風のひとり言
kaze

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■ HPの日記

日記を書いてHPに公開するということは、
時に自分の好・不調を人に知られることとなる・・・否、ある意味、知らせているんだと思う。
リアルに出会える間柄ならば、その表情・言葉使い・仕種などで、
何も言わずともある程度察する事ができるが、ネット上でのそれは文字だけ。
つまりそのような雰囲気を醸し出す文字を並べる事をしなければ、相手には伝わらない。

自分もそうだが、このHP上での日記やひとり言に、落ち込んだ様子も書いてきた。
勿論それは意識して書いたというよりは、その時の精神状態が書かせたともいえるが、
ふと、何のために書いたのかという思いにぶち当たった。

それを書くことで、読んでくれた数人の友人たちに心配をかけてしまうことがよくある。
「大丈夫?」「どうした?」「元気出せよ」
自分にとってそれらの言葉は、時に有難く励ましにもなってきた。
そして実は、自分の深層心理の中では、
そんな言葉をかけて欲しいと願っているのかもしれないと思ってしまった。

本当に友人たちに心配をかけたくないとか、そんな言葉は要らないからほおっておいてくれとか、
そう思う気持ちが本当にあるのならば、答えは簡単なこと。
『書かなければいい』あるいは仮に書いても『UPしなければいい』
裏日記を作って、誰にもURLを教えなくても良いし、
書くことで楽になるのなら、ワードやテキスト文書で書くだけにとどめればいい。

結局ほおっておいて欲しいと思う内面では、誰かに気付いて欲しい。
あるいは、声をかけてもらいたいと願っているのではないか?
もっと言ってしまえば、
特定の人に気付いて欲しいし、特定の人に声をかけてもらいたいと思っているのかもしれない。
逆にその人だけにメールなりを書いてしまったとすれば、それは相談事になってしまう。
あくまでも自分が発信し、それを相手にキャッチしてもらいたい。
そんな願望から来る事なのだろうか?
「気付いて欲しい・・・」そんな願望から、信号を送っているものかもしれない。

「落ち込んでるんだよねぇ〜」
実はこれ、実際に会って話していれば、他愛のない会話なのかもしれない。
「この前振られちゃってさぁ〜」とか「いやぁ〜昨夜は徹夜でさぁ〜」などは、
普段何気ない会話の中で、雑談的にも成立する。
しかしこれを日記に書くとすれば、それに対する励ましや労いが欲しいのかもしれない。

う〜ん・・・
考えれば考えるほど、何も書けなくなってくる・・・
これ以上難しく考えるのはやめよう〜〜<おいおい


2002年09月30日(月)

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■ 恋

「なんで彼が好きなの?」
「なんで僕じゃいけないの?」
「だってほら・・・僕だってこんなにこんなに君のこと好きなんだ!」

・・・・(汗)
いや・・・何となく書いてしまっただけです(滝汗)
「こわれた?」とか質問はなし!

「恋は事故みたいなもの。ある日突然、それはやってくる」と表現した友達がいる。
なるほど、そういうものかもしれない。
昨日まで意識していなかった異性に対し、
今日は特別な感情を持って接している・・・
唐突にそんな自分に気がついて、驚く事もある。
まぁ、きっと昨日と今日とで何かが違うんだろうし、
そう思う何か・・・きっかけ・・・例えば言葉とか仕種とか・・・
そんなものがきっとあったんだろうと思うけど、本人はそれに気がつかないもの。

事故か・・・事故・・・事故ねぇ・・・
今は・・・敢えて事故に飛び込もうという勇気はないかなぁ。。
その後の自分・・・もがく自分が見えそうで、なかなか行動にもでなくなった<当たり前か(笑)
とはいえ、これって自分の中での理性と感情のぶつかりあいって事だよね。
どちらに軍配が上がるのか?
ただそれだけの事なのかな。

2002年09月29日(日)

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■ 映画論

先日久しぶりに女房と映画を観た・・・@ビデオ
なんだか、がっかりしてしまうくらいの超ドC級映画・・・
時間の無駄だったと思うのが悔しいが。。。(まじ無駄だった)
どうも映画ってさぁ〜2番煎じとかって奴はだめだよなぁ。
ってか、あやかり作品ってどうしても駄作が多い・・・

実は観た映画は「DEATH CUBE」という作品
かつて「CUBE」(1997カナダ)という作品があり、
これはマニアックな作品で、単館ロードショーだった気がするが、
かなり出来が良かった。
単館とはいえ、口コミで結構広がっていたようで、
御存知の方も多いかもしれない。

ちなみにこの「CUBE」という映画
ホラーサスペンスなんだけど、結構好きだなぁ。
複数の男女がある場所に監禁され、そこから脱出を試みる・・・という
文字に書けばこんなんで終わってしまう内容<うすすぎっ!
(詳細な内容を知りたい方はこちら
まぁ、作品の奇抜さと展開にのめり込んだんだけどね。
描写もうまかったし、引き込まれたんだよね。
進行はグランドホテル形式・・・
ちなみにグランドホテル形式とは・・・<ミニ映画知識講座(笑)
特定の出来事、又は特定の場所に集まった人々の人間模様を、
複数のスター俳優を起用して描く映画を指す。
かつて1932年に作成されたアメリカ映画「グランドホテル」
からその名前が取られた。

もっとも、この「CUBE」にはスター俳優は出てないからねぇ・・・半グランドホテル形式か?(笑)
タワーリングインフェルノなんかは、まさしくグランドホテル形式だけどね・・・

って話がそれた・・・
んでもってその「DEATH CUBE」・・・
ビデオのジャケット上ではいかにも前作の続編。
が中身は、似ても似つかぬさいてぇ〜〜〜な映画。
怒りを通り越して呆れたくらい・・・
内容は・・・語るも無残・・・あちこちの映画からのコンセプト寄せ集めみたいな・・・
前作を期待してわざわざビデオを借りた人を、よくぞここまで裏切れる!って感じ(笑)

まぁ・・・そんな映画もあるわな・・・(映画館に行かなかっただけ救いと思うか・・・)
いずれにしても映画といえども慈善事業ではないんで、集客しなければならず、
制作側も、勿論配給もあの手この手と必死になる。
こちら側としては、謳い文句に騙されず、見抜ける洞察力を養いたいものだ・・・
と言いつつ・・・かつて、映画の予告編をビデオで作ったこともあったが・・・
やっぱり騙されちゃうよなぁ〜〜とつくづく実感(笑)
美味しいとこしか見せないもんね<予告編
(すみません・・・その時片棒担いでいました・・・<反省)

ちなみに前述の「CUBE」お勧めします(笑)
レンタルビデオ屋などのホラーもしくはサスペンスあるいはSFなどに陳列されているかも。
んで・・・「DEATH CUBE」も並んでいると思いますので、
反対の意味で興味のある方は、お試しください(爆)

2002年09月28日(土)

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■ 「親」という者たち

親のエゴだけで子供を育てている人がいる。
親の気分ひとつで、子供をしかったりなじったりする。
それがエスカレートして、子殺しに発展する悲惨な場合もある。
ただ、泣き止まないからとか、うるさいからとか・・・
食べ方が悪いだの、口答えしただの・・・
その原因は様々あるだろうが、ほんの些細な事が原因になる場合もあるようだ。

先日あるドラマを観ていた。
その中に出てきた台詞であるが、
「親の誕生日は最初の子供と同じ日であり、同じ年齢しか生きて来てない」
つまり自分たち親は、そりゃ生きて来た年輪は重ねてきたとしても、
親業をはじめたのは、最初の子供と同時であるということ・・・
なるほど・・・と妙に納得してしまった。
確かに当たり前の事なのだが、でもきっとそれに気付かず、
親であることを誇張し、ひいては子供を萎縮させているであろう親がどれだけいるだろうか?

親としての誕生日は、最初の子の誕生日と同じ日である・・・
子供の成長とともに、親も成長していくものだ。
なんて言っても、親としては生まれたばかりであるわけなのだから、
当然そこには戸惑いも迷いもあるだろう。
生まれた子供も同じはずである。
この世に生を受け、見るもの聞くもの全てはじめてづくしの中で、
頼っていくものは、目の前にいる親のはず。
子供とともに成長していかなければならないのだ。
それを・・・何か勘違いしている親の多い事・・・

かくいう自分もそんな1人だったかもしれない。
長女が生まれた時に初めて親になった。
凡そ2年して長男が生まれた時もまだまだ若い父親だった。
自分の感情の行き場を子供にぶつけた事もある・・・
まだまだ親として、かなり未熟だったと反省ばかりの日々だった。
今考えれば「親」という着物をまとったただの若造にしか過ぎなかったと思う。
長女が生まれて10年・・・次男誕生・・・
ここで、ようやく親になれた気がする。
10年親をやり続けた成果が、次男への接し方も含む愛情溢れる眼差しを持つ事が出来たようだ。
一体、一人前の親になるには何年かかるのだろう・・・
まだまだ自分も発展途上の身。
これから先も、長女の年齢と合わせて親として成長し続けねばならない・・・
・・・そんな事をふと思った。

親だから偉いわけではない。
親は自分の子供を守ってやらねばならないはずだ。


2002年09月27日(金)

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■ 歴史

木下藤吉郎・・・
たぶんほとんどの皆さんが耳にしたであろう名前だと思いますが、いかがです?
歴史上の人物の幼少期の名前です。
その人物は・・・豊臣秀吉。

先日我が家で、「ホトトギス」の話題がでた。
家康・信長・秀吉を比較する「鳴かぬなら〜」の有名な句のことは、
小学6年生の息子も習っているようだった。
そこで「木下藤吉郎って知ってるか?」と聞いたところ、
息子は「さぁ〜聞いたことない」という返事。
中学1年の娘は、妙に自信ありげに、にこやかな表情で頷いている・・・
「じゃあ誰の事?」って聞くと、
「近所で選挙に出る人でしょ!」と・・・

・・・・・・(汗)・・・・・・いや・・・その・・・どんな話の展開で、そんな事になるんだか・・・
そりゃ区議会選挙に立候補している「木下さん」って人はいるかも知んないけど、
何ゆえ、この話の流れで出て来るんだよぉぉぉぉ<娘

まぁ・・・気を取り直して、子供たちの教科書や資料集などを眺めてみれば、
確かに「木下藤吉郎」という名前が出てこない。
自分は・・・確か歴史の時間に習った気がするが・・・まだ早いとかなのか?
冬に信長の草履を懐で暖め、主人に仕えた・・・そんな話が一切出ていない。

歴史は変わらない。されど歴史は刻みつづけられていく。
新しい歴史がどんどん生まれていくため、過去の歴史の些細なエピソードなどは、
次第に排他されていっているのだろうか?
もっとも、キャパシティを考えていけば、そうなる事も自然なのかもしれない。
それこそ膨大な情報量があるわけだから・・・
必要な事とそうでない事・・・
その精査がこれからもされ続けていくんだろうな・・・

2002年09月26日(木)

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■ 優勝

原 巨人が優勝した。
とりあえず巨人ファンの方おめでとう・・・
巨人史上最弱の4番打者!内角責めで球を怖がる4番打者!
なんて、揶揄されていた現役時代の原監督も、ようやく汚名返上できたかな(笑)
ONも成し遂げなかった就任1年目の優勝は確かに偉業。
(サヨナラ負けっておまけ付は更に偉業)
ま・・・確かに今年の巨人は強かった(てか、まとまってたね)<脱帽

今年のプロ野球ペナントレースは、
序盤戦阪神の勢いと共に、注目度もかなりあったのだが、
話題がサッカーワールドカップに移り、あの1ヶ月間が終わってみれば
巨人の独走態勢が固まりつつあった。

そして昨夜の巨人戦。
見ていた方ならお分かりだろうが、延長12回まで行った挙句のサヨナラ負け。
しかもピッチャーのワイルドピッチというお粗末さ。
実は9回裏の時点で2対1で巨人が勝っていた時、密かに阪神のサヨナラ勝ちを期待していた(笑)
別に阪神ファンでということではないのだが、7回の時点でマジック対象チームのヤクルトが敗戦し、
たなぼた式に優勝が確定していたので、試合結果に関わらず胴上げが予定されていたからだ。
試合に負けたチームの胴上げって・・・一体どんな形でされるのか非常に興味があった(爆)

結果・・・見事なサヨナラ負け。
どんな表情を見せてくれるかとテレビを見ていたら、
案の定、苦笑いの選手の多いこと。
ベンチから飛び出す選手などいるはずもなく、ただただ現状を認識しているだけの表情だった。

試合が終わり、阪神ベンチは全て引き払ったあと、甲子園球場には「六甲おろし」が響く。
通常の阪神が勝った試合での光景と何ら変わりはない。
ただ一つなかったと言えば・・・勝利チームのヒーローインタビューがなかった事か?

場内が一通り落ち着いた後、巨人はレフトスタンドの巨人応援席に挨拶に向かう。
その時にはもう、敗戦したショックから立ち直り、「優勝」を噛みしめている顔である。
その後は、マウンド上で胴上げが始まった。
それにしても、通常は勝った瞬間にベンチから選手全員が飛び出し、マウンドで胴上げが始まるもの。
相手チームもまたうつろな目で(笑)それを見ていることが多い。(今回は誰もいない)
負けたチームの胴上げというのは、やはりどこか空々しいというか締りがなかった気がする。

プロ野球の優勝はペナントレース年間140試合の戦績(勝率)で決められる。
そのため、2位以下のチームが残り試合全勝しても、その勝率に届かない場合に優勝が決まる。
そしてその目安としてマジックというものがある。
これは、あと幾つ勝つ(あるいは対象チームが負ける)を表す数字で、0になれば優勝である。

今年のセパ両リーグの覇者は共に、そのマジック対象チームが負けたことで手に入れた優勝だった。
なんだか、これでは盛り上がりに欠けてしまう。
タイムを競う競技であれば、当然1着になったチームが優勝でわかりやすい。
また、高校野球などはトーナメント方式なので、これまた優勝するために勝ち続けることを要求される。
しかし、プロ野球やJリーグ等に見る勝率制であると、どうしてもそういったことが起こりうる。
例えば優勝のかかったチームが試合のない日に決まってしまう事もあるし、
昨晩のように負け試合でも決まってしまう事もある。
何かこう、観客を惹きつけられる手段はないものなのかなぁ。
マジック1になった段階で、自力で勝たないと認めないとか(笑)
そうなると・・・また色々問題あるのでしょうがね・・・ま・・・試合方式の問題なんだろうけど。

とまぁ、昨夜のシーン見ながら、そんな事を考えていました。



2002年09月25日(水)

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■ 名前登録

先日ネット友だちと会った時、携帯電話の話になった。
ネットで知り合った人の名前を、携帯でどう登録しているか・・・

自分の場合、本名を知らない相手は勿論HN。
知ってる人の場合には、HN(本名)で登録していた。
でもこれ・・・他人が見たら妙に怪しいよね(爆)
着信の時とかにHNが表示されて、それを第3者に見られた場合など・・・
って事で、うっかり人前で操作できないよなぁ(笑)

男友達のHNは、まぁさほど問題にならないけど、
これが女友達だと、妙に源氏名みたいにならないか?(爆)
飲み屋の女の子の名前を沢山登録している感じ(苦笑)

ま・・・自分の携帯を人にいじられることは、滅多にないけれど・・・
(でも皆無でないところが危険か・・・)
発信履歴とか着信履歴なんて、すぐ出ちゃうもんだからね。

とまぁそんな訳で、一応本名知っている方は、
そのまま本名で登録し直しました。<あしからず
でも・・・いざ本名で着信あったときに、
「誰これ?」なんて事にならないように頭にINPUTしておかないと(これが不安)

それにしても、ネット友だちからいきなり本名呼ばれた時には驚いた(笑)
一瞬「誰のこと?」って間があったもん・・・(自爆)


2002年09月24日(火)

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■ ネット恋愛とは・・・

出会いはネット・・・バーチャルの世界での出会いであった。
だが、実際に何度か会えばそれは現実のことと相違ない。
出会い方が問題ではなく、その後の互いの感情が問題であるから。
ネットでの出会いは、多くの出会い同様に「手段」に過ぎず、
そこから互いにどう発展していくかだけが重要だからだ。

ネット恋愛といわれているものの多くは、
実際に会うことも叶わず、互いの感情を文字だけで交信する。
それはやはり、リアルとの違いが出てくる。
しかし、出会いはネットであっても、リアルに交際を続けたもの同士は
「ネット恋愛」とは呼ばない。
それは極普通の恋愛に違いないのではないだろうか。

ネットで出会ったからといって、引け目を感じる事も無い。
ネットは出会いの場というコミュニケーションの場でもあるわけなのだから。

ネットで出会い、初めて現実にお互いが会った時、そこから始まるものがある。
それが現実・・・それが普通の恋愛。

ネット恋愛とは・・・
あくまでもネット上のみだけで存在する恋愛の事であり、
ネットを介して始まった恋愛のことを言うものでもない。

(と・・・何故ここまで自分に言い聞かせるのかが・・・甚だ疑問・・・)


2002年09月23日(月)

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■ 免許更新

3年ぶりの免許更新・・・(すんません・・・GOLDでないもんで・・・)
実は4年前の7月に自分のミスから事故を起こしたもんで、
その影響から、今回もまた3年の更新。
しかも違反者講習・・・(汗)
GOLDになると、免許が5年間有効なんだよね。

それにしてもそのGPLD免許。
特典といえば更新が長いだけなのかどうかよくわからんが、
どうもシステムに疑問を感じる。
取得以来運転をしたことのない女房は、当然GOLD免許。
そりゃそうだろう〜〜違反を起こしようもないんだから・・・
ペーパードライバーはまた違う区分でもすればいいのにと、
ついつい自分がGOLDでないために、思ったりもする(笑)
もっともうちの上司のように、軽微な接触事故を起こしても、
警察の御厄介にならないばかりか、恫喝で相手を萎縮させ、
いかにも相手が全面的に悪いように意識を持っていかせる・・・
そんなツワモノがGOLD免許なんだから・・・(いいのか??それで???)

まぁ・・・正直なところGOLD免許の方は、違反をしない人ではなく、
「違反を見つからなかった」だけの人であり、ある意味「運のいい人」にもなるんだよね。
って・・・焼きもちの戯言か?(笑)

さて・・・免許更新も随分スタイルが変わった気がする。
代書屋不要の感じは日記にも書いたが、次は視力検査。
かつては数メートル離れた場所に張ってある検査表を見てやっていたが、ここも機械化・・・
人のやっている間に、カンニングが出来なくなった(笑)
で・・・何故か片方ずつ計られた気がするが・・・あれは両目視力0.7以上でPASSだった気が・・・
最近特に、左眼視力が急激に落ちてきているんで、あわやのところで何とかセーフ。
(眼鏡作り変えなきゃなぁ・・・)

次に写真・・・これも機械化が進み?あっというまに撮影。
係員がボタンを押すだけ・・・ストロボもつかず・・・高性能のデジカメか?(笑)

そして・・・魔の講習(爆)
なんでも「優良」「一般」「違反」の3つに分けられそれぞれ30分、1時間、2時間と決まっているそうな。
おかげさまで。。。違反者講習。。。
でも、臨時講義(今日は日曜でかなり人が多かったらしいため)だったためか、
初心者講習の人も一緒に講義を受けた。
おかげで親切丁寧な講義(但し映画を観なかったのは不思議だったけど)
ちょっと不満だったのは、男女別に座らせられたことくらいかな?(自爆)
前の更新時は完全な「違反者講習」
その扱いは、犯罪者扱いされて、滅茶苦茶だった覚えが・・・
(もっともそうなんだけどね<犯罪者予備軍)
ま・・・仕方ないけどね。

とまぁ・・・そんな感じでめでたく更新完了。
交通法規も色々変化しているようで、誕生日後1ヶ月間までは更新できるようになったみたい。
おかげで新免許の有効期限は「平成17年の誕生日まで有効」ではなく、
「平成17年11月2日まで有効」なんだって。
法規もかなり厳しくなっているようなので、
ハンドル握る方はお互いに注意しましょう〜〜@見つからないように(爆)



2002年09月22日(日)

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■ 恋する二人

恋は人を盲目にする。
恋は人を不安の渦に巻き込む。
恋は人を・・・狂わす。

恋するもの同士、不安感にかられたそれぞれは、
時に相手に言葉を求める。
至極単純で不安定であるはずの言葉を。
本当は、すごく曖昧で信じられるかどうかも解らないのに、
そんな言葉を欲しがる。

相手に求めるその言葉を受け取る事で、
一時的には幸福感に浸れるし、不安感から開放される事もある。
が、時がたてばまた元通りだ。

言葉はとても大切なものだ。
言葉で表さないと解らない事は沢山ある。
逆に、言葉にしなくても、分かりあえる事も沢山ある。

あまり連発しても安っぽく聞こえる。
あまり欲しがっても、うるさく感じる。
微妙なバランスの上で、
恋する者同士は駆け引きをしているものかもしれない。

目に見えない「心」より一時でも安心できる「言葉」を求める事は、
自分の目に映ったものしか信じられない事と同じ事なのだろうか。
あるいは、言葉を聞かないと安心できないという事は、
相手を信頼していないか、
もしくは自分自身が愛されている自信がないと言う事か?



2002年09月21日(土)

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■ 葛藤

好きでも「好き」と言えない

その気持ちを伝える事が出来ない

何に縛られているのかと

よくよく見回せば

自分が自分を縛っている

心の中で葛藤している自分がいる



どうすることも

どうなることも

叶わないのに 

出来ないのに

それでも葛藤は

まだまだ続く・・・・・・

2002年09月20日(金)

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■ カラオケ

先日の集まりで、カラオケを歌う羽目?になってしまった。
そういえば、最後に歌ったのは・・・5年程前?(爆)
10年程前・・・ロケ先の地で行きつけのスナックがあって・・・
(酒が飲めないのに行きつけのスナックが何故ある?とか聞かないように)
その当時は結構歌った記憶もあるなぁ〜<遠い昔
その行きつけができる前も・・・4〜5年ほど歌っていなかった・・・
とすれば???
4〜5年周期で歌うのか?@自分<オリンピックより間隔長いじゃん

ま・・・カラオケ慣れしている人は、全然抵抗なくマイペースでいけるんだろうけど、
さすがにそんな周期じゃ慣れるわけがない(笑)
もっとも、5年程前の当時は、家族でも行った記憶もあるし・・・
(子供がマイク独占してたけどね・・・)

それだけの期間歌わなかったら・・・そりゃ歌もわかんねぇ〜ってーの。
まぁ歌を聞くことは好きだから、最近の曲でも何となくは知ってる程度かな。
ま・・・そんな訳で十八番なんてもんはない(笑)
当時よく歌ってた曲は数曲あるけどね。
もっとも暗い曲を好むから・・・(汗)<バラード系?
座が白ける事間違いなし!(自爆)

でも・・・振り返ってみれば・・・
確かに当時はよく歌ったなぁ・・・
まぁ乗せられたのもあるけど(苦笑)
何故か歌わなくなってしまった・・・
「この曲が好きっ!」ってのは沢山あるけど、
「この曲を歌いたいっ!」っては思わないもんなぁ・・・なんでか・・・
「好き」と「歌いたい」は別次元のものだもんねぇ。

とか言いながら・・・1人の時はしょっちゅう歌ってるくせに・・・(自爆)

2002年09月19日(木)

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■ 訪朝

小泉君による北朝鮮訪問、日朝首脳会談が終わった。
平壌宣言として、日朝国交正常化交渉再開の調印を行い、首相は帰国した。
まずは無事に帰国した事を喜ぶべきなのか。

「拉致事件解明をなくして、国交正常化交渉再開はありえない」
そう言いきり、毅然とした態度で乗り込んだが、
日本首相として初めての訪朝の結果は、悲惨なものであった。
拉致された人のうち既に8人が死亡、生存者5名・・・
この結果を知らされた昨夜、マスコミは一斉に報道、日本国民は怒りと悲しみに包まれた。

この拉致問題。
確かに訪朝前から比べれば前進である。
とりあえず伝聞とは言え安否の確認と、拉致の事実を認めたことは評価できる。
が・・・果たして政府はそれを信じているのだろうか?
一体いつ、どんな形で亡くなられたのか?
死亡を確認したというのは、
相手の言い分をそのまま鵜呑みにしているだけではないのだろうか?
「病気や災害で亡くなられました」と言われたらしいが、そんなあやふやで満足できるのか?
そして極めつけ・・・
日朝国交正常化交渉再開にサインをしたという事は、
小泉君の中で「拉致事件の解明」として終止符を打ったのか?
これは中途半端な途中経過であり、決して一件落着ではない。完全な解決などでは断じてない。
「死亡者がいたことは痛恨の極みです。
被害者遺族の方々に対して、かける言葉も見つかりません。」
そういう小泉君は、その被害者の気持ちを本当に考えているのだろうか?
言われたそのままを鵜呑みにして「はいそうですか」で引き下がるのなら、誰にでもできる。
これでは遺族は勿論のこと、国民だって納得できない。
遺族の気持ちを第一に考えるとすれば、
当然死亡日時・理由は、確認すべき重要課題だろう。
小泉君の愛息子こーたろーが、同様に拉致され某国で死んだと聞かされた時に、
詳細を聞き出すのが普通の反応ではないか?
遺骨を持ち帰る事だって考えられるはずだ。

遺族の1人のインタビューに、
「目撃証言など過去に名前の上がった人間ばかりが死亡とはおかしい。
これは証拠隠滅のために殺されたのではないかという疑念が湧く」とあった。
これが率直な感想で、誰もが思っていることを代弁していると思う。
が、小泉君はそう思わなかったのだろうか?
勿論相手国も「殺した」までは認めるはずがない。
であれば、同席上で徹底的な死亡確認その経緯を要求するべきであるし、
その結論を待ってからサインするべきでなかったのか。
余談だが・・・上記のインタビューは、21時のニュースでは放送されていたが、
22時以降のニュースではカットされていたように思う。
これは・・・問題発言なのか?政府の圧力かマスコミの自主規制か?

それにしても、何故今になってなのだろうか。
何故小泉君が乗り込むことが出来て、過去の歴代首相には出来なかったのか。
つまり日本政府として、今までに何故出来なかったのか?何をしてきたのか?
遺族の沈痛な叫びが蘇る。
「日本政府にも責任がある」
当然である。それでいながら、このまま国交正常化交渉を本気で進めるのだろうか?
このまま、日本国民の声を無視し、米を供給し、資金を援助し、技術を援助するのか?
とてもじゃないが納得できる話ではない・・・
せめてサインはしないで帰国するくらいの気概を見せて欲しかったと思ったりもする。
一旦持ち帰る・・・事くらいあっても良いだろう・・・

そして日本政府は今回の先方の発表に一切の疑念を持っていないのだろうか。
自国の行なった行為を国営放送で発表しない事をどう思うのか?
明らかに情報操作が行なわれているとしか思えないだろう。
南でははっきりと放送していたようで、恐らくはいずれ国民も解ることだとは思うものの、
既に隠蔽を考えているではないか・・・それが明白だけに、信用する事など出来ない。
そして、数々の言い訳・・・
拉致事件当時の現主席は、軍部の最高指導的立場にいたわけで、それを知らないはずがない。
全ての事を父親の政権に押し付け、責任転嫁をしているだけではないか。
「不審船」問題も「一部の特殊部隊が行なった事」って、軍がそこまで自由に出来た国だったか?
そこまで「知らない」で通されて、「そうですか」と納得などするなよ<首相&政府
(だったら・・・田原総一郎でも連れてけよぉ〜<朝まで徹底討論してもらって・・・)

いずれにしても今回の会談が成功したとは思えない。
前進であることは認めつつも、正常化交渉再開をするだけの実りがあったとも言えない。
「毅然とした態度で臨む」と言った小泉君の結果がこれでは、中途半端な感は否めない。
このまま国交正常化交渉を進めて行く事を政府が本気で考えているとすれば、
国民全て納得ができるはずがないと思う。
これで小泉君のパフォーマンスは失敗。
今一歩のところで、国民を敵に回したようなものだと感じるのは自分だけだろうか?

まぁ・・・実際正直なところ・・・
歴史をひも解いてしまうとかつての戦争において、数十万という某国民を強制的に拉致し、
虐殺を繰り返したのは、この日本である。
それらの問題が底辺にある以上、政府としては精一杯なのかもしれないが・・・




2002年09月18日(水)

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■ 300

ここもようやく300日を経過した。
先日10,000HITを迎えたばかりなので、
1日凡そ30件以上のアクセスがあるということになる。
これもひとえに訪れてくれている皆様のおかげ。
飽きもせずお付き合い頂いている、皆様があってこその事と、
深く感謝致します。

それにしても、飽きっぽい自分がここまでやるとは思わなかった。
何も考えずに始めた事だったが、まさかここまで・・・と自分でも少々驚いている。
考えてみれば、自分ひとりで確かに続けてきた事だけれども、
そこに訪問してくれる人たちが絡んでいるからこそ、
だからこそ続けてきたのかもしれない。
もっとも、1行日記だけは既に7年くらい続いているけど・・・
(最近少々さぼり気味だが・・・)

しかし今日までの間、色々な事があった。
そして、色々な事を書いてきた。
もう300まで来ると、最初の頃に何を書いたかなんて覚えていないし、
もしかしたら、ダブっているものもあるかもしれない(苦笑)
だったら、最初の頃に書いた奴を、知らんふりして再UPしてしまおうか?
などとそんな考えが頭をよぎるも、
考えてみたら、ここを訪れてくれる人たちのほとんどが、
立ち上げ当初から見に来てくれている。
ばればれの可能性もあるなぁ〜(笑)
ま・・・気付かないかもしれないけどね。

とはいえ、最近は書くことに関しても大分気持ちが楽になってきた。
先日の閉鎖を考えていた頃に比べれば、随分と精神的にも楽である。
ま・・・相変わらずの万年ネタ不足には悩まされているけどね(自爆)

あと65日・・・
そうすれば丁度1年。
なかなか書き続けることは、非常に難しいと思う。
前に「夫婦愛」というひとり言を書いたが、
作家の眉村卓氏が、奥様のために書いた1777日という記録は、もはや偉業としかいえない。
その凄さと、苦労の一端を少しだけ理解できた気もする・・・(まだ5分の1にも満たないが)

それにしても・・・
人は何事においても目標を掲げる事が多い。
そしてその目標をGOALとして、そこを目指して走りはじめる。
また、その目標・GOALが見えないと不安にもなってしまう。
さて・・・このHP、もしくはこのひとり言・・・
一体GOALはどこにあるんだろうか?


2002年09月17日(火)

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■ 友達と親友

友達と親友の違い・区別って、
特にこれといって決まったものはない。
そんな定義などない。

ただ思うことは、
相手に対してどこまで自分が心を開けるか。
どこまで心を許せるか。
それだけなのかもしれない。

その相手と同じ時間を共有した時、
自分が楽になれるか、なれないか、
そんなものかもしれない。

普通に考えて「友達」というのは、
一緒にいて色々な話しをしたり、
ワイワイ騒いだりもするけれど、
どこかで自分をセーブしている。
どこかで線をひいている。

「親友」というのは、
自分の心をさらけ出す事もあれば、
相手の心を受け止める事もある。
共有する時間が、
自分にとって満ち足りた時間
心地よい空間を演出してくれる。
そんな感じなのかな。

友達と親友
そんな定義は、初めからない。
自分自身よく解っていないものの、
実は自分がそう思っていれば、
それだけでいいのかもしれない。

2002年09月16日(月)

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■ 秋葉原

東京秋葉原。
言わずと知れた「電気街」として、その名前を全国に轟かせている。
いや・・・アジア諸国にまで、響いているようだ。
老若男女を問わず、国籍を問わず、多くの人が行き交う街・・・
この街を歩いていると、日本が本当に不景気なのか?と錯覚すら覚える。

街を歩く人たちを眺めてみると、
色々なグループ?に分けることが出来そうだ。
電気製品を買い求めに来た人、明らかに冷やかしの人、
あちこちでカタログ集めをする人、
ゲーム購入を目的に来た人、マニアックなパーツを求めに来た人、
そしておたく系と呼ばれる人々。
これらグループが一所に混在しているかと言えばそうではなく、
秋葉原電気街マップを広げれば、
おそらくその生息地(爆)を区分できるほどに分かれている(笑)

仕事仲間の会社が秋葉原から程近い場所にある。
時々そこに用事がある時に、時間があまれば、秋葉原を散策する事もある。
上記分類に入らない自分のような人間は、
やはり生息地奥深くまで入り込むのにも躊躇する(自爆)
ま・・・本気でぶらぶら歩いたとすれば、
どれほど時間があっても足りないかもしれないが。。。

そんな中、これぞ秋葉原!という場所・・・この町らしいものを見かけた。
それは、メインストリート裏の1軒のゲームセンターの中にあった。
何気なく入ってみると、正面にそれがでんと置かれている。
それは・・・普通の街だと、ぬいぐるみが一杯詰められるUFOキャッチャー。
この店のUFOキャッチャーの景品には、
パソコン(デスクやノート)やゲーム機本体などがあった。
「いくらPCが入っていようが、そんなの吊り上げられるわけないだろう〜」
そう思った方・・・正解(爆)
そりゃムリです。。。
大体アームがそこまで開かないし、第一、重さに耐えられない。
更には景品落とし口が詰まる・・・<当たり前
と言う事で、賢明な(UFOキャッチャーマニアの)方ならお分かりだと思うが、
中に入っているのは三角くじ。
それをアームですくい、開いた等級で商品GETという運びになる。
1等がデスクトップPC(PEN-��1.8GHZ DELLコンピューター)
もしくはノート(sony VAIO)だったか・・・
それ以外に、X-BOXやPS2、任天堂キューブなどなど。
そして下位の方では、その道の方に人気のありそうな、美少女アニメ系グッズ。
「これホントに当たりが入っているのか?」
そう思いつつ思い出したのは、先日のニュース。
どこかの主婦が、福引を全部買い占め開けてみたところ、
1等が入っていなかったという奴・・・
ま・・・そんな結果か、
もしくは絶対にアームの届かない場所に置かれているのが1等だろう。
そう見当をつけ・・・・・・
結局トライすることもなく、店を出た(笑)

それにしても、いかにも秋葉原らしいと感じた光景であった。

2002年09月15日(日)

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■ 僕の友だち

ネットで知り合ったとはいえ、
君は僕の友だち。
ずっとそう思ってきたけど、
本当にそうなのかな?

既に何度も会ってるし、
バーチャルでなく
リアルの友だちと思ってきたけど。

携帯メールにはたまに返事をくれる。
でも電話はいつも呼び出し音ばかり。

どうしたの?
何があったの?
電話では話せない?
それとも・・・・・・

着歴があれば、
いつもかけ直してくれたはず。

なのに今はそれもない・・・
日ごとに虚しさだけが募っていく。

ネットで知り合ったとはいえ、
君は僕の友だち。
ずっとそう思ってきたけど、
それは僕の勝手な思い?

2002年09月14日(土)

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■ 怒りの感情

昔会社の先輩に、
「○○君って、怒るとどうなるの?
普段めったに怒らない人だから、爆発したときどうなるんだろうねぇ〜」
って言われたことがあった。
(すいません・・・それって誉め言葉?・・・じゃないですよね?<先輩)
先日「何故怒らないの?」って聞かれたことがあって、こんなことを思い出してしまった。
とはいえ、人前では確かにそれほど怒りをあらわにしたことがないなぁ。
まぁ、怒っている時はすぐに顔に出たりするんだけどね<子供なもんで・・・

前に新聞のコラムで読んだが、
「不機嫌な感情を顔に出してしまう人は、周囲や社会に甘えている」と書かれていた。
(うっ・・・鋭いかも・・・(汗))
そんな気持ちはないのだが、顔に出ること自体、
誰かにそんな自分に気付いて欲しいと思う気持ちの裏返しなのかもしれないなぁ。
別に本人は甘えている気もないんだけどね。

自分を振り返ってみれば、結構色々な事に腹を立てるし、それこそ感情的になることも多い。
但しそれのほとんどは家庭内の出来事なのかも。
確かに一歩外へ出れば、きっとよそ行きの自分が感情を押さえ込んでいるんだと思う。
だからといって感情を押さえ込まず、素のままの自分でいたとすれば・・・
暴れまくってるかも(自爆)
ま・・・考えようによっては、理性で押さえつけることが出来る程度の事柄・・・
そんなことでもあるんだろうけどね。


2002年09月13日(金)

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■ 線香花火

儚くもその美しさに魅了されてしまう線香花火。
数ある花火の中で、派手さも色鮮やかさも一切ない、この線香花火が好きだ。

地味で単色の光、その輝き方、火球を落としてはいけない緊張感。
その光をじっと見つめていても一向に飽きが来ない。
網膜に焼き付けられたその輝きを、一瞬にして失った時の喪失感、侘しさ、
そして、眼前に広がる闇・・・

特に線香花火にこれといった想い出があるわけではないし、
思い入れがあるわけでもないのだが、
何故だかその光を見ているだけで、心が休まるし、色々な事が頭をよぎる。
「走馬灯のように・・・」という表現もまた何故かマッチしてしまう。

さだまさしの歌に「線香花火」という曲があるし、
グレープ時代の出世作「精霊流し」にもそのフレーズが出てくる。
「♪線香花火が見えますか 空の上から〜」
何かもの哀しく、寂しさを助長させるのは、そんな曲の影響があるのだろうか?

それにしても線香花火に根強い人気があるのは何故だろう。
自分と同じように感じる人が多いのか、あるいは別の理由か?
あるいは日本人の魂の源がそこに感じられるのか?
いずれにしても、自分にとっては心の安定をもたらせてくれるのは確かだ。

ふと、「人の一生に似ている」と思った。
火をつけると、火玉が徐々に大きくなっていき、少しずつ花びらが開くように輝きだす。
次に火花がパチパチと輝き始め、一時華やかな時期を迎える。
その後次第に火花が小さくなり始め、突然に落ちるか、もしくは消えるようにその輝きをやめる。
短い時間で人生の縮図をそこに見出しているのかもしれない。

夏も終わり、花火をやる機会も減ってきた。
それでも線香花火は地味にベランダででも出来る代物。
家ではいつでも出来るように常備してある(笑)


2002年09月12日(木)

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■ 業界

2夜連続で業界ネタ・・・

この業界にも色々なタイプの人間がいる。
組織ぐるみなのか解らないが、悪辣な人間も多いようだ。

かつて東海地方のみで放送するテレビ番組の制作を担当していたことがあり、
東海3県によく取材に出かけたものだ。
それらの取材前、取材先にアポイントを取るために電話をかけると、
5件に1件くらいは「取材料はおいくらですか?」と聞いてきた。
最初のうちこそ、こちらが支払うギャランティの問い合わせかと思ったものの、
どうも様子が違っていた。
要は、番組に取り上げてもらうためにいくら支払えばいいのか?ということであった。
「いやそんなの必要ありません。こちらが取材させていただくのですから・・・」
そう返事をすると、「ではお願いします」と安堵の声が返ってくる。

実際にどの程度の割合かは定かでないが、
確かにアコギな制作会社というのは、昔からあるようだ。
勿論担当者のこずかい稼ぎなのかもしれないが、
「番組で取り上げてやるから金を寄越せ」とか「宣伝になるんだから」とか言っては
金を出させる輩もいたようだ。
もっとも、ドラマ・映画などでは『タイアップ』というものがあって、
番組内でその商品を扱うとか、利用することで、
実際の価格よりもかなり安く手に入れたり、利用することが出来る場合がある。
が、さすがにそれ以上に「金よこせ」はないと思うがね・・・
ましてうちが制作していたのはドキュメンタリー番組だから、最初からそんなものはない。

話は違うが、地方に行けば行くほど取材先でカメラを回すと、
必ず「NHK?」と聞かれることがある。
ま・・・さすがだね<国営放送@知名度No.1
その認知度はさすがに高く、TBSやフジテレビでさえ通じない場所でもOK。
で、これを逆手に取る奴もいるらしい。
「NHKです」と言えば、その協力体制は万全だから、実際取材も進むんだけどね。
だからと言って、他局の名前を語ることもまずいだろう。
てかそれこそ倫理観の問題だよな。

まぁ・・・昔から言われるようにこの世界はヤクザな世界。
撮れてナンボの世界だから、その過程は関係なし。
そんなことで、普通の感覚でいられなくなる人が多い世界でもあったりもする・・・
はぁ・・・改めて因果な商売だなぁ・・・

2002年09月11日(水)

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■ 番組

先日深夜のテレビを見るとはなしに見ていたら、呆れた番組に遭遇してしまった。
出演者に、お笑い系の若手タレント数グループと素人女子学生(なのか?)が十数人。
司会進行にお笑いコンビと女優、アナウンサーを配したその構成は、
かつてのオールナイトフジを彷彿させる<やはりフジテレビ(笑)

で、この番組の何に呆れたかと言えば、その内容。
この番組のAD@23歳が、取材先で知り合ったレギュラー出演者の元彼女に恋をする。
まぁ・・・それはいい@よくあることかも(笑)
が、その先。その彼女とデートするために、仕事をサボった挙句、
高級ホテルに宿泊(しかも他人の名前を使って)及び、その彼女と食事をした費用を
会社宛領収書をもらって、番組予算として処理しようとしたこと。
さらには、同番組がそのADの行動に疑念を抱き、彼を尾行、
カメラに収録したものを放送、ネタにしたこと。

これはさぁ、厳密に言えば横領罪(もしくは詐欺罪か?)が
既に成立していると思われるんだよね。
領収書をもらって、会社に提出した時点で、その意思ありとなる。
まぁ、この業界に限らずよくある話で、よく聞く話なんだけど、
金額の大小に関わらず、罪は罪でしょ。
それを公共の電波で放送する行為自体、そのレベルを疑ってしまう。
勿論、番組プロデューサーの判断の元にその番組が構成されたはずなんだが、
おそらくはそのプロデューサーも若手なのか、
社会的・道義的問題意識として捉えていないんだろうね。
身内スタッフのネタで番組を盛り上げているだけ。
視聴率が欲しいとかそんな事一切お構いなく、
「自分らが楽しければそれでいい」という作風に受け取れてしまう。

もう1つ・・・
彼らが考えるべき大事なことがある。
その番組を提供枠として、広告宣伝費を出しているスポンサーがいることを忘れてはいないか?
現状テレビ番組は、スポンサーが費用を出すことで成立しているものがほとんどである。
そんなスポンサーに対し、あの番組内容は、造反ともいえるのではないか?
何故って、番組制作費がそんな形で使いこまれており、その管理もずさん。
しかも全国放送でそんな部分を自ら露呈したわけなのだから。
これで、スポンサーが同番組から降りないとすれば、
心の広い会社か、もしくは誰も見ていない、誰も気にしていないかなんだろうな・・・

いずれにしても番組作りは、視聴者最優先であり、
作っている側が楽しければ良い・・・そんなスタンスは論外であると言える。
まぁ・・・実際はそんな番組が多いことも事実。
バブルが崩壊し、安い番組作りを目指した結果、
こうしたバラエティ番組が増えてきてしまったのだから・・・



2002年09月10日(火)

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■ 雨

秋の長雨の時期に入ったのか、最近雨が多くなってきた。
降りしきる雨が、窓の外を伝っている。

そういえば、雨に濡れなくなったのはいつからだったろう?
昔は雨の中を、傘をささずに歩くのが好きだった。
それも中途半端でなく、それこそ集中豪雨的な雨の中を歩いて帰り、
びしょびしょになりながらも、気分は爽快だった。
と言いつつ・・・今朝の突然の雨で、駅からの道のりびしょびしょになってしまったが・・・(泣)

かつて「台風クラブ」という映画があった。
丁度1年前、53歳で惜しくもこの世を去った相米慎二監督作品である。
台風が近づき、帰宅できなかった数人の生徒が学校内で一夜を過ごす話であるが、
この映画の中で、素っ裸で校庭を走り回る笑顔の生徒たちの姿が映されている。
丁度そんな感じなのかもしれない。(さすがに裸にはならないが・・・)

それにしても子供はどうして濡れるのが好きなんだろう。
雨に濡れるのが好きなのは、どうも自分だけではないようだ。
水溜りを見つけると、親の制止を振り切ってでも飛び込んでみたり・・・
「ダメ」と言われることをやってみるのが楽しいものなのかもしれない。

雨に濡れれば、心の中まで洗い流してくれる・・・
そんなドラマのような感覚がないわけでもない。
普段の入浴や水泳時においては濡れたからといっても、とてもそんな気にもならない。
外であるというシチュエーション、天空から降り注ぐ恵みだからこそ、
そう思うものなのかもしれないし、
空が泣いていると考えた時、それが自分の心と同化するものかもしれない。

ところで恵みと言えば、都会人は身勝手なもので、
晴天の日が続くと雨を欲しがり、逆に雨が続けば、晴天を望む。
単に自分のスケジュールに合わせ、明日は何があるから晴れればいいなとか、
明日の予定がつぶれて欲しいから、雨が降ればいいなとか・・・
それこそ、ご都合主義である。
しかし、第一次産業を生業にしている人にとってみれば、天候は死活問題である。
晴天が続いても雨天が続いてもいけない。
丁度いいバランスの取れた天候こそが、実り多き年になるだろう。
都会に住む自分らは、そんな苦労を知りもせず、
晴天に「暑い」と文句を言い、雨天に「早くやめ」と文句を言ってしまう。
天候に一喜一憂することは同じであったとしても、その内容には雲泥の差があるものだ。

もともと人間とはそういうものなのかもしれない。
まずは自分中心に物事を考え、自分の都合に合わせて判断をしていく。
他人を思いやり、相手の気持ちを考える心を持ち合わせている人も多くいるだろうが、
自己中心的な人の数には到底及ばない。
それが哀しい現実でもある。


2002年09月09日(月)

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■ 時間

昔から遅刻をすることは嫌いだった。
人と待ちあわせをしても、出来る限り10分前には着くようにしている。
自分は待っても、待たせることが嫌だからだ。
仮にどうしても遅刻しそうな時は、
やはり10分前には連絡を入れるように心掛けている。

かの美空ひばりさんは、時間に関してはとても厳しい方だったらしい。
例えば取材のアポでも、約束の時間に担当者が来なければ帰ってしまう。
たった1分の遅れも許さなかったらしい。
他人に厳しくすることで、自分も絶対に遅れられないというプレッシャーをかけていたのだろう。
これを「厳しい」・・・という意見があるかもしれないが、
実はこれ、仕事に対する真剣度だと思っている。
プロ意識があるのならば、遅刻なんて言語道断だろう・・・ということだ。
自分に対して厳しく生きていくための結果であると思う。

近年入社してくる若者たちを見ていると、
その「プロ意識」からおよそ遠ざかった感のある者が増えている。
遅刻というものに罪悪感も感じず、遅れたことを詫びる事もしない。
時間の概念というものが欠如しているのかと思えば、
退社時間にだけは妙に敏感だったりする。

自分がそれをしないから、尚そんな部分が見えてしまうのかとも思うが、
どうしても遅刻常習者の行動は理解しがたい。
毎度毎度5分程度遅刻するのなら、10分早めに出ればいいだけの話し。
もっとも、聞くところによると、それをこなすのが難しいらしいのだが・・・

時間を読む・・・
これは人同士の付き合いの中で、ついつい安易になりやすいものではあるが、
実は、簡単に信頼関係を生むことだって出来る。
安直に考えずに、時間を読むということを、もう少し意識してもらいたいものだ。


2002年09月08日(日)

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■ 頭の体操

さて・・・頭の体操の時間です(笑)
閉会してすでに1ヶ月以上たった、Wカップですが、
本大会出場した32カ国を中国の新聞を元に並べてみました(笑)
皆さんどのくらい読めますか?
(といいつつ、休憩室でも国名の漢字クイズあったけどね(笑))

てか、32カ国自体がわからないと思うので、まずは羅列しておきます。

デンマーク、セネガル、ウルグアイ、フランス
スペイン、パラグアイ、南アフリカ、スロベニア
ブラジル、トルコ、コスタリカ、中国
韓国、アメリカ、ポーランド、ポルトガル
ドイツ、アイルランド、カメルーン、サウジアラビア
スウェーデン、イングランド、アルゼンチン、ナイジェリア
メキシコ、イタリア、クロアチア、エクアドル
日本、ベルギー、ロシア、チュニジア

以上です。
では・・・出題


日本、韓国、中国、亜米利加、
仏蘭西、独逸、伊太利亜、西班牙、
露西亜、白耳義、宇柳具、丁抹、
南阿弗利加、伯剌西爾、土耳古、波蘭、
葡萄牙、愛蘭、亜爾然丁、英蘭、
瑞典、墨西哥

突尼斯、塞内加爾、斯格文尼亜、巴拉圭、
哥斯達黎加、沙特阿拉伯、喀麥隆、尼日利亞、
厄瓜多爾、克羅地亜


難しいでしょう?
ちなみに私のパソコンでは上6行まではその国名で変換できました(笑)
下の3行については、日本では当て字にもされていない様子・・・

まぁ実際、日常で使われることはほとんどないからねぇ。
それに覚える必要もないかもしれないけどね。日常では使わないから・・・

それにしても、当て字ってのもすごいものあるよね。
選手のロペスは呂比須だし、(ろひすじゃん)
W杯にも出たサントスだって三都主(さんとしゅ?・・・幼児語か?)
なんか、いくら日本国籍を取得したからといって、あぁやって無理に漢字に変換するところが、
時代に逆行している気がするのは自分だけ?
だったら選手の背中の名前だって、漢字にするくらい意地があってもいいよね(笑)
背中に「NAKADA」ではなく「中田」って・・・(いやだぁ〜〜〜)










ということで・・・解答はこの↓













日本(にほん)、韓国(かんこく)、中国(ちゅうごく)、亜米利加(アメリカ)、
仏蘭西(フランス)、独逸(ドイツ)、伊太利亜(イタリア)、
西班牙(スペイン)、露西亜(ロシア)、白耳義(ベルギー)、
宇柳具(ウルグアイ)、丁抹(デンマーク)、南阿弗利加(みなみアフリカ)、
伯剌西爾(ブラジル)、土耳古(トルコ)、波蘭(ポーランド)、
葡萄牙(ポルトガル)、愛蘭(アイルランド)、亜爾然丁(アルゼンチン)、
英蘭(イングランド)、瑞典(スウェーデン)、墨西哥(メキシコ)

突尼斯(チュニジア)、塞内加爾(セネガル)、斯格文尼亜(スロベニア)、
巴拉圭(パラグアイ)、哥斯達黎加(コスタリカ)、
沙特阿拉伯(サウジアラビア)、喀麥隆(カメルーン)、
尼日利亞(ナイジェリア)、厄瓜多爾(エクアドル)、克羅地亜(クロアチア)


何問できましたか?



2002年09月07日(土)

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■ 退社

入社以来20年以上1つの部署で制作デスクを勤めてきた女性が、
今日付けで退社することになった。
その退社理由は、半ば解雇的な様子。
もっとも、3年程前に突然に退社か契約社員の選択を迫られ、
後者を選択したものだから、その地位は不安定なものであったのは確かだ。

自分が入社した時、色々なことを教えてくれた。
予定表の書き方、出金伝票や精算の仕方・・・
凡そ社内の事務手続き全てを教わった記憶がある。
そして、同じように教えられてきた人が数多くいる。
彼女はその部署における、核的な存在であったはずだ。
全てのスケジュールを把握し、ロケのための電車の手配から宿泊先の手配、
それら制作担当の人間がやるべき仕事までをも彼女に任せ、自分らが楽をする・・・
そんなシステムが確立されていた。

そんな彼女は、会社にとってなんだったのか?
便利に使える道具か?
結婚しても仕事を続け、その部署の中枢として新人の指導に努めてきた。
彼女の上に立つ上司は、自分の事を棚に上げ、
その部署のミスを彼女のせいにしてきた。
まして、彼女を退社に追い込むべく、暗躍していた事実もある。

自分がずっと見てきて、あの部署が今日までやってこれたのは、
その上司がいたからではない。
部長・次長・課長でもない。
ただ主任の役しか与えられなかった彼女こそが最大の功労者であると思っている。

「部下の責任は部下が取るべき」
などと豪語するそんなアホな上司が会社にとって利があるのか?
そんな彼女を退社させようと暗躍し、汚い手を使う奴が勝つというのか?
我々会社員は、会社にとって単なる手駒に過ぎない。
そんなことは十分解っているのだが、
それでも捨て駒のように扱われるのであれば、異も唱えたくなるし反発もする。

正直者は馬鹿を見ると言われる・・・
社会では上手く立ち回らないと、生き抜いていけない・・・
そんな事は散々聞き飽きた。
それでも自分は不誠実には生きたくない。
嘘で塗りかため、人をおとしめる事などするつもりもない。
それが、会社員として失格だとするならば、自分には向いていない・・・
ただそれだけの事。

彼女にとっての会社はなんだったのか?
会社にとっての彼女はなんだったのか?
そして、自分は・・・・・・?

2002年09月06日(金)

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■ 家族

時々考えてしまうのだけど、
家族の存在が時に疎ましく感じることがある・・・
これは・・・そう思ってはいけないのかもしれないけど、
やはり正直、そんな気持ちがあるかな。

どうしたって一人になりたい時もあれば、
誰とも話したくない時っていうのもあるもの。
家族の存在は、ある意味自分の自由を制限されてしまうから。

じゃあ、家族って何だ?
女房・子供は自分にとって何だろう?
自分の自由を、ある程度束縛するもの?
ま・・・それは否定的な考え方なのかもしれないけど・・・

現実、勤めに出ている人間にとって見れば、
多少の自由な時間はあるかもしれない。
もっともそれだって、ほんの数時間がいいところなんだろうけど。
でも、家庭におさまっている主婦を考えれば、
それこそ自由がな時間が少ないのかもしれない。
特に夏休みという長い期間、子供が家にいる状況では尚更そう思うものなのかも。

そんな互いの自由を束縛しあう「家族」というシステム自体がおかしいのか?
それとも、そんなことを考える自分のほうがおかしいのか?

では、どうすれば理想かと考えてみても、思いつく良案もなく、
ただ、不条理だと思いつつも流れていくだけなのか。
突き詰めて考えていけば、結婚制度そのものの是非までいってしまうのか?

でも・・・
人は間違いなく自由であるべきだと思う。
お互いがお互いを、縛りあい束縛しあうこのシステムには、
どうしても不備を感じたりもする。

2002年09月05日(木)

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■ おかしな二人

先日某チャットを覗いていた時の事。
入室者、東京在住男性1名及び関西在住女性1名の二人。
話の流れから推察すると、男性が女性に会いに関西にいる様子。
で、参加者表示を見ていると、お互いの名前が交互に出てきて、
一時として「参加者2名」という表示が出ない。
おっかしぃなぁ〜〜と思いよく見ると・・・
なんとIPアドレスまでが同じ(爆)

えと・・・つまりこのお二人
現実に今この時、同じパソコンでチャットに入り、二人で会話しているという事。
何でこんなことしてるんだろう???
ぜ〜んぜん理解できない(笑)
だってさぁ〜目の前に相手がいるんだよ〜?
何もチャットで会話しなくても、言葉が通じる距離にいるんだよ〜?
これがね、誰かがチャットにいて、その人を入れた3人で話しているというのであれば、
疑問にも思わないんだけど・・・

なんかそんな回りくどい事して、なんの意味があるんだろう?
もしかして、チャット仲間に対するアリバイ作り??(笑)
でも、だとしたらそれは逆のアリバイ作ってるって<IP同じ
悩んでしまった・・・(爆)

まぁ、考え方って人それぞれ。
理解なんて出来る訳もないから、一向に構わないんだけど・・・
自分にとっては、とっても不思議な行動にしか思えなかったので、
ついついネタにさせていただきました(爆)


2002年09月04日(水)

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■ 10000HIT

おかげさまを持ちまして、このサイトも10,000HITを迎えることが出来ました。
本当に有難うございます。
これもひとえに、皆様のご協力あってのことと、心より感謝いたしております。

で・・・10,000記念に、何をしようかとず〜〜〜っと考えていたのですが、
これと言うものも思いつかぬまま迎えてしまい、
目先を変えるべく、思い切ったリニューアルをしてみました(笑)

今までの爽やか系?(だって誰かが言うんだもん^^;;) から一転して、
アンダーグランドな雰囲気(どこがだ?)に変えてみました。
また、コンテンツの変更事項としては、掲示板の別室と音楽の部屋を外しました。
(ファンだった方ごめんなさい<って、いるのか??)
また、特別限定記念企画(?)Kazeの画像を某所にUPしましたので、お楽しみください(自爆)
更に、休憩室なるものを設け、ちょっとした頭の体操に挑むことも出来るようにしました(なんでだ?)
えと・・・小手先の手段として、このくらいの変更を以って記念企画とさせていただきます(おいおい)

とまぁ書いては見たものの、自分でも何やってんだかよく解っていません(汗)
それでも尚、皆様が落ち着ける過ごしやすいサイトであれればいいなと思っております。
何かご意見ご要望などございましたら、是非とも拝聴させて頂きたく思います故、
何なりと仰って頂ければ幸いです。

また、今後とも尚一層のご愛顧をよろしくお願いいたしたく、御礼とともにお願いする次第でございます。


・・・すげぇ〜!いつになく真面目&硬すぎ(笑)

2002年09月03日(火)

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■ プロ野球

一昨日久しぶりに?テレビで野球を見ていた。
現在ペナントレースの行方は、セリーグが巨人、パリーグが西武でほぼ決まった様子で、
関心は個人タイトルに移ってきているといわれる。
まぁセリーグの場合、現在ヤクルトが頑張っているけどね。
(そういえば某コンビニで、阪神タイガースV記念ボトル飲料水が売られていたけど・・・
しかも6月くらいから・・・あれ、どうするんだろう???)

現在セリーグでは、悲願の三冠王(打率・打点・HR)を取るために、巨人の松井選手が頑張っている。
昨夜の横浜戦でのその松井・・・
6打席立ったものの、成績としては2打数0安打。
他の4打席は敬遠と死球だった。
横浜スタジアムで、ブーイングの嵐が起こったのは8回の松井の打席。
得点は7−2で巨人リード、2アウト2、3塁の場面。
横浜は松井を敬遠し(この時点で満塁)、次打者の元木との勝負にでた。
結果は元木も四球で押し出し・・・更に2者連続で押し出したあと仁志に2塁打を打たれ、
終わってみれば13−2

野球はスポーツで、勿論勝ちに行くために色々な采配がある。
8回の松井の敬遠は、5点差なら返せるかもしれない・・・勝負を捨てていない表れなのだろう。
とは言え、この試合で先頭打者となった場面でも四死球があった。
まぁ、松井さえまともに打たせなければ・・・という気持ちがあるのかもしれない。

これを見ていて10年前の高校野球を思い出した。
松井の母校である星陵高校は、今年優勝した明徳義塾と対戦。
5打席全て敬遠され、松井の最後の夏が終わった。
この試合・・・満塁の場面で松井に回ってきた時にすら敬遠。
1点捨てても松井に打たれるよりはいいという考え方だったのだろう。
試合後、明徳に対する批判はものすごかったと記憶している。
高校野球は勝ちあがっていく世界。
一度負けてしまえばそこで全て終了してしまうからこそ、そんな策もありなのだろう。
が・・・やはり必死に白球にくらいつく高校生たちを尻目に、監督の思惑がありありで、
見ていて不快感を感じてしまった。
同じ高校生として、相手がどんなにレベルが上だとしても、真っ向勝負をしたかったのではないか?
勝ちあがりたい気持ちはあるものの、
その前に、松井自身を倒して堂々と勝ち名乗りを上げたかったのではないか?
先日優勝インタビューに答えていた明徳の監督は「当時は私も若かった」と言っていたようだが、
監督にとっては毎年のように巡ってくるチャンスかもしれない。
しかし、高校球児たちにとってはその夏が最後の選手も多くいるはず。
その時選手のことを考えたのだろうか?

昨夜の試合・・・そんな昔を思い出しながらも、見ているのはプロ野球。
しかも、最下位のどん底で喘いでいる横浜。
巨人に一矢を報いたい気持ち(特に森監督はね)はわかるものの、
来年を見据えた戦い方をしても良いのではないかと思った。
若い選手を松井と対戦させ、打たれて当たり前、抑えれば自信につながるということでも良かったのでは
ないか?
プロ野球は、それを見せる集団であるはず。
たとえ横浜のファンであっても、豪快な松井のHRは見たいだろうし、
現在争っているヤクルトペタジーニとの競争にも興味のある人はいるだろう。
ファンは力と力の真っ向勝負を見たいものだと思うのだが・・・




2002年09月02日(月)

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■ 宿題

夏休みの宿題って、昔は随分あった気がする。
日記・絵・工作・自由研究・読書感想文・ドリル・・・
それこそ計画的にこなしていかないと、8月最後に地獄を見たもんだ(笑)
が、今の子供たちは、その分量も少ないものなのかな?

うちの場合だけかもしれないが、
6年生の長男は一行日記と自由研究、あとは戦争体験者への聞き取り調査と1学期の復習。
中1の娘は、数学ドリルと「昔の遊び」を調べること&1学期の復習。
こんなに少ないらしい(本人曰くなので・・・謎)

まぁ、宿題が多ければいいかということではなく、
それでも、かつての教育指導とは変わってきている感じを受けてしまう。

今年の春、ゆとり教育とかで、子供も完全週休2日制になった。
それにより授業の遅れや、詰め込み教育なども指摘されてきていた1学期。
校長の判断により夏休みの自由講義を行った学校もあったようだ。
それが強制参加でないにしろ、生徒はかなり集まったという。

さてそんな夏休みの宿題で1つ疑問が・・・
長男の「自由研究」だけど、この内容がプリントに配られていて、
下記の中から選びなさい・・・とある。
勿論どんなことをすればいいのかの指針を示すものとしては良いと思うが、
どうもそうではないらしい。
例えば工作・・・「アイディア貯金箱を作りなさい」
ん?アイディア貯金箱???
これは確か、転校前の埼玉の学校でも出された宿題だった・・・
なんでも、コンクールなどがあってそれに出品できるから・・・が理由らしいが、
それって「アイディア貯金箱」の前に、既に本人のアイディアを無視していないだろうか?
「工作」という大枠で本人が考え出す力、発想力、想像力を規制することにならないのだろうか?
今の子供がそこまでヒントを出さなければ動けない、考えられないということなのか?
夏休みの工作といえば、
「何作っていいのかわかんな〜〜い」って言う子供と、
「しょうがねぇなぁ〜〜じゃあお父さんが手伝ってやるから」なんていう父親の姿があったと思う(笑)
(うちにはなかったけど・・・)
そんな親子で考える機会をないがしろにして・・・(って別に怒ってるわけじゃない@念のため)

まぁ・・・今の子供たちにあわせたやり方・方法なのかもしれない。
考える力が乏しくなったと言われる子供たちに対し、ゆとり教育というものは何を生み出すのだろう?
全て指示しなければ動けない、考えられない人が増えていくことにならないのだろうか?
それが社会にどう影響するか?そこまで考えることは大袈裟なことなのか?

とまぁ・・・結局明け方近くまで付きあわされながら思ったことでした(笑)
てか・・・そんな少ない宿題にてこずってるんじゃないよぉ〜〜<子供たち

2002年09月01日(日)
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