女の世紀を旅する
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| 2002年07月30日(火) |
最新のパレスチナ紛争 自爆テロの背景 |
《最新のパレスチナ紛争の背景》 2002.7.31
●世界中のユダヤ人に募兵を呼びかけ戦争を準備
イスラエル軍は昨年7月20日、海外在住のユダヤ人を対象に、予備兵の募集を開始すると発表した。ニューヨーク、ロンドン、バンコクなど、10万人以上のユダヤ人が住んでいる世界の9ヶ所の都市に新兵募集事務所を開くという。イスラエルでは、男女ともに徴兵義務を課しているほか、40万人以上の予備兵がいる。そこに海外在住者の予備兵が加わることになる。
イスラエルは海外在住、特にアメリカ在住のユダヤ人から政治力や資金面で多くの支持を受けて成り立っている。海外での新兵募集開始は、アメリカなどの在外ユダヤ人社会に対して「戦争が始まるから準備してくれ」というメッセージになっている。
●オスロ合意の屍の上に出てきた右派の主戦論
今年,イスラエルが仕掛けた戦争とは、アラファト議長が指導者となっているパレスチナ自治政府が相手だった。
「パレスチナ人国家」を設立することで和解を図ろうとする「オスロ合意」が1993年に締結されて以来、アメリカの仲介でイスラエル政府とパレスチナ代表部との和平交渉が続けられたが、その交渉期限が過ぎた後の2000年夏、駆け込み的に最終合意までこぎつけようとしたが失敗し、オスロ合意の枠組みそのものが破棄されてしまった。
その後、昨年には,紛争解決への方向性が失われたまま、イスラエルでは「パレスチナ人との和解」を目指す左派政治家(バラク前首相が中心)への支持が失われ、代わりに「パレスチナ人の反抗を強圧的に取り締まり、パレスチナ人国家も一切認めない」とする右派政治家の力が強まり、その中から強硬路線で知られる極右政党リクードのシャロンが首相に就任した。
一方パレスチナ人側では、イスラエルと戦って奪われた領土を取り戻そうとする「ハマス」などイスラム原理主義武装組織による自爆テロ活動が活発になった。それを取り締まるため、イスラエル軍は「やられたらやり返す」という徹底した報復主義を掲げるようになった。(古来より中東地域では「目には目を,歯には歯を」の復讐の原則が生き続けている.やられたら必ず報復することが当たり前の義務であり,同じセム系のアラブ人とユダヤ人にもハンムラビ法典の精神が生き続けていることに留意したい.)
イスラム原理主義グループのハマスが爆弾自爆テロを行ったら、報復としてイスラエル軍がヘリを使ってハマスの幹部が乗った車や自宅を攻撃して殺すとか、またヨルダン川西岸地区に入植しているイスラエル人が殺されたら、報復としてイスラエル軍がその周辺地域のパレスチナ人の住宅を何10軒かブルドーザーで壊すといった手荒いやり方が行われている。
こうしたイスラエル軍の報復作戦は、パレスチナ側からのさらなる自爆テロ報復を呼び、それが今年の春以降次第にエスカレートした結果、イスラエル側では右派の人々を中心に「パレスチナ自治政府を絶対潰さざるを得ない」という主戦論が強まり、自治政府に攻撃をかけ,アラファトの退陣を迫る事態とあっている。
●戦後処理に失敗して再び戦争を仕掛けるイスラエル
しかしそもそも、パレスチナ自治政府とは、イスラエルがアラブ諸国に圧勝してアラブ系のパレスチナ人地域(ヨルダン川西岸地域とガザ地区とゴラン高原)を占領した1967年の第3次中東戦争(六日戦争)の後、イスラエルにとっては「占領した地域に住む余計な人々」となったパレスチナ人の反抗に手を焼いた結果「パレスチナ人に最低限の自治を与えて小さなパレスチナ国家を作り、自分たちの手でテロ管理をさせ、イスラエルに歯向かわせないようにしよう」という意図から作られたものだった。
いわば、パレスチナ人のミニ国家を作るというオスロ合意の考え方は、中東戦争の「戦後処理策」であったといえる。しかもパレスチナ人は、イスラエルの圧勝によって家を追われ,土地を追われた「戦争難民」だ。イスラエルは、30年以上前に自分が勝った戦争で難民になったパレスチナ人に対する戦後処理がうまくいかないので、難民集団に向かってもう一度戦争を仕掛けているのである。
パレスチナ人国家の構想は、アメリカのクリントン政権が考案し、テロリストの親玉として犯罪者扱いされていたPLO(パレスチナ解放機構)のアラファト議長をオモテの世界に引っ張り出して「自治政府」のトップに据え、イスラエルに交渉相手を作ってやった(それまではパレスチナ人の代表としてイスラエルが認める組織は存在していなかった)。自治政府の警察部隊には、イスラエルが武器を与え,訓練もほどこした。
そして、オスロ合意に従い、イスラエルが統治していたヨルダン川西岸地域のうち、パレスチナ人が密集している市街地は自治政府が統治する地区(A地区)として引き渡し、イスラエル側が統治する地区(C地区)、その中間のB地区(パレスチナ人の統治下だがイスラエル軍は入れる)という3つの地域分けを行った。パレスチナ人の密集地域をうろうろするのはイスラエル兵にとって危険なため、A地区の治安維持をパレスチナ自治警察に任せたのである。
ところが、一昨年に和平交渉が破綻して以来、パレスチナ自治警察とイスラエル軍との関係が険悪化し、A地区からB・C地区に向かって、パレスチナ人武装組織がイスラエル軍やイスラエル人入植者を攻撃することが増えていった。イスラエル軍は自らが決めた地区分けを守っている限り、A地区には入って行けず、攻撃拠点を潰しに行けない。そのため「戦争」が必要となり,イスラエル軍の戦車が自治政府の統治しているA地区に侵攻するという事態となった。
イスラエルの戦車がA地区に侵攻すれば、パレスチナ自治警察が当然撃ってくる。そうなるとイスラエル軍は「防衛のため」と称してパレスチナ自治警察に攻撃をかける。それはパレスチナ自治政府の崩壊を意味し、アラファト議長は殺されるか、どこか外国に亡命してもらいたい。これが、イスラエル右派が考えている戦争のシナリオである。
●苦慮するアメリカ
アラファトをパレスチナ人の代表として担ぎ出したのは実はアメリカである。だからアラファト議長は、アメリカやイスラエルの要求になるべく応じようとしてきた。そんな彼がいなくなった後は、もっと強くイスラエルとアメリカに敵対する人物が指導者になる可能性もある。そうなればまた同じことの繰り返しとなり,際限がない。
そもそもアメリカがアラファトを担ぎ出すまで、パレスチナ人を代表する強い指導者は一度も出現したことがなかった。そういう歴史的な経緯から考えると、アメリカが作ってくれたパレスチナ人国家の枠組みがなくなったら、パレスチナ人たちは自分たちでそれを再構築できず、自らを代表する組織を持たないオスロ合意以前の姿に戻ってしまう可能性もある。
イスラエルにとって「戦争」は外交的なパワーにもなりうる。1967年の第三次中東戦争(六日戦争)を「再現」させるという期待が、イスラエル右派(シャロン首相)の主戦論に込められているようにも思われる。
イスラエルの先制攻撃の前にエジプト、シリア、ヨルダンが次々と屈した第三次中東戦争の完勝は、イスラエル内外の多くのユダヤ人たちにとって「神がイスラエルを守っている」という、宗教的直観を感じさせたといわれている。それまでイスラエルの建国を支持していなかった欧米諸国のユダヤ人の中には、第3次中東戦争の圧勝ぶりを見て、イスラエルを支持するようになった人もけっこう多い。
アメリカの中枢では「イスラエルにはアラブ諸国に言うことを聞かせるだけの力がある」と見る人が増え、アラブ産油国を統御するのにイスラエルを使うという戦略も生まれた。イスラエルはアメリカの大事な同盟国となり、イスラエルロビーがますます力をつけるようになった。
それから30年、イスラエルはこのところ、パレスチナ人に対する人権侵害をめぐり、フランスなどヨーロッパ諸国から次第に強い非難を受けるようになっている。ベルギーでは、シャロン首相が軍人時代にレバノン南部のパレスチナ人難民キャンプ(サブラ・シャティーラ)における虐殺事件を起こした責任があるとして、パレスチナ人遺族がシャロンを「戦争犯罪人」として認めさせる裁判を始めている。
アメリカではブッシュ政権が、中東の石油利権を守るため、最低限の中東情勢への関与は行う構えは見せているものの、オスロ合意体制の失敗後、中東政策の大枠をどう作っていくか苦慮している。
イスラエルが「戦争」を起こせば、イラクのサダム=フセイン大統領が中東の英雄になることを目指し、再び華々しくイスラエルやアメリカに敵対する活動を始めるだろう。再びクウェート侵攻をほのめかすかもしれない。エジプトやサウジアラビアなどでもイスラム主義の人々が「インティファーダ(抵抗)」を強化し、政府が下手に弾圧しようとすれば、親米路線のエジプトやサウジアラビアの政府も攻撃の対象にされかねない。
こうした状況下、アメリカはイスラエルをなだめる外交をとるのか否か,ともあれ,テロを抑えられないアラファトの辞任を要求しているイスラエルをアメリカが支持している以上,パレスチナ紛争はいよいよ泥沼の様相を呈している。パレスチナ紛争は今や「世界の火薬庫」である。
| 2002年07月27日(土) |
忘れられない戦争映画の傑作「キリング=フィールド 」 |
忘れられない戦争映画「キリング=フィールド」 1984,U.S.A./140mins 監督 ローランド=ジョフィ 出演 サム=ウォーターストーン/ハイン=S.ニョール
「これは戦争と友情、荒廃した国土の呻吟の声、そして一人の男の飽くなき生への執着を描いた物語である。」(記者シドニー=シャンバーグ)
●ドキュメンタリータッチの戦争映画の傑作.音楽も効果的
数々の戦争映画を観たが,この映画はその中でも白眉の傑作ではなかろうか。 ニューヨークタイムズ記者としてカンボジア内戦の混乱をルポし、ピューリッツァー賞を受賞したシドニー=シャンバーグの実体験を、デビットパットナムが企画し、監督ローランド=ジョフィが見事に映像化した。 カンボジア人の通訳兼ガイド、ディス=プランを演じたハイン=S.ニョールはプロの俳優ではなく、元医者で、彼自身、クメール=ルージュの支配下、映画に描かれている以上の悲惨な体験をしてきたという。しかし、彼は1996年2月25日、ロサンゼルスの自宅前で何者かに銃撃され亡くなった。一説にはポル=ポト派による犯行ともいわれているが定かではない。この映画は、1984年度アカデミー賞助演男優賞にも輝いた彼の熱演によるところがとても大きかっただけに,その死は悼まれる。
この映画に生々しく描かれるカンボジアの共産主義ポル=ポト政権(クメール=ルージュ)の下放政策(都市の市民を農村に開拓団として駆り立てる政策)は,実は毛沢東が推進した文化大革命の時の政策で,ポルポトはそれを踏襲した。その結果,200〜300万人ともいわれる大量虐殺が実施されたが、映画でも描かれていたようにポルポト派が10代の少年少女たちを使って大人たちを殺害したのは,文化大革命の時に動員された紅衛兵のマネをしたのであった。映画でも子供たちが大人たちを撲殺するシーンが描かれていたが,共産主義というイデオロギーのもとにどれだけ多くの市民が殺されていったか,まさに政治的狂気の犠牲としかいいようがない。
2年前、毛沢東主義を奉じたポル=ポトはついに隠れていたジャングルから引き出され、裁かれる前に病死したが,よくぞ生きながらえたものである。
ポルポト派のホロコースト(大殺戮)を赤裸々に告発したこの映画は出来栄えも素晴らしく,スピールバークの映画「シンドラのリスト」と並ぶ戦争映画の傑作と言える。映画最後の再会のシーンで、どこからともなくジョン=レノン「イマジン」が流れててくるが,製作者のパットナム自身の意図した通り、あのシーンにこの曲は観る者の心をゆさぶる。それに加えて,エンディングで流れた悲哀に満ちた名曲「アルハンブラの思い出」が圧巻で,そのカンボジア打楽器で演奏されたこの曲は映画音楽に残る傑作といっても過言ではない。 音楽の選曲とその効果的な使われ方ではスピルバーク監督も巧みで,ノルマンディー上陸作戦を描いた戦争映画「プラベートライアン」(トムハンクス主演)の最後の戦闘場面でアメリカ兵たちがラジオから流れてくるフランスのシャンソン(歌はエデットビアフ)を聴きいっている時,その曲にのせてドイツのタイガー戦車のキャタビラの音がせまってくるシーンなども実に印象的であった。
●映画「キリングヒフィールド」で描かれたポルポト派の台頭の背景.
1949年にシアヌークを元首としてフランスからの独立を宣言したカンボジアは,インドシナ戦争が終結した54年のジュネーヴ休戦協定で事実上の独立を達成した。1970年3月、王政社会主義を推進するシアヌーク元首の訪ソの隙に乗じて、親米派の軍人ロン=ノルがクーデタをおこし,軍事政権を樹立した。折からの泥沼化したベトナム戦争の活路を模索するアメリカはこれをチャンスと見て、ロン=ノル政権を支援すべくカンボジアに派兵した。これに対し、シアヌークは中国の北京に亡命し,祖国の解放闘争を指導して、激しい内戦が展開された。1975年4月17日、ポル=ポト率いる共産主義勢力、赤いクメール(クメール=ルージュ)はロン=ノル政権を倒し、民主カンプチア政府の樹立を宣言した。しかし、プノンペン解放後、ポル=ポト政権は、極端な共産主義政策を押し進め、プノンペンなど都市市民の農村への強制移住や大量虐殺を行った。カンボジアはまさに“killing fields”(虐殺の野)と化したのである。
この映画は,1973年8月、ニューヨークタイムズの敏腕記者、シドニー=シャンバーグが特派員としてカンボジアに派遣され,折しも、アメリカを後ろ盾としたロン=ノル政権と、反米を旗印に掲げた革命派勢力、クメール=ルージュとの闘いがいよいよ表面化し,彼を出迎えた通訳兼ガイド、ディス=プランのその後の地獄の体験をベースにしている。1975年、いよいよクメール=ルージュが首都プノンペンに迫り、ロン=ノル政府軍は敗退を続けていた。記者シャンバーグは、プランに家族とともにアメリカに脱出するよう勧めるが、結局妻と4人の子だけを見送り、プランは彼のもとにとどまった。
1975年4月、ロン=ノル政権はついに崩壊し,病院を取材したシャンバーグとプランら4人は、帰途クメール=ルージュの兵士たちに捕まってしまう。しかし、プランが、機転をきかせて3人ともフランス国籍のジャーナリストであると偽ったおかげで、すんでのところで死刑を免れ釈放される。その後,4人は最後の避難所であるフランス大使館に逃げ込む。シャンバーグらは、プランのバスポートを偽造して一緒に脱出しようとするが、写真がうまく焼き付かず、失敗する。プランだけが大使館外に出され、降りしきる雨の中、プランは泣きながら去っていく。
タイとの国境を越えて、無事ニューヨークに帰ったシャンバーグは、プランの身の上を案じていた。彼はカンボジアで見たことを書き、ピューリッツァー賞受賞という名誉にも輝く。しかし、それもみなプランのおかげなのだ。彼は、必死になってプランの行方を探すが、遠いアメリカではいかんともしがたかった。サンフランシスコに住むプランの家族にも一切連絡はないという。
その頃プランは、クメール=ルージュの監視下、強制労働に従事していた。毎日たくさんの人々が殺され、更に多くの人々が飢えと病のために死んでいた。クメール=ルージュはとくに学校の教師,記者,芸術家など知識人・文化人に対してはその粛清を図っていたため、プランは、外国語を話せることや、ジャーナリストだったことなど、ひたすら隠していた。当時は子どもが親を密告するような異常な状態であった。クメール=ルージュの管理する村では、一切の知識に毒されていない無垢な子どもたちこそ、革命をになうリーダーだった。
ある時、プランはひそかに牛の血を吸っているところを見つかってしまった。炎天下に放置された彼のもとに一人の少年がやってきて、「ベンツ、ナンバーワン」と言いながら縄を切ってくれた。その少年は、かつてプランがベンツのエンブレムをプレゼントした少年だった。辛くも脱出したプランは、累々と屍が連なる“killing fields”をさまよい、さまざまな苦労を経て、ようやく国境を越えてタイの難民キャンプにたどり着く。それは1979年秋のことだった。シャンバーグはついにプランの消息をつかみ、キャンプ地を訪れる。
4年ぶりの再会,抱擁。功なり名とげたアメリカ人記者と、苦闘と死の恐怖にさいなまれたカンボジア人のプラン。“Forgive me”とアメリカ人記者。“Nothing to forgive you, nothing”と笑って首を振るプラン。心に残るシーンてある。
このカンボジア内戦とポルポト派の殺戮を赤裸々に描いた映画が世界に与えた衝撃は実に大きかった。書物を読み,想像で理解するよりも映像の方が真実を直裁的に知らしめてくれる。この映画でカンボジアの悲劇の実相を知った人が多かったのはそのためだ。
| 2002年07月21日(日) |
ついに来たNYダウ暴落(8019ドル) 日米大恐慌が切迫 |
《 ついに到来,NY株大暴落8000ドル割れ 日米大恐慌が目前 》 2002.7.21
●ついに米国株式のバブルが崩壊,下値のメドは6000円台?
とうとうやってきた。日本中の多くが長年,いまかいまかと待ち続けていたバブル漬けのNYダウの大暴落が開始した。歴史に残る大事件なので今後の推移に注目してゆきたい。
7月19日,ニュヨーク・ダウ株価は一時8000ドルの大台で割り込み ,終値は前日比390ドル安の8019ドルと,1998年10月以来,3年9カ月ぶりの安値に落ち込んだが,6月20日にこのサイトで「8000ドル割れがまもなく起こる」と予測した通りの展開となってきた。
5月17日,NYダウが1万353ドルをつけて以降,ズルズルと下落していた株価はカナダのカナナスキス・サミット開会中の6月26日,一時,9000ドルを割れこみ,同時にナスダック市場も1375ポイントまで下落した。これに応じて日本の株価も12000円から下落して,10074円まで下がった。
今後,日米の市場関係者の最大の関心事は米株価の下値のメドであるが,チャート上でみる限り,いずれ6500ドル前後まで下がらないとボトムとならないとみるアナリストもいれば,5000ドル台まで下落しないと仕切り直しにはならない,という人もいる。いずれにせよ,今回の米株の大暴落は世界経済に今後,深刻な影響を与えるのは必至である。たしかに「日米大恐慌」の足音が近づきつつある。
●明日(7.21)の東証の株価は一時,9700〜9800円か?
明日,月曜日の東証は10000円の大台を割り,一時,9700〜9800円ぐらまで下がると予想している。この近辺では押し目買いが入ってくることも予想されるが,円高115円後半の動向もあり,そう大きく反発はしないだろう。市場関係者の最大の焦点は月曜日(日本時間22時開始)のNYダウの行方にかかっている。一時,8000ドルを割ったあと反発してくるのか,いよいよ7000ドル台に下落してしまうのか,を見守りたいムードが市場に存するから反発も限定的と推測する。
アメリカとしては日本のような,長期にわたるバブル崩壊後の株価のゆるやかな下降(ソフトランディング)を避けたいだろうから,8〜9月にかけて6000ドル台まで無理やり大暴落させ,ハードランディングを断行して市場の再上昇のための踏み固めを企図しているのでなかろうか。日本の失敗(バブル崩壊後のデフレ不況)の草鞋(わらじ)を踏まないためには,電撃的に株価を思いきっり下げ,チャート的に出直し相場を作ることが必要となる。もちろんそれは大きな賭けで,リスクが大きいが,アメリカ経済の再生のためには一回,市場が大崩壊しなくてはならない。
●絶望的なアメリカ株式とアメリカ財政
経済評論家の渡辺茂雄氏によれば,「1996年にアメリカの株価が6000ドルを超え,7000ドル台に迫ろうとした時,当時のグリーンスパン・米連邦準備制度理事会議長が“理由なき熱狂だ”と行き過ぎを警告した。無理もありません。1990年には株価が2000ドル台だったのに,わずか10年で5倍にも膨れあがったです。異常です。いままさにそのITバブルが崩壊しているわけです。日本のバブル崩壊と極めて似ています。
アメリカは日本の二の舞いをしないように警戒しているにもかかわらず,今回のエンロン,そしてワールドコムと続いた粉飾決算で,その好業績さえ虚偽だったことが明らかになってきている。米SEC(証券取引委員会)など,2300人もの職員を抱え,世界一厳密な検査を行うところだと言われていたのに,それがウソだったことまでバレてしまった。すでに日米とも恐慌の入り口に立っていることは確かです。」
また,エコノミストの森永卓郎氏によると,アメリカの財政事情はほとんど絶望的というほどの悲惨な状態なのだという。
「たとえば,アメリカの経常赤字は2000年が4400億ドル,2001年が4200億円ドルと,毎年日本円に換算すると50兆円ものペースで増えているんです。しかも,アメリカは対外債務を累積で9兆ドルも抱えている。円換算でざっと1080兆円ですよ。日本の政府債務400兆円なんてかわいいものですよ。しかも,日本と違って3分の1は外国の債権者なのです。イングランド銀行のアナリストが昨年,日本・トルコ・アルゼンチンは世界の不安材料だ,などと言っていましたが,冗談ではありません。アメリカの方がずっと危険なんですよ。」
日本人のどれだけの人がこの現実を知っているか知らないが,背筋が寒くなってくる話しである。『2003年日米恐慌』の著者,松本和男(和光経済研究所元副社長)は,さらに悲観的である。 「かつての世界恐慌(アメリカのデフレ大不況が発端)と今の現象が余りに酷似していて,おそろしくなります。アメリカのバブルは一昨年をピークに弾(はじ)けましたが,ちょうど日本のバブル崩壊から10年遅れになっているんです。大規模なバブル発生と崩壊は60年くらいの長期サイクルでやってくると言われていますが,実は前回も,まず1920年(大正9年)に日本のバブルが弾け,それから9年遅れて1929年,世界恐慌が始まっている。今回,10年前に日本のバブルが弾けた時,企業の設備投資は減り,個人消費が落ち込んで,民需が減っていきました。それから官需主導で,財政出動で公共投資をおこない,さらに輸出でなんとかカバーしてきたものです。しかし,それも今や限界。頼りの輸出企業もアメリカのバブル崩壊でコケ,日本は浮上できなくなるでしょうね。」
松本氏による株価の暴落予想は恐怖にみちみちている。 「1929年のアメリカ株は史上最高値をつけたあと,34カ月で89.2%下げました。今回のアメリカ株の最高値は2000年1月の1万1722ドルですから,34カ後,つまり今年の11月に1266ドルまで下がることになる。これはもはや世界恐慌ですよ。日本の株価は前回の世界恐慌の時,ピークから78.5%下げましたから,今年の11月には8366円を覚悟していた方がいいですね。」 いやはや,これはまさに恐怖のシナリオというほかない。
●恐慌回避の術はあるのか
国際エコノミストの水野隆徳氏によると,世界恐慌を回避する術はもはやないという。「ナスダック(米国)は数年はおろか10年たってもピークを更新することはできませんよ。想像以上にアメリカバブルの崩壊は深刻なんです。すでに歴史的な低水準までアメリカは金利を落としており,有効な手段もない。今回の暴落で投資家はアメリカからどんどん資金(数兆ドル)を引き揚げています。対処療法など,残念ながら皆無です。1929年の世界恐慌は第二次世界大戦の軍需景気で回復しましたが,今回はそんなことは出来ません。となると,残された道は日本は自らのバブル経済の膿を吐き出すしかない。大銀行は次々に倒産し,地方銀行の半分は破綻し,生保の倒産が相次いで,中小企業は壊滅状態ですね。失業率は10%を軽く超えてしまうわけですが,国民はそれくらいの痛みを覚悟する必要があります。これからは,本当の意味で自己防衛の時代,個人が自分で自分を守っていくしかありません。」
先の渡辺茂雄氏によれば, 「日本の終身雇用制は崩れ,デフレスパイラルが進み,現在の国民平均所得420万円は数年もしないうちに300万円まで落ちてしまうでしょう。 本来,日本が海外向けに援助する余裕などありませんよ。国債格付けでアフリカのボツワナや南米のチリより下なのに,0DA(政府開発援助)を年間1兆8000億円もバラまいているから信じられない。この0DA1兆8000億円は少なくとも国内に使うべきでしょう。それでも焼け石に水でしょうが……」
今後,米国株は8000ドル割れから,下げては少し反発,下げては少し反発を繰り返しながら,6000ドル割れあたりまで下落していくことだろう。
松井道夫・松井証券社長も次のように断言している。 「根本的な問題を何一つ解決せずに,株価は回復しない。わが国でいえば,銀行の不良債権や,400兆円にのぼる財政赤字を解決しなければ,株価の本格的な回復なんてそもそもあり得ないんですよ。」
後世の歴史家は1990年代のアメリカは「永遠の繁栄」を国民に現出させた,しかし,それも儚い夢として消えていったと形容するかもしれない。 いまや,1990年代を牽引したアメリカ経済が実は「砂上の楼閣」であったことが判明した今,世界経済の主導権は強いユーロを押し出してきたヨーロッパに移行するのか,今後のアメリカ市場から目が離せない。
| 2002年07月16日(火) |
米国のイラク攻撃のシナリオ |
《米国のイラク攻撃のシナリオ》 2002.7.16
●戦争準備に余念がないブッシュ政権
イラク攻撃に向けたアメリカの動きが活発になってきた。ブッシュ大統領は7月8日に記者会見を行い、イラクに政権交代を引き起こすこと、つまりサダム=フセイン政権を倒すことがブッシュ政権の重要目標の一つであり、そのためにはあらゆる手段をとる、と表明した。
その直前には、25万人の兵力を動員し、空爆と地上軍の侵攻でフセイン政権を壊滅させる米軍の攻撃計画の草案が、ニューヨークタイムスにリークされた。空爆はトルコ、カタールなどを拠点に、地上軍はクウェートから侵攻する見通しで、地上からの侵攻で主力部隊となりそうな米海兵隊第1次派遣軍は、カリフォルニア州の基地で集中特訓を開始したという。
ペルシャ湾岸の小国カタールには、ペルシャ湾岸で最大のウデイド米空軍基地(al-Udeid)がある。ここでは数カ月前から施設の拡充が始まり、5000メートル級の新滑走路が完成し、軍用機の発着が頻繁になった。アラブの盟主を自認し、国内に反米派も多いサウジアラビアは、アラブ諸国の一つであるイラクが攻撃されることに反対なので、米軍はサウジアラビアの米軍基地が持っていた機能をカタールに移している。湾岸地域には、すでに2万人の米兵が駐留しているという報道もある。
日本も、これまでアフガン戦争を遂行する米英軍の艦船に給油するためにインド洋に派遣していた補給艦などの派遣を継続することを決めており、これらの支援は米軍がイラクを攻撃する際にも使われることは間違いない。攻撃を早期に感知し反撃するイージス艦や対潜哨戒機の派遣も、米軍のイラク攻撃が近づけば、これまで消極的だった日本側の方針が変わる可能性もある。
アメリカがイラクを攻撃する理由は、表向きは「イラクが生物兵器など大量破壊兵器を持っている可能性が高く、それがアルカイダなどの手にわたり、アメリカ本土に対する攻撃が行われるかもしれないから、イラクに対して先制攻撃を行う」というものだ。
ところが、イラクは実際には大量破壊兵器を持っていない可能性が高い。 1991年の湾岸戦争以来、イラクが大量破壊兵器の製造・開発を続けているとして、アメリカが主導する国連査察団が何回かイラクに派遣されているが、その団長だったスコット・リッター(Scott Ritter、米軍出身のアメリカ人)は、1998年の査察終了時に「イラクの大量破壊兵器開発システムは湾岸戦争で破壊され、すでにイラクは武器を作れない状態だ」と明言している。にもかかわらず、アメリカ政府はその後も「まだ見つかっていない兵器があるはずだ」と主張している。
スコット・リッターは米政府のやり方を批判し、抗議の辞任をしたが、FBIから「イスラエルのスパイ」という容疑をかけられて捜査された。アメリカでは「イスラエルのスパイ」という容疑が、このように不正な使われ方をする時がある。同様に「アメリカはイスラエル(ユダヤ人)に牛耳られている」という言い方もある。アメリカではイスラエル系ロビー団体が不当と思えるほど強い政治力を持っており、この問題は多角的な視点で考えた方が良い。
アメリカ政府は湾岸戦争後、イラクに言いがかりをつけて敵視しつつも、実際にサダム=フセイン政権を潰すまでの大規模な軍事行動は起こさなかった。そのため中東では,「アメリカはイラクのフセイン政権をわざと生き長らえさせることで、サウジアラビアなどペルシャ湾岸の産油国がアメリカの軍事力に頼らざるを得ない状況を作り、湾岸諸国の石油利権を確保する戦略なのではないか」と勘ぐられてきた。
●戦争中毒にかかったブッシュ政権に未来はない
しかし,最近のブッシュ政権の動きからは、本気でサダム=フセインの息の根を止めようとしている。イラクが大量破壊兵器を所有していない可能性が大きいにもかかわらず、米政府がイラクを攻撃したい理由は何なのだろうか。考えられる理由は、いくつかある。
その一つは、昨年の9・11事件以来、ブッシュ政権は世界のどこかで大きな戦争を続けざるを得なくなっている、という仮説である。
アメリカでは最近のエンロン社などの破綻で明らかになった企業会計制度の疑惑、そしてチェイニー副大統領など政府高官が産業界と癒着していたことなどが暴露され、2000年まで約10年間にわたってアメリカ経済の絶好調を支えてきたメカニズムそのものに欺瞞があることが分かってきた。昨年,ITバブルが崩壊し,アメリカではナスダックの株価が下がり出し、株式で資産運用してきた大多数の国民が大損し、資金が逃げ出してドルの価値が下がった。
そのまま放置していたら、ブッシュ政権の支持率は地に落ち、議会やマスコミから突き上げられていただろう。しかし、そこに都合よく9・11テロ事件が起こり、その後アメリカ政府はアフガニスタンなど世界中にテロ撲滅戦争を広げることに成功した。 このテロ戦争開始で、アメリカ国民は株価の下落を気にするどころではなくなり、マスコミは戦時の大政翼賛体制に切り替わり、政府批判は激減してしまった。(歴史的にアメリカでは戦争が起こるとみな祖国愛に燃える国民気質がある) ブッシュ大統領への支持率が急騰したのはいうまでもない。
こうしてアメリカは経済悪化での批判をテロ戦争によって回避することに成功したが、アフガン戦争が一段落した後の今春以降、再びワールドコム社などの企業スキャンダルや株安などで経済悪化と景気後退が持ち上がっている。7月15日にはニューヨークダウが一時8300ドル台へ急落し,深刻な経済危機の様相を呈してきた。この状態を打開するためには早く戦争を起こして国民の不満をそらすしかない。ブッシュ政権は世界のどこかで戦争を続けない限り、米国民から不満が高まりつつある政治生命を維持できない状態になっている。
●ペルシャ湾岸の石油利権にこだわる理由
アメリカがイラク攻撃に固執するもう一つの理由は、石油に関することである。石油を採掘する際にかかる費用は、世界平均で1バレルあたり27ドルなのだが、サウジアラビア,イラク,イラン,クウェートなど、ペルシャ湾岸地域の石油の場合、地中に石油が採掘しやすい状態で存在しているため、採掘コストが1バレル1ドル程度ときわめて安い。ロシアや中央アジアなど他地域の新しい油田は、注目度こそ高いが採掘コストではペルシャ湾岸にはかなわない。
世界最大の石油消費国であるアメリカは、ペルシャ湾岸地域の国々に頭を下げるか、脅迫するかして石油を買うことが不可欠となっている。中東の人々に頭を下げるのは真っ平だろうから、手荒い手法が使われることになる。1980〜88年のイラン=イラク戦争も、1991年の湾岸戦争も、アメリカにとっては、湾岸諸国同士を戦わせ、アメリカの武器や軍事力に依存する状態を作り、石油調達を楽にするという効果があった。
アメリカにとって頭痛のタネとなっていることがある。それは湾岸戦争後、サウジアラビアが反米姿勢を強めていることだ。今春、サウジがパレスチナ問題を解決する提案を行い、他のアラブ諸国もこれに賛同した際には、サウジは石油輸出を削減することをほのめかし、アメリカに圧力をかけようとした。これをみたイラクのフセインは、ただちにクウェートやサウジと仲直りする外交に動きだした。
軍関係者の意向を尊重するブッシュ政権としては、こうした状況を放置しておくわけにはいかない。そこで、サダムの息の根を止めてイラクに親米政権を作り、アメリカがイラクの石油利権を支配下に置ける体制を作って、サウジの反米傾向を牽制する必要が強まった、と推測されている。
(1932年にイブン=サウドが建国したサウジアラビア王国は,原始イスラムへの復帰を主眼とするワッハーブ派を国教としており,この宗派が世界のイスラム原理主義の源泉となっていることに注意したい。それゆえ,サウジ出身のオサマ=ビン=ラーディンのテロ行動を支持する人々も多い。)
●時間がかかる武器の調達
ブッシュ大統領は,6月初め、イラク攻撃に関して「アメリカを敵とみなす国に対して先制攻撃を行う」と宣言した。この宣言のもつ意味は大きい。
というのは,1941年の日本軍による真珠湾攻撃や、カリブ海諸国支配の原点となった1898年の米西戦争など、アメリカは「敵に攻撃させてから戦争を開始する」という「やらせ型正当防衛」の伝統を持っていた。米西戦争のときは軍艦メイン号がハバナ湾でスペイン軍の砲撃で撃沈されたことを口実(のちに米国のデッチ上げと判明),ヴェトナム戦争ではトンキン湾事件(1964年に米駆逐艦が北ヴェトナム側に魚雷攻撃を受けたとして北爆を開始。のちにこれも米軍の捏造だと判明)など。それをアメリカ史上初めて「先制攻撃」に変えるという画期的な宣言だったからだ。
宣言は、イラクがアメリカの戦略に引っかかって最初の小さな一撃を行うまで待っていられないという、ブッシュ政権の焦りのあらわれでもある。だが、アメリカの戦争の伝統をねじ曲げてまで、急いで実行したいと大統領が思っても、イラク攻撃が実現できるかどうか、疑問の声もあがっている。
その理由の一つは、イラク攻撃を果たすのに十分な武器弾薬の蓄積に、早くとも今年の11月ぐらいまではかかりそうなことだ。アメリカから中東まで武器を運ぶ時間を考えると、イラク攻撃は来年1月以降になるだろうというのが米マスコミの大方の予測だ。特に対戦車ミサイルなど精密誘導兵器の在庫が欠乏していると報じられている。アメリカにおける精密誘導兵器の在庫は、昨年末にアフガン戦争を始めた後にすぐに払底してしまい、戦争遂行が難しくなったことがある。
在庫が十分に積み上がるまでアメリカの軍事産業はフル回転となるから、軍需産業とつながりの深いブッシュ政権としてはその点は嬉しいかもしれない。しかし,来年春以降にずれ込むと夏の酷暑が待っているイラクでの戦争が難しくなるので、来年秋の戦争開始となる。そうなると2004年秋の大統領選挙の期間まで戦争が長引き、厭戦気分からブッシュ再選が難しくなることも考えられる。
逆に、今年11月の米議会の中間選挙より前に攻撃を開始し、短期間でサダム政権を倒してブッシュ政権に対する支持率を急騰させ、選挙を共和党勝利に導こうとする可能性もある。株価の急落で景気が悪化し,国民の不満も高まっているから,アメリカのマスコミが「イラク戦争は来年だ」と一様に報じている虚をついて,意外と早く戦争を開始するかもしれない。
●「フセイン後」の展望がないのが致命的
だが、武器在庫の蓄積以外に、もっと大きな難問がある。イラク攻撃は、サダム・フセイン大統領を殺害してバクダッドにアメリカ寄りの新政権を樹立しないと成功とはいえない。フセイン大統領はバクダッド市内の民家や病院など民間施設の中に、司令部として使える秘密の居場所をたくさん持っている。米軍は、緒戦では砂漠に展開する戦車部隊にミサイルを打ち込むだけでいいが、最後はバクダッド市内での市街戦を展開することが不可欠になる。そうでないと,本当の勝利をものに出来ない。
市街戦が長引けば、アメリカ兵の戦死者が急増するから世論も政府への批判を強めることになる。そんな状況でブッシュ政権が選挙を戦うことになれば、民主党に負けるのは必至だ。イラク側は、フセイン大統領が生き残りさえすれば勝利となる。ビン=ラーディンやオマル師(タリバンの指導者)の殺害に失敗した上,フセインも取り逃がしてしまったら,アメリカの威信は はさらに失墜することになる。
もしフセイン大統領を殺せたとしても、その後でどうやって親米政権をイラクに樹立できるのか、その展望もほとんどない。開戦後、イラク軍の一部がフセイン大統領を見限ってアメリカ側に寝返り、その将軍が次期大統領になるというシナリオはある。だが、イラク国民のほとんどが長年の経済制裁を科したアメリカを毛嫌いしている以上、次期大統領が親米的な態度を長く続ける可能性は低いし,親米傀儡政権はすぐに倒される可能性だってある。フセインを殺しても、次のフセインが誕生するだけである。
●ドルの全面安とアメリカ経済の悪化
ブッシュ大統領が記者会見で「フセイン打倒」を強く打ち出した後、ドル安が進み、1週間後の7月15日には、ついにドルはユーロより価値の安い通貨になってしまった。米ドルの全面安で円までその余波を受け,132円からたちまち115円台まで円高が進み,日本はすっかり景気回復のシナリオが狂ってしまった。ユーロは欧州通貨統合の実施から1年後の2000年2月にドルより安くなり、EU諸国が束になったところで所詮アメリカにはかなわないことの象徴だと言われていた。ヨーロッパでは多くの国々がイラク攻撃を初めとするアメリカ一国支配的な暴力的なやり方を非難している。
財政赤字・貿易赤字のアメリカはいずれ、経済の再構築のため,奥の手を使って再逆転をはかるかもしれない。そうした懸念はありつつも、ユーロとドルの価値が逆転したことは、暴力だけに頼るアメリカには未来がない、と世界中の投資家が考え始めたことを示唆しているとも考えられる。
アメリカのイラク攻撃は実のところアメリカという大国の没落のひきがねとなる可能性があるので注目していきたい。
| 2002年07月13日(土) |
世界の格言 《人生について 1 》 |
《人生について 1》 (世界の格言集 )
2002.7.13
私は孤独な悲しい子供だった。 あの長い苦しい時代には私なりの経験がある。
私はその経験によって生きているのである。 私は,あの時代には,大人の生活では決してもう届かないような物, 深さや夢があったと感じている。
あの時代には大きな秘密,「物」や動物との親しい交わり, 奇跡やさまざまな変化があったと感じる。 (リルケの詩集)
1.花に嵐のたとえもあるよ,サヨナラだけが人生さ! (井伏鱒二)
2.まこと人生,一瞬の夢,ゴム風船の美しさかな。 (中原中也)
3.人間にとってただ3つの事件しかない。生まれること,生きること,死ぬことである。生まれるときには気がつかない。死ぬときには苦しむ。そして生きているときは忘れている。(ラ=ブリュイエール )
4.未来はためらいつつ近づき,現在は矢のように飛び去り,過去は永久に静かに立っている。(シラー )
5.自分が歩んできた過去を振り返ってみると,何とたくさんの素晴らしい一生に一度の出会いがあったことか。(井上靖「わが一期一会」)
6.幸福とは,自分の魂を立派なものと感じることである。これ以外にいわゆる幸福というものはない。したがって幸福は悲嘆の中でも,悔恨の中でも存在できるのである。(ジュぺール)
7.よしどうであろうと人生はよいものだ。 (ゲーテ )
8.楽しまずして何の人生ぞや。 (吉川英治 )
9.人はだれでも,おのれひとりの生涯をひとりで生き,おのれひとりの死をひとりで死ぬものである。 (ヤコブセン )
10.この世の中で,いちばん強い人間とは,孤独でただひとり立つ者だ! (イプセン )
11.けがれのない真の生は,信仰のうちに,すなわち空想のうちに,すなわち狂気のうちにある。 (トルストイ)
12.ほがらかに死んでいくために,わたしは生きようと思う。 (ゲレルト『寓話と物語』 )
13.生まれてしまったということは確かにわれわれの結末なのだ。死ぬということは問題外である。生きることがわれわれの悦びであり法則なのだ。 (サローヤン『君が人生のただ中に』 )
14.ひとは多くを願うが,かれに必要なものはごくわずかなのである。人生は短く,人間の運命にはかぎりがあるから。 (ゲーテ )
| 2002年07月06日(土) |
北朝鮮の悲劇(7) 驚愕の真実,すでに北朝鮮は原爆5個を保持 |
北朝鮮の悲劇(7)《驚愕の真実.北朝鮮はすでに原爆を5個保有》 2002.7.6
先週,黄海で北朝鮮と韓国の警備艇同士の銃撃戦が起こり,韓国側に5人の死者と19人の負傷者が出る事件がおこったが,当日の夜,韓国とトルコ戦のサッカーが行われることに照準を合わせて北朝鮮はこの事件を仕掛けてきたことに注目したい。金正日の謀略作戦の一環とみなしてよい。この挑発事件で金大中大統領の太陽政策の破綻が露呈した。
●国民を餓死させても弾道ミサイルの開発に力を注ぐ理由
大国アメリカが,北朝鮮のような小国を相手に,外交交渉を続けているのは,金正日(キムジョンイル)政権が核ミサイルを持っているからであり,それが中東諸国など紛争地域に拡散されては困るから,「交渉相手」にしているだけだ。はっきりいえば,もし,金正日が核ミサイルを所持していなかったら,こんな国を誰が相手にするだろうか。相手にしないどころか,自己崩壊してしまうことは間違いない。核ミサイル開発が援助を引き出す切り札となっていることに注目したい。
核ミサイル開発と並ぶ金正日の軍事優先政策のもう一つ重要な柱は,韓国を統一することであるが,近年の韓国の経済成長やサッカーの活躍で国威が高まってきていることに,北朝鮮も驚いていることだろう。
とはいえ,朝鮮労働党の韓国の武力統一は,同党の公式文書と行動をみれば明らかなように,建国以来,一貫して「武力統一」なのである。朝鮮人民軍の偵察局傘下には,対南軍事偵察・軍事撹乱を任務とする10万人近い特殊部隊が常備していることが,これを証明している。また韓国軍54万人に対し,北朝鮮は100万の国軍を所有している。軍事優先政策には,もう一つの重要な意味がある。それは,軍事力を背景に,生活苦にあえいで政治に不満を抱いている多くの国民を恫喝支配していることである。
韓国に亡命した北朝鮮の党書記であった黄長��(ファンジョンヨブ)の言葉を借りれば,金正日という男は「たとえ10万人でも100万人でも反政府的,反党的な者はみな銃殺してしまう」人間だという。黄書記によれば,金正日は「少年時代から暴力についてとても関心が強かった」し,「軍隊を掌握しようとする意欲も強かった」と証言している。
●ミサイルの「ノドン」も「テポドン」も実は日本製だった
朝鮮人民軍は「ノドン1号」と「テポドン」という2種類の弾道ミサイルを開発したが,「ノドン1号」は射程1300キロで,日本本土をほぼ射程圏内におさめ,30基が実戦配備されていることが判明している。一方,4年前の1998年8月末,日本の三陸沖に発射された「テボドン1号」は,射程2000キロと推定され,ロケットの2段目までは液体燃料,3段目は固形燃料である。この3段目の部分が爆発し,破片が米国アラスカ沖7000キロまで飛んだ。
当時のアメリカ下院「国家安全保障委員会」の報告によると,北朝鮮は,1999年1月までに射程1万キロの大陸間弾道弾(ICBM)の実験が可能になり,実戦配備もかなりのスピードで完了するだろう,と記述している。現在,米軍は弾道ミサイルを迎撃する装置(BMD)を持っていないため,日本の安全も重大な危機におちいっている。
問題は,どうして北朝鮮がこんなに早く三段ロケットを開発することが出来たのかである。ミサイルは,いわば「ハイテクの塊(かたまり)」である。現在,北朝鮮にはミサイルに使用できるハイテク部品の生産能力がないことは,専門家が一致して認めているところである。
実は,北朝鮮の弾道ミサイルのハイテク部品の多くがが日本から購入したものだったのである。北朝鮮でミサイル部品の購入を担当していた金秀幸(キムスヘン)が,韓国亡命後,語ったところによると,ミサイル・ハイテク部品のなんと「70%は日本のもの」だという。 1999年2月22日,衆議院予算委員会の総括質問で鴻池祥肇(こうのいけよしただ)参議院議員は,政府に対し,北朝鮮のハイテク部品について,次のように質した。
「ICチップは三菱電機,日立,日本電気,など大手電機メーカーから製品をすべて購入した。特殊金属分析装置は清水工業,センサー関連は京セラから購入した。ノドンもテポドンも北朝鮮のものは電気と水だけであるとの報告がある。こういったことを把握しておられますか。」
それに対し,警察庁警備局長の答弁。 「ご指摘のような報道があったことは承知しているところでございます。わが国から北朝鮮などへの物資,技術の不正な輸出に,重大な関心を有しています。」と,日本政府は,国会で日本の大手家電メーカーのハイテク部品が北朝鮮に売られている事実を否定しなかった。つまり認めているのである。いやはや,日本製のミサイルが日本を目がけて飛んできたということなのだ。こんな重大なことでさえも日本のマスコミはフタをして報道しない。安全保障にいかに鈍感な国であるかをを露呈しているといわざるをえない。
金正日政権の国家的犯罪を追及,糾弾しようとしない日本の政府とマスコミの臆病さが指摘される。金日成政権のときもそうであったが,金正日政権に対しても日本のマスコミは見て見ぬふりをしている。日本人拉致事件でさえも政府の対応は遅く,あいまいなままに放置されているだから,国民の危機感は一向に盛り上がってこない。大手の新聞やテレビ局は北朝鮮の危険な本質を意図的に報道しないように規制しているふしが感じられる。1997年以降,日本の主権を侵害した北朝鮮の「工作船」をいまだに「不審船」などと言っているのだ。危機の本質を隠したままである。
●北朝鮮が原爆を5個保有しているとの2人の証言
北朝鮮の核開発疑惑問題をもう一度振り返ってみよう。 北朝鮮が黒煙減速炉の稼働を開始したのは1986年である。国際原子力機関(IAEA)の査察を受け入れたのは,その6年後の1992年である。IAEAは,北朝鮮が提供したプルトニウムを持ち帰って検査した結果,北朝鮮が89年,90年,91年の合計3回,プルトニウムを使用済核燃料棒から抽出している事実を突き止めた。
これをめぐって北朝鮮とIAEAが対立し,北朝鮮は核拡散防止条約から脱退した。これに対し,国連安保理での北朝鮮への経済制裁案の討議となって,1994年前半,朝鮮半島の緊張はにわかに高まった。同年6月,アメリカのカーター元大統領が特使として平壌(ピョンヤン)を訪問し,金日成(キムイルソン)との会談で核開発凍結の合意をし,戦争が回避された。この合意にもとづき,金日成が死んだ年(1994年)の10月,核凍結をめぐる「米朝合意」がジュネーブで成立した。問題はこの合意の中身にあった。というのは,当時クリントン政権は合意以前に北朝鮮が抽出していたプルトニウムの国際管理を合意内容から除外したのである。そのため,北朝鮮が原爆の原料となるプルトニウムをどれだけ所有しているのか,当時から様々な憶説が飛び交った。
ところが,ここにきて,北朝鮮が長崎型原爆を5個所持していることが,ほぼ確実となった。それが最初に判明したのは,1997年,核開発をしていた寧辺(ヨンピョン)の警護責任者から直接聞いた話しとして,康明道(カンミョンド)〔姜成山(カンソンサン)元首相の娘婿.1994年韓国に亡命〕が証言したことによる。しかし,信憑性を疑う声もあった。
だが,1999年4月15日に新証言が加わった。黄書記とともに韓国に亡命した彼の秘書・金徳弘(キムドクコン)が,北朝鮮で国際担当書記をしているときの話しとして,「軍需担当の全秉鎬(チョンピョンホ)書記が黄書記に対し,『1996年当時,すでにプルトニウムを使った核爆弾を5個保有している』と語ったことがある」という驚愕すべき証言をしている。全秉鎬は政治局員であり,原爆製造を含め,軍需産業全体の党の責任者(書記)という立場にあることから,「原爆5個説」がにわかに信憑性を帯びてきた。
北朝鮮の空軍が持っているミグ29は5トンの原爆を搭載する能力があり,仮に日本海の海水すれすれに飛行してきたら,レーダーでも捕捉は出来ない。2002年7月の現時点で,すでに2年ほど前に,ミサイル核弾頭が完成したとの非公式情報も韓国情報局に入っているという。
こうした重大な情報でさえも自粛して報道しない日本政府とマスコミの無責任さのため,「すぐそこにある危機」にさえ気づかず,日本国民の多くは無知なままに置かれている。
| 2002年07月03日(水) |
対談 【 日本は必ず甦る 】(その1) 中曽根康弘.石原慎太郎.竹村健一 |
日本の優れた能力と技術を世界に向けて発信せよ!(その1) ★出演者:中曽根康弘氏 石原慎太郎氏 牛尾治郎氏 司会 竹村健一 (2002年5月14日の座談会から)
●日本は必ず甦る!
竹村: かつてGE(ゼネラル・エレクトリック)を世界一の株式時価総額を誇る企業にまで再生させた前会長のジャック・ウェルチ氏は、こういうことを語っています。
「誰でも長期だけを見ることができる。誰でも短期だけを見ることもできる。重要なのは、両方見ることだ」
有名な経営評論家ピーター・ドラッガーもこういうことを語っています。
「優れた人物に見られる共通的な特徴は、長期と短期のバランスを取ることだ。ひとつの目は歴史の彼方に、もうひとつの目は足許の現実を」
今日は日本の将来、そして日本のいまについて、長期と短期の観点からお話していきたいと思っているので、よろしくお願いします。
最近、ブッシュ政権の最も大きな力となっているハドソン研究所から『超大国日本は必ず甦る』(徳間書店刊)という本が出た。この本を読んで私がうれしく思ったのは、日本は1500年ずっと世界のファーストクラスのレベルの国であった、ということが書いてあること。平安時代に、たとえば『源氏物語』のような素晴らしい文学があった。
こうした高度な文化は生活レベルが高くないと出現しないということで、日本は1000年以上にわたって、中国やヨーロッパと同レベルの生活を維持してきたのだ。そういうことは、経済の面でも優れていないとできないだろう、といったことを書いてきて、「1000年以上もそうしたレベルを保ってきた国が、この10年ほど不景気だからといって潰れると思うほうが間違っている。日本は必ず21世紀の世界をリードするであろう」と、こういうことをハドソン研究所の8人の研究員が集大成として語っている。
これを読んで、安心しましたよ。日本がそう簡単に潰れるわけがないと思う。しかしながら、日々のマスコミの力は大きくて、これだけ毎日のように、「今日もアカン」「明日もアカン」ばかり報じられていたら、段々心配になるのではないでしょうか。
●日本の国家像を示す時期
中曽根: 遠い将来の話というよりも、近い未来の話として聞いていただきたいのですが、20世紀から21世紀になり、日本はどこに行くのだろうか。20世紀とは違った時代に入ったのだと思います。
まず、その象徴は小泉内閣の出現でしょう。派閥を乗り越え、自民党の悪口を言って国民から80%の支持を得た総理大臣というのは、いままでの政治の延長ではあり得ないことです。そのように変わってきたけれど、21世紀の日本の国家像、日本はどういう国になるのかということをつくっていくプロセス(過程)を小泉くんは明らかにしていませんね。
割合、テレビへの反応には敏感ですけれど、そうした中長期の路線というものをもっと明示しなければならない。その端緒が出てきているのは安全保障の問題だ。たとえば有事立法をやろう、集団的自衛権の問題を解決しようと声は出ているけれど、いままでの日本にはない、世界的にも貢献する日本というものがここに現出しつつあることについて、どう思っているのだろうか。
あるいは財政計画について、日本は大きな借金を背負っている。けれども大きな貯金も持っている。それをいかに上手に動かして日本を再建するか。それには、毎年13兆円の赤字が出ているわけですが、その毎年出る13兆円の赤字を10年くらいで消すために財政構造改革10カ年計画みたいなものをつくって努力しよう。
究極的には、憲法改正という問題で新しい日本の国家像を出していこうなど、これからの日本をつくっていくことがわれわれの大きな目標であるし、そのプロセスをどうつくっていこうというのか。
目の前の問題として、内閣の主導力、総理大臣の主導力を強化する必要がある。いままでのやり方ではいけません。どうするかというと、英国流の議院内閣制に完全に転換して、党と内閣が一体になることです。党の要人はほとんど内閣に入り、そして内閣の決めた方向に党も一緒に動いていく。いまの日本は、党の了承がなければ内閣が動けないという状況です。サッチャーさんが10年も首相としてリーダーシップを発揮できたのは、英国のこの制度があったからでもあります。そういう方向で、目の前の問題を改革することです。
恐らく秋には内閣改造とか、そういう問題が出てくることと思う。そういう方向を求めて人心一新、思い切ってやる小泉くんであってほしいと私は念願している次第です。
●自分の方法論を持つ政治家が出ないと駄目
石原: 私も日本の将来については、さほど悲観的じゃないんですよ。相対的に見ても、他の国と日本を比べてみて、日本はそんなに力がないのかというと、他の国にはない力をたくさん持っている。預金量はある。第一、外国からの借金がない。アメリカ国債を一番買ってやっているのは日本だし、人が良いのか馬鹿なのか知らないけれど、水爆をつくって、有人の宇宙衛星を上げようなんていう中国にまだODAを出してやっている。こんなお目出度い国は他にはないよ。
それから技術は非常に画期的なものを開拓していますし、子供のゲーム機に使われているマイクロチップなんて、アメリカの宇宙船に使われるよりも進んだマイクロチップを使っていたんでしょう。
その他この他、日本には相当なポテンシャルがあると思うし、このあいだ私は2日ほどシンガポールに視察に行ったんだけれど、世界でも進んだ教育をやっているし、港湾の運営などでも凄いことをやっている。これらのソフトやハードは日本製。またダウンタウンの道路の混雑を避けるために自動車の流入制限をしているんだけど、自動車についている小さなセンサーも、上のゲートの複雑な器機も日本製ですよ。
ご一緒した、東京都のアドバイザーになってもらっている唐津一さんは、 「うーん、とにかくぼくがつくって、ぼくが相談に乗ってやったことを全部上手くやっている」と、唸っていたくらいだ。こうした素晴らしいものを日本はつくっているのに、なぜ行政は日本のために使わないのかわからない。役人はものを考えることができない、これは運営者だから仕方ないけれど、これを束ねる政治家の見識がないからできないんだ。
物事は歴史に限らず、複合的、重層的なもので、そういう認識で多元的に捉えるために長期と短期の展望がいるわけです。
後藤新平という素晴らしい政治家がいた。この人は総理大臣にならなかったけれど、日本でも傑出した政治家の1人とされている。なぜなら自分の方法論を持っていたからですよ。医者だったために、物事を判断するときに疫学的な観点と、臨床的な観点の2つを合わせてやれたから、非常に効果のある行政を行えた。こういう政治家がもっと日本にほしいけれど、いませんな。
●日本の力を政府はもっと有効活用せよ
竹村: 英経済紙『フィナンシャル・タイムズ』で、「日本にはたくさんプランはある。けれども実行する意思はあるのか」と問いかけている見出しの記事があったけれど、いまのシンガポールの例は非常にわかりやすくて、日本から技術もいったし、動かし方もいった。けれども肝心の日本でそれが実行されていない。そうした面で、おかしいと思われる点はありますか?
牛尾: 日本が悪い、悪いというのが流行っていますけれど、現実に先進国で貿易収支の黒字が10兆円近く依然として続いているのは日本だけなんですよ。それを支えているのが、従業員にして約500万人、日本人全体の7〜8%。日本中には500万社あるけれど、世界の市場相手に競争している企業は約700社。この700社の生産性は、アメリカを100とすると120あるんですね。残りの日本企業の生産性は63。地方に行くと、これが50くらいになります。
しかし、500万人の従業員で支えているこれらの企業は、あと5年や10年は充分に競争力を維持できるでしょう。だから、あと10年のあいだに、次の競争選手をつくらないといけない。規制をどんどん撤廃して、民間に自由にやらせてもらえれば、これから新たに環境関連だ、ナノ・テクノロジーだといった分野で充分にやっていけるものと思いますがね。
貿易収支を稼いでいる企業のほとんどは政府援助を受けていないし、税金は実質43〜44%払っています。これはヨーロッパよりも10%高いし、アジア各国より20%高い。ですから、これから工場をつくる場合は、これほど税金の差があるならば外に出ようとする企業が出ても仕方ないかと思うから、6月に経済財政諮問会議が小泉さんに出す提言は、そうしたことを踏まえた税制改正案と、経済活性化案、15年度予算の構想になると思います。
こうしたことを小泉さんが全て取り上げてやれるかどうかは、われわれの手の及ばない範囲のことですけれど、中曽根さんがおっしゃるように、官邸主導型に変わらない限りできないかもしれませんね。
いま日本の海外投資高は約2兆ドルで、そこの収入が貿易収支を上回ってきているんですよ。そういうことで、どこから見ても日本は、民間のやっている企業集団はわずかではあるけれど十分に競争力を持っている。それを政府が有効に活用しなければいけません。
●内閣に実力者を入れ,政策のスピードアップを
竹村: 中曽根さんは、昨年小泉政権誕生のときから、内閣に思い切って党の実力者を入れるべきだ、という話をされていました。ようやく小泉さんも、その気になってきたと思いますか?
中曽根: わかりませんが、その必要性は感じてきたと思いますね。何しろ、重要法案といわれているものが、今国会に間に合わないという。牛尾さんがおっしゃった財政構造改革の10年計画、その基本を成す税制改革、これは本当はもっと早くやっておかなければならないものだった。全般を見ると、スピードが遅すぎます。
石原: 遅いですなあ。
中曽根: 税制改正なんて昨年の10月にやっておかなければならなかった。それでようやく間に合うのに、今年の12月までにやろうなんていっている。1年遅れているんだ。他の仕事を見ても遅い。これはなぜかというと、主導力が弱いからだ。ここを改革できるかどうかに、小泉内閣や日本の命運がかかっていると私は思う。
竹村: 相当強く、中曽根さんはおっしゃっておられたけれどね。
石原: ぼくはその会合に欠席したけれど、激しいやり取りがあったようだね。
竹村: そうね。だけど中曽根さんは、小泉さんには気力があるとおっしゃっていた。気力は必要だけど、それに対して作戦がないといかんので、そして作戦を司々(つかさつかさ)の人に動かしてもらわないとならない。中曽根さんが指摘しているのは、そこのところだよ。
牛尾: それと認識ですね。20世紀後半と、これからの社会環境は違うわけですよ。石原さんが都知事になられて、新しい発想で政治に取り組んだわけです。ですから、国の政治もこれまでと違う発想で取り組んでもらわないといかんのですよ。
続く
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