奇跡を信じて〜あれから〜
R

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■ モルヒネ皮下注入

抗がん剤の第2クール後
吐気、嘔吐、筋肉痛に加え無気力などの副作用があり
ほとんどベッドから起き上がる事がなかったせいか
全身が硬直した状態で肩や背中に強い痛みがあり
モルヒネを皮下注入する事になった
これは胸骨に針を入れモルヒネを入れる方法だ
今までHは痛みのコントロールとして
HはMSコンチン(錠剤)+モルヒネシロップを常用してきた

O医師の最初の説明で痛みのコントロール方法として
モルヒネシロップ→MSコンチン
痛みが増したり経口投与できないほど
全身衰弱が強い場合には
皮下注入→アンペック坐薬(モルヒネ坐薬)を使用していくと
聞いている



2002年02月28日(木)

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■ 因縁

Hの家系図を辿っていくと
その家の跡を取る者は皆肝臓癌で亡くなっている
長男長女に関係なく跡を取った者に限られる
直接の原因が他にあったとしても
最後の死因は肝不全に陥ってる
その因縁が繰り返されHにも巡ってきたのだろうか



2002年02月26日(火)

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■ 効果判定 骨シンチ

効果判定をする為、今日から検査が始まった
1日目は骨シンチ

全ての検査が終了した後
第3クールをどうするか?が待ってる



2002年02月25日(月)

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■ 桜

今春の事を予測していたかの様に
私は桜の咲く季節が昔から苦手だった

いつの頃からだったのだろう
それは前世からなのかもしれない

私のオフィスサイトのBBS過去ログより
昨年
2001/03/27(Tue) 21:32:10

ポカポカ陽気で気持ちが良いですね〜。
けれど花粉症の方は外に洗濯物を干さない様にしましょ。
この季節、桜が咲くのはウキウキしますが
散る頃って何ともいえない様な気持ちになるのは
私だけでしょうか。
これが「せつない」って気持ちなのでしょうねぇ。
そして春の風も苦手〜。やっぱり淋しい。

2001/04/07(Sat) 23:09:44

桜が満開(^^) /
私は桜が舞い散っていく季節が大変苦手^^;
・・・な理由を考えてみました。
� �
高校の入学式の時に長年の夢だった高校に入学しながら
「幻滅^^;」してしまった後、桜が散っていました。
ショック^^;
��
桜の木の下で幸せを実感した過去を懐かしんでしまう
�� 
海外に住んでいる友人が一時帰省した時には
桜が満開だったのに
帰る時には桜が雪の様に舞っていた。

2002年02月24日(日)

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■ 今週も

先週、今週とHは外泊する気力さえない
今回は抗がん剤の副作用が長く続いている

「明日、泊まっていこうか?」と言ってみる
「そうして!」とH

さて、泊まる事にしたのは良いけれどPC持ち込みあり?
週末はメールカウンセリングの依頼が多いんです
まさかP−in繋がらないなんて事はないでしょうね(^^;


2002年02月22日(金)

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■ 腹部CT

ももとリンゴのジュースを買いHに会いに行く

喉の痛みは治まったが念の為マスクをして・・・

エレベーターを降りると
ストレッチャーに乗ったHがいた
CT室に行くところだと言う
急いでジュースを病室に置き
ストレッチャーを押すのを手伝う
看護婦さん1人でストレッチャーを押すと段差などを
持ち上げる事ができなくて腰や肩に響き
Hは痛がる

少しでも抗がん剤の効果が見られ
肝臓の腫瘍が小さくなっている事を祈ってる


2002年02月21日(木)

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■ 今日は行けない

朝、起きると喉が痛く風邪をひいてしまったかもしれない
Hにうつすといけないから
「風邪っぽいから今日はいけない」と携帯メールを送る
最近では気力も落ちてきてるのか
返事は返ってこない

夕方、弟に
「風邪をひいたみたいで
うつすといけないから今日は行けない」と伝える
「今日は仕事が早く終わりそうだから病院へいけるよ」と
弟から聞きホッとした

寂しがりやのHの顔を思い浮かべる

夜Hからメールが届く
「早くよくなってね!」と
病人に励まされてしまった(^^;

2002年02月20日(水)

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■ もものジュース

朝食のハムを見るだけで吐いてしまうH
匂いだけでもムカムカしてくるらしい

日曜日に
Hは「100%のジュースが飲みたい」と言った
何軒か酒屋を回り
リンゴ、もも、マスカットなどのジュースを大量に届ける
「もものジュースが美味しかった」とメールが届いたが
遠くの酒屋で購入した為、そこへ次に行けそうなのは
木曜日頃になりそうだ

Hが口にできる物は
ジュースとフルーツのみ
点滴をしている手が痛々しい


2002年02月19日(火)

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■ エッセンス

昨年のある時期に妙にリンゴが食べたくなった事があった
「りんごが食べたい〜」と一言つぶやいていると
隣りで母が「届いてるよ」とポツリ・・
それ以降なぜか時々リンゴが食べたくなる時期が続きました

アップルエッセンスのキーワードは「健康」
偶然ではあるけれど
なぜか私が妙にリンゴを食べたくなった事に
繋がっている気がしました

最近ではHが私のリンゴ食べたい病がうつったかの様に
「りんごジュースが飲みたい」
「りんごが食べたい」と言い始めました

もちろんアップルエッセンスはオーダーしました
届くのが楽しみです


2002年02月18日(月)

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■ イレッサ

Hが
「メーカーにメールでイレッサについて問い合わせて」と言う

ZD1839(イレッサ)とは、肺がん学会でも話題になった
経口抗がん剤のこと
副作用も少なく従来の抗ガン剤とは異なり
生命を脅かすようなものはない
長期投与が可能であり従来の抗がん剤と
併用できる事などが挙げられている

主治医にお願いして問い合わせて頂くが
厚生省の認可は今年の秋(11月頃)の予定だそうだ
 
しかし、腫瘍の小さくなる割合20-30%程度だとも言われている

抗がん剤で苦しんでいる中でも
Hは前向きに癌と戦っていきたいと考えているのだ

今日は昨日よりは気分も良さそうで
果物を少しづつ口にした
明日から又、放射線がはじまる

2002年02月17日(日)

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■ 副作用

前回の抗がん剤を投与した時も多少の副作用はみられ
「気持ち悪い」と
吐き気止めの点滴を1度お願いした
今回は1日に何度も嘔吐し
ほとんど食べることができない
鍼治療も「そんな気分にはなれなくて」と断っている
漢方薬も受付けることなく吐いてしまう
身体も熱く感じるらしくアイスノンを頭の下に敷き
おでこには冷たいタオルをのせている
誰かがいる時には30分置きにタオルをのせかえる



2002年02月16日(土)

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■ 副作用

Hは今週は外泊する気はない様だ
抗がん剤の副作用で全身倦怠感がひどい


2002年02月15日(金)

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■ エッセンス

癌を癒す為の特別効果のあるエッセンスと
他のエッセンスをブレンドし
Hのベッドサイドに置いて帰ってきた
Hから
「薬の瓶みたいなの置いていった?」と
携帯メールが届いた
慌てていた私は飲み方の説明すらしていない事に気付き
メールを返信する
Hから次に送られてきたメールには
「嬉しいけれど何も言わずに置いてあると怖いでしょ」と
書かれてた
ごめん。。
ごめん(^^;


2002年02月14日(木)

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■ 死の宣告ですか?

弟が
「事実を本人に話してみようと思う事がある」と言う
本人は何ヶ月か先に今の苦しみ、痛みから解放されて
退院できる日がくると信じている
Hは会社を経営している
また仕事をする日がやってくる事を信じている
だからこそ
「どんなに辛い治療でも耐える」と言っているのだ

弟の言った事を何度も心の中で言ってみる
全てを伝えた時Hはひどく落胆するだろう
しかし『死に方』『死に場所』を選択できるかもしれない
退院できると思っているからこそ今の治療に耐えてる
事実を知らせないまま(余命)
今の治療を続けている事の方が
酷な事の様に思えてきた

がん告知の後
「Hの望む治療方法でいいのよ」と話した事がある
確かに抗がん剤を投与する事をHは望んだ
しかし、そこには
「桜の咲く季節までは無理でしょう」
との医師の言葉は伝えていない
それを知ってもHは今の治療方法を望むだろうか?

もう抗がん剤も第2クールが始まった
確かに本人の意志だ
しかし、そこには隠された事実がある

覚悟とは裏腹に奇跡を信じながらも
今一度、考える時が来た

2002年02月13日(水)

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■ 明日から

今日Hは病院に戻った
朝、仕事の為、送っていく事は出来なかった

抗がん剤の投与が明日から又はじまる


2002年02月12日(火)

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■ あるべき場所にある物

Ke○さんメールをありがとうございます。

Ke○さんのダイアリー拝見させて頂きました
そして以下のサイトの御紹介&情報をありがとうございます
こちら
発売元は違いますがHも飲んでます
私がアメリカから個人輸入しています
価格も良心的で日本円にして¥6000ほどです
Ke○さん桜の咲く季節がきましたら
私達の住んでいる場所は違っても
美しい桜には変わりはないでしょうから
一緒に桜を見ましょう
その桜を「美しい」と感じられますように

2月11日 外泊4日目
今日は祝日
外泊前に鍼の先生に予約をしていた為
夕方仕事を終えた私はHの自宅へ向った
「少し大きいよ」と
私がプレゼントした帽子をかぶり見せてくれた
雪が降ってきた為タクシーで病院へ向う
途中ストレッチャーの用意をしてもらう為に
病棟へ電話をいれる
「もうすぐ着きますから」と話してる私に
「もうすぐではなく今着くといわなければ
看護婦さんは急いでくれないよ」と横からHが言ってきた
その後に
「今、着くと言えば看護婦さんは急いでくれるから
待たなくてもいいでしょ?
人を使うときはそうやって言うといいよ」と
Hらしいアドバイスだ
そして私の言い方が甘かったせいか
看護婦さんを待つ事になった
「ねっ?」と私に同意を求めるH
そして病棟へ移動し鍼治療を行ってもらう
その間、私はHの主治医と今後の治療について話をした
明後日から抗がん剤の第2クールを開始するとの事
私は
出来る限りHの意志を尊重した治療法を
行っていきたい事を伝えた
鍼治療が終わった頃は雪も積もっていた

寒い時の記憶はイメージとして鮮明に残りやすい
いつかこの時を思い出すことがあるのだろう
雪が積もっている為
私はHの自宅に車を置きタクシーで帰ることにした
クリスマスイブに自分の車を手放してから
私はHの車に乗っている
Hの自宅に車を置くと、あるべき場所にある物である様に映る



2002年02月11日(月)

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■ ポジティブなエネルギー

Pさん、励ましのメールをありがとうございます

そこには「人間の力は未知数であり奇跡が起こる事もある」と
書かれていました
とてもポジティブなエネルギーに感謝します

そしてPさんは以下のサイトを御紹介して下さいました
難病からの生還

2月10日 外泊3日目
神経過敏になっているH
それも当然の事だと思い、ありのままを受け入れる
「ありのままの自分を受け入れてもらえる」
Hの安心感が伝わってくる

2002年02月10日(日)

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■ 治療は誰のため?

この日記を読まれ
「本人の為ではなく
残される人のための治療になっているかもしれない」
と心配して下さるメールを頂いた
とても優しい心遣いをありがとうございます

しかし治療は本人が望んでいる事であると
直接メールの返信をさせて頂きました

2月9日外泊2日目
免疫力の低下もみられない為
今週もHは外泊を許可された



2002年02月09日(土)

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■ セカンドオピニオン

セカンドオピニオンとしてガンセンターへの紹介状を
主治医に書いてもらう

Hは今の治療法が
一番自分にとって適しているものだと思っているが
私の口から「肺腺癌」である事を告げた時
「実は小細胞癌だったら隠しておいて欲しかったけど
腺癌だと知って頑張れる勇気が湧いてきたよ」と
Hが言った事がある
昨年末に肺のCTを撮った後
Hはガンセンターのサイトを読み
「小細胞癌の場合は余命2、3ヶ月って書いてある」と
落ち込んでいた
そして「肺腺癌」である事を告げたと時
「この病院で良いのか
ガンセンターへ行くのか決断しなきゃね」と私が言うと
「最悪の状態であればガンセンターへ行きたいと思っていた
けれどこのくらいであればここで良いかな」
の答えが返ってきた
肺腺癌である事、骨への転移については話したが
全身への転移を知らないH
実は最悪の状態だとは知らないHに判断させる方が
間違っていたのかもしれないと思った

弟と話し自分達が出来る事として
Hを連れて行かずに
相談受診できるのかをガンセンターへ問い合わせた
医師からの紹介状と画像を持って
相談受診ができる事になったが
現在の主治医に話を切り出すには勇気がいった
そんな事は言ってはいられない
主治医は
「癌の専門医であるガンセンターへ紹介状を書くと言う事は
何だかの返事を私達も頂ける事で大変良い刺激になります
転院される事になっても、それはどうぞお気になさらずに
その部分を一番気にされる方がいらっしゃいますから」との事
ずいぶん気が楽になった

昨日、主治医より紹介状と画像などの資料を弟が受け取り
今朝、弟と私はガンセンターに向った
とても親切に呼吸器科の部長は説明をして下さった
現在行っている抗がん剤に関しては
ごく一般的なもので問題はない事
放射線治療では次に治療をする箇所などについて
アドバイスを頂いた
「患者がこちらに転院を希望する場合には
受け入れてもらえますか?」と聞くと
「今の病院で十分な治療を行っていらっしゃるので
必要ないでしょう」との回答だった
病期(ステージ)としては�鹸�
T3N2M1
全身転移の末期癌であり余命は平均7ヶ月との事
今の治療は延命であるに過ぎない
Hは30代
進行が早すぎる
覚悟はしているけれど奇跡を信じて祈らずにはいられない

2002年02月08日(金)

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■ 放射線治療

Hの声は相変わらずかすれたままだ
かすれた声の原因は腫瘍が声帯に触れているからだ
そして放射線治療が又始まった
前回とは違った部位で来週水曜日まで続く予定
看護婦さんからは
「お風呂に入るのも大変だから身体拭きましょうか」
と言われるが
Hが唯一楽しみにしているお風呂
私はとても疲れてはいたが
やはり出来る限りの事はしてあげたい
力が入らないHをお風呂にいれる事は大変だけど
嬉しそうな笑顔を見ると
こちらも幸せな気分になる

明日は外泊予定



2002年02月07日(木)

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■ 今日も奇跡を信じて

自分の力だけでは起き上がれなかったHが
誰の助けもなくベットから起き上がれる様になった
声は相変わらず枯れてはいるが
痛みも和らいでいる

私の日記を読んで下さったMさんからメールを頂きました
ありがとうございます
そこには
私が後悔しないために
時間の許す限りそばにいてあげて下さい
と書かれていました

後悔しないため
心の中で繰り返しつぶやいてみる
後悔しないため
それは私の為の言葉
そして奇跡は起こらず終わってしまった後に残される感情
しかし、今、私が出来る限りの事をしたとしても
終わりが来た時には何かしら後悔はするのかもしれない
それは、今のことではなくて
今より過去の事を

私がHに向けてる思いは無条件の愛のはず
そこには見返りのない愛がある

今日も奇跡を信じ
明日も奇跡を信じる

2002年02月06日(水)

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■ 抜け始めた髪

Hの髪がごっそりと抜けていく
パジャマの襟元に残れば痛いでしょうとティッシュではらう
Hの母がコロコロを自宅から持ってくる
髪の毛が抜けていく事を
私が思っていたよりHは気にはしていない
私だったら家族以外には会いたくなくなるかもしれない
明日からまた、放射線治療が始まるようだ

2002年02月05日(火)

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■ 酸素吸入

昨日から「息が苦しいから窓を開けて」とHが言う
息を吸う事が苦しい状態は想像ができないくらい心配な状況
2泊3日の外泊を終え
仕事を抜け出した弟が病院まで送ってくれる事になった
自宅を出る前に病院へ連絡をして
ストレッチャーを用意してもらう
仕事へ行く時間が迫り
病棟のエレベーターまでHを見届け車を走らせる
後ろ髪をひかれる思いで仕事に向った
涙が込み上げてくる
元気だった頃にHの姿がよみがえる
そして夜Hからメールが届く
「息が苦しいから酸素吸入してるよ」と
今まで以上に私ができる事はないのか考えてみる
あと1週間以内には
オーダーしてあるエッセンスが届くようです
このエッセンスは癌を癒す為には特別効果のあるものです

奇跡を信じ
詩篇30を読みながら
今日も私は「祈りの手」と言う名のキャンドルを灯します

2002年02月04日(月)

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■ 喧嘩

Hは母親と喧嘩をしたらしい
今の状態で喧嘩をする事によるストレスが
悪影響を及ぼす事を
Hの母は感じていないのだろうか
「親子だから言いたい事ぐらいは言う」と
Hの弟は言うが
果たしてそうだろうか?
これ以上Hの気持ちを逆なでさせる様な事が
あれば外泊して自宅にいる意味がない

この日記を読んで下さった方からメールを頂いた
御自分のサイトにて日記を書かれているとの事
拝見させて頂きました
その方は「精神的にも肉体的にも余裕がないでしょうが」と
私を気遣って下さいました
ありがとうございます

今日鳴った1本の営業電話
カウンセラーの私に何を求めているのか?って
広告掲載のお願い以外には何もないでしょう(^^;
骨髄バンクに登録しましょうをテーマとしての
広告にコメントが欲しいとの事
「そのテーマにはコメントできかねますので」とお断りすると
「それではテーマを変えます!
献血しましょうではいかがですか?」と
中々威勢の良い女性でした
別に良いのですけどね
九州の某新聞社にコメントを添えさせて頂いても(^^;
はぁ・・・。

2002年02月03日(日)

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■ 外泊

今日は大阪へ行く予定が前々から入っていた為
昨晩、Hを病院から自宅まで送っていった
「極力歩かないように」と医師より指示を受け
Hの母に頼み尿瓶を買って来てもらう
看護婦さんにストレッチャーで玄関まで送ってもらい
荷物をトランクに詰める
2泊3日の外泊とは言えトランクいっぱいになる
Hの好きだった車も
右側に乗らなければならない不便さをHは口にする
最近私の見た夢は
Hが私の家まで迎えに来てくれた夢
階段の下から
「迎えに来たから降りておいで〜」と言われて
目が覚めた
夢の中ではとても幸せだった
夢で見た事が現実となる奇跡を信じたい

2002年02月02日(土)

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■ 声が出ない

Hの声が枯れてきた
以前はモルヒネの副作用として
夕方頃になると声は枯れたが朝になれば普通に戻っていた
近頃では声は枯れたままである
医師に
「モルヒネの副作用なのか」をHが問うと
そうではないと曖昧な答えが返ってきたと言う
これは肺癌の症状であるものなのか
一度確認しようと思う

2002年02月01日(金)
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