蜜白玉のひとりごと
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2003年10月31日(金) ススキの穂

電車の窓から見える景色が、だんだん茶色っぽくなってきている。刈り取り後の田んぼ、ほわほわのススキの穂、枯れかけている線路脇の草。見かける花はセイタカアワダチソウやコスモスなど。紅葉はちらほらと始まっているようだ。葉が黄色くなっている木をときどき目にする。

夜は職場の歓送迎会で、コロッケだのグラタンだのビーフストロガノフだの油っこいものをたくさん食べ、ビールと赤ワインを飲む。職場の人と話すのには、酔っぱらっているくらいがちょうどいい。仲のいい人とはより仲よく、それほどでもない人ともそれなりに仲よく、そのもっと外側にいる人とはもう、お互いに気を遣うことさえやめてしまった状態。

帰ってから胃薬を飲む。それでも翌朝、胃が痛い。夜中の暴飲暴食はこたえる。


2003年10月30日(木) 人生に迷ったら

ついに武田百合子『富士日記(下)』を読み終える。最後の方は涙が出そうになって、鼻の奥がつーんとした。電車の中なので、涙がこぼれないようにぎゅっと我慢して読む。映画やドラマを見ているときはわりと簡単に泣くけれど、本だとめったに泣くことはない。読みながら泣いてしまった本は、最近だと、谷村志穂『海猫』くらいだ。

人間は生まれてくるときも一人ならば、死ぬときも一人なのだ。愛する人を残して自らが死ぬ。かたや愛する人に先立たれ、残された人生を一人で生きる。どうやら、この寂しさを避けて通ることはできそうにもない。どんなに仲がよくても、あなたと私は別々の生き物。

『富士日記』には、誰かと暮らす、共に生きるということの楽しさやおかしみが、存分にあらわされていると思う。繰り返しの毎日がどれだけ幸せであるかも。人生に迷ったら、下手な占いよりもこれを読め。折に触れて読み返したい、大切にしたい作品だ。


2003年10月25日(土) 吉祥寺サイクリング/喫茶店

外へ出ると寒い。予想以上の寒さにくじけそうになりながらも、自転車で吉祥寺へ行く。行きと帰りでは別の道を通る。途中で休憩してお茶を飲んだり、花屋さんをのぞいたり、くねくねと裏道を通ったりするので、2時間近くかかった。楽しいけれど、寒いのとお尻が痛いのがつらい。家にたどり着いたら安心して疲れがドッと出た。

自転車での遠出は寒くなってきたし、そろそろ無理かもしれない。帰り道、小金井公園のそばにいい喫茶店を見つけた。自宅の1階が喫茶店になっていて、たぶんご家族で経営しているのだろう。そのわりには丁寧できちんとしていてよかった。ケーキも紅茶もおいしかったし、カップやポットやお皿が凝っていてかわいかった。その喫茶店までなら自転車でもそう遠くないかも。冬になってもまた行きたい。


2003年10月23日(木) みりん一本百三十円

このところ毎日飽きもせず『富士日記』を読んでいる。朝昼夜の献立と、買出しの内容と、お天気と、健康状態と、ちょっとした出来事。買出しの内容はたとえばこんな感じ。

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四時半、買出しに。
駅通り八百屋にて。大根七十円、にんにく三個四十五円、巴旦杏一袋百円、豆腐二丁七十円、夏みかん五個百円。
文房具屋、インク二瓶百二十円。
薬屋、薬千五百五十円。
S農園で。とれたての菜っ葉一〆二十円。
酒屋で。ビール一打千五百円、罐ビール一箱二千四十円、サラダ油一本二百円、みりん一本百三十円。
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ビールはビンと缶と両方買うのだ。食料品は安くてもお酒は結構高い。でも買う。こんな調子で何回も続くから、物の値段は読んでるうちにだいたい覚えてしまう。みりんは一本百三十円。

日によっては朝昼夜の献立しか書いてない日もある。特筆すべきことは何もなかったのか、あっても書きたくないのか、それともいざ書こうするとどうしても言葉にならないのか。小さなことでも書いておくと、あとで読んだときに楽しい。書いてるときは、こんなしょうもないことを、と思っても読み返すとおもしろいものだ。

職場近くのたこ焼き屋が閉店していた。張り紙を見ると19日で終わりだったらしい。昨年の夏にできたばかりだったのに、お客が少なくて続かなくなったのだろうか。あそこはたこ焼き屋ができる前は立ち食いそば屋だった。次は何だろう。


2003年10月22日(水) 拾得物届け

落とし物を拾う。事務所の隣の部屋で。

詩を拾った。「落とし物の詩」というのもめずらしいけれど、拾ったのだ。拾ったのは5編で、A4の紙を横において縦書きで1枚の紙に1編ずつ印字されている。全て同じMという人の作品だ。Mは名字なので男か女かは分からない。Mというその名字の人を私は知らない。

勝手に拾ってしまってはまずかっただろうか。でもすでにみんな帰った後で、そこには誰もいなかったし、紙は捨てられたように裏返しにばらばらになって机に置かれていたのだ。それにもう私は持ってきてしまったのだから仕方ない。

それら5編の詩はわり好きな感じの詩で、読みながらいいものを拾った気持ちになった。Mという人は「色」という言葉が好きなようで、瞳の色や海の色についての詩がそれぞれ1編、距離を色に置き換えて書いている詩が1編あった。

詩はやっぱりいい。詩の何が好きかと言えば、その形式、余白の多いその佇まいが好きなのだ。紙の上にポツポツと置かれた文字を美しいと思った。


2003年10月21日(火) 私を描くときは、私とわかるように描いてください

仕事が休みなので、ひとり上野の森美術館にピカソを見に行く。ピカソ・クラシックと題された展覧会で、1914〜1925年のピカソの作品を集めている。前から気になっていて、先週のNHK新・日曜美術館の特集を見たら、ますます行きたくなった。この時代のピカソは、写実的・古典的な画風なのだ。何を描いているのか訳が分からないのとは違い、肖像画などはとても親しみがもてる。

中でも、ロシアバレエ団のバレリーナでもある妻オルガは美しかった。「肘掛け椅子に座るオルガの肖像」は、テレビやパンフレットでは寂しげな表情に見えたけれど、実際に見ると柔らかく微笑んでいるのがわかった。黒地に花模様のドレスを着て、足を組んで椅子に腰かけているオルガは、なんというか艶っぽい。絵の周囲には、ピカソとオルガが互いに見つめ合っているような空気がある。

夕方の美術館はわりと空いていて、しばらくオルガの肖像画を独り占めして見ていた。近づいたり遠ざかったり、真正面から見たり、ちょっと横にずれたり、絵の前をうろうろして発見したのは、絵のやや左側から仰ぎ見ると、オルガは最もいきいきして見える。肌はつやつやしているし、表情は明るく、今にも動き出しそうなくらいだ。オルガはピカソに対して、「私を描くときは、私とわかるように描いてください」とお願いしたという。この言葉を聞いて、ドキドキするのは私だけだろうか。

気に入った絵は時間をかけてじっくり見て、ピンとこない絵はちょっと見たらさっと通り過ぎて、最後にポストカードを数枚買って、外に出る。その中の一枚は相方に送った。

夕暮れの上野公園をフラフラと散歩する。相変わらずカラスとハトが多い。カラスを餌付けしているおばさんがいて、指をさしてカラスになにやら命令している。命令を聞くカラスの姿は、お座りをしている犬のようだ。あのおばさんはもしかすると魔女か。お腹が空いたので家に帰る。


2003年10月14日(火) 読む日記いろいろ

銀色夏生『つれづれノート�イ気茲Δ覆薀丱淵兵髻抛瀕察6篆Г気鵑浪箸任里鵑咾衙椶鯑匹鵑世蟾イ�なように過ごしている方が好きなのに、よく旅行に出かける。それも1ヶ月とか2ヶ月の長期の旅行に(帰省も含む)。そのくせ旅行中は文句や愚痴が多く、何度も「早く家に帰りたい」と言っているからおもしろい。なぜそこまでして旅行するのか。それとも旅とはそもそもそういうものなのか。楽しくないとわかっているのになぜ行くか。不思議だ。

ここまできて「つれづれ」はひとまずお休み。先日、武田百合子『富士日記(下)』を買ったので、次はそれを読む。上巻と中巻は前に(と言っても、何年も前だけど)読んだので、その続き。武田百合子さんの度胸のよさには胸がすかっとする。とにかくあっけらかんとしている。おおざっぱで、それでいて、情が深く、日常の細かなことにもよく目がいく。彼女の言葉を通して見る富士の山荘での生活は楽しい。朝昼夜の献立も興味深い。

2、3日前からまたエスプレッソメーカーを使い始めた。バニラフレーバーのカプチーノは格別。寒い日の楽しみがまたひとつ。


2003年10月13日(月) 大雨降る

昼過ぎ、2時頃より大雨。ときどき雷も鳴る。バケツをひっくり返したような雨で、見ているとワクワクした。こんな時、出かけていたら悲惨だけれど、家にいて外を眺めているのは楽しい。

4時前、雨があがる。灰色の雲がどんどん風に流されて、その向こうには澄み切った青空があった。さっきまでの蒸し暑さもどこかへ行った。

夕方のマロ散歩に出かける。道路の端には雨水が小さな川のように流れていく。マロはわざとそこを歩いて、足はおろかお腹のあたりまでびしょびしょになる。公園の濡れた砂の上も平気で歩いて、喜んで泥だらけになる。雨雲が行ってしまったら急に涼しくなった。肌寒く感じて鳥肌がたった。

夜はひさしぶりに家でごはんを食べた。たまに食べる家の料理は質素だ。薬膳料理のようでもある。母が作るごはんを食べると体がスッキリ元気になる。私も妹も普段は外食が多いのだけれど、体調が悪くなると「薬」と称して、母の作るごはんを食べる。母はどうしたらたくさんの種類の野菜を食べられるかを軸に献立を考えるので、もちろん肉も魚もあるけれど、圧倒的に野菜が多い。

そんなわけで、私は外食の時でもメニューを見ながら、野菜野菜野菜、とまるで念仏でも唱えるようにして食べる物を選んでしまう。野菜のない食事は落ち着かないし、野菜を食べずに一日を終わらせるわけにはいかないと強く思う。

追記:今日買ってきたみかんは、もうほとんどオレンジ色になっていた。さようなら青いみかん。また来年。


2003年10月12日(日) ベンジャミン死亡説?!

ベンジャミンが来なくなって、どのくらい経つだろうか。もともと温かい時期は餌に困らないからか、あまり家には寄りつかなかったけれど、それでもたまに道端で姿を見かけることくらいはあった。それがもう、ここ何か月もベンジャミンを見かけていない。ベンジャミンは野良猫だから、どこへ行こうとベンジャミンの自由だし、来なくなったからといって彼女を責めるわけにはいかないのだけれど、話しかければニャアと返事をする猫がいなくなるとやはり寂しい。まだ老衰という歳ではないよね、どこかで事故に遭ったんじゃ、車にひかれたのかな、でも交通事故に遭うようなおバカな猫じゃないよ、などといらぬ心配もしてしまうというものだ。

彼女の不在を嘆くのは私ばかりではない。母は、朝雨戸を開けたときにあのお返事猫がいないとねえ、と事ことある毎に言うし、父はときどき庭で、ベンジャ、ベンジャミン、とどこにいるかもわからないベンジャミンを呼んでいる。

そんな、ベンジャ死亡説すら出かかった10月のある日、2階の窓を開けてタバコを吸っていた父が、下の道をトコトコ行くベンジャミンを発見する。ベンジャミンの姿に一瞬目を見張った父だが、すぐさま、ベンジャ!と呼びかけた。するとベンジャミンは上を向いてニャアと返事をして、そのまま我が家の玄関へと続く階段を駆け上がり、感極まったのか、途中からは階段横の塀を垂直に飛び越えて庭へやって来た。

数カ月ぶりに見たベンジャミンは、やせ衰えることもなく、それどころか毛並みはつやつやしていた。ニャアニャア言って甘えるわりに触らせないのは今までと同じ。ひとまずベンジャミンが生きていて、家族一同ホッと胸をなで下ろした。

それにしてもベンジャミンは今まで一体どこへ行っていたのだろうか。猫好きの金井美恵子さんによれば、外をうろついている猫の場合、かわいがってくれる家は7軒あるということだけれど、他のお宅でお世話になっていたのか。はたまたテリトリーを拡大するべく遠征にでも出かけていたのか。問いかけても食事に夢中なベンジャミンは返事をしない。三毛猫ベンジャミンの謎はますます深まるばかりなのである。


2003年10月11日(土) 立川サイクリング/コスモス

どんより曇り空。少し寒い。午後から天気は下り坂、夕方には雨という予報。

この前当たった自転車に乗って、昭和記念公園のコスモスを見に行く。大きい通りは交通量が多くて自転車だとこわいので、裏道をくねくね行く。途中、道がわからなくなり通りがかりのおばさんに聞く。こっちの方ですね、と言われ、信じてそっちの方へ。それでもだいたいの方角しかわからなかったので、通りがかったセブンイレブンで地図を購入。立ち止まると、じんわりと汗をかいているのがわかる。

1時間半くらいかかって、無事に昭和記念公園に到着。入園料400円を払い、園内のサイクリングコースを走って、コスモス畑にたどりつく。小さな畑になにやら人だかり。そこには草丈30センチくらいの茶色いチョコレートコスモスが咲いていた。チョコレートの香りがする、という話だけれど、私にはわからなかった。一眼レフを構えて熱心に写真を取る人多し。

そのとなりには一面のコスモス畑!濃いピンク、薄いピンク、白、薄むらさき、赤っぽいの、白に赤い線の入ったの、色々なコスモスが咲いている。その向こうには広い広い原っぱ。ひととおりコスモスを見て、原っぱにごろんと寝転がる。キャッチボールとかバドミントンとかお弁当を食べるとかビールを飲むとか、みんな思い思いに過ごしている。休日だけに人は多いけれど、広さのせいか全然気にならない。

転がっていたら、風が出てきて少し寒くなってきた。日が翳ってきたので、雨が降り出す前に帰路につく。帰り道は途中まで順調だったものの、階段の行き止まりにぶつかり、少し引き返す。やっぱり帰り道も1時間半くらいかかった。それでも雨に降られず帰って来れた。脚がちょっとふらふらになったのと、お尻が痛くなったのを除けば、とても楽しかった。(翌日には腰が痛くなった。)

自転車はイイ!次はどこへ行こうか。


2003年10月08日(水) 間違いふたつ

今日は水曜日。そう、中だるみの水曜日。まったく夢の中で走っているようなものだ。がんばって走っているのに全く前に進まない。週末の3連休が待ち遠しい。

朝、自宅の電話が鳴る。「もしもし、○○百貨店ですか?」いいえ、ちがいます。電話を切って1分もしないうちにまたかかってきた。絶対さっきの人だと確信して電話に出る。「あら?先ほどと同じよね?」はい、そうです。「おかしいわねえ・・・」そうですね。(今度間違えてかけてきたら文句言おう。スミマセンくらい言ってよ、まったくもう)

うちの電話番号は某百貨店の電話番号と似ているらしくて、この手の電話はときどきかかってくる。気になったので、その百貨店の電話番号を調べてみた。大代表、それぞれのフロアの電話番号、どちらもそれほど似ていない。どちらかと言えば、押し間違いする方が難しそう。それならば、なぜ間違う。

夜は予定通りラーメンを食べた。昨日とは違うのを注文したのに、スープこそ異なるけれど上にのっている具が同じだった。もやしとネギとゆで卵と薄っぺらいチャーシュー(食堂のラーメンだから具は貧乏)。おばちゃんが作り間違えたのだろうか。昨日のと今日のとどっちが本物なのか知りたい。でもラーメンはもう飽きた。明日はふつうにしよう。ごはんとお味噌汁とおかず。それがいい。

キンモクセイはそろそろ終わりか。地面にはオレンジ色の小さな花がたくさん落ちている。一時のめまいがするくらいの強い香りもだんだん薄らいできた。空気がもっとキーンと冷えて、空の星が白くくっきり見えたら、もう冬だ。寒さで気持ちがぴりっと引き締まる、そんな冬が好き。


2003年10月07日(火) 今日もラーメン明日もラーメン

さわやかな秋の気候はどこへやら、外は寒い。風邪気味なのが悪化しないように着込んで出かける。そうすると電車の中は暑い。やれやれ。

つれづれノートは�Δ愼容�。銀色夏生『バラ色の雲 つれづれノート�Α戮錬隠坑坑暁�5月から1997年4月までのお話。むーちゃんと離婚するあたり。私はこの頃、つれづれノートを過去へとさかのぼって、つまり時間の流れとは逆に読んでいるので、むーちゃんと離婚することは前から知っていたのだけれど、それでもやっぱり驚いた。好きな人がある日突然遠くへ行ってしまうのは悲しい。

昼過ぎ、母から携帯にメールあり。メールの送り方を何度か教えてあげたのだけれど、どうやら習得したようだ。めでたい。

晩ごはんは温かいものを食べようと思い、ラーメンにする。もやしとネギがたっぷりでおいしかった。明日もラーメンにしようか。一度気に入ると、飽きるまで同じことを繰り返す。私の癖。


2003年10月05日(日) 愛人と再会

札幌の愛人が東京に遊びに来た。会うのは約1年ぶり。待ち合わせ場所の近くで彼女の姿を見つけ、走っていく。きゃー!ひさしぶり!と飛びついたら、手に持っていたジャケットを地面に落とした私。興奮しすぎ。

無事に再会を果たし、まずは代官山へ移動。目的のお店へと歩きながら、近況報告。犬を連れて歩いている人を多数見かける。オープンカフェはかっこいいけれど、テーブルとテーブルの間がくっついていて窮屈そう。歩いて、しゃべって、買い物をして、午後2時過ぎ、いい加減お腹が空いたのでお昼ごはんにする。テーブルの前に小さな池があって、その中を熱帯魚が泳いでいるという不思議な店。食後にアップルパイのアイスクリームがけも食べる。腹ごしらえもすんで再びお買い物。ふたりでいると、どんどん買い物熱が上昇していく。恐ろしいくらい。

日が傾き、風が冷たくなってきた。夕暮れの中を恵比寿まで歩き、地下鉄に乗って六本木へ移動。目的地は六本木ヒルズ。夜の六本木ヒルズは、暗闇の中にぼわ〜んと浮かんでいるようだ。ひととおり見て回り、夜ごはんは中華料理にする。ちょっと高かったけれど、おいしかったからまあいいか。

満腹で新宿に戻り、ホテルの部屋でコーヒーを飲みつつまたしゃべる。まだまだ話したりないけれど、電車のあるうちに家へ帰る。あっという間の一日。

愛人とは普段はメールや手紙でやりとりをしていて、出来事はおおまかに報告しているけれど、会って話すとやっぱり違う。返事がその場でぽんぽん返ってきて楽しい。昼から夜までとにかくよくしゃべった。彼女6:私4くらい。いや、彼女7:私3くらいか?彼女はあとで、あのときは張りきってしゃべり過ぎた、と言っていた。今回は私があれこれ彼女から聞き出す方向で会話をしたかったので、私としては文句なしで楽しかった。それにしても、気兼ねなく話せる友人はいいものだ。

そういえば、札幌の愛人は相方に宣戦布告をしていた。自分の方が付き合いが長いのだから、立場的には愛人と言うよりは本妻なのだ、というような内容。仲良しの友達に彼氏ができたり結婚したりすると、なんとなく「取られた」という気持ちがわくけれど、これもそのうちか。

注:札幌の愛人・・・高校時代からの親友。札幌在住。彼女から届く手紙やメールの冒頭には「札幌の愛人だよ!」とあるのでこの呼び名。


2003年10月04日(土) 鞄にみかんをつめこんで

みかんの話。ちょうど今頃の時期に売っている青いみかんが好きだ。緑色にほんのり黄色が混じったさわやかなたたずまいのみかん。固い皮をむくのは爪が痛いし厄介だけれど、それを乗り越えてでも食べたい。青いみかんは果肉がしっかりしている。それに何よりあのすっぱさがとてもいい。大好きな青いみかん。

ぼんやりしているとすぐにオレンジ色のが出回るから、今のうちにたくさん食べておかなくてはと思い、毎朝いそいそと鞄にみかんをつめこんで出かける。休憩時間に食べるため。今日は4つも。

相方にも青いみかんをあげたら、青いのはすっぱいからキライだという。えー、私は好きなのに、と言って青いみかんの良さを力説して最後に、いいからビタミンC取りな、と言ったら、できるだけ黄色くて甘そうなのを選んで食べた。

相方が懸賞で自転車を当てた。JAGUAR SPORTSの折りたたみ自転車。こういうのって当たる人は当たるものなんだな。私はついぞ当てたことがない。さっそく組み立てて、近くの自転車屋さんへ空気を入れに行く。新しい自転車の名前は、黒いから黒ヒョウ号。これで自転車は2台になった。これからはふたりでサイクリングに行ける。楽しみがまたひとつ増えた。


2003年10月03日(金) 心残り

母から聞いた話。なっちゃんにあげようと思って用意していたマロの写真は、残念なことに渡せなかったという。お引っ越しが思ったよりも早まったようだった。

なっちゃんとは夕方会う約束になっていて、夕方のお散歩の時間には、マロ含む近所の犬5匹とその飼い主たちが、お別れをしようといつもの公園で待っていた。でも、いつまで待ってもなっちゃんは来ない。そのうち、飼い主の一人がおうちまで様子を見に行ってくれたけれど、ピンポンを押しても誰も出てこないし物音もしないという。公園の砂場にはなっちゃんのシャベルとバケツがあったから、取りに来るはずなのに、それも置いて行ってしまったのだろうか。飼い主たちはみんな暗く沈んだ気分になったし、犬たちは所在なげにうろうろ。もう行っちゃったんだね、お別れできなかったね。

母はすごくがっかりした様子で話す。いい子だったのにねえ、残念だねえ、と何度も繰り返しながら。それを聞いて、私もすごくさびしい気持ちになる。別れを悲しんではいけないと言うけれど、こんな中途半端な別れ方はいやだ。マロンちゃんに会ーいーたーいー、と泣いているなっちゃんの顔が目に浮かぶようだ。


2003年10月02日(木) 元気でね、なっちゃん

マロの散歩友達、なっちゃんが引っ越すことになったそうだ。お別れにマロの写真をあげようと思い、2枚選ぶ。草むらをぴょんぴょん走っているマロと、おすわりしてにっこり笑っているマロ。明日渡すつもり。

なっちゃんは遠くへ行ってマロに会わなくなっても、マロのことをずっと覚えていてくれるのだろうか。大きくなっていろんな出来事が身の回りに起こるようになっても、覚えていてくれるのだろうか。覚えていてくれるといい。マロや周りの犬たちのこと、一緒に散歩したこと、まだ小さかった自分のこと。

振り返ってみると、小さい頃のことって案外、鮮明に覚えている。写真みたいに、静止画像で残っている。公園で遊ぶ様子とか、野良猫を追いかけ回す様子とか、いやいやピアノ教室へ行く様子とか。

なっちゃんがいなくなると思うと少しさびしい。マロに、なっちゃんお引っ越しするんだって、もう会えなくなるんだよ、と言ったけれど、わかっていないようだ。

元気でね、なっちゃん。


2003年10月01日(水) 10月です

もう10月。今年もあと3ヶ月。10月と11月はお休みの日がいっぱいあってうれしい。今のところこれと言って予定はないけれど、旅行に行けたらいいなあ。紅葉も楽しみ。

少し風邪気味なので、毎晩、肩にホットパックをして寝ている。電子レンジで温めて繰り返し使えるもので、U字型になっていて肩にかけられる。睡眠中のご使用はお避けください、と書かれているものの、あまりの気持ちよさにそのままうとうとしてしまう。低温やけどぎりぎりのライン。肩こりもラクになるし、風邪のツボ(首の付け根:骨がぽこっとでているところ)も温まるし、よく眠れる。それでも、一日たつとまたガチガチに固まる私の肩。頑固。

朝、妹が緊張した顔をして内定式に出かけていった。あんなに神妙な様子はひさしぶりに見た。いつもは、恐いものなんか何にもないという感じ。私とはずいぶん違う性格なのだ。姉妹でこうも違うものかと、母とときどき笑う。


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