい
後悔しない、新しい旅へ。

がんばれ!


2001年12月23日(日)

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■ 有馬記念

さて、今年もいよいよ大詰め。
残すとこあと数日となってしまった。

大詰めと言えば有馬記念!←ちょっと無理が
別に競馬が好きとかって事ではないけど、(でもちょっと好き)
数年前は付き合いでよく買ってました。
だからまぁ「有馬記念」と聞くと、暮れだなぁと感じてしまう。
で、予告(某掲示板にて)通りのお話しです(笑)

さてさて・・・今年の有馬は・・・
ん?・・・
きまり!(笑)
勝手な判断の一点買いで決まりです。

よく競馬は、インフォメーションやデーターなどに暗号が隠されている・・・って言われる。
また有馬記念は、その年の最後を飾るのに相応しいキーワードが表われるとも・・・
何が来てもおかしくないのが有馬記念。
10年前の有馬では、JRAのインフォメーションに「名優たちの競演」と出て、
メジロマックイーンとダイユウサクで万馬券となった。
名優=俳優・・・スティーブマックイーン、松田優作・・・
その他にも数々あるんだよね(興味がある人は、その手の本売ってます)

さて今年の大きな出来事・・・
9月のニューヨークでのテロ事件・・・
皇太子殿下にお子様誕生・・・
もうそのまんまです。(笑)
4番のマンハッタンカフェと13番のメイショウドトウ・・・
メイショウドトウの母親は「プリンセス」という名前の馬。
つまり妃殿下の子供が走るとなりゃ、そのまんまじゃないですか。
勝たせなきゃ、皇室に申し訳が立たないくらい(爆)

と言うことで、4−13の一点買い・・・
買ってみる気ありますか?
気になってきたでしょう(笑)
でも・・・来てもおかしくないくらい本命筋だから(爆)

ん?一番人気のテイエムオペラオー?
ダメ・・・あれが来たらJRAは困る事になる。
だって、かのシンボリルドルフの栄光を消す事になるから(笑)
JRAにとっては、ルドルフを超えて欲しくない筈。
と言うことで、政治決着でなし。(但し2着はありえる)

結果についての苦情その他、一切受け付けません(爆)

なんか・・・マイナーなネタだなぁ・・・

2001年12月22日(土)

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■ 本心

自分の本心が
見えるものだったら良いのに・・・

本心が見えれば
間違った判断も下さなくてすむ
自分の思ったところに
辿り着くことが出来る

でも・・・
本心が見えないからこそ
自分がわからないからこそ
生きていて
楽しいのかもしれない


2001年12月21日(金)

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■ 謝辞

当HPもお蔭様をもちまして、開設1ヶ月が経ちました。
また、訪問者1000という偉業(?)を成し遂げたのも、
ご贔屓くださる皆様方の支えがあればこそと、誠に感謝の極みにございます。
一口に1000と申しましても、実は私が半分以上・・・
いえいえ決してそんなことはございません・・・
(でも3分の1は・・・それもないか・・・)
1000はまだまだ通過点でございます。
これから2000、3000、5000、10000、15000、
20000、50000、100000、・・・・行き過ぎ・・・
とまぁ・・・目標は大きく!(内容は薄く)目指して頑張らせて頂きたく思います。
これもまた、支えてくださる皆様方の暖かいご支援、ご声援の元、
このページが存在するわけでございますので、
今後とも、何卒よろしくお願いする次第でございます。

さて、このページを開設した本来の目的の中に、
私に対する誤ったイメージを持たれていた方々への救済(=誤解を解く)の意味を込めまして、
如何に私が馬鹿な奴かを曝け出そうという思いがございました。
私的には、結構勝手気ままにひとり言&日記なぞ書いているわけではございますが、
まだまだ、誤ったイメージが先行している様子でございます。

私のリアルを知っている方に言わせれば、
「まだまだ物足りない」というお叱りも頂きます事ですし、
ここはひとつ、更なる飛躍(?)パワーアップを心掛け、精進する次第でございます。
(出来なかったらごめんね ←結構軽い・・・)

どうか今後ともご贔屓頂きますよう、心よりお願い致しますとともに、
店主一同(一人です)またのご来店を心よりお待ち申し上げております。

ちなみに励ましのメールは随時受付中です。(笑)
掲示板に書き込んで頂いてもOKです。
また・・・ネタを提供してくださった方(ひとり言の題材)には感謝の気持ちとして、
あなたのお名前を入れた「ありがとう・・・○○さん」を、本文に掲載すると同時に、
今なら、心の中で3回お礼を呟かせて頂きます・・・(いらないって?・・・汗)


ほんとに・・・馬鹿・・・(^^;;;;

2001年12月20日(木)

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■ 記憶にございません・・・汗

親戚の伯母さんとかに会うと、ろくな事がない・・・
会うたびに「あの○○(俺の名前)ちゃん(今でもちゃんづけ)がねぇ・・・立派になって(全然立派でない)伯母さん嬉しいわ(何で嬉しい?)」
会うたび、会うたび・・・それもかわるがわる、色んな人に言われるもんだから、うんざり・・・
と言うより、せめて俺の子供の前では止めようよ・・・その話。
女房は慣れたもんで「色々聞いて知ってますから(苦笑)」程度なんだけど、
子供たちはそうはいかない。
「何々?パパの話し?聞かせてぇ〜」とまぁ目の色輝かせて・・・(こんな時だけ)

やめてくれぇ〜父親としての威厳がぁ〜〜〜
(はなからそんなもんないでしょ・・・@妻の突っ込み・・・泣)
まぁ・・・確かに色々やりましたよ。本当に・・・
でもね。一つお願いが・・・
「俺の記憶にない話で盛り上がるなぁ〜」
しかも・・・毎回脚色してないか?・・・汗


2001年12月19日(水)

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■ 好き嫌い

ネットの人間関係って、前にも書いたけど・・・
自分でも試行錯誤してるのかなぁ・・・(苦笑)

例えばチャットでも、○○がいるから入室するの止めようかなぁとか、
××と話したいなぁって思ってる・・・
と言う事は、自分自身で気付かないうちに、
自分なりの振り分け方で人間関係を形成してるって事だよね。
実生活でも話しの合う人、合わない人、信頼できる人、そうでない人、
などに分かれるのと同じ事だよね。

ただ、リアルと違っていい点もある。
嫌だったら行かなくていいって事・・・
学校や会社だと、どんなに合わない人間がいても、それが嫌だと言って、
登校拒否や出社拒否はそう簡単に出来ない・・・
しかしネットの世界は、行かなくてもそれでOKなんだよね。
これって、結構気楽なことだよね。
それ以外は、普通の人間関係と、そう大差はないように感じる。
互いに顔が見えないって事も、同じ状況下なわけだし・・・
そんな意味では、リアルよりも気軽なものだよ。

人間関係には、当然好き嫌いがある・・・
現実の世界で、誰にでも好かれる必要はない。
まして、ネットの世界で誰にでもいい顔している必要なんか絶対にない

2001年12月18日(火)

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■ あの人・・・

いつもそこに居たはずのあの人は、もういない
いつも大きな声で喋っていたあの人は、もういない。
もう2度と、ここで会うことも話すこともない。

横を見れば、
主を失った机がぽつんと置かれているだけ。

寂しいのかと自分に問えば「全然・・・」と答える。
嘘つくなよと自分に問えば「嘘じゃない・・・」と答える。

何が真実かと言えば・・・
あの人はもうここには居ないという事だけ・・・

何でこうなったのだろう?












毎朝来ては、1時間以上新聞を熟読していたから?
それとも、それが終わると1時間以上携帯をいじくって遊んでいたから?
それとも、それが終わるとずっと瞑想したまま居眠りするから?
それとも、何も言わずに出かけて、夕方まで帰ってこないから?
それとも、この1年間まともに仕事しなかったから?


何が理由でこうなったんだろう・・・



ウィルス君@リストラ候補 �癸�・・・
15日付で退社。
形式的には自主なんだろうけど、実はクビなんだろうな。
当たり前と言えば当たり前。
遅すぎといえば遅すぎ。

ただ一つ腑に落ちないのは、
なんでそんな人1年も雇ってたんだろう?

2001年12月17日(月)

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■ こわい話2

前にタイトルで「こわい話」ってつけたら、思いのほか来場者の数が増えた(笑)
来てくれた方には失望させてしまったかもしれない「こわい話」だったけど、
本当にタイトルは重要だね。

と言うことで、「こわい話」第2弾!(爆)
ところで、一体どんな話がこわいんだろう?

� 峅饉劼�倒産しそうだぁ・・・」
  うん・・・これはある意味こわい話だけど、ごく一部の人の話しだなぁ

�◆崕�房に秘密がばれた・・・」
  うんうん・・・これも違う意味でこわいよなぁ(笑)
  でもこれも当事者だけがこわい話で、
  実は周りは笑い話にしてくれたりする←あぁ素晴らしき友情(爆)

��「某国がテポドン(あっ!言っちゃった!)を日本に撃ち込む」
  おぉ〜これはこわい!
  こわいけど、実は真剣に怯えた毎日なんて過ごしてない(笑)

結局、「こわい話」ってのは別に幽霊話だけではないし、
人によって感じ方も捉え方も全然違うって事だよね。
まぁ・・・「こわい」に限らず、何にでも通用する話だけど。

では・・・皆さんを裏切らないために、本当にこわい噂・・・(笑)
某テレビ番組(全国ネット)で放送される、心霊写真・・・
あれは・・・実は・・・
CGで作ってるって噂(爆)←あくまでもウワサですので(汗)
これを信じてしまうところが、実は一番こわい話ではないでしょうか(笑)

ちなみにうちの娘たちも心霊写真を見て怯えていたので、
しっかり本人の写真を使って作ってあげました(大爆)

2001年12月16日(日)

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■ 逃した魚は・・・

今、年末ジャンボが発売されているけど、
年末ジャンボには苦い想い出が・・・(笑)
もう5年以上前になるけど、
当時民放の深夜番組で、グループ買いした結果発表をやっていた。
下3桁の数字を発表して、1桁ずつ紹介していくんだけど・・・

コタツの前に夫婦で座りおもむろに買ったくじを並べる・・・
TV「次の番号の下3桁は、361」←番号はうそ
俺 「おぉあるじゃん」
TV「361のその上は!・・・2!」←だから番号はうそ
俺 「おぉあってる!」
TV「2361のその上は!・・・4!」←だから・・・しつこい!
俺 「うそぉ!当たってるじゃん!」(座りなおす)
TV「42361のその上は!」
俺 「うんうん・・・その上は?」
TV「6!!」←・・・・・・・・
俺 「うそぉ〜当たったぁ〜(ちなみに最初の番号は全て1)」
狂喜乱舞、飛び交う怒声のような歓喜の声(その間30秒)
TV「さて・・・組です」
俺 「え?くみ?・・・くみぃ〜〜〜?」
TV「組は42組!」
俺 「・・・・・・違うじゃん・・・・」
転落・・・暗雲立ち込める雰囲気・・・黙りあう夫婦・・・
俺 「そうだよね・・・当たる訳ないよね・・・」

結局当たりは、組違い賞で100000円・・・
普通に考えれば、10万の当たりは大喜びのはずなのに、ひどく安く感じる・・・
そりゃそうでしょう。6000万のはずが10万へ転落だよ。
組違いったって、せめて100万は欲しいよぉ〜←かなり贅沢なワガママ
ちなみにこの時は連番で買ってあったので、当然前後賞もついている
つまり・・・1億円あった(はず)のにぃ!
逃した魚はでかかった・・・(涙)
それにしても・・・前後賞の組違いって、1円にもならないんだよね・・・なんか不満

ある年の大晦日の光景でした(爆)


2001年12月15日(土)

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■ 会話

人の会話って面白い。
よく聞き耳立てたりしてしまうんだけど(笑)
駅のホームで、電車の中で、道で通りすがりに・・・
思いがけない言葉や、思いに出会う事だってある。

この前の女子中学生の会話は、
「アンパンマンと食パンマンはどちらが強い?」で白熱した論議を交わしてたし(爆)
電車の中では、携帯でアリバイ工作(?)してる人も・・・
「今○○駅なんだけど、少し遅れちゃうな。ごめん」←じつは違う駅(笑)
思わず突っ込みを入れたくなる会話もしばしばある。

男「(窓から通勤客を眺めながら)何でこんな特別な日にみんな仕事行くんだろう?」
女「えっ?なんか特別な日だったっけ?今日」
男「だってさぁ〜・・・なにげに天気よくねぇ?今日・・・」
女「そうだねぇ」
・・・って、納得すんかい!

色々な人の色々な会話、色々な考えって面白いよね。
2度と出会わないだろうその人の、顔すら覚えていないのに、言葉は鮮明に覚えてる。

人間ってやっぱり面白いものだとつくづく思う。
例えば、同じ時間、同じ環境で育ってきた2人でも考え方は全然違ったりする。
人間って複雑だけど、楽しいものだ(笑)
これも・・・人間ウオッチング?(人間ヒアリング?(爆))

と・・・ここまで書いたところで、妻から
「『聞く』って事は、そこに意識を持っていく事だから、
聞き耳立てるということは、すごい嫌な行為だよ・・・」と怒られました(泣)
反省します...... ( 〃..)ノ ハンセイ

だって・・・だって・・・聞こえちゃうんだもん・・・ってダメ?


2001年12月14日(金)

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■ こわい話

この前あるレポーターと仕事をしたときの話。
このレポーターとは初対面なので、今までどんな仕事してきたのかと、彼女の名前でネット検索。
「ネットって便利だなぁ〜・・・ふむふむ・・・そうか・・・」なんて予習した上で当日。
撮影合間の無駄話・・・
「そういえば結婚してるんだって?」
「え?してないですよ??誰がそんなこと・・・???」
「いや・・・(汗)ネットで見たんだけど・・・」
「あぁ・・・なんかそうらしいですね。すごく迷惑してるんです(怒)」
「いや・・・俺が書き込んだわけじゃないし・・・すんません・・・」←なんで謝る!

とまぁ、こんな話は日常茶飯事らしい。
何度も書くけど、無責任者の無責任発言による被害者の1人だよね。
特に、人気商売にとっては致命的なこともあるだろうし・・・
本当にネットの世界は怖いもの・・・
しかも100%信じることすら出来ないなんて・・・

今回のことも、彼女と仕事する機会があったので誤解とわかったが、多くの人たちにはその機会もないことを考えると、情報を鵜呑みにして信じちゃうんだろうな・・・
う〜ん・・・つくづく怖いもんだ


2001年12月13日(木)

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■ 文章

文章は書く人を表すと言う。
御多分にもれず、自分の文章もそうらしい(苦笑)
人の書く文章ってやはり、それぞれ特徴がある。
夏目漱石だって芥川龍之介だって、それぞれ独自の書き方があるわけで・・・
自分は作家でもコラムニストでもないが、やはり自分の書き方、スタイルがあるらしい。

「らしい」というのは、
親友に「某掲示板に書き込みをしているのは自分」と話したところ、
「なんとなく解ってた」と言われたのである(爆)

「え?うそ?なんで?」
「わかりやすい・・・・・」
・・・・・・がくっ

本当は陰からその親友を励ましたくて、あくまでも隠しておこうと思ったが、
しっかり見抜かれていたとは情けない(笑)
(笑ってるが・・・結構ショックだった・・・)

やはり知ってる人には何事も隠し事って出来ないものかな。
自分を隠そうと思っても、どこか、自分の気付かぬところでボロがでる。
回を重ねれば重ねるほど・・・ボロがでる。
正直に生きるしかないか(爆)

まぁ自分を飾る必要もないし(飾るものもないけど)、
素のまま、地のまま、行くしかないでしょう。
自然体が一番だから! ←なんかやけ気味(汗)


2001年12月12日(水)

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■ 人の心

怒ったり、泣いたり、笑ったり・・・
人の心には、適度にそれが必要なのかもしれない。
昨日、今日と仕事上で腹の立つことがあった・・・
理不尽なことにも関わらず、頭を下げる。
無理な要求をされても、それに応えようとする。
(それがちっとも理不尽でないことだってことも自分で解ってる・・・)
でも、人の心は時には怒りも必要だね。
怒りに限らず、笑ったり、泣いたり、悩んだり・・・
それって適度に必要なんだと思う。

怒ることが出来るから、優しくなれる。
泣くことが出来るから、楽しく笑える。
その反対の気持ち、反対の心がわかるからこそ、尚一層心が弾んだりする。

ずっと怒り続けることも、笑い続けることもない。
自然のままでいけば、喜怒哀楽って周期的に来るものかもしれない。
怒ったときは心を落ち着かせ、悲しいときは楽しいことを考える・・・
簡単なようで、意外に難しいかも(笑)
だから人間って面白いのかな。
何もない平穏な日々で、平穏な心が続くとすれば、
それはまた無味なつまらなさを感じてしまうかもしれない。
だからこそ、山あり谷ありの人生もまた面白い。
(あ・・・怒りが鎮まってる・・・笑)

2001年12月11日(火)

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■ 続・時事ネタ(笑)

昨日の続き(笑)
今回のことで目に付いたのが、インタビューである。
サッチ−を目の敵にしていた人たちにばかり感想を求める。
「スカッとした」「正義は勝つ」「神は見捨てなかった」「ざまあみろ」
こんなコメントばかりを放送している。

インタビューとは怖いもので、制作者側の意図するコメントの部分しか放送では使わない。
反対意見・擁護意見などがあれば、編集でカットされる。
普通の事件でもそうだよね。
ご近所さんが訳知り顔で「いつかやるんじゃないかと思った」とか「ひどい奴」とか・・・
およそ加害者の人格を徹底的に、それも第3者のコメントを使って攻撃する。

今回の場合、まぁインタビューしたかどうかは疑問だが、
サッチ−擁護派(?)のコメントがあっただろうか?
「きちんと償って、また元気に戻ってきて欲しい」とか・・・
マスコミ側からしてみれば、こんなコメントは当然カット。

こうして、マスコミの手により「国民的悪役の誕生」となる。
まさしく「犯罪報道の犯罪」
その罪を罰することも出来ず、本人たちもその罪の意識がないからたちが悪い(笑)

結局、報道も含むマスコミとはいい加減な部分があって、
それを100%鵜呑みにするのはどうかなって話しでした。
あ・・・ちなみに自分もそんなマスコミの片隅に席を置くもの。
結局自己批判につながってしまうのが情けない(笑)


2001年12月10日(月)

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■ 時事ネタ(笑)

たまには時事ネタ(苦笑)

野村沙知代(以下サッチ−)が逮捕されて、連日報道は大賑わい。
ワイドショーでもスポーツ紙でも、あとからあとからその悪行(?)の数々を拾い集め、攻撃している。
が・・・ちょっと待った。
ワイドショーを放送しているどの局も、視聴率欲しさ、話題性欲しさで、
サッチーに出演を依頼してこなかったか?
悪い噂が絶え間なく流れているにも関わらず、
そのアクの強さをわかった上で、商売道具として扱ってこなかったか?
たかが(ごめんなさい!)野球人の妻。
略奪愛がいいのか、その毒舌がいいのか、誉め称え、おだてあげ、
やれレギュラーだ、講演だ、果ては選挙だと担ぎ出していたのはマスコミではないか。
聞けば本人のギャラのランクは、どんどん上がっていった様子。
まぁおだてられた本人が、
水着になってメリーゴーランドに乗っていた(某遊園地のポスター)のには、ぶったまげたが・・・(苦笑)

確かにサッチ−のやったことは犯罪。当然糾弾されるべきであり、償うべきである。
然しながら、誰も自分たちの過ちを認めない・・・というか、忘れ去ったかのようだ。
いつもそう。
事件が起こればその加害者だけでなく、被害者やその周りの人たちの私生活まで暴き立て、
報道したのち、後は知らん顔。
「伝える義務がある」とか「報道の自由」を盾に、悪辣なことをやっているのはマスコミではないか。
過去にもいくつも例がある。
殺された被害者のプライバシーを報道して、さも「殺された方が悪い」という書き方まである。

今回の場合、確かに芸能界に存在していたサッチーの起こした事件。
しかし、手の平返したように、一斉に攻撃する各社を見ていると、どうも腑に落ちないのである。


2001年12月09日(日)

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■ 人

壁の話の続きみたいだけど、
壁にぶつかった時は一人で悩むのは良くないと思う。
誰かに話をしてみると、意外に違う視点からの発見があるかもしれない。

人は誰かに支えられ、そして誰かを支えているもの。
「こんな自分」でも誰かの支えになっている。
「こんな自分」でも誰かが支えてくれている。
そのことをいつも忘れずにいたい・・・
誰かが必要としていることを忘れずにいたい・・・

倒れたって、つまづいたっていいと思う。人間なんだから。
考えることができる人間なんだから。
また起き上がれば良いし、また歩き出せばいい。
時には、歩きつかれて立ち止まることも必要。
時には、自分の意思でしゃがみ込むことも必要。
両膝突っ張って、無理に立ってる必要なんかない。
意地を張って、立ち続ける必要なんかどこにもない。
休む勇気。立ち止まる勇気。
そんな勇気を持つことが大事だと思う。

あせらず、ゆっくり一歩ずつ前進して行けばいい。
前を向くことを恐れず、後ろを気にせず、
恐る恐るでも一歩ずつ歩を進めていければ・・・
それでいいと思う。

立ち止まりそうな時、後ろを振り返りたくなった時、
自分の周りにいる誰かに声をかけることができれば、
きっと支えてくれるハズだから・・・


2001年12月08日(土)

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■ 虚像

ネットの中での勘違い(=思い込み)は多く見られる。
多くの人が、その問題に直面した経験があるのではないだろうか?
人は、画面に並べられた文字の背景に、相手を見出そうとする。
相手を理解しようと努める。
確かにネットの中でも、話せば話すほど相手がおぼろげながらも見えてくるが、
それは自身が創った虚像でしかない。
相手の人格を解ったつもりでも、
それはあくまでも相手の一部である事を認識しておかなければ、
それに振り回されてしまう。
所詮、相手の全てを理解することは、ネットの中では無理な話である。

虚像を持つことがいけない事だとは言わない。
ただ、イメージを膨らませすぎると、
相手の本質を見失うことになりかねない。

2001年12月07日(金)

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■ 壁

人は悩みの迷宮に入り込むと、どこへ行けばいいのかわからなくなる。
自分の行きたい道、自分の行きたい方向が定められなくなる。
答えを見つけようと、焦れば焦るほど、わからなくなる

でも、よく思うのだけど、
壁って自分自身が作ってしまってるんじゃないのかな?
乗り越えられないほどの高い壁を、自分が無意識に作っているんじゃないかな?
壁の向こうに行きたい時、
ただひたすら正面からぶつからずに、他の手も考える必要があるよね。
右をみたり左を見たり・・・もしかしたら正面の壁に穴があいてるかもしれないし、
あるいは、戻って別の道を探してみるのも一つの手段。
壁の前で佇んで、別の事を考えたりもしてみたら、
意外にその壁が低くなってたりする事も・・・

「乗り越えなきゃ」「進まなきゃ」って思う気持ちが強ければ強いほど、
他が全く見えなくなってしまう。
自問自答を繰り返しても、堂堂巡りばかりで答えが見つからない。
そんな時こそ、焦らずに一歩退く勇気を持つことも大事なことだと思う。


2001年12月06日(木)

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■ 街の灯

街の灯りがとてもきれいね〜♪って、かなり古い・・・汗
12月に入って東京渋谷は、例年通り、イルミネーションの街に変わった。
もっとも11月中旬から少しずつ点灯してたけどね。
帰り道、イルミネーションの通りを歩くと、まるで時間に追い立てられる気がする。
「ほら、もうすぐクリスマスだよ」
「ほら、もう来年は目の前だよ」
はぁ・・・年内仕上げの残務山積み・・・
あせらすなぁ〜〜〜@イルミネーション

けど、ふと思った。
数年前(?)省エネということで、夜の街に灯りが減った時、
渋谷の街も暗く沈んで、死んだようだった・・・
(そういえばあの省エネスーツってどうなったんだろう・・・)
いつの間にかそんな事も忘れ去られ、何事もなかったかのように
パワーアップして戻ってきた街の灯り・・・

「そんな事もあったなぁ〜」と活気に満ちた街中を、今日もとぼとぼ歩いてる(苦笑)

悪い思い出、嫌な思い出も早く苦笑で済ませられる日が来ればいいな・・・

ちなみに、渋谷のイルミネーション・・・
遠い方にはわからないお話になってしまったので、お詫びです(笑)


2001年12月05日(水)

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■ 夢

そういえば夢を持っていた・・・
中学・高校の頃その夢を実現しかけたことがあった。
自分の判断と、当時の状況が、その実現を阻んだのだけれど・・・

夢・・・今でも持ってるか?
その夢を実現したくて、実現に近づきたくて、
今の世界に飛び込んだはずなのに。
今の会社では夢を実現する環境がなかった。
それなのに・・・
すでに入社して15年以上・・・

忘れかけている夢は今も時々思い出す。
しかし、すでに抱えているものの大きさを思ってしまうと、
実現への行動は起こせない。

夢・・・実現しないから夢なのか
実現したら・・・それはどんな形に変化するのだろう。


2001年12月04日(火)

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■ いのち

某掲示板(毎度この表現・・・苦笑)に、死を美と捉え、心中を最高の愛の表現と考えている方がいた。
その人への自分のレス・・・

人は誰しも生きていることに意味があり、無駄な人間は1人もいない。
そして各人、生きる権利を持っている。
その権利を奪う事は、誰であろうと許されない。
自分の命でさえも、それは同じ。
人は孤独ではない。
孤独であると思い込んでいても、誰かに支えられ、誰かを支えている。
もう1度自分の周りを見まわして欲しい。
誰かが貴方を必要とし、貴方が誰かを必要としている筈だから。

とまぁ書き込んでみたものの、実は自分だって20年以上前に自らを殺すことを考えていた。
自分の存在が許せなくて、自分を破壊したいと考えていた・・・
青春期、誰もがその壁にぶつかるのかもしれない。
自分の場合、既に準備が整った時点で、友達に発覚→友達の親から自分の親に連絡・・・という経路(笑)
でばれてしまった訳で・・・
母親が泣き叫びながら、殴りに来た。
そのときの叫びと痛みは今でも忘れられない。
当時は、自分の意思で生まれて来なかったわけだから、死ぬ時くらい自分の意思で・・・そう考えていた。
与えられる愛情だけを享受する環境では、余計なことを考えるものなのかもしれない。

それから20数年。自分の意識は変わったのだろうか?
死を考えることはなくなったものの、もしかして追い込まれればどうなるか?
以前から考えていたのは、「自殺志願者は、結局いつまでもその願望を持ち続けてしまう」ということ。
果たして自分がどんな最後を遂げるかは皆目見当もつかない。

しかし当時と違うのは、自分には妻がいて子供たちがいる。
自分が支えるべき、そして支えてくれる家族がいる。
今度は自分が親となり、愛情を与え続けなければならない。
周りには自分を必要に感じてくれる人もいれば、自分が必要な仲間もいる。
1人だ、孤独だと思っていても、結局は1人よがりにすぎないのだろう。
死を美的と考え、酔いしれる方も見受けられるが、その無責任さは否めない。

なんだか・・・まとまらない(苦笑)


2001年12月03日(月)

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■ 真友

中学生の時に「真友」という題名で作文を書いた。
親友は沢山いるが、本当に真の友達はどのくらいいるのか・・・
学生時代のその瞬間の友達ではなく、一生付き合っていけるであろう友達。
そんな友達の事を「真友」と表現した。

お互いに意見をぶつけあいながらも互いに向上していける相手。
相手に意見を合わせるのではなく、自分の意見、考えを持ち、
それを臆することなくぶつけてくれる相手。
自分も相手と対するとき、背伸びをせず、無理をせず・・・
等身大の自分をさらけだせる相手。
そして、そんな自分と向かい合ってくれる相手。

中学時にそう思っていた相手とも、時の流れの中で疎遠になった。
現在はたして、そんな真友が何人いるのだろうか?
人と人との出会いは千差万別。
色々なシチュエーションがあり、
なかなかそんな相手との出会いは少なくなってきたかもしれない。
仮面を被り、自分を偽りながら生きていく人が多い世の中で、
そんな人と出会うことは稀なのかもしれない。
だからこそ、もし出会えたとすれば、その相手との関係を大切にしたい。
男女問わず、そんな相手こそ真友と呼びたい・・・


2001年12月02日(日)

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■ 逆取材

先日行った撮影現場のひとコマ。現場には小学5年生およそ80人・・・
別にエキストラを雇った訳ではない・・・
必要なのはその中の4人であったのだが・・・

実はこの日を迎える前に、準備段階として
その子たちの学校へ出向き、撮影のお願い・・・
教頭先生は快く了承してくれた・・・ところまでは良かったのだが、
「社会科実習と言うことで、撮影現場を見学させてもらえませんでしょうかね」
こちらとしてもお願いしている手前、無下には出来ず(当たり前)
「いいですよ。どうぞどうぞ」
しかし、先生の言葉にはさらに続きがあった・・・
「撮影が一段落した時間をお借りして、少し質問時間を頂けませんか?」
(え・・・なにそれ・・・そんなこと依頼されたの初めて・・・)
「勿論、質問事項はあらかじめお渡ししておきますし、お時間は取らせませんので」
(まぁ・・・こちらがお願いする立場だったわけだし・・・仕方ないよなぁ)
「わかりました。じゃあそのようなスケジュールを組みますので」
「ありがとうございます。子供たちも喜ぶでしょう」

とまあこんなやり取りで始まった撮影日。
カメラマンの前を通ってはいけないという気遣いから、カメラ後ろに80人の子供たちが続く・・・
なんと不思議な光景(爆)

一段落していよいよ質問タイム。
「プロデューサーとディレクターはどう違うんですか?」
「文章を映像化する場合、どんなところに気をつけるのですか?」
「カメラマンは伝えたい事をどう写すのですか?」
「1つの番組でどのくらい撮影するのですか?」
「使われる時間はどのくらいですか?」
などなど・・・
いやぁ・・・興味があるのはわかるが、ここまで突っ込まれるとは思わなかった。
とりあえず、全てに答え納得させた(無理矢理?(笑))上で解散。
帰り際にその子たちは、口を揃えて
「色々ありがとうございました〜」「お仕事頑張ってくださ〜い」だって!

それにしても・・・随分素直で、礼儀正しい子供たちだった事がものすごく印象に残っている。まだまだ日本の未来も捨てたもんじゃないね(笑)

2001年12月01日(土)
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