一日後記

2008年10月27日(月) 手間。

ほぼ毎日台所に立つ身として今更ながら
ふと“手間”って何だろうと、家にある辞書を開いてみた。

 て-ま【手間】
 �,△襪海箸里燭瓩鉾颪笋校�間、また、労力。「―がかかる」「―を取る」
 �⊆蟯崢造領�。「―を払う」
 ��手間賃をもらってする仕事。また、その職人。
  柳樽三「髪結の草履はく日に―を入れ」  (広辞苑第五版より)


たとえば、角煮を作るのに3日かかること。
たとえば、毎日糠床をかき回すこと。
たとえば、市販の炒りごまでも調理する前にさっと炒り直すこと。


かかる時間の差はあれど、それで食べる人が喜んでくれるなら
ほんのひと手間でも手をかけてみようかという気になる。
そしてそれを厭わなくなれば、作っている当人にとって
もはや手間は手間でなくなると思う。

単に“当たり前のこと”。



2008年10月25日(土) ポタリング。

昼、ディーラーに修理のために持って行った車から
予め積んだロードレーサーを降ろしてそのままポタリング。
(余談だがうっかり替え靴を忘れた。ロード用シューズでの車の運転は
 ツルツル滑りそうで危なかったので、初靴脱ぎ運転。)

暫く一般道をぐるぐる回っていたが
ふと河口まで行こうと思い立ち、いつもの土手に出て
クランクを回すことに専念する。
天気があまり良くないとはいえ走るには申し分なく、結構な人出だった。

1時間少々で河口に着き、一服して帰り道の途中
荒川ロックゲートで小さい人だかり。
何だろうと思っていると、これができて以来
初めて門が開いたのを見ることができた。




門の奥が旧中川。ちょうど写真を撮る私の真後ろに荒川側の水門がある。

左:水門を開けている途中。

見づらくて申し訳ないが、写真中央付近の信号は赤。

右:門が開き、信号が青になると船は旧中川へ。


見た目は小ぢんまりしていてかわいいという印象さえあるのだが
震災時の物資輸送を考慮して作られているため
阪神・淡路大震災クラスの地震でも大丈夫なように設計されているという。

それにしても、どうせなら荒川側から入るところから生で見たかったなぁ。







2008年10月24日(金) 雑記。

■大型ショッピングモールなどの駐車場が苦手だ。
 行き慣れた場所ならば何てことはなくなるが
 初めての場所だと大抵迷子になる。
 迷子だけならまだしも、止める場所を探しているうちに
 うっかり出てしまったこともある。
 
 駐車場内の案内図が若干分かりづらい場所にあったせいもあり
 案の定今日も自分の車を探して右往左往すること10分。
 A2とかE10という場所は憶えているのに、まずそこまで辿り着けない。
 雨でジーンズの裾が脛まで濡れてきたのが、余計情けなさに拍車をかけた。


■ここ最近、食べてみたいものがある。
 “インガンダルマ(ウィキペによれば
 アブラソコムツ・バラムツの2つを 指すようだ)”という魚。
 脂の乗りもよくて美味しいらしいのだが
 この脂、人体に吸収されないロウ成分で
 食べ過ぎるとそのまま出てきたり、お腹を下すこともあるという。
 よって流通が禁止されているものの
 “たまたま釣れたのをもらった”というようなケースで入手は可能だとか。
 
 オムツあててまでとは思わないけれど
 ほんの2〜3切れだけなら問題ないそうである。
 ・・・というわけで、どなたか企画してくれないかな
 インガンダルマオフとか。(苦笑)


■家庭用の火災報知機をつけていた時のこと。
 とりあえず階段だけ先につけることにしたのだけれども
 いかんせん折り返しで吹き抜けの拙宅では設置場所に少々困った。
 万一間違って鳴った時を考えればすぐ手が届く場所になければ不便だし
 かと言ってあまり外れた場所では意味がない。
 おまけにつけようと思っていた場所に釘は入らず。

 結局ものすごく見た目が中途半端な場所につけるハメになり
 しかも取り付け途中、試運転ボタンを何回か押してしまい
 慌ててバッテリーのコードを引き抜くという暴挙まで。

 だけどこれ、確か義務化はされても罰則規定はなかったような気がする。





2008年10月23日(木) うなされそうだ・・・。

数時間前に見て、延々頭の中に残る動画。





もう、どこからつっこんでいいのやら。







2008年10月19日(日) 昇仙峡にて。

誕生日が近い相方のリクエストで、山梨の昇仙峡とほったらかし温泉へドライブ。
中央道で9時15分に昇仙峡着。
ちらほら紅葉が始まっている程度だったが
天気の良さと澄んだ空気が気持ちよくて、4時間ほど散策。




左:画面左側の丸いのが覚円峰。

覚円というお坊さん(沢庵和尚のお弟子らしい)がこの岩の上で修行したという。

修行は無理かもしれないけれど、縁好きとしては上れるものなら上ってみたい。

右:仙娥滝。本当は30mある大きい滝なのだが、虹がきれいだったので。





以下順番がちょっとめちゃくちゃ。秋色のものを並べたらこうなってしまった。

左:昇仙峡ロープウェイに乗る前の駅付近。

自然のものだと、反対色でも目が嫌がらないのが不思議だ。

右:昇仙峡からの移動中、陽の光で輝くススキ野原に思わず車を停める。

近くまで下りたかったけれど、用水路に阻まれて断念。





こちらは見晴らしの良かった場所。

左:ほったらかし温泉から見えた富士山。

“あっちの湯”で露天風呂に浸かりながらぼーっと眺めていた。

右:昇仙峡ロープウェイで上った先にはいくつかビューポイントがある。

その中でもこの崖の岩が気に入って吹き上げる風に当たっていたら、歩き回った汗が心地よく引いていった。


15時くらいには山梨を出るつもりだったのが、結局17時を少し回った頃になり
中央道を避け、雁坂トンネルから渋滞にはまることもなく一般道で21時に帰宅。

もっとも360kmのドライブでは山道が多かったせいか、翌日向こう脛が少し痛くなった。









2008年10月18日(土) ケチった部分?

昨日の事故の続き。

原付やバイクに関しては全く分からないので
修理の見積りを出すために寄ったディーラーで、お世話になっている方から
『原付は殆ど自賠責(保険)しか入っていない』
ということを聞き、少し驚いた。
車と同じように任意保険に入るのが普通だと思っていたせいである。

そうなると、もしかしたら相手の方は自腹で
ウチでお願いしている保険会社とその方との話し合いになるなぁ
・・・まぁ私が直接話すことはないだろうけど。

なんて気楽に考え、帰宅してから保険会社に電話を入れたときのことだ。

何でも今回の場合は私には非がないと思われるので
保険会社が介入することはありませんと。
お困りでしたら相談センターにご相談下さいと。
早い話、自分で全部やってくれと、そういうことらしい。

友人には“(保険が)安いのにしたからじゃない?”とも言われ
そうかとその時はケチったことを後悔したが
後でよくよく考えると、自動車保険を見直す際にそんなことは出てなかった。
更に家で約款を見直してみても特に書いておらず
ならばと保険会社に問い合わせてみたところ
“過失のない事故への介入は保険業法でできないことになっている”という。

でも検索をかけてみると、同じようなケースでも
“保険会社が交渉に入ってくれた”という話もあるし
この点はもう少し調べてみようかと思っている。


いずれにせよ、案の定相手も自賠責しか入ってなかったため
当事者同士の話し合いになってしまった。





2008年10月17日(金) ・・・そこを聞く?

車でいつものスーパーまでの途中
片側2車線のその道路はちょうど橋の上でもあり
側道からの合流もあったりで、殆ど止まっている状態。
ここまではまぁいつものことなのだが、違ったのは突然後ろから

・・・がつん!という鈍い音と僅かな衝撃があったこと。

つい似つかわしくない悲鳴を上げて振り返ると、原付に乗った男性が
私を見ながらペコペコ頭を下げていた。
聞けば何故か“動いている”と勘違いして走り出してしまったという。

幸い双方怪我もなく物損だけで済んだんだし
別にこちらが悪いわけではない(と思っている)のに
暫くずっとドキドキしていて、相手の連絡先を控えるのがやっと。
お蔭で冷静を装おうと受け答えは不自然にハキハキし
スーパーでは買うつもりだったものをいくつか忘れる始末で
だいぶ落ち着いたのは、その帰りくらいだったと思う。


帰宅後。
『○○(場所)で原付に後ろからぶつけられちゃって』と
何気なく義父に言った時、その直後言われたことに耳を疑った。

「どっちが悪かったか、はっきりしてるの?」

・・・いきなり過失割合聞かれるとは。
その後はやれ警察沙汰だの(事故なんだから当然)何のと
最後まで『大丈夫?』と聞かれることもなく
こちらから『私も向こうもケガはなかったですから』と
半ば吐き捨てるように言って2階に上がった。

もっともこういうことは初めてじゃないせいか
以前よりは腹が立たなくなったのは
変なところで神経が図太くなったせいかもしれない。







2008年10月10日(金) 金糸瓜。

スーパーで30cmほどの金糸瓜を見つけたのが1週間ほど前。
能登地方出身のこのお野菜、最近は市場に出回るようになったらしいが
まだ身近なところで見かけることは少なかった。
(実家の前にあるスーパーでは店頭で売っていたというのに!)
味というものはなくてもシャクシャクとした歯触りが心地よくて
見かけるとつい買ってしまう。

もっとも私には別名である“そうめんかぼちゃ”の方が馴染み深い。

丸のままなら冬瓜と同じようにして冬まで保存することは可能。
・・・なのだけれど、おそらく今シーズン初めてにして最後なので
ここはやっぱり食べておくかと。




左:切る前の金糸瓜。日本かぼちゃというより西洋系のかぼちゃに近い感じの質感。

右:5cm程度の輪切りにした状態。この後種とワタを取って水から茹で、沸騰して15分ほど経ったらザルにあける。





左:茹でた後お箸で内側を削るようになぞると、面白いように

きれいな黄色い繊維がほろほろとほぐれてくる。

この様子が“金糸瓜”なのだろうし、別名“そうめんかぼちゃ”となったのだろう。

右:細切りにした胡瓜と人参、ハムを加えて中華風ドレッシングで和えたサラダ。

ドレッシングをうっかり濃口醤油で作ってしまい、ちょっと失敗。


炒めたり、それこそお素麺のようにめんつゆにつけて食べることもできるが
個人的にはお酢をきかせた和え物が一番合うように思う。


何にせよ調理過程が楽しいお野菜。





2008年10月09日(木) 思い切り。

薄めの味が好きなのと、料理にあまりお砂糖を使うことがないので
(使ってもほんの少し隠し味程度)
こっくりとした味のものは作り慣れていない。
だから割と煮魚なんかもあっさりめの味付けが多いのだが
どうも相方には物足りないようで、煮魚の日はちょっとお箸の進みが遅い気がした。

んじゃ今日は思い切ってお砂糖をどどどと入れてみよう。
叔父が金目鯛を煮付ける時に(私にとっては驚くくらい)
たくさんのお砂糖使ってたし。

結果、これが良かったようで珍しく煮魚のお箸が進んでいた。




一応味見しながらお砂糖を入れたが

内心『こんなに入れちゃっていいの?』とドキドキ。



2008年10月07日(火) うちのしめさば。

魚屋さんの店頭にマサバが並び始めると、煮付けにするか〆鯖にするか
はたまたシンプルにたっぷりの大根おろしをつけた塩焼きにするか
迷いながらも、今の季節はやはり〆鯖にしてしまう。
もう少し寒くなってくるととりわけ煮付けがおいしく感じるから
それまでは、さっぱりとしたものでいこうかと。


今日はちょっと午後に出かける用もあり、時間に余裕がなかった。
そのためお店に頼んで3枚に下ろしてもらい
帰って薄く塩をしてザルに並べ冷蔵庫で約4時間。この間に外出。
ベタ塩(身が隠れるほど塩をふること)なら1時間弱くらい。
お酢・砂糖(ウチは砂糖がないので蜂蜜)・お塩・昆布は軽く煮立て、冷ましておく。
あとは鯖をよく洗って水気を拭いて合わせ酢に漬けるだけ。




左:塩をして放置したもの。写真じゃ分からないけれど、下のお皿には鯖から出た水が。

右:合わせ酢に漬けて、上からキッチンペーパーとラップで蓋をすると

お酢が少ない量でも大丈夫。ビニール袋に入れて密閉でも可。


2〜3時間漬けた後、食べる直前に骨を抜き皮をむいて(この皮むきが一番楽しい!)
そぎ切りなり二枚切りなりお好きな切り方でできあがり。
表面だけ軽く炙っても美味しいと思う。
新鮮なマサバさえ手に入れば、ものすごく簡単だし
生っぽいものからカリカリに〆たものまで自由自在。

ところがそそっかしい性格が災いしたのか、出来上がりの写真を撮り忘れた。

* * * * * * * * * *

10/8追記

その後思い立って、合わせ酢から半身を引き上げ昆布で挟んで一晩おいてみた。




見た目は普通のしめ鯖と殆ど一緒!(苦笑)





2008年10月05日(日) 秋の雨。

蒸し暑い季節が苦手なので、しばらく乗っていなかった
ロードレーサーを引っ張り出し、車に積み国営武蔵丘陵森林公園まで。
園内のサイクリングコースをのんびり走って
時間に余裕があれば少し散歩もいいかなと思っていた。
天気予報を確認すると、夜から雨とのことだから
少なくとも園内にいる間は大丈夫だろう。

何度もここへは来ているので特に目新しいものはないけれど
やはり車を気にせず走れる環境というのは、心にゆとりができる。
ゆとりが持てる分、木々の色や風の匂いにも敏感になる。
この日は、所々で強く漂ってきた金木犀の香りと
穂が出たてのススキがさわさわと風に流れるさまが印象的だった。


相方が前夜帰りが遅かったせいで
お昼を少し回った頃から走り始めたのだが
15時頃から徐々に雲行きがあやしくなり、突然ぼつりと夕立のような雨。
とりあえず大きな木のそばに避難したものの
木の下では雨宿りにも限界がある。
ずぶ濡れ覚悟で雨の中を飛び出し、駐車場まで戻って終了となってしまった。

結局53kmしか走れず、ちょっと不完全燃焼。
もう少し走っていたかったなぁ。





そういえばコース上にはぽつぽつと栗のイガが落ちていた。

かなり昔に私がこれを踏んでパンクさせたことがあったようだが、当の本人は全く憶えていない。







2008年10月03日(金) 思いがけず。

あるマイミクさんの日記で“浜村淳”の名前を見てから
“そういえば4〜6歳の頃はテレビで見ていた記憶があるのに
 何の番組だったのかが思い出せない”
という、喉に魚の小骨がひっかかったような状態になっていた。

その方の日記にもあったけれど、活動されているのは専ら関西だし
関東ではそれほどしょっちゅうテレビでお見かけする方ではない。
・・・じゃぁどこで見たんだろう?


その頃見ていた番組を思い返すうち、ふと
“怖かったテレビ番組”というのを考えていた。
殆ど親が見ていたものを横で見ていたのだと思う。

・“太陽にほえろ!”の(オープニングではなく)その回のタイトルの時。
 これだけはYouTubeに動画がなかった。

・“白い巨塔”のオープニングとドラマの雰囲気。

・“タイムショック”(リンク先の動画でオープニング曲は最初16秒のみ)
 “霊感ヤマカン第六感”のオープニング曲。
 ついでに言えば“アタック25”の曲もちょっと不気味に思ったが
 こちらは日曜の昼間だったから、それほど怖くはなかった。
 おまけに当時日曜のお昼ご飯は父が作るお好み焼きが定番だったため
 “アタック25=お好み焼き”という図式が刷り込まれることになる。


後で調べてみると、最後3つのクイズ番組のテーマ曲は
同じ方(山下毅雄さん)が作曲されていたという。妙に納得。


もうひとつ。
“霊感〜”にはキャプテンで浜村淳さんが出ていらしたらしく
冒頭に書いた疑問が、思いがけないところで繋がった。



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